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第117話 封じられしモノ

「この地を封印の地(ロンドゥスィリ)と名付けます!」


 火山の麓、荒涼とした大地に立ち、ティアナは高らかに宣言した。

 住人はおろか、草木すら生えない不毛の地でありながら、その地はティアナの名付けに対して大きく震えあがり、地中に蓄えられた膨大な力をティアナに分け与える。


「……すご……!」


 凄まじい魔力の流れにレイモンドは目を見張った。この火の国は恐ろしい程に力の溢れた土地であることが分かる。


 身の内に飛び込んできた魔力を制御しようと己の身体を抱きしめるティアナを庇うようにモトロが寄り添った。


「大丈夫ですか?」


「……ええ……なんとかね」


 額に汗を浮かべながら、ティアナは気丈に微笑みを浮かべて立ち上がる。


「……これだけ魔力があれば……」


 ティアナは両手を見つめ、キュッと唇を噛み締める。この七年間、この日をどれだけ待ち侘びたことか。

 どのような手順で、どうやれば彼を救い出せるのか、ありとあらゆる方法を模索して、想定して、脳内で実践してきた。

 今日、その想定通りに事が運ぶとは限らないが、これだけの魔力を蓄えておけば、そうそうの事は恐るるに足らない筈だ。

 ティアナは自分を見守る仲間達を見渡し、キリリと姿勢を正した。


「……私は大丈夫よ。それじゃあ、配置につくわね……」


 事前に打ち合わせたように配置するためにはまず自分の位置を決めなければ。ティアナは自分の記憶を頼りに、あの時、フィアードがいた地点に立つ。


「……ここだわ……」


 ドキン、と胸が鳴る。胸元の水晶が微かに震えた。ここで間違いない、と確信し、ティアナは他の三人に頷いてみせる。


 レイモンドはティアナから三歩ほど離れた地点。恐らくその付近にデュカスがいた筈だ。

 そしてモトロと人型に戻ったディンゴがティアナを中心として十メートル程の対角線上に向かい合って立った。


 ティアナは全員の配置を確認し、大きく息を吸い込んだ。


「準備はいい……? 始めるわよ」


 漆黒と白銀の目を伏せ、各地から少しずつ集められた借り物の魔力を練り上げる。

 本来の自分の魔力と違い、それらを収束して制御するには並々ならぬ集中力が必要だ。



 モトロは少し離れた位置からティアナの様子に心を砕いていた。

 彼女はこの封印を解放するためにこの七年をひたむきに走ってきた。万が一にも失敗は許されない。

 封じられているのが身内だけではなく、彼女の宿敵たる存在までも解放せざるを得ないという恐ろしさ。不測の事態に備えたくてもどうすれば良いのか分からない。


「……ティアナ様……」


 身震いしたくなるような魔力の高まりを感じ、モトロは息を飲む。ちょうど反対側のディンゴが顔色を失って立ち竦んでいる。犬の姿ならさぞかし情けない体勢になっていただろうに、残念だ。



 刻一刻と高まる魔力に肌が焼き切れそうな気がする。

 レイモンドは腰の剣に手を添えて必死に踏ん張っていた。


 デュカスがどの位置から現れても対処できるように、全身の感覚を研ぎ澄ましたいが、そうするとティアナの放つ魔力で気を失いそうになる。


「……マジで……無理難題だな……」


 舌打ちし、仕方なく視界だけは細かく動かしながら、こめかみを流れ落ちる冷や汗を拭った。



 魔力を高めて収束し、ようやく必要量に達した所で、ティアナは時を制御する神の力を一気に解放する。

 七年前と同じように彼女の身体から溢れ出した白銀の光が、一瞬にして辺りを包み込んだ。



「……え……?」


 いきなりハシバミ色の目と目が合い、ティアナは驚いて身を竦ませた。


「あ……っ!」


 色彩の無い世界、レイモンドやモトロ、ディンゴはその場に縫い止められている。足元には意識を失って倒れている栗色の髪の女性、そして、目の前に呆然としたまま立ち尽くしているのは……


「フィアード……!」


 やっと……会えた……!


