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第143話 奇襲と迎撃

お陰様でブクマが200を超えました。

ありがとうございますm(_ _)m

これを励みにクライマックスまで一気に駆け抜けたいと思いますので、今しばらくお付き合いください。

 目の前が真っ白になって、グイグイと全身を引き上げられるような感覚が襲う。自分で転移する時とは違い、方向性が明確な力の本流には本能的に危険を感じるほどだ。


 ーーこれは、慣れないと肉体的に辛いかも知れないな。


 ストン、と落ちる(・・・)感覚がして、フィアードはゆっくりと目を開けた。

 転移した時と寸分変わらない空洞(ホール)の魔方陣の真ん中に立っていた。違うのは、自分以外に誰もその場にいない、という事か。

 この魔方陣から一旦出て、再び足を踏み入れれば戻れる筈……そう思った瞬間、グラリと地面が揺れた。


 ーー何だ……?


 慌てて意識を地上に向けると、彼の視界にとんでもない光景が飛び込んできた。


 ーー悪魔どもか……!


 空を覆い尽くさんばかりの黒い影。鳥ではないそれらが上空の結界に次々に体当たりしている。

 狙いは神族の村(ヴィーダガーベ)……もしかしたら、女帝の身内の中でも最も非力なフィーネ達かも知れない。


「……ッチ!」


 神族の村(ヴィーダガーベ)にいる戦力であれだけの数の悪魔を相手取れるとは思えない。結界がいつまで持ちこたえられるかも分からない。


 フィアードは仕方なくその場から駆け出し、階段を駆け上がった。建屋の鍵を内側から開けた途端、その場に立っていた武装した男がギョッとして立ち竦んでいた。


「フィアード!」


 見覚えのある幼馴染の姿にフィアードはホッと胸を撫で下ろした。


「アラン! ちょうどいい。お前、この先の転移魔方陣から機械の街(ヴィラドゥマシネ)まで行って、ティアナ達を呼んでこい。俺はあいつらの相手をする!」


「え……っ! でも……っ」


「転移した先で待っている筈だ。ちょっと身体がキツイかも知れないが、お前なら大丈夫だろう。頼んだぞ!」


 薄緑色の髪を翻し、フィアードは上空の黒い影を見上げて走り出した。


 結界に悪魔達がぶつかって弾かれる度に轟音と振動が結界を通じて村全体に響き渡る。

 村人達は建物の中に避難し、武装した男達がわらわらと出てきていた。


「……フィアード様!」


 フィアードの薄緑色の髪を見て男達が一斉に道を開ける。


「いつから攻撃されてる?」


 近くにいた男に尋ねると、男は嬉しそうに手にしていた弓矢をフィアードに差し出した。


「つい先ほど……! 流石……お気付きになられたのですね!」


「いや……たまたまだ」


 フィアードは弓矢を受け取ると、弓を引き絞り上空の一点に向かって矢を放った。


 矢じりに込められた魔力が結界の一部を無効化し、悪魔一体がちょうど通れる程度の穴を開ける。


「……な……何を……!」


「いつ、どこから壊れるか分からないなら、穴を開けた方が迎撃が楽だからな」


 フィアードはふわりと舞い上がり、その穴に殺到する悪魔達に向かって白炎を放った。


 ゴウッ! と音がして、穴周辺の悪魔達は一瞬にして消し炭になる。


「……う……!」


 フィアードが欠片持ちだけではなく、全ての魔術に通じる魔族総長である事はこの村の殆どの大人が知っていることだ。

 だが、知識として知っているのと、実際に戦っているのを見るのでは訳が違う。


「フィアード様であれなら……陛下は一体……」


 空中で悪魔相手に凄まじい殺戮を繰り広げるフィアードを男達は畏怖の目で見つめ、それ以上の力を誇る神の化身という存在に対する脅威に身を震わせていた。


 ◇◇◇◇◇


「……アラン?」


 魔方陣を見守っていたティアナ達は思い掛けない存在の登場に目を見張った。

