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第126話 再会と訣別

すみません、次章に入る前に一件、清算しなければいけなかった関係がありました。

 大陸東部の大規模火山が沈静化して間も無く、大陸中央に宮殿を中心とする大きな街が建設された。


 火山沈静化直前から突如として現れた人外の脅威に人々は怯え、その救世主である神の化身を女帝と呼ぶ事に特に抵抗はなかった。


 女帝は大陸に住む全ての人民を守るべく、その拠点たる村や町に結界を敷いたらしい。

 人々は、魔物や魔獣といった人外の脅威に怯えずに日々を暮らせる事を感謝し、女帝のために日々の収穫の一部を差し出したり、商売の利益の一部を差し出す事に躊躇いはなかった。


 帝国はまず手始めに異国から鋳造技術を取り入れ、貨幣を制定した。それにより、物価が安定し、経済が上手く動き出すことが期待される。


 また、筆頭魔術師が四種類の属性の魔法を編み出し、人間でも詠唱して魔術を再現できると提唱した。

 魔法研究所には魔人やその混血、魔力の高い人間が集められ、日夜、その研究が進められている。


 そして志願者を募って軍を編成し、その育成にも力を入れた。軍の主な役割は人外の脅威の排除、治安維持である。魔物の討伐は国、地域が必要と判断した時に行われるものだ。


 一方、冒険者協会(ギルド)では魔物の討伐依頼も積極的に受け入れていた。軍との大きな違いは、個人からの依頼も受ける事である。


 帝国と冒険者協会(ギルド)が共同で後進の育成に乗り出した。冒険者協会(ギルド)が運営する各地の学校では子供達を集め、読み書き計算を教え、優秀な人材は帝国運営の学園で様々な専門教育を受ける事が出来るという。




