第131話 港町の惨劇
ランドルフ達が以前この港町に滞在して、その後内陸に旅立った後に、町は軍事国家の武装集団に襲われた。
彼等の狙いは商船。
広大な土地を求め、大陸を目指すためだ。
人喰いの一族によって支配された集団は結束は脆い。だが、人としての尊厳を失いたくない一心で、喰われる事よりも戦死する事を望んでなりふり構わず攻めて来た。
「彼等は持てる全ての手段を使って港を奪いました。前線で戦った者達は殺され、商人達は捕らえられて喰われた者もいると聞きました。我々は商人達の指示で魔人の子供達を地下に匿い、無害な一般人を装って何とか生き延びました」
ヨウメイの話にその場の全員が沈痛な面持ちになった。
「そして、彼等は船を奪って大砲を積み、大陸へ向かいました」
その船をザイール達が攻め落としたという事か。レイモンドはキュッと拳を握りしめた。
「その船には捕らえられていた我々も捕虜として乗せられていたのです」
ランドルフの言葉にヨウメイは顔を上げた。
「そうだったんですか!」
「……はい……」
「……主だった連中が渡航するのを見て、我々は機を伺っていた。捕虜のことまで考える余裕がなく……! すまなかった……っ!」
長い船旅でかの一族が捕虜をどのように扱うか、想像するのもおぞましく、ヨウメイは顔を顰めた。
「いえ、それは構わないんです。お陰で帰国する事ができ、こうしてダイナ様の元にお仕え出来るようになったのですから」
ランドルフの言葉にティアナは口を挟みかけたが、フィアードの手が肩に置かれたのに気付き、言葉を飲み込んだ。
「船が出て、港の警備が手薄になった頃合いを見計らって、我々は港を取り返しました」
「それでまた船団を組んで、後を追ったのか……」
レイモンドが言うと、ヨウメイは頷いた。
「彼等はどうなりましたか?」
「ああ。我々の軍が一隻を沈め、もう一隻の人喰いの頭を葬った事で、船団は全て陛下の元に下った。遅れて到着した商船とは無事に交渉を行って技術提供や移民の受け入れなどの話し合いをしていた」
レイモンドの言葉をヨウメイは噛みしめるように聞いていた。
「そうですか……」
ティアナはその後の事を聞くのを躊躇った。フィアードの封印を解いた為に、世界中に魔物が解き放たれたのだ。
彼等の現在の姿は、その影響を大きく受けた事をハッキリと表している。
「我々が町を復興している最中に……奴らが攻めてきました……小さな醜い化け物が……!」
ティアナの肩にはフィアードの手がある。彼には話の内容は分からない筈だ。だが、ティアナが何を言おうとしているのかは分かっている、という顔で首を横に振った。
「……化け物に町が襲われるようになって、最初のうちは問題なく退けていたのですが……」
やがて化け物は力をつけ、そう簡単には倒せなくなって来た。
民間人に犠牲者が出始める頃には、化け物を殺すと後に色とりどりの石を落とすようになった。
その石を放置していたら、町に住んでいた犬猫、鼠などの動物がそれを口にして凶暴化して襲い掛かってきたのだと言う。
「……我々はその原因が石であると気付き、慌てて石を回収しようとしましたが、その動物を駆除している内に、気付けば非戦闘員の殆どが死に絶えていました」
ヨウメイはそこで俯いてしまい、会議室は水を打ったように静まり返った。
それまで黙っていたリャンファが小さく吐息をついた。
「危険を感じていた戦士達は自分の家族を避難させていました。ただヨウメイ様は、その判断が遅すぎた事に責任を感じておられます。もう少し早く決断していれば、もっと多くの女子供を救えたと嘆いておられました」
「リャンファ……」
「そして、戦士の中から希望した者に……石を与えたのです」
ティアナはヨウメイを見つめた。その身を包む魔力は人とは比べ物にならない。全身を覆う鱗はそう容易く傷を受けないだろう。
