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第109話 火の砦

 ガタゴトと戦車が揺れ、少しずつ景色が変わってきた。

 背の低い草が生え始めたかと思うと、徐々に草は密度を増し、やがて眼前には森が見えてきた。


「……森があるの……?」


「森の向こうが火の国じゃ。森の手前で野営するぞ」


 気付けば日は傾き、空は橙色に染まっていた。よく考えると、ろくに休憩も取らずに一日中移動していた事になる。


 戦車を止めると、ロバ達は草を食み始め、兵士達は手早く天幕を張り始めた。レイモンドもテキパキと手伝い、モトロは飲み水を補充している。


 ザイールは固焼きパンと干し肉を取り出し、ティアナに差し出した。

 特に手伝える事も無いので、その好意に甘えて一足先に食事を摂る事にした。


「……して、デュカスはどうする」


 携帯用の食事は味気なく、ただひたすら咀嚼しなければならないのが辛い。ティアナは咀嚼した干し肉を飲み干し、ザイールに向き直った。


「彼からの接触は無い? 彼は夢を操れるけど……」


「いや……皆目。ここ七年、奴の夢を見た奴はおらん……わしの把握する限りではな……」


「そう……」


 だからと言って安心は出来ない。一度支配下に置いていた者達なのだ。無意識下で影響を及ぼす事も出来るのではなかろうか。

 彼は与えられた力を遺憾無く発揮して、常に自分の一歩手前にいる気がする。何故自分は神の力を十二分に理解できていないのかと思うと、腹立たしい。

 たかが数年を何度も繰り返しただけの自分の知識など、数百年を生き、更に前世の記憶を持つデュカスの足元にも及ばないのだ。


「……何処に向かうの?」


 天幕を張り終えた兵士達も思い思いに食事を始めたが、気を遣っているのか、誰も二人の近くには来なかった。


「ふむ。デュカスの城の跡地を砦にしたんじゃ。そこに向かっとる」


「……砦……?」


 不穏な響きだ。ティアナはゴクリと息を飲んだ。


「この地を足掛かりに、侵略を企てとる連中がおるからな……」


「……!」


「見た事もない鎧を着て、海上から火の玉を撃ち込んでくる連中じゃ。言葉も通じん」


「それって……いつ頃から?」


「四年ほど前から偵察のような船の姿が見えていてな。それで城ではなく砦にする事にしたんじゃ」


「四年前……」


 ランドルフ達を派遣した頃だ。ティアナの背中に冷たい汗が流れた。


「それで遂に二ヶ月ほど前、攻撃してきおってな。こちらの魔人が奴らの船を一隻沈めてやったところじゃよ」


 サアッと顔から血の気が引いていくのが分かる。レイモンドの懸念が現実になってしまった。

 そして、侵略するに当たって、交渉役として言葉の通じる存在が必要だ。彼等ならばいざという時に人質として使う事も出来る。


「……乗組員は……? 言葉の通じる者はいなかった?」


「おお、流れ着いた何人かと言葉が通じたから、捕らえてある。じゃが、どうも兵士どもと何かあったらしくてな……、頑なに口を閉ざしておるんじゃ」


 ティアナはドキリとする。火の国の兵士は村の襲撃に加わっていた。つまり、自分達の仇でもあるのだ。


「その人達は……砦にいるのね?」


「うむ。他にも異国について調べる為に、乗組員の中でも目立つ行動を取っていた者達も捕らえてある。言葉が通じんから、その連中に通訳させようと思ったんじゃがな……」


 ザイールはティアナの様子を伺っている。彼女が建国の為に何を準備しているのかは知らないが、異国の存在を知っているのならば、その連中と関わりがあると考えるのは当然であろう。

