第13話 明かされる真実
その村はむしろ集落という感じであった。谷間に広がる草原に天幕が点在し、小さな畑では何やら栽培されている。
近くには森があり、小川も流れているので、生活に不便はなさそうだ。
村はずれに降り立ったペガサスを精霊に戻してから四人が村に向かって歩き始めると、村から一人の若者が駆けてきた。
「アルス!」
黒髪に青い目、ノスリより少し背の高い、弓矢を携えた青年である。アルスは青年に駆け寄ると、その肩に手を置いて親しげに話し掛けた。
「ヨタカ! こっちに来てたのか!」
「ああ。またしばらくしたらコーダ村に帰るけどな。ツグミ、案内ありがとう」
二人は昔馴染みらしい。黒髪の魔人などいるのだろうか? 青い目の人間は珍しくもないが、その青が碧の魔人の空色と同じ色に見える。フィアードは不思議そうにその青年を見つめていた。
「ああ、そう言えばヨタカのお母さんはコーダ村出身やったな。……じゃあうちは先に族長のとこ行っとくで」
ツグミも一瞬不思議そうにしていたが、すぐに得心がいったらしい。一足先に報告をしに族長の元へ向かった。フィアードとティアナが説明を促すと、アルスは嬉しそうに話してくれた。
「こいつはヨタカ、俺の従兄だ。親父さんは碧の魔人だが、コーダ村産まれだ。親父が叔母さんの世話してたから、同じ屋敷で一緒に育ったんだ。
この外見だから、誰も半分魔人とは思わなくてよ、よく一緒に仕事したもんだよな……」
久しぶりにアルスの冒険談が始まりそうな予感がしたが、絶妙のタイミングでヨタカが割り込んだ。
「ようこそ碧の村へ、ティアナ様、フィアード殿。このまま案内してもよろしいか?」
「お前がここからの案内役かよ?」
アルスは驚いて目を丸くする。てっきりツグミが案内してくれると思っていたのだ。
「ツグミ様もノスリ様も、欠片持ちの姿に喧嘩腰になってしまったそうだから、仲介役兼案内役として任命されただけだ。……この村でも俺の立場は便利屋だからな」
人間と魔人の血を引く存在。仲介役には適任だろう。フィアードは二人の襲撃を思い出して深く頷いた。
「お願いします」
フィアードは緊張を解いて一礼した。どうやら今回は欠片持ちだからという理由で攻撃されることはなさそうだ。
「あ、でも念のため、村の中では目くらましをかけといて下さい」
ヨタカに言われ、フィアードは渋い顔になった。やはり、彼ら魔人にとって欠片持ちには何か特別な感情があるらしい。
「……分かったよ。事情は後で全部聞かせてもらうからな」
「それは族長に聞いて下さい」
フィアードは溜め息をついて、ヨタカの後に続いた。村では碧の魔人達が狩ってきた動物を解体したり、畑の手入れをしたりして忙しく働いている。
その誰もが、フィアード達が通り過ぎると振り返り、声を掛けるでもなくじっと観察している。連れているのがヨタカだからか明確な敵意はないが、確かに目くらましは必要そうだ。
やがて村の奥の少し大きめの天幕に到着した。ここに族長がいるのだろうか。そう思って少し緊張する。
「どうぞ、この天幕に荷物を置いてください。こちらは自由に使って下さって構いません」
まさか滞在を許されるとは思わなかったので、フィアードは驚いた。天幕に入ると、中は広々としていて床も柔らかく、とても快適だ。 客人用の天幕らしい。
アルスはさっさと荷物を置き、手早く身支度をしている。
「今日はゆっくり休んで下さい。明朝族長と会えるようにしておきました。食事の時間にはまた呼びに来ます」
ヨタカが言って立ち去ろうとすると、アルスは当然のようにその後に続いた。
「手伝うぜ」
ヨタカは断ることもなく、普通に頷いてそのまま天幕を出て行った。何やら二人で話しながら歩いていく。
その余りにも馴染んだ二人を見送ると、フィアードは少し面白くない気分になった。
ノロノロと荷物を下ろし、ティアナをおぶっている紐を解いた。優しくティアナを床に座らせてやると、彼女は小さく欠伸をした。
「……はぁ~、やっと着いた~!」
恐らく最初から碧の村に匿ってもらうつもりだったようだが、半年以上経ってしまった。
「確かに……随分待たせたな。悪かった。……そういえば、碧の村で暮らしたこともあるのか?」
なんとなく好奇心で聞いてみたが、ティアナはケロリと答えた。