「……ヨウメイ様は人体実験と称して、先にご自身が石を取り込み、このお身体を手に入れておられました。私達は、穏やかだった犬猫が凶暴化した事を忘れた訳ではなかったのですが、ヨウメイ様が人知を超えた力を手になされたのを見て、その危険性を軽んじていたのです……」
リャンファは目を伏せる。
「……三割が猛毒に侵されたように酷い嘔吐や吐血を繰り返しながら死に、三割は恐ろしい異形となって襲い掛かってきました」
リャンファの声が震え、ヨウメイは彼女を制するような仕草で黙らせて、彼女の言葉に続いた。
「辛うじて理性が残っていた我々がその異形を抑え込むために戦い……そして……町が瓦礫と化したのです……」
ティアナはそのあまりにも痛ましい話に身体が震えるのを止める事が出来なかった。
最終的に町を壊滅に追い込んだのは自分達であった。そして魔人の子供達と残された女子供を守る為に、化け物達からの攻撃が比較的少ない海上に移り住んだのだと言う。
「……我々は……この力と引き換えに多くを失いました。だからこそ、あの化け物達の事をもっと知らねばならないと思います。何故、あのようなモノが現れたのか……」
ティアナの鼓動は早鐘のように打ち、目の前の異形と化した三人への償いの言葉を探していた。
「……もし、元の姿に戻りたいのであれば……私が力を貸します」
震える声でティアナが言うと、ずっと腕を組んでいたシュウリュウが眉を顰めた。
「それは……神の力ならば、我々を元の人間に戻せるということか?」
「……ええ……」
ティアナのこめかみを冷や汗が流れ落ちる。シュウリュウは皮肉気に笑い、ギラリとティアナを睨み付けた。
「余計なお世話だ。我々は多くの犠牲の元、戦う力を手に入れた。今更、その力を手放すなど、死んでいった仲間達に顔向けが出来なくなる。我々はこの姿で自分達を戒めながら生き続け、戦い続ける事を望む」
「シュウリュウ!」
流石に言い過ぎだ、とヨウメイにたしなめられ、シュウリュウは口を噤んだ。
「ごめんなさい。こちらこそ、考えなしな事を言ったわ」
ティアナは素直に詫びて、姿勢を正すと、目の前に広げた地図を指差した。
「私達はこの後、それぞれの土地に魔物達の侵入を防ぐ結界を張って回るつもりです。もちろん、この港にも結界を張るので、乗組員の半数をこちらに残させてください」
「……そんな事が可能なんですか……!」
ヨウメイが驚きの声を上げた。
「大陸はその方法で人間の居住地を守っています。そして冒険者や軍隊で魔物や魔獣を討伐する事でなんとか均衡を保つ事に成功しています」
レイモンドが淡々と述べ、そのまま三人を見つめた。
「出来ることならば、どなたか我々と行動を共にしてくれませんか。道案内も兼ねて……。脆弱な人間の身体では複数の魔獣を相手取る事が難しいので……」
レイモンドならば出来ない訳ではない。だが、この土地の魔獣がどの程度の力を持つのか分からないのだ。用心するに越したことは無いだろう。
「……シュウリュウ……お前が行け」
「な……っ!」
ヨウメイに指名され、シュウリュウがキッと顔を上げた。
「彼は何度か偵察に出ています。恐らく我らの中では最も外の事情に明るいかと……」
「俺だって、町の周りを見て回るだけだ。それ以上は危険で進めない!」
その言葉にティアナは目を細めた。
「そんなに危険……?」
「町外れの丘に人間を喰った化け物が集落を構えている。奴らは人間を餌として狩って喰う」
その場の空気が凍りついた。どうやらこの情報は共有されていなかったらしい。
「何だと……! じゃあ……」
「町に残っていた連中は……どうなったの?」
「……俺の目の前で連れ去られたけど、何も出来なかった……! 気付かれないように後をつけて、集落の存在を確認して……彼等を見捨てた……」
「シュウリュウ……」
「俺一人では何も出来なかったんだ……!」
