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第107話 魔術師の杖

「……ここだわ……」


 ティアナは登山口から少し離れた場所の山肌を指さした。

 レイモンドは背中に長老を背負ったまま、そちらを見つめる。切り立った山肌の一部が崩れ、大小の岩が積み重なっていた。


「七年前、フィアードが空けた穴よ」


 貫通した洞穴だったのだ。恐らく完全に埋まっていることは無いだろう。


 名付けを完了し、火山を越える段になり、三人はその方法についてそれぞれの意見を交わした。


 転移を使って移動すると、またデュカスに邪魔されるかも知れない。しかも、二人を連れて移動中に接触されると危険だ。

 登山道はかなり険しく、登山に慣れていない者には厳しい道のりだという。頂上付近は、天候によっては噴煙の影響で通れない事も多い。

 七年前のように洞穴を空けるのは可能だが、下手に火山を刺激する訳にはいかない。


 そして、七年前の洞穴を再度貫通させるのが、一番消費魔力も少なく、その後の連絡・交通面でも有用であると結論付けた。

 念のために長老に許しを乞いに行くと、彼女の協力を得られる事となったのである。


「じゃあ、私が穴を修復するので、モトロが凍結して固定。その後、長持ちするように強化していただいていいですか?」


 交通の要として使える洞穴にする為には、基礎が肝心だ。長老の土魔術でしっかり内壁を硬化して貰えば、半永久的に使える道となるだろう。


「……ふむ。思い切った事を考えおるな……」


「七年前は、ただ貫通させただけだったから脆かったんでしょう」


 長く使えるようにと言ったのはモトロだ。手間が掛かるが、今後の事を考えると一番いい選択だろう。


「時間が掛かってもいいわ。確実に繋げましょう」


 ティアナは洞穴の入り口の空間を確保するべく精神を集中する。あの時の洞穴の大きさを思い出しながら、拳大の結界を岩の隙間に送り込み、その大きさを拡大していく。


 ゴトゴト、ミシミシ、と音がして、岩同士がぶつかりながら粉々に砕け、その中央に丸い結界で守られた空間が出来る。

 危険だからと少し離れていた四人はその結界の中に入り、モトロは洞穴の形を整えながら凍結させて崩落を抑え、長老がむき出しになった地盤を硬化させる術を掛け始めた。


 ティアナは結界を進め、モトロはそれに応じて次々に凍らせて行く。


「レイモンド、貴方達はゆっくりで構いませんから」


「おう。分かってる」


「ふむ。急かすなよ」


 地盤の硬化には時間が掛かる。長老の魔力にも限界があるだろう。レイモンドと長老を残して、ティアナは歩きながら結界をズンズンと進めて行く。

 魔術の消費魔力は距離に比例する。出来るだけ近くから魔術を使った方が効率的だ。長老は消費魔力を抑えるために直に内壁に触れる事にした。

 ティアナが道を切り開いて行く後ろをモトロが凍結させて進む。見る見る間に氷の洞穴が出来上がっていくが、彼はティアナに遅れないように一気に四方に魔力を放つので思った以上に消耗が激しい。


「……モトロ、大丈夫?」


「……はい……」


 大分進んだ所で、ティアナはモトロの歩調が少し遅くなってきた事に気付き、足を止めた。


「……今日はここまでにしておきましょう」


 ティアナも村からあまり離れると魔力の行使が厳しくなる。これ以降は無理は厳禁だ。


「……大分進みましたか?」


 モトロの額にはじっとりと汗が滲んでいた。

 松明の灯りが氷の結晶に反射して、洞穴の中は思った以上に明るい。


「そうね……三分の一くらいかしら。この先は私も少し辛くなるわ。焦っても仕方ないから、ゆっくり進みましょう……」


 ティアナは自分に言い聞かせるように言う。


 七年間……その時を思えば、一週間やそこらの時間など大したことではない……そう思いたい。


「まさか、本格的に土木作業する事になるとは思わなかったけど……ね」


 ポソリと呟きながら、まだ手を加えていない少し前方を見つめる。この先は少し崩れていて、所々から地下水が染み出し、小さな虫や鼠がチラチラとその姿を見せている。

 噴火の後、追い風を受けながら小さな身体で走り抜けた時には生き物の姿など見えなかった。彼らの住処を奪う事に少し罪悪感を覚え、ティアナは溜め息をついた。


「ねぇ、そう言えば、(しろ)の皆って、地下に住んでるけど、明かりはどうしてるの? 燭台を使わなくてもボンヤリ見えていた気がするんだけど……」


 当たり前に思っていて気付かなかった。そう言えば、あの水車小屋の地下も明るかった気がする。


「ああ……、あれは魔力を通すと光るように細工した水晶を照明器具として使ってるんですよ。僕が作った魔力の測定器と同じ原理です。他にも、光を反射しやすいように天井や壁に水晶や金銀を埋め込んでいますね」