「ないわよ。いつも十六までは村にいたから」
「そうなのか……?」
ティアナの答えは意外なものだった。人生を何度も繰り返している割りに行動範囲はあまり広くないようなのだ。
時間跳躍を駆使すれば、好きなように生きていけそうなものなのに。
「あのさ、ずっと気になってたんだけど……」
「うん?」
「……例えば、十秒前とかにも戻れるものなのか?」
どの程度自由に時間を移動できるのか。気軽にその能力を使えるのかどうかで、行動も変わるというものだ。
「あ……それね、例えば物とか人とかの時間なら、結構簡単なんだ。対象はそれだけだから」
フィアードは頷く。それはこの目で見た。また、蘇生についても聞いたし、治癒もしてもらった。もっとも、治癒は「傷付く前に戻す」方法と「傷が治るのを促進する」方法があるらしいが。
「でも時間そのものを戻すのは、……実は私の意思では発動しないの」
「え?」
ティアナは少し言いにくそうだ。これは誰にでも話せる内容ではない。勿論消音結界は張ってある。アルスがいなくて良かったのかも知れない。
「今までに発動したのはね……その時はよく分からなかったんだけど、今考えると多分切っ掛けがあるの。私が死ぬか……貴方が死ぬか」
ゴクリ、とフィアードの喉がなった。ティアナが死にそうになって発動するのは分かる。だが、何故自分もその切っ掛けになるのだろう。
「貴方が思ってるより、貴方の存在は私にとって意味があるの。多分。
でも、私は今までその意味を知ることが出来なかった。ツグミは何か知ってたけど教えてくれなかった。だから、どうしても碧の魔人に会いたかったの」
フィアードの心臓は今にも破裂しそうな程大きな音を立てている。
「それから、戻る時間は割と自由に決められるの。だから、今回は産まれてすぐに戻ったわ。
あとは……戻るにも条件があって……、何て言えば分かるかなぁ……今から襲われなかった村には戻れないっていうこと」
彼女が時間跳躍したことで歴史は変化する。その変化する前の歴史には戻れない、ということだという。頭が混乱する。
「……つまり、滅んだ村を救うには、それより前に戻って救うしかないってことだよな?」
「そう。だから、もうお父様が築いた帝国には戻れない」
それは何となく理解できる。だが、もう一つ気になることができた。それは想像するだけでもとても恐ろしいこと。恐らく自分では耐えられないかも知れないこと。
フィアードは眉を顰めて、少し躊躇いながらその疑問を口にした。
「……お前が死んだら時間が戻るってことは……死ねないってことなのか?」
「……天寿を全うしたことないから、分からないわ」
死んで終われない人生……。強がっていた姿をあまりにも無邪気に信じていた自分が恥ずかしい。フィアードはティアナの顔を見るのが怖くて、その小さな身体を抱き締めた。
「嫌なこと聞いて……ごめんな」
「でも、きっと今回で終わらせるわ……」
小さな肩が震えていた。
◇◇◇◇◇
翌朝、フィアードはティアナと共にツグミの案内で族長の天幕を訪ねた。アルスはヨタカと狩りに行ったらしい。
「入りなさい」
女性の声だった。意外に思いながら、フィアードはティアナを抱いて天幕の中に入った。
ノスリによく似た妙齢の女性が胡座をかいて座っていた。豊かな空色の髪は右肩で纏められ、胸元に垂れている。
「よう来たな。うちが族長のミサゴや。ま、座りな」
フィアードはミサゴの前に座り、その横にティアナを下ろした。
「ガーシュの息子、フィアードです。こちらはティアナです」
ミサゴは二人を見て頷き、深く息をついて話し始めた。
「何から話したらええか……」
「勿体ぶらずに教えて下さい。ツグミに散々焦らされてるんですから。なんで俺は襲われたんですか?」
流石にこれ以上は焦らされたくない。聞きたいことが山ほどあるのだ。ツグミが二人分のお茶を置いて何も言わずに天幕を出て行くのを見計らって、ミサゴは口を開いた。
「まず、……神族はな……、うちら魔族の敵なんや。特に欠片持ちは魔族の脅威。うちらは鍵を神族から奪わなあかん」
「奪う……。では、父はその手引きをすることになっていたんですか?」
ミサゴは首を横に振る。
「……ガーシュら、神族の村長を勤める家系には別の仕事があったんや」
フィアードは眉を顰めた。そんな事は聞いたことがない。
