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第138話 戸籍と報告

 機械の街(ヴィレドゥマシネ)と名付けられた廃墟は着々と復興していった。


 森の番人達は街に移り住み、街周辺の警戒や狩りを行って街の人々と次第に打ち解けていった。


 地下に避難していた人間達はおよそ一年ぶりに陽の光を浴びながら、彼らの為にこの地に名付けて結界を張った神の化身である女帝の前に屈した。

 地下で機械(カラクリ)を動かしていた魔人達も協力し、廃墟となっていた街はみるみる復興して行った。


 女帝一行は機械の街(ヴィラドゥマシネ)を中心にその周囲の土地を散策し、他の三つの町を復興に導いた。


 そして、その過程で魔石を取り込んで異形と化した人間達をまた見出した。

 鳥のように背中から羽根を生やし、鋭い爪を持つ空を飛べる者達。狼の尻尾を持ち、鋭い牙によく効く鼻と耳を持つ者達。どうやら、それまでの食生活が肉体の変化に関わっているらしい事が分かった。

 そして彼等は皆、多くの犠牲のもとで変化した事により高い戦闘能力を得たからか、元の姿に戻そうというティアナの提案を頑なに拒んだ。


「……彼等には新たな立場を与えてもいいかも知れませんね……」


 彼等の今後を憂いて悩んでいるティアナの前にすっと杯を差し出して、モトロが呟いた。


「……どういう事?」


 杯には酒ではなく、彼女が好む香草茶が満たされていた。


「彼等の寿命の変化も分かりませんし、子孫を残せるのかも分かりません。もし同じような変化をなした者同士であれば、その子供に変化は継承されるのか、あるいは相手が変化していない人間であればどうなるか……。まだまだ疑問は残ります」


「……それもそうね……」


 茶を一口飲んで、ホウッと息を吐くと、モトロはフッと口元を緩める。


「魔人と人間の間ですら、子供を成せる事以外の寿命や魔術の継承に関しては未だよく分かっていません。……人民を登録して、婚姻関係、親子関係を明らかにすればいずれ分かる事もあるかも知れません」


 モトロの言葉にティアナは溜め息をついた。飲みかけの杯を机に置き、モトロの美しい顔を見上げる。


「確かに……人民の把握は必要ね。大陸では村単位である程度の把握は出来てるけど。こちらでも同じ様に記録する訳ね」


「ええ」


「でも……、その継承についてハッキリした答えが分かるのって……孫ぐらいの世代まで調べるのよね……大分先だわ……」


「……人間にとってはそうでしょうね」


 ポツリと言ったモトロの少し寂しげな様子が、ティアナの胸にチクリと痛みをもたらす。


「……幸い、僕にはたっぷり時間がありますから、いずれ研究成果をまとめて差し上げますよ。とりあえず、貴女は彼等をそれぞれ登録するように触れを出して下さい」


「モトロ……」


「……僕にも貴女の国の根幹に関わらせて下さい」


 ドキン、と胸が跳ねて、ティアナは居心地の悪さを感じた。内政はフィアードとランドルフ、地域間の連絡と冒険者とのパイプ役はレイモンド、そして軍事はアルス、気が付けば身近な人間ばかりで帝国の中枢を固めていた。

 決してモトロを無視している訳では無かったが、大陸では通貨の製造の基礎を築いた彼の技師としての技術もこの地ではあまり活躍の場がなかったのは事実。ただディンゴと共にティアナの護衛のようにピタリと付き従っていたのである。