「ああ……成る程ね。ねぇ、この道にも取り付けられるかしら。そうすれば、危険な登山道よりも便利に使えるでしょ?」


 ティアナはキラキラと輝く氷の洞穴を見上げながら入り口に引き返す。モトロは少し考え込んで、振り返り、洞穴全体の長さを確認した。


「……そうですねぇ……。設置するのは簡単です。ただ、通過する人が魔力で点灯しないといけませんが……」


「う~ん、そっか。普通の人間には難しいかな」


「ええ。普通、洞穴を通るならば松明を持っているでしょうから……不要かと思います」


 別に出し惜しみするつもりはないが、これだけの長さの洞穴に等間隔に魔道具を設置するとなると、かなり大掛かりな事になる。

 モトロはその手間と労力を考えて溜め息をついた。


「ティアナ様……ここの照明については、世界を治める段になってからお考え下さい」


「……はぁい……」


 ティアナはペロリと舌を出した。いい考えだと思ったが、確かにそんな事よりもやるべき事、考えなければならない事が沢山ある。


「思い付いた事を全て口にされた時に、周りがどう受け取るのか、お考えになった方がいいですよ」


 自分達はまだ、直接意見できるが、神族の村(ヴィーダガーベ)の連中などは、ティアナの思い付きに振り回されて気の毒な事になっている。


「……はい。気を付けます……」


 ティアナは苦笑した。レイモンドもモトロも、彼女を甘やかさずに立派な為政者にするべく心を配ってくれている。かつて女帝だった頃の自分が如何に周囲に甘えていたのか痛感する。


