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第132話 潜入と奇襲

 戦支度をすすめつつ、ティアナとフィアードはいつものように目くらましを掛けた。


「武器はどうする?」


 レイモンドが腰の剣に手を触れる。


「隠しておきましょう」


 ティアナが自分とレイモンドの愛剣にも目くらましを掛けたが、レイモンドが顔を顰めた。


「いくら何でも丸腰だと不自然だろ? 相手にどの程度の知能があるか分からないんだ。人間相手だと思っておいた方がいいんじゃないか?」


「成る程な。一理ある」


 フィアードは空中から粗末な剣を三本引き出して、ティアナとレイモンドに渡した。


「これを身に付けておけばいいだろ。とりあえず、これで抵抗の素振りを見せて、内部に入り込む」


「いきなり切り刻んで食べるつもりだったらどうするの?」


 ティアナはどうしてもその場で襲ってきた敵を片端から殲滅したいらしい。


「でも、シュウリュウの話だと、集落に連れ帰るんだろ?」


 レイモンドが言うと、ティアナはうーん、と唸った。


「出てきた敵を次々に殲滅しちゃダメ?」


 出た! 好戦的な女帝の言葉にフィアードは苦笑した。こういう真正面から突破したがるのは血なのだろうか。


「それだと逃げられるかも知れない。逃すつもりはないだろう?」


 レイモンドは冷静に考える。もっとも有効な方法は、三人で内側から上層部を潰し、同時に外側から戦力を削ぐ……というものだろう。


「まあいいわ。いざという時は、結界に閉じ込めちゃうから……」


 ペロリと舌舐めずりするティアナにレイモンドが苦笑する。相手が魔物だと容赦がないから、思う存分戦えるのは確かだが……。


「兄ちゃん……こんな好戦的でいいのかよ……」


「流石親子というか……絶対に他の奴らには見せられない顔だな……」


 おかしい……もっと思慮深い令嬢だった気がするのだが……。あれは偽父(ダルセルノ)に抑圧されていたからああなったのか、それとも自分の前では猫を被っていたのか。

 フィアードはこの七年で少女が実父(アルス)から受けた影響の大きさを実感し、深い溜め息をついた。


 三人で小舟に乗って上陸し、かつて港町としてそれなりに栄えていた廃墟を散策する。


「……骨すら落ちてないな……」


 フィアードが顔を顰めていると、ゴソゴソと背後で生き物が蠢く気配がした。


 赤い複眼を持つ灰色の小さな生き物が何匹か、こちらの様子を伺っていた。


「……鼠の魔獣か……」


 フィアードはその場で瞬殺しようとしたが、レイモンドに止められた。


「……いるぞ……!」


 言われて気配を探ると、ぐるりと何かに取り囲まれているのに気付いた。やはり、実戦の勘は二人には及ばない。

 フィアードは適度に鼠から距離を取りつつ、ティアナ、レイモンドと背中を合わせて周囲を見渡した。


「……どうする?」


「とりあえず、このボロボロの剣で戦って捕まるんだ。名付けは後回しだな……」


「仕方ないわね……先に結界を張りたかったけど……」


 ティアナが不満を漏らすが、逃げられても厄介なので大人しく従う。


 一番年長に見えるレイモンドが剣を抜くのを合図にして二人は剣を抜き放つ。


 刃こぼれを起こし、鈍い光を放つ刃でそれ程長く戦えるとは思えないが、レイモンドやティアナならそれでも何体かは斬り伏せてしまうだろう。


 フィアードはそんな事を考えながら、視界の悪い瓦礫の中を何者かがジリジリと近付いてくるのを感じた。


「ウガガ……!」


 今まで相手してきたゴブリンよりも頭ひとつ分大きい、遠目には人間に見える異形が手に斧を持って現れた。


「……っ!」


 思った以上に素早く目の前に詰め寄って斧を振るうゴブリンに、フィアードの反応は大きく遅れた。


 ガキィ!


