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第125話 火と地の所業

 フィアードが火口に飛び込んだ途端、暴れ回っていた火の精霊と大地の精霊が彼に注意を向けた。


 かつて、精霊をその身に受けた時は、熟練の魔人により鎮静化した状態の精霊を送り込まれた。

 それでも精霊達は、魅力的なフィアードの体内を駆け回り、好き勝手に暴れ回ったのだ。


 すでに荒ぶった状態の精霊二種を一気に受け止める事がどれだけ危険な事か、分からない訳ではない。だが現状では、なんとしてでも受け止めて、制御しなければならないのだ。


 精霊はそのままでは不安定な存在だ。好みの器に宿らなければ、その力を暴走させてやがては消えてしまう。

 死霊により無理やり縫い止められていた精霊は、突然解放されてしまい、慌てて器を求めて暴れ回っている。


 そこに飛び込んできた、全ての精霊を宿せる魔族総長。最強の宿主の存在に、精霊達は大いに湧いた。


 加護を受けると言えば聞こえがいいが、結局のところ、体内に巣食う精霊を飼い慣らせるかどうかに掛かっている。


 喰うか喰われるか……。それが精霊との存在の在り方でもある。


「……さあ来いよ……喰ってやるからよ……!」


 ペロリと乾いた唇を舐め、フィアードはハシバミ色の目に挑戦的な光を宿らせた。


 身体を開き、精霊を迎え入れる為に僅かに隙を作ったその瞬間、燃え盛る火炎がフィアードを飲み込み、石礫が雨のように降り注いだ。


 そして、それと同時に次々と二種類の精霊がフィアードの体内に潜り込み、そこかしこに争うように刻印していった。


 ◇◇◇◇◇


「……ティアナ……おい……」


 腕の中のティアナに目覚める気配がない事に溜め息をつき、レイモンドは周囲を見渡した。

 地面を冷却し続けたモトロは疲弊し切って座り込んでいる。


「モトロ、ディンゴはどうした?」


「……麓に……。避難を促しに行った筈です……」


 モトロの声はかすれている。これでは殆ど動けないだろう。


「兄貴が火口に入った。ちょっと行ってくる」


 レイモンドはモトロに歩み寄り、ティアナを託そうと抱え直すと、彼女がうっすらと目を開けた。


「ティアナ……」


「……フィアードを……迎えに……行くわよ……」


 立ち上がろうとするティアナを支え、レイモンドは首を振った。


「無理するな」


「私しかいないじゃない」


 他の誰が助けられるのか、言外にそう言われ、レイモンドは言葉に詰まる。


「分かったよ……」


 レイモンドは溜め息をついてブツブツと治癒魔法を唱えた。これで少しは動けるだろう。


 ティアナはヨロヨロと火口近くに落ちている土魔術の杖を拾った。


「……行くわよ。レイモンド、ついてきて。モトロはディンゴと長老の所へ」


「……はい……」


 モトロは悔しそうに頷くと、ふらりと立ち上がった。


「……どうやって降りるんだ?」


「貴方の魔力を少し借りるわね」


 ティアナはレイモンドの腕に縋り付き、彼の魔力で魔術を展開した。


 ズルズルと力を引きずり出される感覚に酩酊状態になりながら、レイモンドはティアナの柔らかい身体を感じて、高鳴る動悸を勘付かれないように歯を食いしばった。


 杖に魔術を掛け、それを火口の壁に突き立てると、杖はまるで二人を導くかのように、火口の内側の壁を滑り降り始めた。

 真っ暗な火口に闇雲に飛び込むのは危険だ。壁伝いに降りるのが賢明だということだろう。


 ツツツ……とゆっくりと闇の中に進んでいくと、前も後ろも何もわからなくなった。レイモンドが杖に右手を掛け、ティアナを左手で抱き上げる。


「……ティアナ……明かりは?」


「ええ……ちょっと待って……」


 ゴソゴソと何かを取り出した途端、ボンヤリと辺りが明るくなった。ティアナの手には白く光る角柱がある。モトロが開発した魔法松明(マジック・トーチ)だ。


