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第133話 復興への道

 ごうごうと燃え盛る炎に冷気を掛けて鎮火すると、フィアードは何が燃えていたのか確認しようとした。


「……こ……これは……!」


 炭化した小さな塊が転がっているが、それらの形を見て吐き気を覚えて口元を覆う。


 一見、ただの消し炭のように見えるその塊には手足が生えているのが確認できてしまったのだ。


 そしてその大きさは、雌のゴブリンが抱いていたモノを彷彿とさせる。


「……どういう事だ……!」


 レイモンドがゴクリと息を飲んでその炭化した塊に歩み寄る。

 まるで、小さなゴブリンを焼き切ったようなその姿に、もしや、とティアナは声を上げた。


「一つ世代を経たから……肉体を得たの?」


 そうでなければ説明がつかない。レイモンドが剣先でその黒い塊に触れると、辛うじて形を保っていたそれがバラバラと崩れ落ち、白い骨と色とりどりの魔石が中からこぼれ落ちた。


「……子供の世代はこの時代に馴染んでいるからか……? おい、兄ちゃん……大丈夫か?」


 レイモンドが暴いた塊より更に小さな塊を忌々しげに見ながら口元を覆う兄の顔色は真っ白だった。


「そっちの……それは……ゲッ!」


 フィアードの足元に落ちている三つの小さい塊が何を意味するのか気付き、レイモンドも顔を顰めた。


「ヤダな……これ。斬り殺してたら、中身だけ残ったって事か……」


 母体は霧散してしまう以上、胎内の子供が取り残されるのはある程度考えつく。いくら相手が魔物とは言え、その状態を想像するだけで鳥肌が立った。


「ああ。ディンゴのお陰で、少しはマシな状況だけどな……」


 とてもではないが、その塊から魔石を回収する気になれず、フィアードは塊から目を逸らした。

 母体にとどめを刺さなかった理由に気付き、ティアナは自分がそこまで考えていなかった事を恥じた。


「肉体を持つ次世代が育ったら……どうなるの?」


 ティアナの言葉に、フィアードは少し考え込んだ。

 肉体があるという事は、鍛錬が可能になるという事だ。それまでの姿だけの中途半端な存在とは違う。本当の意味で、封印が解かれたと言ってもいいだろう。


「多分、魔獣並の力を手に入れるだろうな。それから、魔石の収集が少し面倒になる……」


 散らばった魔石を掻き集めるだけだったのが、仕留めた魔物の屍肉から魔石を取り出す事になる。その手間を考えると少し憂鬱だ。


「とにかく、この事は一刻も早く協会(ギルド)に知らせておいた方がいい」


 フィアードの提案にレイモンドが頷き、すぐに伝令を飛ばしていると、ヨウメイ達とモトロが駆け付けてきた。


「ご無事でしたか」


「ええ。そちらはどう?」


 ティアナがチラリとヨウメイ達を見ると、武具や身体に無数の傷を負った者が多く、ゴクリと息を飲んだ。


「……少し手こずってしまいました」


「すみません、軽傷者まで治癒していません。ただ、命に関わる傷を負った者はおりませんのでご安心ください」


 モトロの報告にティアナは視線を彷徨わせた。思った以上に手強い相手だったらしい。


 その中で無傷なのはシュウリュウだけだったらしい。彼は手元の袋にギッシリと魔石を詰め、冷ややかな顔でティアナを睨んでいた。


「おい……俺たちを試したな……。お前なら一人で全て殲滅出来たんだろう? 何故わざわざ我々を危険に晒したんだ!」


 シュウリュウの言葉にヨウメイが顔色を無くした。


「こ……こらっ! 神の化身になんと言う口の利き方だ!」


 ヨウメイが彼を制するのを止めさせると、ティアナは申し訳なさそうに軽く頭を下げた。


「貴方達の力を見てみたかったの。ごめんなさい。お陰でよく分かったわ」


 ゆっくりとヨウメイの仲間たちに歩み寄り、治癒を受けなかった軽傷者一人一人の傷を癒しながらその能力を測る。


「……普通の人間であれば八つ裂きにされてもおかしくないような攻撃も、貴方達にとっては擦り傷にしかならない、という事ね……」


 傷そのものに含まれる情報を元に、魔物の力を分析し、それを受けた彼等の肉体の強靭さに舌を巻いた。


 全員の傷を癒し、魔物の生き残りがいない事を確認すると、集落を覆っていた結界を解く。


 魔物達が使っていた武具の中で無事な物を荷台に乗せ、全員で町に戻ると、ティアナは一部の瓦礫を消し去って広場を作ってそこに皆を集めて座らせた。


 全員の視線を一身に浴びて、ティアナは軽く目を伏せた。


「この地を港町(ハーフェンシュタット)と名付けます」


 高らかに宣言すると同時に、土地そのものが大きな唸り声をあげて震えた。廃墟にしては凄まじい魔力量に驚くが、度重なる戦いで命を落とし、行き場を失った魂が数多く残っていたのかも知れない。


「うわ……な……何だ……?」


 異形となった彼等が土地が安定したのを敏感に感じ取り、ティアナに畏怖の目を向ける。


 ティアナはその身に宿った魔力を変換し、約束通り町を強固な結界で覆った。


「これで……いいかしら」


 幾重にも折り重ねられた不可視の幕が優しく町を覆っている事が分かり、シュウリュウは額から流れ落ちる汗をしきりに拭っていた。


「この町に住む者達を害意から守るわ。出入り口だけ常に警戒していれば、そう簡単に魔物や魔獣は襲って来れない。それに結界内部では、貴方達を傷付けようとする者達は一様に力が入らなくなる筈よ」