 ティアナの刃がゴブリンの斧を弾き飛ばし、その脚を細い脚が蹴り飛ばした。


 ドシン、と一匹目が尻餅をついたのをキッカケに、次々とゴブリンが現れ、三人を取り囲んだ。


「……剣ヲ捨テロ……」


 その中で一番人間に近い外見のゴブリンが長い槍をフィアードに突きつけて言い放った。


 ーーなっ! 喋った……!


 ティアナの目が驚愕に見開かれる。今まで戦った魔物は皆、言語には程遠い咆哮や呻き声を発していた。もしかしたら、魔物同士では通じる言語だったのかも知れないが、人間に通じるような言語を口にするとは……!


 言語を解する魔物が人を喰う。これは由々しき事態だ。何としてでも殲滅しなければ。


 ティアナは大人しく縄打たれ、集落に引き立てられながら、魔物達を観察した。




 魔物達は社会を形成していた。


 人語を操る個体をボスにして、不明瞭だが時々喋る個体が二体。そして大きくお腹が膨らんだ雌の個体が三体。赤ん坊を抱いている個体が二体。

 他にもこの場に十体ほどいる個体は、雌雄は分からないが頭に従順だ。


 ーーハレムを形成してるのね……!


 この組織図は猿に近い。ティアナは興味深く集落を観察する。


 ボスが人語を操ると分かれば残念な気がする。人間を食料とみなしていなければ、交渉してこちら側に引き入れる事も考えられたのに。


 ティアナはそこまで考え、ふと疑問に思った。


 何故、抵抗されると分かっているのに自分達を生け捕りにして集落まで運んだのか。こちらの策ではあったが、反撃のリスクが高すぎる気がする。

 生き血を啜るとか、屍肉は喰らえない、などの理由がない限り、自分達を集落に連れ込む必要があるとは思えない。


「ねぇ……私達をどうするつもり……?」


 ティアナが聞くと、その場の全員がボスを見上げた。

 フィアード達はティアナに任せて口を噤んでいる。


「……モウスグコドモ生マレル。オマエラ滋養……」


 あまりにも予想通りの答えにティアナは溜め息をついた。


「……生キ肝……母親二喰ワセル。……生キ血……コドモ二飲マセル」


「まぁ……そうなんでしょうねぇ……」


 他に食料が無いのだから仕方ないかも知れない。人間の生き血や生き肝は、かなりの魔力を含んでおり、高度な呪術にも使われる程だ。


 ティアナはモトロ、ディンゴ、ヨウメイ達が港町からこちらに向かっている事を見て(・・)、腕輪に魔力を通しながらキッと顔を上げた。


「お生憎様。私には大人しく食料になってやる義理もないの。大人しく封印されててくれれば良かったのに……繁殖しちゃうなんてね……」


「ナンダト……」


 まさか抵抗されるとは思っていなかったらしい。


「フフフ、武器ハコチラダ……。ヤハリ、足ヲ切ッテオクンダッタナ」


 ティアナはスッと目を細めた。良かった。それ程知能が高い訳ではないらしい。というか、まさかこの目の前にいる人間の内の二人が神の化身と魔族総長だなどと誰が思うだろうか。


 腕輪が冷んやりとした。モトロの魔力だ。あちらも準備が出来たらしい。


 ティアナは体内で練り上げた魔力を一気に解放し、集落全体を覆う結界を張った。出入り口は一箇所。これが合図になるはずだ。


「ナ……ナンダト……!」


 ボスだけが異常に気付き、慌てて身構える。他のゴブリン達は人間達の反抗に呆然としている。


「さ、食べ物に抵抗される気分はいかが……?」


 パラリと縄が落ちて目くらましが解けると、ゴブリン達が恐れおののいて後退った。


「アガ……!」


 今までの魔物は外見にこだわらずに襲い掛かってきたが、神の色彩は知能の発達した魔物には脅威らしい。


「逃がさないわよ!」


 ティアナは剣を抜き、一足飛びでボスに詰め寄った。


 ボスは槍に手を伸ばしかけ、届かないと気付くと咄嗟に腰の剣を抜いた。


 ガキィッ!