 照らし出した所で、周囲が黒一色である事に変わりはなく、足元も何も見えない。見上げれば、空はもう豆粒ほどになってしまっている。

 二人はどこまで続くか分からない闇の中をただひたすらに降りていった。




 トン、と足が地面に着いた感覚があり、照らしてみると、足元に少し大きい足場がある事が分かった。


「……ちょっと降りてみましょう……」


 足場はそれ程広くは無さそうだが、一度に照らせるほど狭くもない。


 二人は足場を隈なく歩き回り、溜め息をついた。


「……また何年も兄貴が封印されたら厄介だな……」


「もうっ! 縁起の悪い事言わないで頂戴」


 神の化身ともあろう者が、縁起を担ぐのもおかしな話だ。ティアナは苦笑しながら、魔法松明(マジック・トーチ)を掲げ、足場の下に広がる闇を照らした。


 壁からところどころ突き出た岩がある、足場になるのはここ一箇所では無さそうだ。たまたま、その内の一つに降り立ったにすぎないという事が分かった。


「……分かるか?」


「……もう少し下……かしら……」


 ティアナは首に掛けている水晶に触れ、同じ水晶で繋がっているフィアードとの距離を測るが、反応が微かすぎて分からない。


 二人は足元を探りながら杖を使って少しずつ下に降り、次の足場に降り立った。


 そこはゴツゴツとした岩場で、足元が悪い。

 二人は杖をついて、ゆっくりと辺りを見渡すが、特に目立ったものは見当たらない。


 一つ一つ足場を確認していくと、やがて水晶が微かに反応した。


「……ここ……?」


 目の前にはつるりとした大きな岩がある。ちょうど人が一人ぐらい入りそうだ。


「……岩……?」


 つるりとした岩肌は不自然なほどに光を反射する。硝子質のその表面は、高温で一旦溶かされた岩が再度硬化したものである事が容易に想像できる。


 岩肌に触れようとすると、焼けそうなほどに熱い。そしてその中から精霊の気配を感じる。


「この中……だわ……」


 ドキン、と不安で胸が高鳴る。


「……えっ……?」


「身に受けた精霊を暴走させまいとして、その力を全て自分に向けたんでしょうね。だから、土魔術で固まった上から炎で焼かれたんだわ……」


「なっ……! 生きてるのか……?」


 レイモンドは真っ青になってその大きな岩を見つめる。


「……そう思いたいけど……」


 ティアナは青ざめて水晶に手を添える。僅かに感じる魔力の波動が、フィアードが生きている事を証明し、ホッと息をついた。


 レイモンドは剣を抜き、松明を翳しながら岩の周りを一周する。


 ところどころ剣で叩いてみるが、カンカン、という硬質な音が響くだけだ。


 密度の低い、脆い岩ならば、その斬撃で斬り出すことも出来なくはないが、ここまで高密度の岩となると剣では歯がただないのは明白だ。


 試しに柄でガッと叩いてみるが、手が痺れるだけだった。

 これは、物理的な攻撃でなんとかなるものではない。

 頼りのティアナも死霊を抑えるために魔力の殆どを使い切ってしまっている。


「……一旦戻って、お前の魔力の回復を待つか、長老を連れてこよう」


 レイモンドの判断にティアナが首を振った。


「……フィアードが火口に飛び込んでから、もう結構時間が経ってるわ……。そう長くは保たないと思うの……」


 ティアナの言葉にレイモンドはザアッと血の気が引く。


「……いや……でも、結界とか張ってたら……」


「ええ。中で結界を張ってるか、あえて自分を仮死状態にしていれば大丈夫だとは思うけど……今までも、精霊を受け入れた直後は危なかったのよ……」


 ティアナは唇を噛み締めた。かつて水の精霊を受け入れた時、凍結した湖に落ちたと言う。モトロが助けなければ危なかったらしい。


「……そんなに……危険な事だったのか……」


 レイモンドは何も知らなかった自分を恥じた。全ての精霊の加護を受けられる稀有な存在、欠片持ち故に魔力量が高く、歴代最強の魔族総長だ、という話を今は亡きヨタカから聞いていた。

