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第136話 偽物の夜

 宿として与えられた小屋は普段は物置のようだ。一応人の出入りがあるからか、掃除はされており、それ程不潔という訳ではなかった。無造作に置かれている箱を積み上げるとそれなりの空間が出来上がった。


 しかし、森の番人二人を加えて八人となるティアナ一行が宿とするには少し手狭なようだ。レイモンド達三名の為に用意されたのだから当然なのだが。

 部屋の奥に扉があるが、手前の部屋では複数の大人が横たわろうとしたら無理がある。

 ちゃんと毛布を敷いて寝ようとすると、四人、といったところだろう。それでは、奥の部屋はどうだろうか。


 レイモンドが思案していると、ターレンが連れと共に当然のように外に出ようとした。


「我々は寝ずの番で構いません」


「外には出るな。夜通し目くらましを維持するのは難しい」


 フィアードがすぐに小屋全体に結界を張り、二人を引き止めた。


「そもそも……人為的に作られた夜だ。何が起こるか分からない……」


 まだこの街の機能は分からない。警戒しておいて損はない。

 まだ何の話し合いも持たれていない今、明らかに普通の人間ではない外見の森の番人二人が外に出るのは得策とは思えない。


 この地で出会った三人にはその事をよく言い含めておかなければならない。


「分かりました……それでは……」


 結局二人は扉付近に控えることになった。シュウリュウとディンゴも同様に入り口付近に控えたので、とりあえずティアナは幹部と呼べる残りの三人を連れて、隣の部屋に続く扉を開けた。こちらの方が広ければそれでいい、そう思ったのだが……。


「……あ……!」


 入ってすぐにしまった、と思った。寝台が一つしかない。そもそも、レイモンドは三人でリカオンに声を掛けたのだ。まさかその倍以上の人員が目くらましで隠れているなどと思わないだろうし、それならばこの小屋を指定したのも仕方ない。


 ティアナは若干遠慮がちに一つしかない寝台に腰を下ろし、フィアードが当然のように彼女に疑問を投げかけた。


「……どう思う?」


「とりあえず、ここの連中は今の所は安全よね。生活面で問題がないなら、このままでもいいと思うけど……もし、無理が生じてるなら、人間だけでも地上に戻った方がいいと思うの」


 ティアナの言葉にフィアードは口元を皮肉気に歪める。皓の村(ヴァイセスドルフ)に滞在していた二人は、人間にとって地下での暮らしがどれだけ負担になるか知っている。

 擬似太陽を作り、水を巡らせ、通風口を作ってはいても、やはり無理はあるだろう。


「ここの魔人達に水魔法と風魔法を覚えてもらえばいいんじゃないのか?」


 レイモンドの言葉にフィアードが唸る。


「恐らく、これだけの空間を維持して、あれだけの機械(カラクリ)を動かしていれば余力はないだろう。やはり地上でも暮らせる環境を整備した方がいい」


 その為には、この街の成り立ちと構成が分からなければならない。魔人が人間を支配し、使役している可能性も考えられる。

 魔物という脅威がある以上、脆弱な人間は役立たずになってしまう。


「もし、人間が魔人に隷属していたとしたら……少し厄介だ」


 フィアードの言葉にモトロが首を傾げた。


「魔人が権力と結び付く事は稀だと思いますが……」


「いや、それが原因で大陸が割れたんだろ? (くろ)(あか)にはその前科がある」


 フィアードの言葉に頷き、レイモンドが希望を口にする。


「……そのパイソンとかいう奴が、話の分かる奴であってほしいな……」


「本当ですね」


 話が一区切りついたところで、レイモンドはチラリとモトロに目配せすると、彼はコクリと頷いた。



 この部屋は寝台と、手前に扉の開閉の為の空間があるだけの狭い部屋だ。寝台はティアナが使うとして、もう一人ぐらいここに残ってもらわなければ、手前の部屋は雑魚寝ですら厳しいだろう。