 容赦なく薙ぎ払われた剣は予想以上に重く、受け止めるだけで精一杯だった。


 ーーしまった、こいつはレイモンドだったわね……。


 ティアナは舌打ちしながら視線を巡らせた。レイモンドは他の二体を相手取っていて、フィアードは雌の個体の動きを次々と封じている。


「ちょっと……フィアード! 何甘っちょろい事してるのよ!」


 いくら妊婦と子連れの母親だとは言っても、人喰いの魔物なのだ。情けなど掛けている場合ではないだろう。


「グガガ……余所見スルトハ……余裕ダナ!」


 ボスの剣がティアナの剣を弾き返そうとするのをこらえ、自ら飛びすさって間合いを取る。

 魔力を溜める隙がない。たかがゴブリンのくせに生意気だ。


 接近戦に持ち込んだのは失敗だった。あのまま封じてしまえば良かったのかも知れない。


 だが、父親(アルス)から受け継いだ血は、こうして強い相手と剣を合わせたがって仕方がないのだ。


 ーー為政者として……失格ね!


 自分が倒れる訳にはいかないと知っていながら前線で戦いたがるのは最悪だ。気が付けば、フィアードの結界がティアナを覆っていた。レイモンドも守られている。


 フィアードは結界を維持しつつ、逃げ惑うゴブリン達を次々と氷の刃でその場に縫い止め、風刃で切り刻んで行く。


 ティアナの剣を軽くいなし、ボスの剣が袈裟懸けに斬りつける。


 軽く身を捩ってかわし、足を蹴り飛ばすが、敵の下半身は安定していて少し上体が揺れるに留まった。


「もうっ!」


 飛びすさって体勢を整えようとしたその時、他のゴブリンが拾った槍をボスに投げつけてきた。


「あっ!」


「フフフ……カクゴハイイカ!」


 槍を受け取ったボスは剣を捨てて槍に持ち替え、ティアナに笑い掛けた。乱杭歯が剥き出しになり、涎が溢れてこぼれるのを見てティアナは身の毛がよだつ気がした。


 ガキィッ!


 振り回される槍を剣で受け止めるが、圧倒的な間合いの違いと力の差がティアナの体力を削る。

 ただでさえ馬鹿力なゴブリンが長い槍を遠心力のままに振り回してくる。そしてその長さを活かして、重たい一撃を放ってくるのだ。


「くっ!」


 すんでのところで槍をかわしたが、槍はそのまま地面を抉って、下からすくい上げるようにティアナの大腿部を掠めた。


 キィ……ン!


 結界に当たった槍が硬質な音を立てて弾かれ、傷にはならなかったものの、結界に僅かな綻びが生じた。


「うっ……!」


 結界を通して衝撃が伝わった為か、脚が痺れた。


 ボスは再び横薙ぎにティアナの脇腹目掛けてその大きな槍を繰り出してくる。

 マズイな、そう思ったティアナの視界に金色の軌跡が走った。


「ガウッ!」


 金色の犬にいきなり飛び掛かられ、ボスはその場にドシンと尻餅をついた。


「ディンゴ!」


 ティアナが傷付けられたと勘違いしたディンゴの身体から凄まじい熱が放出されるのを感じ、ティアナは慌てて叫んだ。


「引いてっ!」


 身の危険を感じ、ティアナは咄嗟に結界を強化した。戦いながら駆けつけようとしているヨウメイ達を強固な結界で覆う。


「ウォーン!!」


 ディンゴの全身から青白い炎が迸り、三人を捕らえ、取り囲んでいた魔物達に一気に襲い掛かった。次々に魔石が弾け飛んでその姿が消えて行く。


「えっ!」


 あまりの熱に驚いてレイモンドが飛び退ると、彼が相手をしていた魔物が魔石となって弾け散った。


 フィアードは間一髪でティアナの傍に転移して信じられないものを見た。


 彼によってその場に縫い止められていた子を抱いた母親ゴブリン、子を宿した雌ゴブリンは魔石となって飛び散ったが、その後にゴウゴウと燃えるモノが残ったのだ。


「え……? あれは……?」

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