「鍵は神族から生まれる。鍵が生まれたら、神族はどうすることになっとる?」
「……鍵と神族によって、神の御代を取り戻すように……と教えられてきました」
フィアードは自分が常識として叩き込まれたことを答えた。ミサゴは深く頷く。
「そうや。それこそが問題や。神族が支配する世界……それを防ぐのがガーシュ達……魔族総長や」
「魔族……総……?」
聞きなれない言葉にフィアードは首を傾げた。ミサゴは詳しく説明し始めた。
神族から神の化身が生まれるという可能性に気付いた魔族はその危険性に着目。緋、碧、黑、皓の全ての血を引く者を生み出し、その者を魔族総長として神族の村を監視させることにしたのだ。
その家系は全ての精霊の加護を得られる器を持ち、総じて魔力が高く身体能力も高い。やがて神族の村で長となった。
そして代々神族の動向を魔族に報告し、神の化身が生まれる時を待っていたという。
「……魔族総長の家系に、欠片持ちが生まれたことはなかったはずや。それやのに、鍵が生まれたこの時にこうしてお前がおる……」
まさか、魔族総長の跡取りが欠片持ちとして産まれてくるなど、誰も想像していなかった。村長として神族と交わっていった以上、可能性はゼロではなかったが、まさか、鍵が生まれるこのタイミングでそのような偶然が起こるとは。
ミサゴは深く溜め息をついて茶に口をつけた。
「これは碧の魔族だけの問題やないんや。他の魔族達にも説明せなあかんことや」
「……本当なら、俺は父さんと一緒に神族を捨てて、鍵を連れて魔族の元に行く筈だった……」
「そうや。精霊の加護を受けて、欠片持ちの手から鍵を守る筈やったんや……」
フィアードは欠片持ちとしての使命と父から受け継ぐ筈であった使命の狭間でグラグラと足元が崩れ落ちる感覚を覚えていた。
「じゃあ……、俺はどうすればいいんですか? 鍵をここに連れて来たことで、神族を敵に回したってことですか?」
「うちらにとって、神族は欠片持ちだけなんや。欠片のない神族は普通の人間……怖いことないからな」
ミサゴの言葉で、フィアードは一つの事実を思い出した。欠片持ちはもう一人……いる。
「……鍵の父親が漆黒の欠片持ちです。俺は彼にティアナを渡す気はありません」
ミサゴは驚いて眉を顰めた。
「ガーシュの指示があったわけでもないんやろ? 襲撃で一時的に保護しとるって聞いたんやけど……その父親は……?」
「襲撃の首謀者の可能性があって……、呪術で俺達を監視していたのも、恐らくその父親です」
証拠はない。あくまでもティアナの未来の経験と推測のみ。子を監視するのは当たり前とも言える。子供を親から引き離す理由としてはあまりにも心もとない。
「……父親が健在ならば、子供を返すのが普通やろ? 独断で鍵を連れてるんやったら賊と変わらんな。神族の使命でもないし、ガーシュの指示でもないし……お前の目的は何や?」
不信感がありありと見える。フィアードはどう説明するべきか言葉を見付けられずに、冷め切った茶に目を落とす。
「私の指示よ。私がお父様から逃げてもらってるの。お父様は私欲を優先させて私を擁立するつもりだから」
それまで黙っていたティアナが口を開いた。ミサゴが目を見張る。まだ一歳にもなっていない赤ん坊が、大人と対等に喋っているのだ。驚かない筈がない。
「欠片持ちであれ、魔族総長であれ、フィアードの役割は、私を守ること。それに相応しい力を身に付けるのが必須ってことよね。欠片持ちの彼でも精霊の加護を受けられるの?」
ミサゴはしばらく呆然としていたが、ティアナが何者なのかを思い出して納得したようだ。そして、この場における意思決定権を誰が握っているのかも理解した。
「ガーシュの息子やったら加護を受けるんはできるはずや。ただ……」
「ただ?」
「他の族長達がどう出るかは分からへんから、全ての精霊の加護を受けるのは難しいんちゃうかと……」
ただでさえ魔族の敵とされる欠片持ちが精霊の加護を受けることによって、どれだけの力を得るのか……。そして族長の許可なくして精霊の加護を受けることはない。
「風の精霊の加護は……ミサゴ、貴女が与えてくれるってことよね?」
「ティアナ様がそう言うならば、うちには断ることは出来へん……。フィアードには試練を受けてもらわんとあかんけどな」




