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第134話 森の番人

 ティアナ達は町を一歩出ると、かつては街道であったと思われる道を歩き出した。


 特に目的地がなく、この土地の名付けと住民の保護が目的なので、自分の足で地道に探索を繰り返すしかない。


 周辺をぐるりと遠見(とおみ)で下調べをしながら、進路を定めていくのはフィアードの仕事だった。

 魔物の気配が濃く、なかなか安全な旅とはいかず、今日の収穫となった魔石を袋に入れながらフィアードは結界を張った。


「今日はこの辺りで休みましょう」


 日はまだ高かったが、目の前に広がる森を警戒し、念の為に早めに休む事にする。

 こまめに休息を取りながら、少しずつ範囲を広げていく。だからと言って、確実にこの土地を掌握するのはまだまだ時間が掛かるだろう。


 それにしても、人間の姿が見えない。食糧難になるほどいたという人間の姿が見えないのが不気味だ。


 港町(ハーフェンシュタット)には元は千人ほどの住人がいたらしいが、それが五十人ほどに減ってしまったのだ。恐らく他の村や町も同じような事になっているのかも知れない。


 ティアナは天幕の中でゆっくりと周囲を見渡したが、やはり人間の姿は見えなかった。


「……そろそろ会えると思っていたのに……」


「ああ……。思った以上に事態は深刻なのかも知れないな」


 現れるのは魔物ばかりだ。人間は死に絶えてしまったのだろうか。


「じゃあ……私は休ませてもらうわね」


 ティアナは溜め息をつきながら翌日の行程の為に早めに身体を休める事にした。常に遠見(とおみ)で周囲を見ながらの移動は精神的に厳しいものがあるからだ。しかし、そこまでして尚、人間が見つからないことに若干の焦りを覚えていた。


「明日には森を抜けてランドルフ達が襲撃を受けたという大きな町に入れると思うわ。恐らくそこには人間が隠れ住んでいるんじゃないかしら……」


 かなりの規模の町だったと聞く。しかも最先端の武具の研究が進んでいた。そう簡単に魔物にやられる訳がない。


「そうだな。無理せずに休める時に休んでおけ」


 気を張っているティアナが痛々しい。フィアードは水魔術でティアナの身体を清めて毛布を手渡した。


「ありがとう……」


 ティアナはニコリと微笑み、睡魔に身を任せた。


 フィアードは自分の前であまりにも無防備に眠ってしまうティアナに若干の苛立ちを感じながら、ゆっくりと魔力を巡らせる。

 夜にならなければ動かない者もいる。フィアードは周囲を見ながら(・・・・)何者かの包囲網を察知してしまった。


「マズイな……囲まれる……」


 彼らの一行を大きく取り囲んでいた魔物達がジワジワと距離を詰めつつあった。ティアナは人間を探そうとするから魔物まで意識が回らない事が多いのだ。


 ティアナを起こす訳にいかない。


 フィアードはそっと天幕を出て、後ろ手で入り口を閉めると、野宿の準備をしていた弟に目配せした。


「……魔物か? 魔獣か?」


「多分魔物だ。囲まれてる」


「何……? 気付かなかったな……」


 レイモンドの表情がサッと強張った。気配を絶って包囲網を敷く事ができるとなると、相当手強い相手だと容易に想像できる。


「モトロ、ディンゴ、シュウリュウ……敵襲に備えてくれ」


 レイモンドの言葉に、身体を休めていた三人が警戒の体制を取った時、ヒュンッと何かが飛んできた。


 キイン……!