 ティアナは諦めたように溜め息をついた。ザイールに隠し事が出来るとは思えない。


「その言葉が通じる人達は……多分……私が派遣した神族の視察団よ。……面会させてくれるかしら……」


 ザイールは難しい顔になって腕を組んだ。


「そういう事か……。じゃが、お主はまだ正体を明かせんのじゃろう?」


 面会ならば兵士達が立ち会う可能性が高い。相手の言動でティアナの正体が露見していまうだろう。


「……分かったわ。じゃあ、彼等の居場所だけ教えて。自分で会いに行くから……」


「そうしてくれ。くれぐれも見つからんようにな」


「分かってるわ」


 異国人はこの火の国から徐々に大陸に手を伸ばすつもりだったのか。ティアナはギリリと爪を噛んだ。


 ◇◇◇◇◇


 夜の森は不気味だった。土壌が違うからか、見た事のない形の葉が揺れ、月明かりに不気味な影を落とす。森に生息する生き物の鳴き声が聞こえて来て落ち着かない。


 兵士達が交代で寝ずの番をしてくれているが、ティアナは天幕の中で眠れない夜を過ごしていた。


「……ティアナ……まだ起きてるのか……」


 隣で横になっているレイモンドに言われ、小さく頷く。天幕は真っ暗でお互いの顔は見えない。反対側に横になっている筈のモトロからは規則正しい寝息が聞こえてくる。


「モトロって……何処でも寝れるのよね……」


「だな。羨ましいぜ。魔人なんだから、俺たちより睡眠いらないくせによ……」


 小声でボソボソと話す。寝る前に侵略の話はしてある。レイモンドは難しい顔で頷いただけだったが、神族の仲間が捕らえられていると言うのは心中穏やかではないだろう。


「……どうするんだ?」


「とりあえず、火の国との間の関係修復の方が先かしら……」


「難しいだろうな。俺も……親父の仇だと思ったら無理だからな……」


「やっぱり、私が先に火の国を掌握しないとダメかしら」


「そうすれば話は早いだろ。火の国の連中はデュカスを待ってるんだ。奴が復活したらマズイだろ。その前にお前が立つしかない」


 彼等は「神の欠片持ち」に忠誠を誓っている。ならば「神の化身」には膝を屈する筈なのだ。

 それぞれの思惑や心情とは関係なく、上から支配する事でまとめ上げるしかないだろう。


「火の国を皮切りにするのは……」


「仕方ないだろ。もう名付けした土地については、実質お前が支配者なんだからな。最初に姿を出すのが火の国でも問題ないと思うぞ」


「……私に出来るかしら……」


「俺が支える。……兄さんが解放されたら、兄さんだって……」


「ありがとう」


 ティアナの声にレイモンドの胸が跳ねる。手を伸ばせば届く所にいる筈の少女に、どうしたら触れられるのだろうか。

 約束の地(プルミーズ)の宿屋で触れてしまった彼女の胸の膨らみを思い出し、ゴクリと息を飲む。


「ティアナ……あのな……もし……兄さんが……」


 兄の想い人が誰なのか知っている。ティアナも勿論知っている筈だ。それでも一途に兄を想う彼女がいじらしくて切ない。


「うん?」


「いや……何でもない……」


 結局、七年掛かっても兄との差を埋められた気がしない。


「どうしたの?」


「いや……遂に女帝の誕生か。対外的には『ダイナ』でいいのか?」


「ええ。漆黒(くろ)の欠片持ちの能力を警戒する為には、真実の名前を名乗らずに、通称を使う事を推奨した方がいいと思うの。レイモンド、貴方だってそうよ」


「……お前が先に俺達を支配下に置けばいいんじゃないのか?」


 事も無げに言われ、ティアナはぐっと言葉に詰まる。


「簡単に言うわよね……」


 それをしないからずっと遅れを取って来たのは分かっているのだ。だが、精神を支配するという事に対する嫌悪感がどうしても拭えない。


「……人の気も知らないで……」


 ポツリと呟いた途端、ぐっと手を握られてティアナは驚いてレイモンドを見た。大分目は慣れたが表情は分からない。


「そりゃ……分からないさ。でもよ……不本意な相手に操られて、お前を傷付けるよりは……」


「……うん……」


 熱い手だ。いつも並んで剣を振っている手が力強く自分の手を握っている。

 精神を支配するのではなく、精神支配に対する防御力を高める事が出来るだろうか。もしそれが出来ないならば……それしか彼等の尊厳を守れないのであれば、そうするしかない。ティアナはその手を握り返し、ぐっと覚悟を決めた。