 胸が熱くなり、ティアナの色違いの双眸から涙が溢れそうになった。しかし、まだ敵の姿が見えない事を思い出して腰の剣を抜いて彼を庇うように背を向けて立ち、様子を伺った。


「……ティアナ……か……?」


 乾いた声は驚きに震えている。名を呼ばれ、喜びに震える心を押さえつけ、呼吸を整えながらチラリと振り返った。


「ええ。助けに来たわ。七年も掛かってしまって……ごめんなさい」


 顔を見たら抱きつきたくなる。すぐに前を向いたティアナは震える膝を叱咤しながら周囲に意識を向け、愕然とした。


「……どうして……デュカスはいないの……?」


 絶対に邪魔をされると思っていた。影も形もないのが不気味だ。


「……分からない……」


 恐らく彼はこの異様な空間で動ける。これまでの接触もそうだが、この場にいないのが何よりの証拠だ。だが、それでも目の届く範囲にいると思っていたのだ。……これは不測の事態だ。


「とにかく……戻りましょう。サーシャを」


「ああ……」


 フィアードがサーシャを抱き上げるのを確認し、ティアナは再び意識を自分の魔力に向けて白銀の光を放った。




 目の前が白銀に染まり、しばらく完全に視界を奪われてしまった。


 レイモンドは目を伏せて周囲の気配に神経を尖らせる。

 不意に、よく知っている気配が背後に現れ、思わずその場から飛びすさった。

 白銀の光が収まり始めたので、恐る恐る振り返ると、そこには別れた時と殆ど変わらない姿の兄が栗色の髪の女性を抱きかかえ、見覚えのある鞘だけを腰にぶら下げて立っていた。


「……あ……兄ちゃん……」


「レイモンド……か……」


 すっかり歳上になってしまった弟は自分よりも背も高くなっていた。

 フィアードはその事実に時の流れを感じ、肩を竦める。


「父さんかと思った……」


 くだらない冗談に付き合うほどの余裕はなかった。レイモンドは舌打ちする。


「……うるさいな。なんだよ、拍子抜けするな。こんな簡単に……あっ!」


 レイモンドはフィアードの隣でうずくまっているティアナに気付き、慌てて駆け寄ろうとして、足が竦んだ。


「……ティ……ティアナ……!」


 ティアナの周りの空間が歪み、パリパリと火花を散らしている。手を伸ばしては危険だ、と本能的に悟り、レイモンドは兄に縋るような目を向けた。


「兄ちゃん!」


 彼女の身体の中で、名付けによって高まった魔力と、彼女本来の魔力がせめぎあっている。


「フィアードさん!」


 異変に気付いたモトロに呼ばれ、フィアードはこの場をどう納めるか咄嗟に思いつき、サーシャをレイモンドに託すと、胸元の水晶に手を添えて瞑目した。それに呼応してティアナの胸元の水晶が輝き出す。


 ティアナの水晶が借り物の魔力を吸い取っていく。フィアードが念じるように、魔力はスルスルと水晶に引き込まれ、最終的にその小さな結晶の中に収まってしまった。


 ティアナはガクリと膝をつき、大きな吐息をついた。フィアードがその顔を覗き込む。


「大丈夫か……?」


「……あ……ありがと……」


 差し伸べられた手を取り、ティアナが立ち上がるのを見て、レイモンドはキリリと唇を噛んだ。分かっていた事だ。だが、やはり見せ付けられるのは不愉快なものである。


 モトロは周囲への警戒を怠らずに少しずつティアナに近付いた。気付けば金色の毛の犬は既にティアナの足元にいた。相変わらず抜け目のない犬である。


 ティアナは間近に迫る懐かしい顔に胸の動悸を抑えられなかった。

 いきなり七年の時を越えたにも関わらず、そのハシバミ色の目はちゃんと自分を見てくれている。他ならぬ自分を。


「……凄いな……剣を……身に付けたのか……」


 先程の身のこなし、そしてしっかりとした手のひらが彼女が優れた剣士である事を物語っている。


「ええ。多分、貴方より強くなったわ。お陰で手のひらは固くなっちゃったけどね」


 いつも(・・・)エスコートしてもらっていた手が、その柔らかさを失ってしまったのは少し悲しいが、それでもこの七年で身に付けた自分自身の力は揺るぎない自信となっていた。