シュウリュウの告白に、ヨウメイとリャンファが顔色を失った。
「……とりあえず、貴方達の半数と、私達でその集落を攻めましょう」
ティアナの落ち着いた声に三人はギョッとして一斉に彼女を見た。
「え……っ?」
「シュウリュウ、その集落はどの方向?」
出し抜けに聞かれ、シュウリュウは驚いてキョロキョロと周囲を見渡す。
丸くくり抜かれた窓から港町を確認し、方角を定めるて指差した。
「……そう……」
ティアナは目を閉じて、意識を集中する。
『……あったわ……。ゴブリン……にしては身体が大きいわね。ちゃんと武装してるわ。家も造ってる。お腹の大きな個体が何体か……』
『……繁殖してるのかっ!』
レイモンドがゴクリと息を飲んだ。
『全体で五十匹くらいね。子供が二匹……生まれてる!』
ティアナは目を開き立ち上がった。
「ヨウメイ、すぐにでも集落を攻めましょう。リャンファ、貴女は残って。魔術師と治癒術師は足りているわ。化け物……ゴブリンは繁殖してる。時間はないわ」
「は……はいっ!」
三人は訳が分からずに呆然と頷いた。
「ヨウメイ、ダイナ様は今、遠見でその集落を確認された。敵は五十匹。子供が二匹生まれている。妊娠中の個体もいる」
レイモンドも立ち上がり、地図を畳んだ。
「何だと……!」
シュウリュウはゴクリと息を飲んだ。
「そちらの戦士の中で、打たれ強い者を五名、総合力の高い者を五名派遣してくれ。魔術師、治癒術師は船に残って魔人達と共に我々の乗組員とそちらの女子供を守ってくれ」
「承知した。では、すぐに支度をする!」
ヨウメイ達が立ち上がると、ティアナはレイモンドに向き直った。
『とりあえず、この町に名付けを行って結界を張り、その人喰い魔物の集落を滅しましょう。それから体制を整えて出発すればいいわ』
ティアナの言葉にレイモンドは呆れて肩を竦める。
『……相変わらず過激だな……』
肩に乗せられた手に自分の手を重ね、ティアナはフィアードを見上げた。
『後で説明するわ』
『いや……何となく事情は分かった。多分大丈夫だ』
フィアードは真剣な顔で頷いた。この船旅の見張りの最中、ディンゴに付き合ってもらって異国語を勉強していた彼は、聞き取り程度なら出来るようになっていた。
「ではダイナ様、支度が出来ましたら舟を出します」
「分かったわ」
バタバタと出て行くヨウメイ達を見送り、ティアナはフィアードと共にもう一度集落を確認する。
「どう? 私達でなんとかなるかしら?」
「そうだな……。知能も魔力も高そうだ。魔術を使ってくるかも知れない。五十匹が一度にかかってきたら分が悪いだろうな……。何か策を講じれば……」
フィアードの分析にティアナは神妙な顔で頷いた。とにかく人喰いゴブリンを野放しにしておく事は出来ない。
「……捕らえられた人間はどうなってる?」
レイモンドの言葉にフィアードが首を振る。
「……姿は見えなかった……」
「そうか……」
ティアナは閉じていた目を開けて、全員を見渡した。
「周りを見る限り、畑も荒らされて獣も狩り尽くされて……人間の他に食料になる物が無いんだわ」
「……それでか……!」
そう言えば、人喰いの一族も同じような事を言っていた。人が増えすぎて食料難だと。
レイモンドはある可能性に気付き、慄然とした。
「おい……ティアナ……お前まさか。」
「もうすぐ子供が生まれるんだから、必死に食料を探している筈だわ……私達が出て行けば、きっと……」
フィアードがスッと目を細めた。
「俺達が先に集落を内側から攻めるのか」
「ええ。モトロ、貴方はヨウメイ達と行動を共にして。私が合図を送るわ」
水晶の腕輪を手渡され、モトロは仕方なさそうに肩を竦めた。
「やり過ぎないで下さいね」
「分かってるわよ」
ティアナの目に義父にそっくりな好戦的な光を見て、モトロは溜め息をついた。