 ーー実はサーシャもフィアードも過保護だったのかしら……。


 何となく、かつての教育係二人の事を思い出し、胸がギュッと締め付けられた。


「どうしました?」


「ううん、大丈夫よ」


 モトロはティアナの様子が変わった事に少なからず動揺し、慌てて彼女の横に並んだ。


「すみません、言い過ぎました。貴女の言葉を実現できるように前向きに検討するのが僕達の仕事ですから……。まずは、僕やレイモンドに相談してくださいね」


「……うん……」


 何となく気まずい雰囲気のまま、二人が半分ほど戻ると、レイモンド達と合流した。


「お、今日はここまでか」


 レイモンドは二人に気付いてホッと表情を和らげた。老婆と二人きりにされてこちらも気まずかったようだ。


「お疲れ様です。モトロが大分疲れたので、今日はこれくらいにしておきます」


「うむ……そろそろ辛いのぉ……」


「私も明日以降はこれ程進めないと思います」


「じゃあ、今日のところはこれで終わりだな」


「ええ。……ここまでは作業完了ね」


 ティアナは硬化が完了した内壁に触れて息を飲んだ。


「……凄い……これなら、本当に半永久的に残るかも……」


 ただ山肌をくりぬいただけだった剥き出しの地盤が、しっかりと密度のある艶やかな岩盤となっていた。

 モトロもその仕上がりに溜め息をつく。


「流石ですね……」


「ええ……! ありがとうございます!」


 ティアナは見えていないと分かっていても、レイモンドの背中に向かって頭を下げた。


「ふむ、これでどのくらいじゃ?」


「仕上げていただいたのは全長の六分の一くらいです」


「そうか。完成は一週間……といった所かの」


「あ、でも……ご無理のない範囲でお願いします」


「気にするな。久しぶりに外の空気を吸えたし、魔力を使うたのも久しぶりじゃった。却って身体には生命力が蓄えられたようじゃ。よし、ここからは歩いて帰るぞ」


 レイモンドの背中から降りて歩き出した老婆の足元は確かだった。この老婆が一体どれだけの時を生きてきたのか、色々と気になってくる。


「え……? 大丈夫ですか?」


 慌てて後を追うレイモンドの姿を見ながら、ティアナはこそりとモトロに耳打ちする。


「ねぇ、モトロ……、長老って何歳なのかしら……」


「さあ……。神話の時代からの生き証人ですからねぇ」


 デュカスの言によると、少なくとも三百年前には老婆だったらしい。魔人の老化の速度を考えても、千年近く生きていると考えられるだろう。


「多少こき使っても大丈夫……っぽいね?」


 本気で追いかけるレイモンドを見て、ティアナは引きつった笑いを浮かべた。

 モトロは大きく頷いた。


「大丈夫だと思います」


 ◇◇◇◇◇


 長老の読み通り、洞穴の完成は一日の休みを挟んで一週間後であった。


 ティアナとモトロは一足先に作業を終え、火の国の様子を風魔法で調べ、ザイールと連絡を取っていた。

 どうやら火の国は生存者達によってある程度の復興を遂げているらしく、ザイールはその中心となって忙しく働いているらしい。


 一方で洞穴を仕上げている長老は、魔力を使った反作用か、何故か生き生きとして作業後も杖を片手に村中を歩き回るようになってしまった。昨日、温泉で彼女を見かけたレイモンドは足を滑らせて思わず溺れそうになった。


「土魔術って……使えば使うほど生命力を蓄えるのか……」


 レイモンドは最終的にはただの付き添いになってしまった。フィアードのように土魔術の詠唱を研究しようかと思ったが、すぐに断念した。そもそも自分が使えないものを研究する事自体が不可能だったのだ。


 松明を灯し、開通した洞穴を長老と戻りながら、レイモンドはホウ、と吐息をついた。コオン、コオン、と足音が響く。地盤を硬化したからか、独特な残響が残るようだ。


 洞穴の大きさは大人が余裕を持って行き交える程度ではあるが、暗い洞穴は神経質な馬で進入する訳にもいかない。どうしても徒歩での移動となってしまうだろう。

 火の国までは徒歩で三刻くらいだろうか。


「……まぁ、仕方ないよな」


 レイモンドが馬車と馬の管理をソルダードに託すことにしよう、そう思った時、絶妙なタイミングで老婆が言った。


「もう一回り大きくすればよかったかのぅ?」


「いや……、あまり大きいと火山に影響しそうですし……」


「ふむ……まあ、それもそうじゃな……」


 この老婆の勘の鋭さには恐れ入る。何を考えているのか殆どお見通しだ。下手な小細工が効かない、レイモンドが苦手とするタイプである。

 レイモンドが気付かれないように溜め息をつくと、長老は苦笑してそのまま黙って歩き続けた。


 小屋の扉を開けると、長老はふと足を止めて思い出したかのようにレイモンドの方を向いた。


「そうじゃ……、あの(しろ)の若者に渡す物がある。出発前に取りに来るように言っておけ」


「……あ……はい……」


 レイモンドは首を傾げながら頷き、長老が振り向きもせずに小屋に入るのを見送った。




 火の国へ向かう装備を整え、三人は約束通りに長老の小屋に向かった。


 小屋の扉を叩くと内側から扉が開いて、長い棒を手に持った長老がノソノソと出てきた。


「……ほれ、これを使うといい」


 無造作にモトロに手渡されたのは古い木で出来た杖であった。


「……これは……?」


 モトロはそれを手にした瞬間、ハッとして長老を見つめた。ティアナは杖を凝視している。


「お、気付いたか。流石じゃな」


 老婆がニタニタと笑いながら、事態が理解できていないレイモンドに向き直った。


「あの杖には地の精霊が宿るようになっとる。あやつの魔力なら、簡単に土魔術を使える筈じゃ」


 驚いて振り返ったレイモンドの視線の先で、モトロは口元を緩め、その杖の感触を確かめる。


「昔、頼まれて実験的に作ったんじゃがな。人間には使えなんだわ。魔力が無いと使えんらしい。まぁ、強化した木材じゃから武器としても使えるじゃろう」


 モトロが杖に魔力を込め、軽く念じると、杖の先に小さな岩が現れて少しずつ大きくなった。


「……わぁ……!」


 初めて土魔術を見るティアナは思わず感嘆の声を上げた。


「……なんとか……使えそうですね。ありがとうございます。お借りします」


 モトロは嬉しそうに杖を握り直し、長老に向き直るが、彼女は肩を竦めて面倒臭そうに顔を顰めた。


「返さんでいい。やるから、今後の研究の足しにしろ」


 長老の言葉に、三人は顔を見合わせた。そして、レイモンドが代表して頭を下げた。


「ありがとうございます。きっと兄が喜びます」


 解放されて真っ先にこの杖を研究する青年の姿を想像し、ティアナは口元を緩めた。

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