「……ごめんなさい、モトロ。それじゃあお願いするわ」


「人民の登録について、項目を考えておきますね」


「ええ」


 この後、異形と化した彼等はそれぞれ有鱗族、尖耳族、有翼族、獣人族、という名称を与られた。


 全ての人民は姻戚関係を詳しく管理する為に、個人で所有する系図の提示が求められ、各地に納税の為に作られた役所の一画に戸籍登録の為の部署を設けたのである。


 ◇◇◇◇◇


 切り離された地に降り立って三ヶ月が経過した。


 それほど大きな土地ではない。もう殆どの地域を探索し、それぞれの町では復興が進んでいる。

 そんな中、地元の者達も足を踏み入れない土地があると聞いて、ティアナ達一行はその土地に向かった。


 切り立った崖の上、こんもりと気が生い茂る森が見える。その森からは夜な夜な凄まじい咆哮が聞こえると言う。


「……嫌な予感しかしないのよね……」


 森からは漂ってくるただならぬ魔力と邪悪な気配。ティアナは眉を顰めて崖を見上げた。


「……確かに。もともとこの地には人間はいなかったと言うし……無理に暴き立てる必要はないかも知れないな……」


 遠見(とおみ)を阻害され、フィアードが肩を竦めた。なんとなく、この崖の向こう側には恐ろしい存在が隠れているような気がしてならない。


「それじゃあ、ここをすっぽり結界で覆っちまえば?」


 レイモンドにケロリと言われ、フィアードはガックリと肩を落とした。


「お前な……、こんな広範囲の結界を張れる訳ないだろ?」


「……そういうものか?」


 レイモンドがチラリとティアナを見ると、ティアナは小さく吐息をついた。


「結界を張る事で、余計な刺激を与えそうな気がするわ。それならそれぞれの町の結界を強化する方がいいかも」


「……そんなにヤバそうか?」


「……分からないわ。とにかく魔力が濃厚すぎてよく分からないのよ……」


 ティアナの言葉にレイモンドがスッと青ざめた。嫌な予感……なるほど。そういう事か。


「……奴が……いるのか……」


「かもね」


 あの男が、あの恐ろしげな存在を手懐けてこの森の中で暮らしているのであれば、下手に刺激できないというのはよく分かる。


「……気付かれましたね……」


 モトロの呟きと共に、上空からバサリと羽音が聞こえてきた。


「……!」


 空を見上げたティアナの視界に映ったのは、蝙蝠の羽根のような黒い皮膜を広げて宙を舞う男の姿だった。


 ゾクリ、と全身が泡立った。男から吹き出す魔力の質が違いすぎて力が測れない。……得体の知れない相手だ。


 その男が空中からティアナに狙いを定めて手に持っていた銛を投げたのと、後ろに控えていたターレンが矢を放ったのがほぼ同時であった。


 銛はフィアードの結界に阻まれてキインと金属製の音を立てて弾き飛ばされ、ターレンの矢は男の翼を射抜いた。


『ーーーーーー!』


 男は声にならない悲鳴を上げてゆっくりとティアナの目の前ち落ちてくる。


 近付くにつれ、男の纏う特殊な気配が明らかになり、やはり、とティアナはその男を睨み付けた。


「……魔物……?」


 レイモンドの言葉にフィアードは首を振った。


「あれは……悪魔……。魔物なんて可愛いものじゃない。どちらかと言うと……あいつ……デュカスが乗って行ったドラゴンに近い……」


 杖を翳して仲間たちを覆う結界を張りながら、フィアードは悪魔を観察していたが、どうやら傷つけられた翼では舞い上がる事が出来ないらしい。


「……随分軟弱だな……」


 レイモンドが首を傾げると、ティアナも頷いた。


「……本来の力を出せないみたいね……」


 ティアナから少し離れた位置になんとか着地して肩で息をしている悪魔は顔つきこそ恐ろしいが、全く襲ってくる気配はない。

 手負いの獣のように警戒した目を向けてくるが、ただそれだけである。


「どうする?」


 フィアードに言われ、ティアナはゴクリと唾を飲み込んだ。


「……悪魔は人間と同等、若しくはより優れた知能を持ち、人間の負の感情を操る。死霊を糧とすると書かれていたな」


