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第103話 奇跡の色彩

「……奇跡……とは?」


 レイモンドは眉を顰め、目の前の男を見る。


「奇跡の色彩だった……! 完璧な……」


 熱っぽい声に、レイモンドは息を飲んだ。「完璧な色彩」という奇跡をいつも間近に感じている。まさか、という思いで何気なく背後の気配を探る。


「……おや、連れの娘は具合でも悪いのか?」


 レイモンドの関心が後ろの二人に向いた事に気付き、ソルダードもそちらを見て首を傾げた。

 つられて振り返ったレイモンドは、モトロに抱きかかえられているティアナの姿に目が釘付けになった。


「……え……?」


 ズクン、と胸が苦しくなり、思わずモトロを睨み付けると、モトロはその視線に気付き、困ったように首を振った。


「申し訳ありません。彼女は昨日から体調が優れませんでしたから……立ち眩みのようです。座らせていただいても宜しいですか?」


 モトロが言うと、ソルダードは慌てて二人を部屋の隅の長椅子に案内した。


「いや、気付かなくてすまんな」


 若い冒険者が付いてきていると思ったのだろう。モトロがティアナを座らせて優しく肩を抱く姿を見て、ソルダードは軽く溜息をつきながらレイモンドにチラリと目配せする。


「見せつけてくれるな……青春ってやつか……」


 長椅子で寄り添う姿は美しい少年少女だ。モトロは気付かれないようにそっとティアナに治癒を掛けて少しでも楽になるようにしていたのだが、それがまるで恋人同士のように見える。


「……すみません……」


 レイモンドは苦笑しながら内心で舌打ちした。モトロは齢八十くらいの筈。ジジイのくせに何が青春だ。出会った頃から変わらない旅の仲間に苛立ちながら、協会(ギルド)の資料を出して机に置いた。


「我々の活動内容です。もし賛同いただけるのであれば……」


「提携に関しては決定権は私にはない。我らが仕える相手はもう決まっているんでね……」


 ソルダードの意味深な言い方に、レイモンドはチラリとティアナを見た。

 ティアナは少し落ち着いたのか、長椅子に座り直してソルダードを見上げた。


「……この集団を立ち上げた方というのは……」


 ソルダードは具合の悪そうな少女が突然口を開いたので驚いてそちらを見た。


「……ああ……、火の国の将軍をしていた男だ。怪我をして療養している間、避難してきた者達が彼を慕って集まったのが始まりだ」


 ティアナはそれを聞いてゴクリと息を飲み込んだ。ソルダードを見る目には敵意が浮かんでいる。


「その将軍は今……どうしていますか?」


「……え……?」


「その将軍は……ザイール……という名ですよね……」


 突然少女が口にした名前にソルダードは目を見張った。

 ザイールはあの後、この男とどうやって和解したのだろうか。己の身体を貫いた男を許せるのかどうか理解に苦しむが、何か自分に関する事を話したのだろうか。ティアナは喉元まで出掛かっている疑問を飲み込んだ。それを問うには自分の正体を明かさなければならない。


 レイモンドは交渉の席にティアナを連れて来た事はない。てっきり正体を明かすのかと思ったが、ティアナは青い顔のまま、ゆっくりと立ち上がった。

 少し考え込んでから意を決して口を開く。


「……申し遅れました。……ダイナと申します。コーダ村の長、ザイールは私の祖父に当たります。冒険者協会(ギルド)は父が当時の仲間である、このレイモンドの兄と創設したものです」


「……えっ……?」


 驚いたのはレイモンドである。名を偽った以外は嘘ではない。嘘ではない……が……、思わず口を開き掛け、声が出ない事に愕然とする。


「おお……ザイール殿の……! それならば話が早い。早速資料を読ませて貰おう」


 ソルダードの態度が急変し、資料を手元に引き寄せた。ティアナはソルダードの様子を冷ややかに見つめる。その姿に釘付けになったレイモンドの背中に冷たい汗が流れた。


 ◇◇◇◇◇


 結局、傭兵団とは提携という形で協会(ギルド)の支部を置く事になり、モトロが通信機を設置する為に残った。

 レイモンドは具合の悪いティアナを宿に送ると言って先に建物を出て歩きながらポソリと言った。


「……どういう事だ……」


「……ごめん……」


 レイモンドの声は低い。怒っているのが分かる。ここまで協会(ギルド)の事は彼に一任してきたのに、いきなり掻き回してしまった。

 ティアナは消音の結界を張り、レイモンドに頭を下げた。レイモンドは畳み掛けるように言う。


「提携する相手を信じられなくてどうする。それでなくても、いずれお前は上に立つんだぞ。今、偽った事が後でどんな影響を及ぼすか考えたのか!」


 レイモンドはきっと自分よりも先を考えて行動している。ティアナは未来見(さきみ)で彼に正体を打ち明ける場合と打ち明けない場合、二つの可能性を見極める事なく、その場の感情に流されてしまった。そうか、だから何度もやり直す羽目になったのだ。

