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第100話 膳立と再訪

あけましておめでとうございます。

新章突入です。

 夜明け前の静かな村に、元気な産声が響き渡った。


「おめでとう、元気な男の子よ」


 白髪混じりの黒髪の女性が産まれたばかりの赤ん坊を拭き清めて、母親の胸の上に乗せる。


「……男の子……」


 母親はそっとその空色の髪を撫で、自分の鼓動を感じて泣き止んだ我が子を見てゴクリと息を飲んだ。

 髪の色は自分と同じだ。では、目の色はどうなのだろうか……。


「ケイト……あのな……うち……」


 ケイトは手際よく後産の処理をしてツグミの身体を拭き清めながら、そっと赤ん坊のこめかみを指差した。ツグミは視線をずらして息を飲む。


「……あ……」


 こめかみには一房、黒髪が混じっている。そして、ゆっくりと開かれた目の色は……空色だった。


「ヨタカの子を……産んでくれて……ありがとう」


 息子の忘れ形見を取り上げる事が出来たケイトは、天井を仰ぎながらツグミの手をそっと握った。


「……ケイト……」


 ツグミは一房の黒髪をそっと撫でた。口は悪いがなんだかんだと言いながら自分を支え続けてくれていた青年を思い出し、こちらを見つめる無垢な眼差しを感じてポロポロと涙がこぼれる。


「ヨタカ……」


「アゥ……?」


 呼ばれたと思ったのか返事をした我が子に驚き、ツグミとケイトは思わず目を見合わせた。


「……どうする? 呼ばれたと思ってるわよ、この子……」


「ヨタカ……?」


「アウッ!」


 ケイトに言われてツグミが試しに呼んでみると、今度はハッキリと返事をした。

 生まれ変わりなどと言う概念を信じる訳ではないが、子が親の名を継ぐ事は珍しい事ではない。何よりも本人がその名を望んでいる。


「……ヨタカ……今度はうちがあんたを守るで」


 ツグミは小さな命を優しく包み込み、囁きかけた。


 ◇◇◇◇◇


 湖畔の村はずれで赤毛の小さな少年が同じ髪色の大柄な青年と並んで木剣を振っていた。


「よしっ、そうだ!」


 青年の指導を受けながら汗を飛び散らせて木剣を振る少年は十歳に届くかどうかというくらいだ。髪色や顔立ちから、二人が親子だということは明らかである。少し変わったところと言えば、少年の目の色が左右で違うことであろう。


