第121話 魔力の石
「ディンゴ、後ろをお願いします」
「わがた!」
森に入ってすぐ、魔物達に取り囲まれた。
モトロはディンゴに手早く指示を出し、魔物達を次々に屠り出す。
「ディンゴ、木を燃やしては駄目ですよ! 大丈夫ですね!」
「んだ!」
二人が前後の魔物を氷の刃と炎の鞭で攻撃し、右から襲ってくる魔物はフィアードの風刃が斬りつける。
同乗している兵士達の弓矢で左側の魔物も倒されてしまうので、ティアナとレイモンドは二人、剣を構えたままその戦況を見渡していた。
「……圧倒的だな……」
「ちょっと気の毒なくらいね」
あまりにもこちらの戦力が高すぎ、魔物達は一方的に屠られていくように見える。
「知能があるって言ってなかったかしら……?」
知能があるにしては、あまりにも無謀だ。ティアナは魔物達はまだ自分達の現在の力を把握できていないように感じた。
しばらく戦いを見ていると、抵抗する間も無く煙のように消えていく魔物の中に、時折キラリと光る物を撒き散らす物がいる事に気付いた。
「ねぇ、あれは何かしら……」
「……光ってるな……」
二人の声に、風刃を放ちながらフィアードが呟いた。
「この時代に馴染んできたんだ……。ちょっと見てくる」
魔物の影が無くなったのを確認し、フィアードは戦車から飛び降りた。
戦いの後には折れた弓矢が落ちているだけで、他にはほぼ何も残っていない。
だが、所々にキラキラ光る物が落ちているように見える。
「……フィアードさん……これが……」
先に調べていたモトロが手のひらに宝石のような小さな色とりどりの石を乗せていた。
「……あの光ってた奴か……」
「はい。少し手強いゴブリンを倒すと、煙にならずにこれを撒き散らしました」
一粒が小指の先ほどだ。フィアードはピクリと眉を上げた。微量だが、確かに感じるものがある。
「……魔力の塊……だな……」
フィアードは自分の仮説が正しかった事を確認し、満足気に頷いた。
「ですね」
「可能な限り集めよう。何かに使えるかも知れない」
「はい」
二人が戦いの跡を捜索し始めた途端、それを計っていたかのようにガサリと茂みが揺れた。
「ギェェ~!」
幌の無い戦車の上から飛びかかろうとする、ゴブリンよりも大分大きな影に、弓矢を構えた兵士達は思わず立ち竦んだ。
「グォォ~!」
大きな丸太を振り回すモノがもう一体現れて戦車に迫ろうとしたその瞬間、ピタリと動きを止めた。
「……デカイな……、これはゴブリンじゃないのか……」
その巨体を真っ二つに斬り裂いたレイモンドが呟くと、戦車の座席に座ったまま頭上に現れた巨体を突き刺し、ティアナが頷いた。
「これは、オーガって言ってたかしらね」
細剣を抜くと、その巨体は眩い光を撒き散らしながら弾け消えた。
バラバラと何かが降り注ぎ、ティアナはそれを手のひらに受け止めた。
「何これ……綺麗ね……」
色とりどりの透明の丸い石。魔力の塊にティアナは思わず魅入ってしまった。
「……兄貴はこれを集めに行ったのか……」
レイモンドは散らばった石を拾い集めながら、フィアード達を見遣った。
「つまり……この時代に馴染んできたから、煙にならずに魔力の塊を落としたってこと?」
再び走り出した戦車の上で、ティアナは先ほどの石を隣に座るフィアードに手渡した。
「じゃあ、このまま放っておくと、ドンドン強くなるのか?」
ティアナの向かいでレイモンドは眉を顰める。外見と強さが伴っていないとは思っていた。あのオーガなどは、恐らく魔力を蓄えればそれなりに手強い相手となっただろう。
「それは分からない。どの程度まで魔力を蓄えるかは個体差があるからな。……ゴブリンならばそれほど心配ないだろう」
フィアードは集めてきた石を布袋に入れる。
「魔力の塊の石……よし、『魔石』ってとこかな」
「……お前、名前付けるの好きだな……」
レイモンドの呟きにフィアードが呆れて肩を竦めた。そう言えば『魔法』もこいつが決めたんだった、と思うと苦笑するしかない。
「いや、これが採れるなら、討伐依頼を掛けやすいだろ?」
レイモンドはニヤリと笑う。討伐の証拠にもなり、一石二鳥だ。
「……ていうか、何かに使えるの? その石……」
ティアナは眉を顰めた。魔物の体内から出てきたモノだ。よく考えると、いくら綺麗でも少し気味が悪い。
「色々使えるさ。モトロが作る魔道具に組み込めばその動力になるし、魔力の少ない人間でも、これを身に付ければ少しは魔法を使えるだろう」
フィアードが言うと、レイモンドが口笛を吹いた。
「それ、すげえじゃん。魔物が自然界の魔力を体内で形にしてくれるって事か……」
「ま、平たく言うとそうだな」
フィアードは言いながらティアナをチラリと見た。
「……魔物がこの時代に現れた事も……決して悪い事だけじゃない……って……こと?」
「……そう思ってくれると有難いな。魔法の普及には悪い事では無さそうだ」
フィアードは皮肉気に笑う。正に怪我の功名というやつだろう。
「そうかも知れないけど……異国はどうなってるのかしら……。結界で村や町を守れていないのに……」
弱気なティアナの発言にフィアードの眉がピクリと震えたが、口を開いたのはレイモンドであった。