 フィアードの言葉にモトロが頷いた。


「神話では余りにも多くの人間が悪魔に騙されて殺されたので、神が封印したとあった気がします」


「……その割に……弱々しいわ……」


 むしろ心配なぐらいだ。ティアナは溜め息をつくとゆっくりと悪魔の方に近付いていった。


「……陛下……」


 慌てて止めようとしても無駄だ。フィアードの手を簡単に振りほどき、ティアナはニコリと笑った。


「大丈夫よ」


 相変わらず不気味な魔力を内包しているが、何故か抵抗する気配のない悪魔は、ティアナの色彩に目を見開き、その場に硬直してしまった。


「……お前は何者?」


 ティアナの問い掛けに、悪魔はチッと舌打ちして懐に隠し持っていた短剣をスッと抜いた。


「……!」


 ティアナが咄嗟に剣を抜いた瞬間、悪魔はその短剣で自らの喉を切り裂いたのだ。


「えっ?」


『ーーーー!』


 声にならない断末魔に、その場の全員が耳を覆った。


 悪魔は愉悦に浸ったような表情で宙を見上げ、そのまま闇の粒子となって森の方に吸い込まれて行った。


「……ど……どうして……?」


 ティアナはドキドキと高鳴る胸を押さえ込み、闇の粒子が全て森に消えて行くのを見届けるしかなかった。




「……悪魔の魂を糧にして、力を蓄えてるのかも知れない……」


 誰が、とは言わない。


 フィアードは機械の街(ヴィラドゥマシネ)に戻ってすぐにティアナとモトロを呼び、今日の出来事を振り返った。


「随分回りくどいやり方をするものね……」


「あの悪魔は偵察だったんでしょうか。だとしたら、我々の動向が知れてしまった可能性が高いですね」


「ああ……。結界があっても安心はできない」


 フィアードはキリ、と奥歯を噛み締めた。あの男(デュカス)が何を考えているのか分からない。


「……あれが、幻獣の棲家だったのだとすれば……」


「恐らくあの森にいる」


 ゾクリと背筋が凍るような気がした。ティアナの身体が小刻みに震え出す。あの邪悪な気配はやはりデュカスだったのか。


「兄ちゃん!」


 静まり返った部屋の扉を蹴破るように、各地との連絡を取っていた筈のレイモンドが駆け込んできた。


「……どうした?」


 ツカツカとフィアードに歩み寄る弟の顔色は真っ青だ。


「二つ……報告がある……」


 レイモンドは軽く呼吸を整え、フィアードとティアナを交互に見つめた。


「……悪い知らせ……?」


「一つ目は……」


 レイモンドはフィアードを見つめた。


「レイチェルが、リュージィさんの治療を受けた」


 弟の口から飛び出した末の妹の名にフィアードは目を剥いた。


「……え……?」


「俺たちが出発してすぐ、病巣が一気に成長したらしい。ヒバリさんが俺達に知らせようとしたけど、レイチェルが断って、リュージィさんの術式を受ける事にしたらしい」


「な……!」


 フィアードは言葉を失った。全てが落ち着いたら自分がレイチェルを治すつもりでいたのに。何と言うことだろう。


「何かあれば呼び戻せと言っておいたのに……!」


「レイチェルはどうも、今後の医学の進歩の為には、魔術に頼らない術式が必要だと言ったらしい」


 リュージィの術式は、薬で眠らせた後、身体を切り開いて病巣を切除、縫合するというものだ。

 身体の表層の病変では成功しているが、体内の病巣の除去には今まで全てヒバリかグラミィと言った治癒術師が関わってきた。


「じゃあ……レイチェルは……?」


「術式は成功し、今、体力を回復させる為に休養しているらしい」


 ホウッと吐息をつく。成功したのならいいのだ。しかしまさかの事後報告にフィアードには苦々しい思いが残った。


「……それで……もう一つは?」


 三人の緊張は解けたが、レイモンドの顔色はますます悪くなる。


「……火の砦(フォートブロント)から……」


 ゾクリ、ティアナの全身が震えた。胸騒ぎがする。


「サーシャが……行方不明になった……」


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