 二人は素振りを終えて、一通りの型を確認した後、軽く剣を合わせて互いの技を確認した。


「よし、今日はここまで」


「ありがとうございました!」


 少年が元気に頭を下げた時、パタパタと二人に駆け寄る足音が聞こえてきた。


「お父さん、お姉ちゃんから連絡があったよ! 早く帰って来て!」


 少年より少し歳下と思われる少女が二つに結い上げた乳白色の髪をピョコピョコさせながら走って来る。

 青年は目尻を下げて少女を抱きとめ、軽々と抱き上げた。


「そうか。じゃあ急いで帰らないとな」


「何もわざわざ来なくても帰ってからでもいいだろ?」


「だって、早くお父さんに教えたかったんだもん」


 少女は大好きな父親の首に手を回し、ギュッと抱きついた。


「こら、イスカ。あんまり抱きつくな。もう小さくないんだからな!」


「だって、こんな時しか甘えられないじゃない。お兄ちゃんばっかりズルい!」


「じゃ、俺は先に帰ってるぞ」


 子供達が喧嘩を始めたので青年は娘をそっと下ろした。


「やだ! 待ってよ!」

「こら、イスカっ!」


 青年は喧嘩する兄妹を放置して家路につき、水車小屋に隣接する二階建ての屋敷の扉を開けた。


「とーと、おかえり!」

「おかえり~!」


 小さな男の子とヨチヨチ歩きの女の子が二人で青年を迎え、その後ろから赤ん坊を抱いた少女がパタパタと出迎えに来た。


「お帰りなさい、アルス」


 小さな二人を抱き上げたアルスは出会った頃から変わらない美しい妻に白い歯を見せて笑い掛ける。


「ただいま、ヒバリ。ティアナから連絡があったって?」


「ええ。無事に火山地帯の麓に着いたそうよ」


「そうか……いよいよだな……」


 木剣を片付けながらしみじみと呟くアルスに続いて兄妹が喧嘩しながら帰宅した。


「ラキスお帰りなさい。イスカ、ちょっと手伝ってちょうだいね」


「はぁい」


 少女は渋々頷き、兄にベエッと舌を出してヒバリに駆け寄ると、母親と連れ立って奥の部屋に行ってしまった。


「そっか……遂に姉ちゃんが……」


「まぁ、この後の火の国がどんな状況か分からないけどな」


 アルスは両腕に抱えた子供達に頬ずりしながらヒバリの後を追う。火山の噴火後、地図の途切れるあの山の向こうはどうなったのか全く分からない。だが、封印の地まであと僅か。彼女が大きな目標に近付いているのも事実だ。


「なぁ、父さん……。俺も姉ちゃんを手伝いたいんだけど……」


 頼もしい息子の申し出にアルスは少し眉を顰めた。


「う~ん……お前まだ七つだろ? もう少し待て。あいつもまだ十三だからな。今必要なのは大人の手助けだ」


「ちぇっ!」


「その内、俺達も手伝う事が出てくるだろう。それまでにしっかり鍛えとけ。お前は剣も魔術も使えるんだからな」


 ティアナが旅立った時は、彼女は今の息子よりも小さかった。それが今では十三歳。あの二人との名付けの旅は順調なようだ。


「もう少し、顔を見せてくれたら安心なんだかなぁ……」


 アルスは深い溜め息をついた。

 ティアナは年に二回程度、何処からともなく転移して会いに来てくれるが、とにかく忙しそうに村中を駆け回り、ゆっくり滞在する事もなく旅に戻ってしまう。

 手紙のやり取りはあるが、あの二人の同行者との関係などは一切触れていないのが父親として心配である。彼女もそろそろお年頃なのだ。


 アルスは朝食の支度が終わった食堂に入り、両脇に抱えていた子供達を床に降ろした。


「はい、ティアナからの手紙よ」


 アルスはゴクリと息を飲み、ヒバリから手紙を受け取った。分厚い手紙には蝋で封緘が施されていた。


「おう。まぁ……食後にゆっくり読むよ」


「そうね。じゃあ、いただきましょう」


 ヒバリはアルスの腕を引いて自分の隣に座らせた。


 ◇◇◇◇◇


 温泉地の外れ、簡素な墓標の前に三人の人影があった。


「……ここに戻って来るとは思わなかったな……」


 小柄な隻眼の少年の言葉に他の二人は沈黙する。この地がこの少年にとってどれだけ辛い記憶を呼び起こすか知っているだけに掛ける言葉が見つからない。


「ヨタカさん……貴方の力添えのお陰で、僕達は冒険者協会(ギルド)を大きくする事が出来ました……」


 茶髪の青年が墓標に手を合わせ、赤毛の隻眼の少年も肩を震わせて瞑目している。もう一人の少年は一歩下がって瞑目する。この墓の住人と面識が無いので手を合わせるのも妙な気がするのだろう。


「じゃあ、今晩の宿を取ろう……」


 赤毛の隻眼の少年の一声に二人は頷き、墓標に軽く会釈してその場を後にした。


 宿の部屋に入ると、赤毛の少年が素早く消音の結界を張り、茶髪の青年が机の上にサッと地図を広げた。

 地図にはビッシリと地名が書き込まれている。青年は今いる土地を指差した。


「……後はこの村で、火山地帯の手前はほぼ名付け完了か」


「結局……六年以上掛かったのね……」


 少年は眼帯を外して寝台に腰を下ろした。漆黒と白銀の双眸で天井を仰ぐ。


「そうだな。悪かったなティアナ。名付けだけならもっと早かったかも知れないのに……」


「ううん、この先の事を考えたら、レイモンドがちゃんと地盤を固めてくれる方がいいもの」


 彼らは神族の村にしばらく滞在した後、元来た道を避けて各地に名付けを行った。更に要所要所でその土地の有力者に顔つなぎを行い、冒険者協会(ギルド)の支部と学校を設立していた。