 そして、誰が寝室に残るべきかなど、考えるほどでもない。


遠見(とおみ)を使いっぱなしで疲れただろう? 早く休めよ」


 レイモンドがニヤリと笑って部屋を出ると、モトロは当然のようについて行った。


「……え……?」


 続いて出ようとしたフィアードの手前で扉が閉まった。その木製の扉を見つめるハシバミ色の目は明らかに困惑していて、コメカミにから汗が流れ落ちている。


「おいっ!」


「こっちはいっぱいだ。仕方ないな。兄貴はそっちで陛下と寝てくれ。それとも夜伽の相手を指名するか?」


「バカッ!」


 レイモンドの声に過剰反応したティアナが顔を真っ赤にして寝台から立ち上がった。


「夜伽って……何の話だ……?」


 フィアードの眉が顰められている。ティアナは内心舌打ちしながら扉の向こうのレイモンドを睨み付けたい気分になった。


「ちょっとした……冗談よ……」


「随分と下品な冗談だな……」


 彼は時々こうやって無理やりフィアードとの仲を取り持とうとする。それがあまりにも唐突で、さっさと何とかなってしまえ、と言われているようで気恥ずかしい。


「レイモンドのバカッ!」


 ティアナの握りしめた拳が白くなる。怒りなのか羞恥なのかは分からないが、とにかく胸が掻き回されるような感じがする。


「まぁ……旅の間はずっと三人で寝てたん(・・・・)だろ?」


「何もしてないわよっ!」


 唐突に不貞を疑われた気分だ。とんでもない誤解だ。狼狽えるティアナを見てフィアードがクスクスと笑っていた。


「もうっ! そういう冗談はやめてよ」


 よりにもよって、フィアードからそういう事を言われるのは耐えられない。一応、仮にも、前回の人生では晴れて夫婦になっていたのだから。


「相変わらず、我らの女帝陛下は冗談が通じない……俺は調べ物をしてくるから、お前はここで寝ていろ」


 あれだけの記憶を持ちながら、真っさらな、奇跡のような少女の姿を見て、フィアードは若干呆れたように肩を竦めた。


「言っていい冗談と悪い冗談があるでしょ!」


「ていうか……本当に何も無かったのか……。あいつらも意外と小心者だな」


 軽い口調だったが、その声に少しホッとした響きが含まれている事に気付き、ちょっと嬉しくなる。


「とにかく、お前の今の仕事は休む事だ。いいな」


「……でも……!」


 みんながゆっくり休めない中、自分一人だけ寝台で寝るのは耐え難い。しかも……。


「おやすみ」


 言い残して転移しようとしたフィアードの手首を慌てて掴んだ。

 転移のための魔力が一瞬で霧散する。


「……どうした?」


「貴方の方がずっと魔力を使ってるじゃない! 誰よりも疲れてるくせに何言ってるのよ」


 ティアナの色違いの目で睨まれ、フィアードは溜め息をついた。その眼に浮かぶ心配の色に胸がくすぐられる。


「……何だ。ばれてたのか。流石だな……」


 正直、この小屋の結界を維持する自信が無いほど消耗している。

 髪や目の色を変えるのと違い、存在そのものを隠蔽する目くらましを複数に長時間かけ続けたのだ。しかも、この得体の知れない街で。


「フィアード……貴方が休んで。また、前みたいに倒れられたら私が困るの」


 かつて、複雑な魔術を駆使しすぎてしばらく魔力を使えなくなっていた時期があった。

 あの時の不甲斐なさを思い出して、フィアードは苦笑いした。


「あの時ほど俺は未熟じゃないつもりだけど……」


「でも、あれから貴方の中では一年程しか経ってないじゃない! 休める時にはちゃんと寝台で休まなきゃ駄目よ!」


「……じゃあ、俺と一緒に寝るのか? この狭い寝台で?」


 大好きなハシバミ色の目で覗き込まれて、心臓が跳ねた。頬が熱い。


「……レイモンド達はそれでいいと思ってるのよ」


「お前は?」


「……私は……」


 ティアナの目が泳ぐ。いずれは……と思っているので、否定するのもおかしい気がする。


「あのなぁ……俺が、お前と同じ寝台でゆっくり休める訳ないだろ? 下手すりゃ、明日の大事な顔合わせで、お前が足腰立たなくなってるかも知れないぞ?」


「……えっ……?」


 ギョッとするティアナを見て、フィアードは深い溜め息をつく。


「お前、こんな敵地かも知れないところで俺を焚きつけるんじゃない。敵の思うツボだろうが。そもそも初めてを舐めてるだろ。鍛えてるから大丈夫だとでも思ってるのか?」


「……う……」


「忠告しておくぞ。疲労してたり弱ってる時の方が、男はその気になるんだ。余計な事は言わない事だ」


 不機嫌そうにフィアードは窓を開け、軽く床を蹴って緑色の鳥の姿になると、人工的な夕闇の中に羽ばたいて行った。


「……その気って……!」


 ティアナは熱くなった頰を包み込みながら窓をそっと閉める。結界を強化し、フィアードがいつでも戻れるように少しだけ構成を変えて寝台に横になった。


 ーー初めてって……そんなに負担になるのかしら……?


 あまりにも平和な夜の気配に、先ほどのやり取りを思い出してしまう。ティアナは高鳴る胸を無理やり押さえ込みながらギュッと目を瞑り、必死で眠る努力をした。




 ーー全く……あのお姫様は危機感が無さ過ぎる……!


 フィアードは天井()を飛びながら、どこか自分が休める場所を探す。わざわざ鳥の姿になったのは、転移するより魔力の消費が少ないからだ。

 最初に受け入れた風の精霊の加護は彼の中では最も強力で、彼に身体の変化をももたらすのは風魔術だけだ。


 建物と呼べるような所にはギッシリと人が横たわって眠っており、まともな寝台で眠っている者など殆どいない事が分かる。


 フィアードはこの広大な穴に、人目を逃れて休めるような場所が無いことに溜め息をついた。それでは、あの小屋を提供されたのはありがたいことなのだろうか。それとも……罠?


 やはり戻るしか無さそうだ。


 緑色の鳥が飛ぶ姿はまだ誰にも気付かれていない。蝙蝠が飛んでいるから気にならないのだろう。


 ひらりと旋回し、元来た道を飛びながら街の様子を確認する。


 ……そして、自分達が滞在している小屋に向かって数人の怪しげな影がゆっくりと近付いている事に気付いた。

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