 宮殿の奥深く、女帝の部屋にほど近い側近の部屋に、一人の客人が酒瓶を携えてやって来た。

 この客人はこの度、帝国軍の将軍に任命されたばかりだ。筆頭魔術師に杯を押し付け、半ば強引に居座ってしまった。


「で、いつ出立するんだ?」


「船はもう出来てるし、本当ならもう出立する筈だったんだがな……。魔物や魔獣が思った以上に厄介だ」


 フィアードは杯に満たされた酒をチビチビと飲みながら、溜め息をついた。


「そうだな。あれは厄介だ」


 赤毛の友人はそう言いながら何やら楽しそうだ。


「……お前、率先して討伐してるんだって?」


「まあな。見習い達を実戦で鍛えるにも丁度いいからな」


 ケラケラ笑いながら杯を呷る彼は、いつ、どの時代でも変わる事のない表情で、白い歯を光らせている。


「……恐ろしい程に変わらないな……。結婚して子供もいて、しかもティアナの父親だって分かったのによ……」


 ポソリと呟くと、アルスはガシガシとフィアードの頭を撫でる。


「なんだか、しばらく会わない内に大分捻くれたな。ま、精神面では少しは強くなったみたいだが……」


「うるせえよ」


 フィアードは大きな手を跳ね除け、空になったアルスの杯に酒を注ぐ。


「色々知りたくない事も知ったらしいけど、お前はお前だろ。過去(・・)なんて気にするな」


 何となく意味深な響きに、フィアードは眉を顰めた。


「……なあ、アルス……お前……もしかして……」


 記憶が……と言いかけて、その興味深々な視線に気付いて仰け反った。


「どんな感じなんだ? えらく混乱してたって聞いたが」


 覚えている訳がない、そう思って少しホッとする。あんな自分を知っているのはティアナだけで充分だ。


「あ……まぁな。とにかく、色々記憶がブレてるから、前後が上手く繋がらなくてな。今回に限っては、あまりにも違うから、何とか差別化出来たって感じだ」


 以前の記憶はまだ混沌としていて訳が分からない。考えると混乱が酷くてパニックになるので、あえて思い出さないようにしている。


「それでも七年間抜けてるのは厳しいな……いきなりティアナが成長してるし……それがまた記憶にある姿とは大分違うから……大分厳しかった」


 同じ人物が、環境によってこうも変化するのか、と溜め息が出るほどだ。


「いい女になっただろ?」


 アルスがニヤリと笑うと、フィアードが肩を竦めた。


「レイモンドもモトロも夢中だぞ? よくまあ、三人での旅を許してたな」


 この短い道中でも、二人の様子は痛々しいほどだった。

 そして、自分に向けられる敵意も半端では無かったのも厳しい所だ。


「おお、気が気じゃなかったぞ。レイモンドなら、もう手出ししてるかも知れないと思うと、くびり殺したくなったしな」


 杯を持つ手が少し震えている。溢れ出る殺気を誤魔化すために、また杯を呷るアルスに、フィアードは呆れて溜め息をついた。


「……怖ぇな」


 新しい発見だ。こんなに子煩悩な男だったとは知らなかった。しかも、この七年間に何があったのか知らないが、とにかく(ティアナ)を溺愛しているらしい。

 もし、ここまでの道中で、彼女に誘われて自分が手を出していたらどうなっていたのか、考えるだに恐ろしい。


「で、お前はティアナとの事はどうするんだ? 俺はお前が相手なら別に怒らないぜ? それで、俺を『お義父さん』って呼ぶのか?」


 ニヤニヤ笑われ、フィアードは苦虫を噛み潰した。彼女の気持ちは揺らがない。後は自分次第なのは明白なのだ。だが……


「ティアナもお前を『お父さん』って呼んでないだろうが!」


 話題をすり替える。この手はこの男には割と有効な筈だ。


「そう言えばそうだな。で、お前……」


 アルスは急に真面目な顔になり、その赤銅色の目を細めた。


「ツグミはどうする?」


 いきなり出てきた名前に、フィアードの記憶の箍が外れそうになる。切り替えた話題がこれか。キリキリと痛む頭をこらえ、顔を上げる。


「……それは……」


 必死に今の(・・)彼女の事を思い出し、ギュッと眉根を寄せる。

 彼女の事は気にならないと言えば嘘になる。せめてヨタカが生きていれば躊躇いなく諦めがついたものを。


「子供を産んでコーダ村にいる。この間、息子達が世話になってな……相変わらずらしいぞ。挨拶ぐらいするのか? それとも……」


 アルスの言葉にドキン、とフィアードの胸が鳴った。ツグミが子を産んだ事は初耳だった。


「……子供が……生まれたのか?」


 誰の? という思いが湧きあがり、目の前がチカチカしてくる。


「お前の子だったらどうする? 生まれるまで分からないって言ってたが……」


 アルスの厳しい声にフィアードの顔が青ざめた。あの時……か。心臓が激しく胸を打ち、息苦しい。


「あ……俺……は……」


 キリリと唇を噛み締める。封印される前の自分が何をしてきたのか突き付けられ、言葉を失った。


「ティアナはその子がお前の子の可能性がある事は知らない。知らせるつもりもない。だけど……お前がもしまたツグミを選ぶつもりなら……ちゃんと説明しろよ」


「……分かってる……。もう(・・)……泣かせるつもりはない……」


 フィアードは杯に残った酒を一気に飲み干した。喉がカアッと熱くなり、頭の芯がボウっとする。


「それを聞いて安心した。俺はあいつをお前以外の男にやるつもりはないからな」


「……おう……」


「頼りにしてるぜ、息子」


 グラリと視界が歪み、倒れそうになったのを逞しい腕に支えられた。


「余計なお世話だ……」


 ◇◇◇◇◇


 朝靄のかかる森の中、一人の少女が角のある熊と戦っていた。


 バチバチィッ!