 ティアナの言葉に、ヨウメイは何度も頷く。


「海からの攻撃にも備えたわ。この土地しか、港となり得る地形はなかったし、ここが大陸との今後の窓口になることは間違いないから」


「あ……ありがとうございます」


「礼には及ばないわ。この結界は、この土地から分け与えられた魔力で編み上げた物。つまり、自力で守っているようなものなんだから」


 ティアナの言葉にその場の全員が感心したように廃墟となった町を見渡した。


「これから、貴方達でこの町を立て直して、大陸との交易の準備をして下さい。それから……シュウリュウ……」


 ティアナに呼ばれ、シュウリュウの耳の周りの鰭がピクリと揺れた。


「貴方には私達と行動を共にしてほしいの。他の土地を見て回らなければならないわ」


「……分かった。支度をする」


 憮然とした表情で頷き、シュウリュウは彼等が生活していた船へと戻って行った。


「それじゃあ、各々、町に移り住む支度をして下さい」


 レイモンドの号令で、集まっていた連中はシュウリュウに続いた。


 魔物の脅威が去った今、船に留まる理由はない。これからは町を復興して暮らしていけるようにしなければ。


「とりあえず瓦礫を片付けて、必要な数の住居を作らないとね」


「はい。ただ、どうしても男手が足りません……」


「人手なら任せておいて」


 ティアナはゆっくりと瓦礫の中を歩きながら、ヨウメイと今後の復興について方向性を確認すると、船から乗組員達を次々と上陸させた。


「ヨウメイ、この連中も復興の手伝いに役立てて頂戴。言葉はある程度なら通じるわ」


「はい。ありがとうございます」


 元々の住民が激減した今、ティアナは足手まといとなる乗組員達をこの場で復興を担う人手として残す事で折り合いをつけた。


「住居の次は畑ね」


「はい。奴らに荒らされた畑を整えますので、宜しくお願いします」


 ティアナはランドルフを呼び、復興と畑作についてその場で軽く打ち合わせを始めた。


「それでは、後はこの者にお任せ下さい」


 ランドルフはかつて専門家としてこの地を訪れた仲間や乗組員として同行している専門家を次々にヨウメイに引き合わせた。


 レイモンドは唯一形を残していた建物を支部とする事にするらしい。もちろん現地責任者はヨウメイだ。

 彼は通信機を設置すると、すぐにゴブリンの繁殖の件を正式文書として各支部に連絡して、忙しそうに各地との連絡を始めた。


 モトロとディンゴが瓦礫の撤去の指揮をとり、町中を片端から片付けている内に、とっぷりと日が暮れてしまった。


 火の精霊で町中を照らしながら、ティアナはまだ忙しく働く者達を眺めていた。


「本当にありがとうございます、ダイナ様。なんとか目処が立ちそうです」


 土埃で真っ黒になったヨウメイは、まるで憑き物が落ちたようにスッキリとした顔でティアナに笑いかけてきた。


「良かったわ。それじゃあ、私達は支度を整えたら明日にでも出発します」


「はい」


 ティアナは軽く微笑むと、颯爽と身を翻して彼女のために用意されている天幕に潜り込んで、すぐに入り口の幕を引いた。


 押し込めていた感情が溢れ、ヘナヘナとティアナが座り込んだ時、ザッと天幕の入り口が開いた。


「……あ……フィアード……」


「……お疲れ……」


 フィアードはそっと座り込んだティアナの肩に毛布を掛けた。

 肩に力が入っていた事に気付き、ティアナは小さく溜め息をついた。


「……あまり無理するな……」


「ええ。分かってるわ」


 ティアナは震える両手で毛布を掻き合わせる。船を接舷してから、ずっと張り詰めていた気持ちが今にも切れそうだ。


「みんなが無事で……良かったわ……」


「ああ……」


 かなり危ない戦いだった。死者が出なくて良かったと胸を撫で下ろす。知能のある魔物との戦いは全く想定していなかった。だが、これからはあれが基準となるだろう。

 戦い方を改めなければならない。むしろ、野党相手に戦っていた時を思い出した方がいいのかも知れない。


 フィアードは目を細め、ティアナの隣に腰を下ろす。


「きっと……ここだけじゃない。同じようになった町や村が沢山あるはずだ」


 コクリとティアナは頷く。止むを得ず魔石を取り込んだ人間はきっともっといる。彼等との関わり方を考えなければならない。


「私……どうしたらいいと思う?」


 ティアナが塞ぎ込む理由は分かる。だが、甘い顔ばかりしてはいられない。


「お前の責任じゃないだろ。デュカスの思惑に気付かずに安穏と囚われていた俺が悪いんだ」


 結果的に自分が魔物を解き放ったという事実に打ちのめされているティアナにフィアードが淡々と語り掛ける。


「納得いかないか? これだけの犠牲は想定していなかったか……? じゃあどうする? またやり直すのか?」


 やり直し……その言葉にティアナは反射的に顔を上げた。


「出来るわけ無いじゃない!」


 もしやり直せば、デュカスも全てを知った上でやり直す事になる。今より悪くなる事はあっても、良くなるとは思えない。


「なら受け入れろ。その上で、出来る事をしよう」


「フィアード……」


「弱みを見せると、またデュカスにつけ込まれるぞ。責任を感じるのは結構だが、後悔はするな。それで身動きが取れなくなる方が最悪だからな」


「うん。……分かってるわ……でも……」


 また自分を傷付けるような言葉が口を付いて出そうな気がしたが、フィアードの手に頭を軽く叩かれて顔を上げると、そのハシバミ色の目と目が合った。


「もういい……だから……とにかく休め。考えるな……」


「……うん……」

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