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第135話 地下の街

 翌朝、フィアードは足元の空洞を感知しながら歩き回り、藪の中に地下に続く階段を見付けた。


「出入り口を見付けたぞ」


 フィアードの報告を受け、ティアナ達は森の番人を連れてその階段に向かった。


「恐らく、この階段の下に避難している人間がいるんだろう」


 フィアードに言われ、レイモンドが頷いた。その顔がどことなく沈んでいるのは、昨夜の戦いの余韻だろう。


 真っ暗な階段をディンゴに照らし出させ、様子を伺ってみる……。その階段は地中深くに続いていた。


 状況をティアナに説明すると、彼女もしばらく階段を探り、難しい顔で頷いた。


「……行ってみるしかないわね……」


 ティアナの決断で、一行は森の番人の数名と共に慎重に階段を下っていく。


 灯りも何もない階段は曲がりくねり、まるで迷路のようになっていて、普通に迷い込めばまず間違いなく出口には辿り着けないだろう。


 ディンゴの火魔術で照らされながら道を解いて迷わず進んで行くティアナの姿に、森の番人達は畏怖の目を向けて静々と付き従っていた。


 行き着いた先は大きな何もない洞穴。一見肩すかしのようなその空間に呆然とした一行だったが、壁を調べていたフィアードがポソリと言った言葉に食いついた。


「この先にも道がある……」


「なんだって? 本当か兄ちゃん!」


「ああ。間違いない」


 兄弟のやり取りの合間にその壁を調べたティアナも頷いた。


「そうね、この先が正解だわ」


 しかし、壁には特に仕掛けは見受けられない。ティアナはうーん、と唸ってチラリとフィアードを見た。


「これって、土魔術で完全に隔離されちゃってるって事かしら……?」


「いや……それにしては周到すぎる。これはここまでで行き止まりと思わせる為の罠だろう」


 フィアードが壁に手を当てて念じると、グワッとその何もなかった壁に大きな穴が空き、目の前に道が開けた。


「さあ、通れ。俺は念のために塞いでおく」


 フィアードは全員が道に出たのを確認して再び土魔術を使って入り口を同じように塞いだ。


 この道はボンヤリと明るい。どうやら出口が近いらしい。念の為、フィアードは一行に目くらましを掛けた。これで気付かれない筈だ。


 一行は緊張の面持ちで歩を進め、ついに出口に到着した。


 出口に一歩、また一歩と近付くにつれ、ザワザワと雑踏が聞こえ始め、パアッと目の前が開けた時には、顔を寄せて会話しなければお互いの声が聞こえないのではないかというくらいの音が溢れていた。


 そこは……街……だった。


 果てしなく広がるような大きな空間には彼等が見た事のないような大きな建物が建てられ、上を見上げると空のように全体が明るい中に、太陽のような丸い眩い光源が一つ浮かんでいる。


 道には人が溢れ、それぞれが忙しく動き回っていて、とても活気に満ちている。


「……これは……」


 大陸で一番大きなティーファの町でもこれ程の人を見た事がない。ここが地下だということを忘れてしまう程の大きな空間、明るさ。これを見てしまうと、皓の村(ヴァイセスドルフ)など、薄暗い穴倉にしか感じない。


 恐らく少し小高い丘のような所なのだろう。なんとなく街の姿を見下ろせるが、あまりにも建物が多すぎて何が何だかよく分からない。


「ランドルフを連れて来たら良かったわ……」


 ティアナの呟きを聞いたフィアードがコクコクと頷いた。


「もともと、こんな街が地上にあったんだろうか……」


 とにかく技術力が凄まじく、金属製の様々な機械(カラクリ)が絶えず動いている、と言っていた。

 大きな音を立てている大きな箱がそうだろうか。フィアードは首を傾げた。


「とりあえず……この街の中心人物を探しましょう」


 ティアナの言葉に頷き、一行は行き交う人々とぶつからないように歩きながら街を散策した。


 背の高い柱の上に管が設置され、街中に網の目のように張り巡らされていたが、その先端から流れ落ちる水を汲む女性を見て、それが水路であることを知った。


「……そっか……、(しろ)の魔人はいないから、水は不便なのね」


「空調用の穴もあちこちに空けられてるぞ。……それにしても……凄いな。この穴は(くろ)の魔人が作ったんだよな……」


 建物には屋根は必要ないからか、近付いてみると壁だけで区切られている事が分かる。


 そんな中に複数の機械(カラクリ)が動いている場所があった。

 その中央には大きな作業用の机が置かれ、人間が並んでいる。

 それぞれの機械(カラクリ)から出てくる部品を籠に集めて作業場に運び、流れ作業で組み立てている。


「……あれは……鉄砲とか言う……武器ね」


 金属の玉を打ち出す武器だ。異国の船に乗っていたから見覚えがある。

 ティアナは完成品を一つ一つ確認している女性の様子を見ていた。恐らくここの人間は末端の作業員だろう。この鉄砲の行き着く先ならば少しは話が通じるかも知れない。


「出来上がった物を運ぶ段階になったら、その後を追いましょう」


 ティアナの提案にレイモンドが頷いた時、フィアードはモトロに肩を叩かれた。


「……魔人がいます……」


 言われて振り向くと、立ち並ぶ機械(カラクリ)の隙間からチラチラと緋色の髪が見える。


 ーー(あか)の魔人だーー!


