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第118話 諸所の闘争

 森を抜けるともうすぐ目的の村のはずであったが、その出口に見た事もない醜悪な生き物が立って、こちらを見ている。


「……お……お兄ちゃん……あれ……何?」


「わ……分からない」


 幼い兄妹を見下ろし、涎を垂らしながら舌舐めずりするその青紫色の舌を見て背筋が凍りついた。

 ボロ布を纏い、人間にしては大柄な彼等の父親よりも更に大きな身体は青黒く、額からは二本の角が生えている。


「こ……怖いよぉ~!」


「イスカ……お兄ちゃんから離れるなよ……!」


 赤毛の少年ーーラキスは震える脚を叱咤しながら剣を抜き、その巨大な生き物と対峙した。


 ◇◇◇◇◇


「会長! 大変です!」


「何事ですか騒々しい」


 執務室に雪崩れ込んできた屈強な戦士達を見やり、茶色い髪をキッチリと編み上げた女性はペンを置いた。


「ば……化け物が現れて……暴れています!」


「化け物……?」


「見たこともないような醜い生き物で、とにかく凶暴です! 戦闘系の冒険者を集めて対処させていますが、女子供の避難が間に合うかどうか……!」


「なんですって!」


 ガタン、と立ち上がって窓から外を見ると、町の中は大混乱だった。


 露店は荒らされ、逃げ惑う人々を追い詰める奇怪な二足歩行の生き物。そしてそれを次々と斬り捨てる冒険者達。

 斬られた生き物達は断末魔の叫び声をあげ、煙のように消えていく。


「何なの……アレは……?」


 目の前の建物の窓から同じように外を見て震える住人と目が合った。


『タスケテクダサイ』


 唇が言葉を刻むのを見、ルイーザは小さく頷いて再び町を見下ろす。

 どうやら化け物にも種類があるらしく、今の所、冒険者達でなんとか対処できそうだ。


「ルイーザ様、ご指示を!」


 男達に言われ、ルイーザはゴクリと息を飲んだ。二人の兄の事を思い浮かべるが、彼等は今ここに居ない。今は自分がしっかりしなければ。


「住民の安全が最優先よ! とにかく危害を加えるモノは討ち果たして構わないわ! ただ、深追いは禁物! 極力体液なども浴びないように注意して、できるだけ接近戦を避けなさい。弓矢、魔法での攻撃を中心に、町の外に追い出したら門を閉め、町の外に警備隊を配置しなさい!」