 転移の衝撃でその場にうずくまっているのは、神族の村(ヴィーダガーベ)にいる筈のアランだ。


「どうしたんだっ! 兄ちゃんはっ?」


 レイモンドが駆け寄りかけて、足元が魔方陣である事に気付いて慌てて立ち止まる。


「……あ……レ……レイモンド……! よかった。フィアードが、すぐに来るようにって……」


「何が……」


 ティアナは慌てて神族の村(ヴィーダガーベ)に意識を向けてその結界の状態を知り愕然とした。


「デカい蝙蝠みたいなやつが空いっぱいに飛んで来て、体当たりしてるんだ。フィアードはその相手をしに行った。ティアナ様、お願いします!」


 アランは呼吸を整えると、縋り付くような目でティアナを見つめながら魔方陣から一歩踏み出した。


 ティアナはキリ、と左手親指の爪を噛み掛けて慌てて手を下ろし、パチンと爪を弾いた。


「……デュルケスにお母様の存在が知られた可能性があるわね」


「姉上は無事なのか?」


「え……あ……サーシャ様?」


 突然声を掛けられ、顔の左半分を赤い布で覆われた女性の正体に気付き、アランは驚きに立ち竦んだ。

 その亡霊を見るような目付きに、ティアナはグッと拳を握り締める。


「フィアード一人で相手できる数じゃないわ。行きましょう!」


 ティアナの号令で、アランは再び魔方陣の中央に足を踏み入れ、レイモンド、サーシャ、モトロ、と順に姿を消して行った。


「……そうだわ……! あちらにも……!」


 ふと何かを思い付いたティアナは、魔方陣に足を踏み入れずにその場から掻き消えた。


 ◇◇◇◇◇


「ティアナ!」


「アルス!」


 軍議の準備をしていた将軍アルスはいきなり目の前に現れた女帝にギョッとした。デュルケスとの戦いの名残を残したその姿は凄惨で、アルスは目を細める。


神族の村(ヴィーダガーベ)が襲われてる。こちらも襲撃される可能性が高いわ。ヒバリ達に言って結界を強化させて!」


 ただ事ではない気配に、アルスは全身を緊張させて、焦っている娘を宥めるように静かに言った。


「……分かった。お前は?」


「お母様を守らないと。……あいつ(・・・)はサーシャの目を奪って色を揃えてしまったわ。アルス、何かあったらすぐに私を呼んで。いいわね!」


「な……っ!」


 一方的にまくし立て、その場から忽然と姿を消した娘の鬼気迫る様子に、アルスはついに来た決戦の時を感じて身震いした。


 ◇◇◇◇◇


「お母様!」


 ティアナは母親が弟達と暮らす家に直接転移し、その判断の正しさに喜ぶよりも、状況を把握して戦慄した。


「ティアナ!」


 ティアナの視界に飛び込んできたのは、決して広くはない部屋いっぱいにとぐろを巻く闇色の蛇。そしてその鎌首の下には彼女の愛する母親の顔があった。


 どうやら身を寄せ合った状態のままぐるりと巻き付かれたらしく、子供達の顔が見えない。辛うじて顔が見えるフィーネがティアナを見つけて声を上げた。彼女の足元には子供の足首が四つ見える。


「ルーク! ランディ!」


 上空の悪魔は陽動だ。デュルケスの狙いはティアナの弱点ーーかつての彼女が切望していた家族だ。


「くっ! こいつっ!」


 細剣を抜き放つと、今まさにフィーネに牙を突き立てようとしていた蛇がグイッと鎌首をもたげた。


 ギラリと金色の目が光る。


 これは魔物ではない。強いて言えば呪術で生み出された呪詛の塊に似ているが、全身から迸る魔力が桁違いだ。


「……幻獣……ね……!」


 魔物達と共に世に解き放たれた存在。しかし、デュルケスの気まぐれにより、彼らはあの森に集められていたのだ。そして彼の命により、悪魔達と共にこの村を襲ったのだろう。


「その人達を離しなさい!」


 フィーネはもちろん、子供達が心配だ。か弱い人間の子供は、少しでも呼吸を妨げられたら死んでしまう。

 願わくば、あの太い蛇の胴体の中に少しでも空間が空いていますように……!