「……レイモンド、サーシャを砦まで運びましょう」


「……ああ……そうだな」


 レイモンドはサーシャを抱き上げたまま何気なく荷車を置いている岩陰に視線を巡らせて、我が目を疑った。


「ティアナっ! ロバが!」


「えっ!」


 岩陰に置いた荷車に繋がれた二頭のロバが、得体の知れない生き物に取り囲まれていた。


「モトロ! ディンゴ!」


 ティアナの声より早く犬の姿のディンゴが疾走し、ロバを襲う生き物を蹴散らした。

 次の瞬間、モトロの放った冷気でその生き物達が氷の柱となってその場に縫い止められる。


 ティアナもその岩陰に駆け寄ろうとして、ギクリと足を止めた。


「な……何……?」


 ロバを襲っていた生き物と同じモノがワラワラと現れ、彼らを取り囲んでいた。


「……これは……?」


 ボロを纏ったちょうど十歳くらいの子供の大きさの二足歩行のソレは、薄汚れた土色のゴツゴツした表皮に覆われている。その顔は人間と同じように目が二つと鼻と口があるが、決定的にその配置が崩れ、見るも無惨な醜い顔立ちだ。

 口元からは黄ばんだ乱杭歯が見え、垂れ落ちる涎を拭おうともしない。


「ゴブリン……!」


 フィアードの呟きに、モトロはハッと顔を上げた。


「馬鹿なっ! あれは神の御代の生き物! この世界には存在しない(・・・・・)筈……!」


「だが……これはどう見ても……」


 ジリジリと間合いを詰めてくるその生き物の吐く息の臭気に、ティアナは顔を顰めた。おかしい。何故……こんな生き物が現れたのだろう。これはこの世界にあってはならない(・・・・・・・・)生き物の筈。


「くくく……流石フィアード。よく知ってるね。これはゴブリンだよ」


 空から降ってきた声に、ティアナはゴクリと息を飲んだ。


「……あれ? こっちを見てくれないの? せっかく面白いモノを用意したのにね」


 大きな影にスッポリと覆われ、頭上で聞こえる羽音に背筋が粟立つ。先に頭上を見上げたレイモンドが目を丸くして青ざめていた。


「……なんなんだ……!」


 モトロが次々とゴブリンを氷漬けにしながら、忌々しげに吐き捨てた。


「どうしてドラゴンがいるんですかっ!」


「へぇ、これ……ドラゴンっていうの。君、物知りだね。中々乗り心地良くてさ、僕の愛玩動物(ペット)にしちゃった」


 ティアナは頭上を舞う金属性の輝きを纏った黒い大きな翼の生えた巨大蜥蜴に目を細める。


「……デュカス……貴方、何をしたの? それらは創世神が人間の世界を作るために封じた筈……」


「流石……よくご存知で。でも、どうして封じたか知ってる?」


 ドラゴンを旋回させ地上に降り立った青年は薄緑色の髪を風にたなびかせていた。

 ティアナ達を囲んでいたゴブリン達はその殆どが氷漬けにされている。


「当時、まだ数が少なかった人間は、彼ら……魔物や幻獣から身を守る術が無かったからさ。神の慈悲ってやつだよ。でもね……」


 デュカスがグイッと指を曲げると、地中からボコボコと新たなゴブリンが生まれてきて、ティアナ達を取り囲む。


「切り取られた大地は人間で溢れ、獣は狩り尽くされて、植物は枯れ果てようとしてるんだ。この大陸だって時間の問題さ。人間は自分達の力を過信してる。神の慈悲で生かされて来たことを知らなすぎるんだ」


「……それで……どうやって……」


 フィアードが風刃でゴブリンを切り刻み、モトロも周囲に氷の剣を投げ飛ばしてそれらにトドメを刺している。


「驚いたよ。まさか、彼らが時空の狭間に封じられていたとはね」


「……!」


 ティアナは耳を疑った。


「すごく複雑な封印だったし、細かく区分されていて大変だったけど、君が七年も時間をくれたから、全部解けたんだ。それで、君が今、時空の狭間とこの世界を繋いだだろ? 大好きなフィアードを取り戻す為に……」


「……まさか……」


 ゾクリ、と身体が震えた。自分がこの恐ろしい生き物達を招き入れてしまったという事なのか。


「そう、そのまさかさ。ついさっき、君がこの世界に、魔物や幻獣を解き放ったんだ。……面白くなってきたね。僕はこの愛玩動物(ペット)と一緒に、新しく現れた幻獣達の棲家で暮らす事にするよ。用があったらいつでも遊びに来たらいい。じゃあね」


 一方的に言い放って、デュカスは再びドラゴンに乗って飛んで行ってしまった。


 風と氷をかいくぐって、自分達に襲い掛かってくるゴブリンを無意識に斬り付けながら、ティアナは呆然とその黒い影を見送った。

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