 凛とした声で指示を出し、男達を見渡すと、男達はキリリと姿勢を正した。


「ははっ!」


 男達が敬礼してバタバタと伝令に走るのを見送って、ルイーザは握っていた拳をゆっくりと解いた。

 汗でじっとりと湿った手のひらには痛々しい爪の跡が出来ている。


「……兄さん……」


 ズルリ、と窓枠に寄り掛かりながら、ルイーザは青ざめた顔でブツブツと唱え慣れた詠唱を口にした。


 ◇◇◇◇◇


「校長! 大変です!」


「どうしました、アラン」


 執務室兼校長室に駆け込んできた青年は剣を手に肩で息をしている。


「化け物が村外れに現れて、畑を荒らしています」


 支部長兼校長のギーグが眉を顰めて窓から外を見ると、村外れに向かって走って行く男達の姿が見えた。


「……村人には被害は出ていませんか?」


「はい。村の中には化け物は入っていないので、戦闘系の冒険者が戦ってなんとか凌いでいます」


 ギーグはホッと胸を撫で下ろした。この村の地理的な特徴は、出入り口以外から村への出入りが困難な事だ。

 十数年前の襲撃後、防御を更に追求し、そう簡単には敵が踏み込めないようにしておいた事が役立ったようだ。


「そうですね。その体勢を崩さず、なんとか持ちこたえて下さい。本部に指示を仰ぎましょう」


 ギーグは落ち着き払って通信機に手をかざした。


 ◇◇◇◇◇


「おい、ヒバリ! そっちは大丈夫かっ!」


「ええっ! なんとかね!」


 村をぐるりと囲むように氷の壁を築き上げ、一羽の小鳥が赤毛の青年の頭にひらりと舞い降りた。


「……気持ち悪い奴らだったな。斬ったら煙みたいに消えちまうし……。流れたはずの体液も血も、死んだら消えちまう……」


 散々斬りつけた筈の剣はすっかり元の通りに輝きを取り戻している。


「私、本で読んだ事あるわ」


 頭の上から舞い降りた小鳥が一瞬で少女の姿を形取る。


「神話の時代、世界を荒らしていた……ゴブリンとオーク……っていう魔物に特徴が似てるわ」


 ヒバリがパタパタと服を叩きながら夫を見上げると、夫ーーアルスは眉を顰めた。


「は? 神話の時代?」


「ええ。創世神が、人間の世界を作るために封じた筈の魔物よ」


「……創世神……が……?」


 アルスの目がギラリと光る。


「ティアナに何かあったのかも知れないわね……」


 ヒバリの呟きに、アルスはギリリと奥歯を噛み締めた。


「だとすると……この辺りだけじゃないかも知れないのか……」


 村の周囲から一斉に湧き出した化け物の様子を思い出し、ゾクリと背筋が震えた。


「ラキスとイスカは……まだコーダ村に着いてないのか?」


「お父さんとお母さんがついてるから、多分大丈夫だと思うけど……」


「村の周りは森だ。さっきの奴らが隠れてるかも知れない……」


 額に冷や汗が浮かぶ。ラキスの剣の腕はそれなりだが、やはり同じ年頃の時のティアナ程ではない。修羅場をくぐって人生を繰り返してきたティアナは肝が座っていたが、ラキスはいくら魔人の血を引いていても、まだ生まれて八年しか経っていないのだ。