「そればかりはどうしようもないな。俺達が上陸したら、あっちの人間は滅んでるかも知れない」
レイモンドの容赦ない言葉にティアナの顔色が変わった。フィアードが心無い言葉を吐き出した弟を睨み付ける。
「……まだ行ったこともない土地に対して心を砕いても仕方ない。考えすぎるな。とりあえず、この大陸の事を考えよう」
「……うん……」
フィアードの言葉にティアナがホッとした表情を浮かべたのを見て、レイモンドがわざとらしく視線を背けた。
「ティアナ様、もうすぐ森を抜けます」
兄弟の不穏な空気を察したモトロが斜め前からティアナに声を掛けながら彼女の隣に座る。そしておもむろに魔石の使い方について手元の魔道具を取り出してティアナに説明し始めた。
フィアードは何気なくモトロに席を譲りながらレイモンドに耳打ちした。
「おいレイモンド、どういうつもりだ」
わざとティアナを追い詰めるような言い方をするとは。フィアードは乗せられた気がして不愉快になった。
「何の事だ。俺は真実を言っただけだ。とりあえず、魔石の事を協会に報告しておかないとな」
レイモンドは面倒臭そうに肩を竦め、先ほどまでモトロが座っていた所に移動すると、各地に伝令を飛ばし始める。
戦車は森を抜け、眼前には一気に荒涼とした大地が広がった。
相変わらず何もない茫々とした景色。何度となく通った道だが、これでしばらくこの道ともお別れかと思うと、少し感慨深いから不思議だ。
ティアナはボンヤリと砂煙りと噴煙で霞む地平線を眺めながらこの土地での事を思い返す。
平原の魔物は既に殆ど駆逐できていたのか、森に逃げ込んでいたのか、全く襲われることも無く、一晩の野営を経て、一行は火の洞穴に到着したのであった。
◇◇◇◇◇
洞穴の入り口でザイール達と別れ、約束の地から連れてきたロバ一頭に荷物を括り付けて洞穴の中に入った。
「ディンゴ、灯りを」
ティアナが命じると、ディンゴが火の精霊を光に変えて一行の周りを照らし出した。
「便利だな……兄貴、これは絶対覚えてくれよ」
レイモンドがフィアードに耳打ちすると、洞穴を関心して眺めていたフィアードは肩を竦めた。
「……その前に、加護を受けられるかどうかが問題だがな……」
そもそも、緋の魔族がどうなっているか分からない。
「それなんだけど……」
ティアナが恐る恐る二人の会話に割って入った。
「族長の許可がないと、加護を受けられないのかしら。例えば……ディンゴや黑の長老から加護を受けたらいけないの?」
「……それは……」
フィアードは口籠り、助言を求めるように少し前を歩いていたモトロに視線を送った。
「……僕は構わないと思いますよ。お二人とも、充分に資格があると思いますし。今のフィアードさんなら、精霊を暴走させる事もないでしょうからね」
振り向きながら意味深に微笑まれ、フィアードは歯軋りした。
「そもそも……ちゃんと族長が存在するかも怪しいじゃない。切り取られた大地では魔人が人間に隷属してる所もあるんでしょ? 魔族総長についてちゃんと伝承されているかしら……」
ずっと気になっていた事だ。ティアナの言葉にフィアードは唸った。
「だが、魔族にも筋を通さないといけないだろう?」
「緋と黑の魔族は分断されてしまったんですから……難しい問題ですね。拘っているのは義父ぐらいのものだと思いますよ」
モトロは苦笑した。誰よりも変化を嫌う義父にとって、フィアードを受け入れる事がどれだけ勇気がいったか。
「……母の事がなければ、多分義父は貴方を受け入れませんでしたからね」
クスクスと笑いながら、モトロは言い放ち、フィアードを正面から見据えた。
「族長と言ってもその程度です。案外私情で動いていますよ。だから、あまり義理立てする必要はありません。ティアナ様の命令の方が至上命令ですよ」
ニコリと笑うと身を翻し、スタスタとディンゴの後を追う。
「……おい……あいつ、あんな奴だったのか?」
フィアードが渋面でレイモンドに尋ねると、レイモンドは肩を竦めた。
「いや……兄ちゃんが戻ってから、妙に楽しそうだな……あいつ」
二人で歩き始め、ティアナが付いてきていない事に気付いたレイモンドがフィアードを小突く。
「ほら、兄ちゃん。陛下が待ってる」
レイモンドがロバの手綱をこれ見よがしに振ってティアナは任せた、という素振りを見せたので、フィアードは小さく舌打ちして洞穴を戻った。
光源から離れ、少し薄暗い所でボンヤリとしているティアナを見つけ、フィアードは溜め息をついた。
「……ティアナ……」
「……フィアード……」
色違いの目で縋るように見つめられ、フィアードはゴクリと息を飲んだ。
全てを見透かすような目は、不安に揺れている。
「ほら、行くぞ」
「……うん」
少し乱暴な言葉遣いが口をついて出て内心ヒヤリとしたが、それを聞いてティアナの表情が和らいだ。
そうだ……彼女には構えずに、自然体で接していた筈だ。それを思い出すのに時間が掛かってしまった。
フィアードは瞑目して深く息を吐き、無造作に手を差し出した。
「ん……ほら」
「……フィアード……」
口元を綻ばせ、差し伸べられた手を握ってティアナはゆっくりと歩き出した。