「……じゃあ……フィアード達を解放する時に……」


「おう。それまでは対等でいてやるよ」


 ◇◇◇◇◇


 森を抜けると石造りの立派な砦がそびえ立っていた。その背景のように紫紺の海が一面に広がっている。


「海の色が……違う……」


 ティアナは呆然と呟いた。海を見たのは二度目だが、眼前に広がる深い青と、砕ける白波に目を見張った。


「深さが違うんじゃ。海岸から少し進むといきなり深くなっとる」


 ザイールの説明を聞きながら、戦車は砦の跳ね橋を通って砦内部に入り込んだ。


「お帰りなさいませ」


 兵士達が駆け寄って来て、止まった戦車からロバを外して厩に連れて行ってしまった。


「おい、一頭はこいつらのロバじゃからな!」


「ははっ!」


 個体差など分からない兵士はそのまま連れて行ってしまったが、厩の兵士ならどのロバが客の物か、一目で分かるだろう。


 二ヶ月前に戦闘を終えたからか、兵士達は妙に活気があって、連帯感を感じる。


「部屋に案内させよう」


 ザイールは忙しそうに執務室にこもってしまった。敵兵と思われる者を捕えているのだ。ティアナ達を迎えに来たことで四日間ほど砦を留守にしてしまった埋め合わせは大変だろう。

 三人は兵士に案内されて居室に通された。簡素な二段作りの寝台が二組向かい合った部屋だ。客室は用意せずに、兵士用の居室を多く作っているのが実務的だと感心する。


「……ティアナ様も……ここで寝るんですか?」


 モトロはそのあまりにも質素な寝台に不満を漏らす。神の化身として名乗りを上げる予定の彼女がこのような扱いでいいのだろうか。


「……まぁ、野営よりはいいんじゃない?」


 ティアナも流石に驚いたが、これもザイールなりの考えがあるのだろう、と割り切ることにした。


 部屋に入ってすぐにティアナは魔力量を測定し、盛大な溜め息をついた。


「……あ~、やっぱり全然ダメね。これじゃあ転移も出来ないわ」


 なんとか目くらましは維持できているが、それ以上は難しい。


「サクッと名付けちまえ。悩んでる暇はないぞ」


 レイモンドは言いながら、ザイールに借りた火の国の地図を広げて、自分の地図の空白部分に転記していく。


「……分かってるわ。『火の国』はこの辺り一帯よね。どうしようかしら……」


 ティアナは地図を覗き込んだ。火山と海の間の細長い土地にこの砦と三つの村がある。


「……それより、火の国には(あか)の魔人がいるんじゃありませんでしたか? 魔力の流れが変わるからには、彼等には話を通しておいた方がいいでしょうね」


「本当ね! いっけない、忘れてたわ!」


 モトロに言われてハッとする。魔人にとって、名付けによる魔力の流れの変化は驚異だろう。下手に刺激して敵と思われては困る。


「じゃあ……まず(あか)の魔人との面会ね」


 ティアナは少し緊張した面持ちで息を吐き出した。


「……そうだな。そいつらは……村の襲撃にも加わってたんだろ」


「そうらしいわね……」


 レイモンドは難しい顔で黙り込んだ。ティアナも少し考え込み、何かを決心したように顔を上げた。


「やっぱり、先にランドルフ達に会いに行きましょう」


 彼等の言い分を聞いてからでなければ、(あか)の魔人との距離感が測れない。


「……えっ……でも……」


 転移で直接行けないのであれば、見張りに見つかってしまうだろう。レイモンドが言わんとしている事はよく分かる。


「大丈夫よ。モトロ、協力してね」


 ティアナがニヤリとモトロに笑い掛けると、モトロは肩を竦めて小さく溜め息をついた。


「……ティアナ様の頼みとあらば……仕方ありませんね……」

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