 レイモンドの剣がはたき落した矢が地面に落ちるのが戦いの合図だった。


 一斉に降り注ぐ矢の雨に対し、フィアードが天幕を中心に結界を張ると同時に、四人がバッと四方に散る。


 フィアードは四人から逃れては天幕に近付こうとする魔物に取り囲まれた。


 身体能力は然程高くはない。だが、戦い方に知性が感じられる。人間の野盗相手に戦うのによく似ている気がする。


「ギィッ!」


 斧や槍を手に襲い掛かってくる魔物は四人から逃れただけあって中々素早く、拙いながらも連携して攻撃してくる。


「ま、剣で相手するには厳しかっただろうな……」


 自分の剣の腕では、この素早い動きについていけないだろう。


 フィアードは魔物達を氷でその場に縫い止め、風刃で一気に切り刻んだ。容赦する必要はない。弾け飛ぶ魔石を見つめ、四人の戦況を見守った。




「くっ……この……馬鹿力め!」


 レイモンドは一回り以上大柄な魔物の大振りの剣を受け止めて悪態をついていた。

 魔物にもどうやら個体差があるらしく、明らかに規格外の強さを誇るであろう一体が彼の前に立ち塞がったのだ。


 戦いの技術も高く、レイモンドはその魔物の動きが洗練されている事に舌を巻いた。もしかしたら、剣の達人でも取り込んだのかも知れない。


 キィン……! ガキィ……!