 その陰で、兄がどれだけの危険と向き合い、魔力を高める為の鍛錬を積み重ねてきたのかはあまり深く考えていなかった。


「……レイモンド、もう一度魔力を貸して……」


 帰りの分を残しておかなければ……そう言いかけて、レイモンドは口を噤んだ。兄の救出は一刻を争うのだ。出し惜しみしている場合ではないだろう。


「……いいけど、俺の魔力なんてたかが知れてるぞ」


 測ってみたら、兄弟では一番少なかったのだ。連絡などの魔法ならば然程問題がなかったので、特に鍛錬もしていない。


「……構わないわ……」


 ティアナがまたレイモンドの腕に縋り付く。

 ズルズルと何かが引き出される感覚と共に、膝が力を失っていくのを感じる。


 ティアナは土魔術の杖を岩に向け、譲り受けた魔力を込める。


「……崩れろ(・・・)!」


 特に何に働きかける訳でもなく、直接岩に命じるように言った途端、岩そのものがビインと反応したかのように見えた。


「……!」


 その直後、岩が、ブオン……、という不可思議な音をたて、全体が細く振動し始めた。

 徐々に細かい砂の粒がパラパラと溢れ始める。


 その砂粒が止まったかと思った直後、岩が一瞬グニョリと湾曲したようになり、レイモンドは目を疑った。


「……えっ……?」


 岩はまるで最初からそうであったかのように、ザアッと砂塵となって崩れ落ちた。足元にまるで波のように砂が打ち寄せる。


「……すげぇ……」


 呆然と視線を送った砂山の一部にチラリと薄緑色の何かが見え、レイモンドは何も考えずに飛び出した。


「兄ちゃんっ!」


 腰ほどの高さに積もった細かい砂の山を掻き分け、掘り起こす。崩れる砂とともにその姿を現したのは彼の兄であった。

 反射的にレイモンドは手首に触れ、規則的に触れる脈にホッと胸を撫で下ろす。


「……フィアード……」


 ティアナがヨロヨロと歩み寄り、そっとその口元に手を当て、縋り付くようにその身体を抱き締めた。


「……良かった……」


 ティアナの心からの呟きに、レイモンドの心がザワリと波立った。


「勝算があった訳じゃなかったのか……」


 眉を寄せ、震えるレイモンドの声に、ティアナは小さく頷く。


「私一人でなんとか出来ると思ったの……。でも……私一人だったら、この辺り一帯は全て吹き飛ばしていたわ……」


 見込みの甘さを告白し、ティアナは項垂れた。これで神の化身だなどと、聞いて呆れる。


「……だから、兄ちゃんが……」


「ええ。精霊を受け止めるって……。他に方法が無かったし……。ごめんなさい」


 レイモンドは自分達が獣に夢中になっている間に、呪いを解こうと先走ったティアナの行動を思い返した。


「……下見も無しに、いきなり行動するからだ。火口から中を見た段階で、一旦退却して策を練るべきだったな。……どうして俺たちがあの獣達を片付けるまで待てなかったんだ」


 レイモンドの声は静かだった。それがかえってティアナの心に重くのしかかる。


「……ええ……」


「お前はもっと冷静にならないとダメだろ。一時の感情で行動していい立場じゃない……。これでもし、兄貴が死んでたら、一番後悔するのはお前じゃないのか?」


 呪いを解く、その事で頭がいっぱいになっていたのだ。レイモンドもそれは分かっている。あの場で待っておくように言わなかった自分も悪いのだ。


「レイモンド……我らが女帝陛下をあんまり苛めないでくれよ」


 耳元で響く困ったような声に、ハッとしてティアナは身を起こした。


「……フィアード……」


「流石に危なかったな……助かった」


 フィアードは苦笑しながらそっとティアナの頭を撫で、パンパンと身体に付いた砂を払って立ち上がった。

 ティアナは慌てて立ち上がり、フィアードの服の裾をキュッと握る。


「……へいへい。二人で仲良く庇いあってな。で、どうやって戻るんだ?」


 肩を竦めるレイモンドにフィアードがニヤリと笑い掛た瞬間、視界が一瞬にして光に満たされた。

 三人一緒に約束の地(プルミーズ)まで転移していたのである。


「……無敵かよ……」


「お陰様でな」


 面白くなさそうに呟く弟の頭を軽く小突き、フィアードは報告のために長老の元に歩を進めた。


「……待って……」


 ティアナは期せずして更に二種の精霊の加護を得たフィアードの後ろ姿を見失わないように駆け出した。

これにて第五章 神と歩む者 は完結です。

次章、ようやくファンタジーワールドっぽくなる予定です。


すみません、次話で第五章完結でした。

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