 ティアナは細剣を構えて一気に床を蹴った。


 板張りの床がギシリと音を立てて弾み、ティアナの跳躍を助ける。


 一足飛びに蛇に近づいたティアナの剣先が蛇の喉元を一気に切り裂いた。そのままの勢いで、ティアナはその巨体を切り刻む。


「ーーー!!」


 蛇が黒煙を上げてのたうち回り、その姿を霧散させた。


「お母様! ルーク! ランディ!」


「来てくれたのね……」


 腰を抜かした母親に頷き、グッタリした弟達を助け起こす。手早く治癒を掛けると、二人はうっすらと目を開けた。


「……無事で……良かった……!」


「お姉様……?」


「ねえさま……?」


 まだ幼い弟達をギュッと抱き締めてティアナはポロポロと涙をこぼした。


「怖かったわよね。ごめんなさい。私のせいで……」


 家族の存在が露見してしまった。恐らく名前ももう握られていると考えた方がいい。

 ティアナは家全体を更に強固な結界で覆い、空中から取り出した水晶で作った首飾りを弟達に掛けてやった。


「お母様も……」


 フィーネにも首飾りを掛けながら、ティアナはそっと魔力を注ぎ込む。


「……これは?」


「護符よ。何かあったらすぐにでも駆けつけるわ。ごめんなさい、もっと前に渡しておくべきだったわね」


 言いながら、そうする事で彼らの存在が敵に知られる可能性を怖れていた事を思い出す。


「外は……大丈夫なの?」


「多分ね。こちらが本命で、あちらは陽動だと思うし。……フィアードがいるから大丈夫よ」


 ティアナは弟達の頭をポンポンと軽く叩いて、立ち上がった。


「出来るだけ早く決着を付けるわ。だから……しばらくの間、家から出ちゃダメよ。いいわね」


「……はい……お姉様」

「……はい……?」


「貴方達は私の大切な家族だから。絶対に守るからね」


「ティアナ……」


「お母様……。後で……また来ます」


 サーシャを連れて来なければ。ティアナは先ほどアランがサーシャに向けた目付きを思い出してクッと唇を噛んだ。


 ◇◇◇◇◇


 突然、悪魔達が撤退を開始した。


「……何だ……?」


 フィアードが首を傾げると、地上で避難誘導をしていたレイモンドが声を上げた。


「そいつらは陽動だろ。本来の目的が失敗したから撤退しようとしてるんだ。逃さないで殲滅した方がいい!」


「分かった!」


 フィアードはそのまま結界の穴を通り、逃げ出す悪魔達に次々と白炎を投げつけ始めた。


「……すっげ……」


 我が兄ながら恐ろしい。戦況の把握は稚拙だが、個人の戦力としては申し分ない。その分使い所が難しいところだ。




 モトロは結界への衝撃で負傷した村人を治癒しながら、それぞれの家屋の状況を確認していた。


「……これはっ!」


 ティアナの実母、フィーネが住む家屋の床下に向かって、不自然に土が盛り上がっている。まるで地中から何者かが入り込んでいるかのようだ。


「しまった! 悪魔は陽動でしたかっ!」


 慌てて戸を開けたモトロは、今まさに扉を開けようとしていたティアナを抱きすくめる事になってしまった。


「あ……ティ……ティアナ様……」


 フワリと芳しい香りが鼻腔をくすぐり、モトロはゴクリと息を飲んだ。


「……遅いわよ、モトロ」


 ティアナはグイッとモトロを押し返し、頰をほんのり染めたまま、その色違いの目で睨み付けてきた。


「……申し訳ありません……。皆さん、ご無事ですか?」


「ええ。出掛けにアルスにも一応警戒するように言っておいたわ。貴方もヒバリが心配でしょう? 帝都への転移魔方陣も早急に完成させましょう」


「……はい……」


 モトロは部屋の奥で座り込んでいるフィーネと子供達に会釈して踵を返す。


「フィアードさんがレイモンドの指示で残党を殲滅しています。どうしますか?」


「加勢するわ!」


 ティアナは途端に元気になると、ペロリと舌舐めずりして駆け出した。


「……血は争えませんね……」


 上に立つべき存在でありながら、前線で戦いたがるのはどう見ても父親の血だ。諫めたくても自分ごときが意見できる訳がない。


 モトロは半ば諦めながら、駆け出したティアナの後を追った。

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