 ティアナはゴクリと息を飲んだ。その魔人は機械(カラクリ)一つ一つに手をかざして魔力を供給していた。どうやら機械(カラクリ)の動力は魔力らしい。


「……僕がディンゴを連れて、話を聞きに行きます。いいですか?」


 モトロの言葉にティアナは少し考えてからレイモンドの肩を叩いた。


「レイモンドも一緒に。私とフィアードは目くらましを掛けて近くに控えているわ。シュウリュウとターレン達は少し離れていて」


 この魔人もただの作業員の可能性も高い。はぐれの魔人が突然現れたら警戒するに決まっている。そんな時にはレイモンドの交渉術が活きる筈だ。


「分かりました」


 モトロは少し渋い顔で頷き、ディンゴとレイモンドを連れてその魔人に向かって歩き出した。不自然にならないように徐々に目くらましを解く。これで何となく近付いて来る事を認識するだろう。




『お仕事中すみません』


 いきなり声を掛けられ、その魔人の男はギョッとしてモトロに向き直った。ザワリ、と作業中の人間達の視線も集まる。

 レイモンドはその様子に肩を竦めながらディンゴを押し出した。


『我々は大陸から来たんだが、お前達の中心となる人物について話を聞きたい』


 レイモンドの言葉に魔人は目を丸くし、ディンゴを見つめた。


『見掛けない顔だな……こいつは……?』


『遠く離れた地、とされる大陸に残されたお前達の同胞だ。今は我々と共に行動している』


『……神話に出てくる……あれか。大陸からの客は以前受け入れたことがあると聞いたが……我らの同胞がいたとは……。それで……どうやって……?』


『我々の中に土魔術を使う者がいる。地上に人がいないのを不思議に思っていたら化け物に襲われ、偶然階段を見付けた』


『なっ! ……奴らに見付かったのか!』


『人を喰った連中には人間の頃の記憶を持つ者がいた。もしかしたらそいつらから漏れたのかも知れない』


 レイモンドの言葉に男は言葉を失った。

 あの人間の記憶を持った魔物は結局、レイモンドの剣の前に散った。彼の無念を胸に、レイモンドはなんとかしてこの地を人間の手に戻そうと決意したのである。


『安心しろ、襲ってきた奴らは殲滅した。だから、ここは見付かっていない。途中の道もちゃんと塞ぎ直してある』


 男は口元を覆い、しばらく考え込んでからおもむろに口を開いた。


『作業が終われば、製品を持って役場に行く。その時に同行してくれ』


『俺はレイモンド。この(しろ)の魔人がモトロ、お前の同胞がディンゴだ』


『……リカオンだ……』


 レイモンドの交渉が成功したらしい。やはり彼に任せて正解だった。モトロは口調は丁寧だが、相手の立場などを考えずに真っ向から話し掛ける傾向があり、交渉には不向きなのだ。ティアナはホッと胸を撫で下ろした。




 光源となっている擬似太陽は、実際の太陽と同じように橙色に色を変えて地平線のような床に吸い込まれていった。

 自然の営みを極力再現しようとする妙な拘りに感心したが、その後リカオンの案内に従ってこの地下街を歩いていて、その理由が分かった。


 機械(カラクリ)地帯を抜けると居住地区があり、その奥には見渡す限りの田畑が広がっていたのだ。


 リカオンが向かったのはその田畑の手前の一際立派な建物だった。


『あの建物は役所として使われている。我々が作った武器や農作物を集め、再分配するのが役割だ。それら全てを取り仕切っているのが(くろ)の長、パイソン様だ』


『……そうか。ありがとう……』


 明らかに怪しげな他所者をここまで案内してくれたリカオンに礼を言うと、レイモンドは二人の魔人を従えて屋敷の扉を開いた。


 ティアナ達は念の為、屋敷の裏手で目くらましを掛けたまま待機している。遠見(とおみ)でレイモンド達の様子を見ているので、何かあればすぐに駆け付けられる。


 屋敷の中は届けられた武器や農作物の受け取りや仕分けで賑やかだった。


『……あの……』


 見慣れない男達の出現に、受付をしていた女性が恐る恐る声を掛けてきた。


『大陸から来た者です。パイソン様にお会いしたいのですが、お取り次ぎいただけますか?』


 レイモンドが丁寧に言うと、女性は頬を赤らめながら小さく頷き、パタパタと屋敷の奥に消えて行った。


「……あまりにも素直な反応には動揺しますね」


「本当にな……」


 モトロが耳打ちしてきて、レイモンドは苦笑した。


 しばらく待っていると、先ほどの女性が戻って来て、レイモンドにぺこりと頭を下げた。


『申し訳ありませんが、本日はお時間が取れないそうです。明日改めてお越しいただけますか?』


『……分かりました。それでは、明日、我々の主君も連れて参ります』


『あ……はい。分かりました。二件隣りにある小屋を宿としてお使い下さい』


 女性から鍵を受け取ってレイモンドはモトロ達を連れてその小屋に向かった。

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