 風刃を弾きかえす強靭な肉体に苛立ちながら、ならば、と新たな魔術を即興で組み立てる。


「いっけぇっ!」


 風刃よりも些か小さな風の塊が熊に襲いかかる。


 熊はそれまでの風刃と同じように弾き返そうと手を挙げ、次の瞬間、その手ごと身体が真っ二つになった。


「ギャウン……」


 声にならない断末魔を聞き、少女はペロリと唇を舐めた。


「よっしゃあ!」


 ズゥン……と倒れる巨体を見下ろし、少女は結い上げた空色の髪を跳ね上げる。


「この角と……爪……ええ武器出来そうやなぁ。この皮もええ上着になるな。大猟大猟」


 細い身体のどこにそんな力があるのか分からないが、二つに分かれた死骸をまとめて担ぎ上げ、意気揚々と歩き出した。


「……ツグミ……」


 不意に懐かしい声に呼び止められ、少女はピクンと身体を震わせた。


「……あ……、無事に……帰ってきたんやてな。お帰り」


「……ああ……」


 振り向きもせずに答える少女に、フィアードは背後から語り掛ける。


「本当は、会いに来ちゃいけないのは分かってるんだけどな。一応、無事を知らせておこうと思った」


 淡々と言われ、ツグミはゾクリとして振り返った。


「……フィアード……やんな?」


 そこに立っているのは、別れた時とほぼ変わらない外見のかつての恋人の筈だった。

 だが、その姿を見た瞬間、ツグミの背筋にゾワリと震えが起こった。


 この男は誰だーー?


 暗く澱んだハシバミ色の目に皮肉気に歪められた口元。そんな表情を浮かべる姿など見たことがない。


「……ああ……」


 一歩も動いていないのに、その手に絡め取られるような感覚があり、ツグミはドサリと抱えていた獲物を取り落とした。


 フィアードの舐めるような視線にぶるりと震え、自分の身体を庇うように自分を抱き締める。


「……いや……や……」



 アルスが部屋を辞した後、フィアードは一晩中眠れず、気が付けばこの森に来ていた。


 ツグミの乾いた喉から漏れた拒絶の言葉に、まだ酒気の残る頭でボンヤリと考える。

 別れた筈だった。だが、子がいるとなれば話は変わる。それがもし、自分の子なら尚更だ。


 しかし、ここまであからさまに拒絶されるとは思わなかった。

 フィアードは自嘲しながら、相変わらず魅力的なかつての恋人を見つめた。


「いつかの逆だな。……そうだよな。もう……お前の知ってる俺じゃ……ない」


 不自然なほどに掛け違えられた釦は、そう簡単には戻せない。お互いが惹かれる理由や状況が異なるだけでこうも反応が変わるものか。


 この(・・)ツグミはかつてのように共犯者としてのフィアードに惹かれた訳ではない。汚れた事が嫌いで真っ直ぐなフィアードに惹かれていた。


 自分が彼女を拒絶したのと同じ理由で拒絶されるのは中々こたえるものだ。フィアードは大袈裟に肩を竦めた。


「お前……お袋に何をした!」


 威勢のいい声が背後から聞こえ、次の瞬間、無数の風刃がフィアードに襲いかかった。


「……?」


 無造作に風刃を振り払うが、そのうち一つがフィアードの頰を薄く斬り裂いた。

 ツウッと生暖かいものが頰を伝う。


 ハアハアと肩で息をしながらツグミを守るように舞い降りたのは、小さな子供。空色の目と髪。こめかみの一房だけ黒い髪が印象的だ。


「ヨタカ……」


 ツグミの口から出た名前にフィアードの肩がピクリと跳ねた。


「お袋、大丈夫か?」


「ああ。大丈夫や……」


 ツグミがその子供をギュッと抱き締める姿を見て、フィアードはスッと目を細めた。


「なんだ……幸せそうじゃないか」


「フィアード……」


「邪魔したな」


 フィアードは仲睦まじ気な母子から目を逸らし、森の中に向かって歩き出した。


 馬鹿馬鹿しい。心配してきてみれば、もうすっかり自分の事など忘れている。その上、汚いモノを見たかのようなあの態度。自分もああして彼女を見たんだと思うと反吐が出そうだ。


 フィアードはムカムカする気持ちを隠さずにズンズンと薄暗い森を進む。


 ーー来るんじゃなかった……。


 子供の事が気に掛かったので、思わず来てしまったが、ただ亡き夫との絆を見せ付けられただけだった。


 グルグルと様々な彼女の顔が脳裏を駆け巡り、そして、あの拒絶するような顔を思い出す。

 きっと、元のフィアードであれば、困ったような笑顔で彼女に迎えられたのだろう。その因果な巡り合わせに舌打ちし、頰の傷を無造作に拭った。


「……っつう……!」


 思った以上の痛みと、手の甲を汚した血の赤さに苦笑して、空を仰ぐ。


「……帰るか……」


 明け方の空に細い月が浮かんでいた。

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