 ティアナは自分が重要な選択肢を決める際に慎重さに欠ける事を初めて自覚した。これでは未来見(さきみ)の持ち腐れではないか。


「でも……私、あの人には知られたくない……」


 ティアナは七年前、ソルダードと何があったのかを説明した。

 フィアードと共に己の能力を殆ど封じられ、無力なただの子供となった自分があの男に救いを求められた事。ザイールが身を呈して庇ってくれた事。


 レイモンドは黙って聞いていたが、しばらくすると腕を組んで難しい顔で俯いてしまった。


「……そういう事なら……お前の気持ちは分かる。でも、その時のソルダードの気持ちも……分かってやってくれよ。……分からないだろうけどな……」


 青緑の目は少し揺れていた。


「……レイモンド……?」


 ティアナはゴクリと息を飲む。意外な答えだった。


「俺だって……あの襲撃の時、もしお前と一緒にいたら、同じ事を言ってたと思う……。例えお前が赤ん坊でも……。お前の姿を見て、その力に縋りたいと思うのはごく当然なことだ」


 ティアナの目が見開かれ、レイモンドを見つめる。


「俺は、兄さんみたいに欠片持ちとしての教育は受けてない。モトロみたいに魔術が使える訳じゃない。多少剣の腕は立つかも知れないけど、アルスさんみたいに精神的にも達観してる訳じゃない……ただの凡人だ」


「……あ……」


 そんな事ない、と言いたかったが、確かに彼はごく普通の少年だった。


「どっちかと言うと……ソルダードの方に近いんだろうな……」


 苦笑するレイモンドの顔が酷く切なげに見えて、ティアナは言葉を探す。


「でも……何だって器用にこなすから……無理難題押し付けられる事、多いじゃない。だから……私の気持ち……分かってくれるかと思って……」


 甘えていたのだ。ティアナの言葉にレイモンドは肩を竦める。


「無理難題のレベルが違うからな。俺の場合は少し頑張れば誰でも出来る事だから……。代わりはいくらでもいる」


「レイモンド……」


 ティアナは言葉を失った。


「でも、お前には代わりはいないんだ。お前にしか出来ない事があるのは事実だろ? 上に立つ奴ってのは、そういう無理難題を適当にあしらってナンボだぞ。そろそろ腹を括ってくれ。お前が本気になってるのは分かってるけと、覚悟が足りない。人の上に立つって事をもっと考えてくれ……」


「……あ……」


 お飾りの女帝ではなく、自分の足で立たなければならない。現実を突きつけられてティアナの脚が震えた。

 ダルセルノに担がれて女帝として君臨するのは簡単だった。それらしく振る舞えば、後は周りが動いてくれていたからだ。


「俺達に出来る事ならなんでもする。俺は兄さんの代わりかも知れないけど、今の所は手伝わせてくれ。……お前にしか出来ない事があるってこと……忘れるなよ」


「……うん……私、貴方がいてくれて良かったと思ってる。フィアードの代わりじゃないよ……レイモンドは私の大切な師匠だもの」


「……そっか……」


「だから……ごめんね。私……感情的で……打算とか苦手で」


「いや……、だから俺がそういう方面をなんとかするつもりだから……」


「ごめんね、協会(ギルド)や学校で手一杯なのに……」


「だからお前は、もっと堂々としてればいい。あんな姑息な言い方しないで、バーンと正体晒して従えちまえば良かったんだ……」


 レイモンドの言葉にティアナは口をつぐむ。確かにその方が面倒は少なかったかも知れない。

 ティアナはしばらく考え込んだ。


「でもね、冒険者協会(ギルド)を後々私の軍隊にする訳にはいかないでしょ? 冒険者は冒険者、軍人は軍人、って分けておきたいの。規律を重んじて国の為に働く者と、自由に生きる実力者。その両方が必要だと思う。だから、レイモンドにはその自由な冒険者を束ねてもらいたい。ここの傭兵団はむしろ軍人志願者が中心でしょ。だから一緒にしない方がいいと思ったの」


「……つまり俺は、癖のある連中の手綱を握りながら、軍隊の基礎も作らなきゃいけない……って訳か。本当に無理難題だな……」


 レイモンドはしかめ面で肩を竦め、ティアナは申し訳なさそうに苦笑した。


 ◇◇◇◇◇


 荒涼とした大地が眼前に広がっている。なんとなく見覚えがある景色だが、違和感があった。


「……ここ……どこ?」


 ティアナは眉を顰めて首を巡らし、目を見張った。


「フィアード……サーシャ……!」


 あの日、あの時見たままの場所に、最愛の二人がまるで凍りついたかのように存在した。

 そしてすぐ、違和感の原因に気付く。


 色彩が無いのだ。


「……ここって……」


 こんな光景を幾度となく目にしてきた。

 既視感と恐怖で吐き気がこみ上げる。ティアナがその場に立ち尽くした時、その頭を誰かが優しく撫でた。


「……え……?」


 顔を上げたティアナの二色の目に映り込んだのは、薄緑色の髪と漆黒の目の青年であった。


「……デュカス……!」


「やあ、ダイナ(・・・)。やっと来たね。待ってたよ」


 一見優しげな目を細め、青年はティアナの髪を優しくすくった。色は本来の色に戻ってしまっている。


「綺麗になったね。僕の隣に相応しい……」


 ぞくりと震えるティアナの耳に、青年の吐息がかかる。


「早くおいでよ。僕達を開放してくれるんだろ? 待ってるよ……。僕の花嫁……」


 デュカスが口元を歪めて笑いながら、ティアナの顎に手を掛けた。


「や……やめてっ!」


 ティアナが渾身の力でその手を振り解くと、目の前の男の姿が掻き消えた。

 消えたのは男だけではなく、周りの景色も闇一色に塗り替えられていた。


「あ……な……何……? 今の……」


 クラリ、とティアナはその場に崩れ落ちた。

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