 レイモンドがその魔物の相手をしている為に、他の魔物達は脇をすり抜けて天幕に近付いていく。


「兄ちゃん……! そいつら頼むぞ!」


 多分魔術を使う兄なら大丈夫だろう。レイモンドはすり抜けて行く連中には目もくれず、目の前の強敵に対峙した。

 醜い外見は変わらない。だが、目には若干の知性を感じる。乱杭歯の口元は閉じられ、涎が垂れることも無い。


「……お前……人間か……?」


 ふと思い付いて聞いてみると、魔物の目がギョッとしてこちらを見た。


「……ナゼ……ソウ思ウ……」


 その答えが全てだった。


 レイモンドは苦しげに眉を寄せ、その異形を見上げた。

 魔石を取り込んだ人間とは違う。だが、この魔物の魂は人間のものだと分かる。喰われた人間が魔物の体内でその意識を取り戻したのかも知れない。


「言葉が通じるなら話が早い」


「ナニ……?」


「貴様はどうありたい? 人としての死か、それとも魔物としての生か」


 剣を交えれば、相手の心根が分かる。レイモンドは苦い思いで言い放ち、相手の答えを待った。


「……オ前トノ……勝負ヲ……!」


 レイモンドはギリ、と歯軋りした。こんなに不愉快な勝負は今後御免被りたいものだ。


「分かった……」


 二つの影はじりじりと距離を取り、おもむろに剣を構え直した。




 自分のすぐ近くにいた魔物が白炎に飲み込まれ、一瞬で色とりどりの石を撒き散らした。


「……!」


 シュウリュウはその圧倒的な熱量に息を飲んだ。強靭な肉体を手に入れたと思ってはいたが、あの白炎に飲まれては、自分も無事では済まないだろう。


 反対側では魔物達が次々と氷漬けにされていた。


 シュウリュウは刃物を仕込んだ手甲で、襲い掛かる魔物達を次々と屠りながら、両隣で圧倒的な力を振るう二人の魔人の様子を気にしていた。




 魔物の数が多い。


 しかし、港町(ハーフェンシュタット)を出てから人間には会っていない。人口増加からの食糧難と聞いていたが、人間は魔物に滅ぼされてしまったのかも知れない。


 モトロが漠然とそう考えながら魔物を氷漬けにしていた時、こめかみをかするように一本の矢が飛んできた。


「……!」


 ピリッと皮膚が裂ける感覚と、ジワリと傷口から侵入する毒素を感じてすぐに解毒、治癒を施して矢が飛んできた方向を睨み付けた。


 ディンゴが放つ白炎が夜空を明るく照らし出し、その正体が浮かび上がる。

 他の魔物達とは一線を画した佇まいの魔物が一体、弓に矢をつがえてこちらを狙っていた。


 この距離ではモトロの魔術が届くよりも先にあちらの矢が届いてしまう。飛んでくる矢を防御する事しか出来ない。


 どうしたものかと逡巡していると、魔物達に向けて別の方角から次々と矢が降り注いだ。

 動物の骨から削り出されたと思われる白い矢が次々と魔物を散らしていく。


「……何だ……?」


 目を見張ったモトロの視界に入ったのは、数人の人影だった。


 白皙の肌に美しい目鼻立ち、淡い色彩の髪を優雅に靡かせるその姿は、尖った耳だけが異様に際立ってはいるものの、まるで美の化身のようである。


 異形……と言うにはあまりにも美しいその姿にモトロはゴクリと息を飲み、魔物を片付けて悠然と魔石を拾い集めるその存在を眺めていた。




 襲ってきた魔物達を殲滅し、その後始末をしていたフィアードはふと足元に違和感を感じた。


「……これは……」


 恐らく下に空洞がある。


 フィアードは目を凝らし、足元に意識を集中させた。地中深くに向かって掘られた階段のようなものが見える。


 恐らく(くろ)の魔人が掘った穴だろう。ここに人間は避難していると思われる。


「……奴らの狙いはこれだったんだな……」


 フィアードは天幕の中を覗き込み、ティアナが眠り込んでいる事を確認してから、戻ってきた仲間達に穴の存在を伝えた。


「……成る程……皓の魔人(われわれ)と同じ考え方ですね」


 モトロの言葉にフィアードは頷いた。(しろ)の魔人は治癒能力目的で狙われ続け、地下に居を移した、という過去がある。


「あの魔物達はこの出入り口を探していたんだろう」


「じゃあ……俺達はどうする? 地下の人間達を救出するのか?」


「それについては明日……ティアナ(陛下)が起きてから相談する」


 レイモンドはフィアードの答えに頷いて、自分達の野営の準備を始めた。


「フィアードさん、彼らが来ました……」


 モトロから説明を受けていたが、フィアードはその集団を見て目を見開いた。


「……彼らは『森の番人』と呼ばれている、狩猟民族だったそうです。魔物の登場と共に、徐々に身体に変化が現れ、今では一族全てがこのような尖った耳を持つようになったそうです」


 森の番人はその場に跪き、畏怖の表情を浮かべてフィアードを見上げている。その視線に込められた思いにフィアードは苦笑した。


「……神の化身は別にいる。俺はただの欠片持ちだ」


 モトロの通訳を聞いて、彼らはフルフルと頭を振った。


『それでは、神の化身にお目通りをお願いしてもよろしいでしょうか?』


「もとよりそのつもりだ。ただ、今は陛下はお疲れで休んでいる。明日、 陛下とともに話を伺おうと思うのだが……かまわないだろうか」


『はい。もちろん。ありがとうございます。私はターレン』


「フィアードだ」


 モトロの通訳を通して二人は握手を交わした。


「早速だがターレン、君達は魔物……あの化け物が落とす石を口にしたのか?」


『いや……直接は口にしていない。だが、異形と化した獣を何度か口にしたり、石が落ちた川の水を飲んでいたのは確かだ』


「そうか……」


 ヨウメイ達ほど変化が顕著ではないのは直接魔石を取り込んでいないからか。フィアードは納得しながらターレンの姿を観察した。


 尖った耳と人間にはない淡い桃色や水色の髪をしているが、他には特に異常は無い。だが、ハッキリと人外の存在と思ってしまうのはその恐ろしいまでの美貌ゆえだろう。


『……街の人間の多くが地下に逃げ込んだと聞いている。もしも地下に行かれる際には是非同行させていただきたい』


「地下に逃げ込んでいるのは街の人間なのか!」


『はい。そのように聞いています。我々は戦う力を得ました。彼らには技術力があります。何とかしてこの状況を打破すべく、相談をしに行こうとしていました』


 フィアードはターレンとの出会いに身震いした。

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