「ヒバリ、ツグミに連絡を取ってくれ。あちらもそれどころじゃないかも知れないが……」


 アルスの声が少し震えているのに気付き、ヒバリはそっとその背中に腕を回した。


「分かったわ」


 ◇◇◇◇◇


「なんやったんや……こいつらはっ!」


 自分達を取り囲み、そして斬り刻まれて煙のように消えてしまった謎の生き物達に舌打ちしながら、空色の髪の男は駆け寄ってくる足音に気付いて振り返った。


「貴方っ! ラキスとイスカは何処っ?」


 こちらも戦いを終えたばかりの形相の白髪の女性である。


「なんやてっ!」


 しまった、見失ってしまった! ヨシキリはギリリと歯軋りし、そのまま鳥の姿で空に舞い上がった。


「あかん……木が邪魔で見えへん……!」


 空中からはこんもりと生い繁る木々の葉が地表を覆い隠している事が分かる。


「くそっ! 無事でおってくれっ!」


 ヨシキリはバサリと大きく羽ばたくと、すぐ近くに迫っている村に助けを求めに飛び立った。


 ◇◇◇◇◇


「お……お兄ちゃん……」


 ジリジリと剣を持った兄に迫る巨大な影に、白髪の少女はガタガタと震え出した。


「いやぁっ! 誰か来てぇ~!」


 少女の声が森に響き渡ったその時、無数の風刃が凄まじい勢いでその巨大な化け物を八つ裂きにした。


「ギャアオゥ~!!」


 化け物の断末魔の叫び声に幼い兄妹が腰を抜かすと、ひらり、と二人の目の前に空色の人影が舞い降りた。


「……え……あ……ありがとう……誰……?」


 イスカは呆然と目の前に現れた恩人を見上げる。


 空色の目と髪、こめかみに一房だけ黒い髪。自分と同じくらいの歳の、目つきの悪い少年が、ジロリと二人を見下ろしていた。


 ◇◇◇◇◇


「ティアナ! 各地から一斉に化け物の襲撃の連絡が入ってるっ!」


「何ですって!」


 レイモンドは自分の周りに数え切れない程の鳥を纏い、腕にサーシャを抱えたまま、呆然と戦っているティアナに大声で語り掛けた。

 案の定、ハッと我に返ったティアナは周囲のゴブリンを一気に斬り捨てると、モトロに目配せをして自分はその場で瞑目した。


 モトロ、ディンゴが残ったゴブリンを片付けている間、ティアナとフィアードは二人で目を閉じ、彼らの目の届く範囲を一気に見て(・・)回った。


「……大変っ!」


「ティアナ……これは……」


 二人の目に映るのは、身を守る術を持たない村人達が必死で化け物から女子供を護ろうと戦う姿であった。

 もちろん、自分達で解決できる戦闘員を擁する地域は瞬時に対応しているようだ。村を襲っているのはゴブリン、オーク、オーガという二足歩行の魔物が殆どで、さほど強い魔物がいないのがせめてもの救いだ。皓の村(ヴァイセスドルフ)の水辺にはマーマンが現れてノビリスに瞬殺されていた。


 だが、森や山の中にはまだ強力な魔物や幻獣が潜んでいる。このままでは普通の人間は駆逐されてしまうだろう。


 二人は遠見(とおみ)を終え、お互いの顔を見合わせた。


「フィアード……、力を貸して!」


 ティアナは返事を待たずにフィアードの両手を握り、胸元の水晶に意識を向けた。


「ティアナ……」


 少し戸惑いを隠せないフィアードに微笑み掛け、ティアナは胸元の水晶から一気に魔力を解放した。


「なっ!」


 水晶から一筋の光が空に向かって伸びて行き、ティアナの頭上にみるみる間に光の球を作り上げた。


 鳥肌が立つ程の魔力をたたえたその光の球はその色をクルクルと変えながら少しずつ集束し、拳大の眩い光となって、耐えかねたかのように一気に弾け飛んだ。


 虹色の光が迸り、四方八方に飛び散った。音にならない音が耳をつんざき、思わず耳を覆ってその光の行方を見送ったモトロはゴクリと息を飲んだ。


「……何を……したんですか……」


 視線をティアナに戻し、目を見張る。


 グッタリとフィアードによりかかり、肩で息をしているティアナの憔悴ぶりは尋常ではなかった。目を瞑ったまま、ズルリと崩れ落ちそうになる。


「おい、大丈夫かっ!」


 レイモンドが駆け寄ろうとすると、フィアードがそっとティアナを抱き上げた。


「えっ……に……兄ちゃん……?」


「各地に魔力を還元して、全ての土地に結界を張ったんだ……。全く……無茶して……」


「え……あの一瞬で……?」


「ああ。時を止めてたのかも知れないが……」


 フィアードが溜め息をつきながら、駆け寄ろうとしていた二人に説明する。彼は足元でウロウロしている金色の犬を軽く躱し、荷車の方に歩き出した。


「とにかく……これで当面は何とか魔物達の襲撃は抑えられるだろう。交通や物流は今まで通りにはいかないだろうが……。戦闘要員の冒険者なら倒せる程度の魔物だ。何とかなる」


「……ああ……」


「それからレイモンド、俺が封じられてから今までの経緯を説明してくれ」


「お……おう……」


 妙に落ち着き払った兄の様子に首を傾げながら、レイモンドはサーシャを抱えて荷車に向かった。


 ◇◇◇◇◇


「なんだ、ガキか。人間……でもないな。何だお前ら、オレ達の村に何の用だ」


 ふんぞり返って尊大に言う子供の隣にひらりと一羽の小鳥が舞い降り、すぐに少女の姿になった。


「アホッ! 偉そうに言うな。お前もまだガキやろ!」


 少女はペチン、と子供の額を叩き、ラキス達に向き直った。


「ごめんな……こいつ生意気で。うちはツグミ、こいつは息子のヨタカや。え……と、アルスの従兄でヒバリの異母弟が父親やから……? ん……と……まぁ、あんたらの従兄弟みたいなもんや。仲良くしたってな」


「……あ……はい……初めまして……イスカです」


「……ラキスです」


「よろしくな、イスカ、ラキス。あんたらの伯父さん……村長のラッセに会いに来たんやろ? うちが案内したる。こっちやで」


 ニコリと手を差し伸べられ、兄妹はなんとか立ち上がった。そして、ツグミを先頭に、ヨタカ、ラキス、イスカ、と子供達がぞろぞろと村への道を進んで行った。


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