 いずれ神の化身が国を興す事になるので、その下に集うように言い含めることも忘れずに行ってきた。土地に名付けた時点で、その地の支配権を握ったも同然だが、建国の為の資金を得るには人心の掌握が必要だったからだ。

 冒険者協会(ギルド)は自由な団体を謳っている。レイモンドはティアナを神輿に乗せる訳には行かないので、フィアード解放後、彼と二人で並び立って建国する為の下準備を進めている。


「じゃあ俺はこの村の有力者と話しして来るな」


「よろしくね」


 レイモンドは地図を畳み、荷物を下ろすとすぐに部屋を出て行った。この土地にも支部を置きたい。慌ただしいが、少しでも早く話しを通さなければ滞在期間がどんどん長くなってしまうのだ。

 モトロは大きなボロ布を広げてその上に座り、持ち込んだ水晶の塊を魔術で削り始めた。支部ができたらすぐにでも通信機を設置できるようにしたいらしい。


 手持ち無沙汰になったティアナは眼帯を着けると腰に細剣を差してプラプラと宿を出た。


 よく考えてみると、この村をゆっくり散策するのは初めてだ。最初に滞在した時は記憶が無く、ボンヤリと過ごしていた。その次はとにかく身を隠していた事しか覚えていない。

 それでも身長が伸びた分、記憶の中よりもなんとなく村が狭く感じられるのが不思議だ。


「やっぱりここは温泉だなぁ……」


 ここかしこから湯煙が上がり、村人達は温泉を生活用水のように使っている。ただ土地の性質の為か、畑作はあまり盛んではないようだ。


「まぁ、もう少し考えてみよう……」


 名付けを急ぐとロクなことがない。村を一回りした所で宿に戻り、夕食まで時間がありそうだったので温泉に入る事にした。


 少年として滞在しているが、流石に温泉では隠しきれないので、時間をずらして正解だったかも知れない。誰もいない事に胸を撫で下ろし、ティアナは脱衣所で眼帯を外すと、手早く服を脱いで剣を置いて温泉に向かった。


「……やっぱり気持ちいいなぁ……」


 モトロのおかげで清潔で快適な旅ではあるが、湯浴みなどあの時以来だ。ティアナは誰もいない温泉の奥でボンヤリと湯煙を眺めていた。


「……緊張してきた……」


 火の国に入り、何箇所か名付けをしてからフィアードの救出に向かうつもりだが、この七年の年月はフィアードにはどのようなものになっているのか不安でならない。

 時空の狭間にいるという事は、あの封印の瞬間と解放の瞬間が時間的に繋がるのだろうか。フィアードは七年の年月を一気に飛び越えるのだろうか。

 ティアナは最近女性らしくなってきた自分の身体を眺めた。以前(・・)の体型とは違ってかなり引き締まってはいるものの、女性らしく丸みを帯びてきた腰と膨らみ始めた胸の為に、男装を続けるには無理が出てきた。

 フィアードは明らかに年上になってしまった逞しい剣士の弟や、こんな姿になった自分をどう思うだろうか。


 とりとめもなくそんな事を考えていると、ザブザブという水音が近づいて来ていた。誰か入って来たようだ。


 いけない、と思って慌てたが眩暈がして立ち上がれず、パシャリと音を立てただけでそのまま湯の中に戻ってしまった。どうやらのぼせたらしい。近付いてきた人物には背中を向けて誤魔化すしかない。


「……え? ティアナ様?」


 名を呼ばれて思わず振り返り、乳白色の髪の少女と見まごうほどの美貌を認めてホッとした。


「なんだ……モトロ……か……」


 安心してフラリと倒れそうになったティアナはザバリという音と共に逞しい腕に支えられ、驚いて目を見開いた。


「……あ……」


「大丈夫ですか?」


 それまで意識した事がなかったモトロの厚い胸板にドキリとして、自分が裸である事に今更ながら気付く。

 モトロもハッとして顔を背けた。その耳がみるみる赤く染まる。


「す……すみません。僕の不注意です……脱衣所で気付くべきでした……」


 モトロはティアナから顔を背けたまま、のぼせたティアナの身体を水の魔術で冷やしてそっと身体を離した。


「は……早くお部屋に戻られた方がいいですよ。長湯はよくない……」


 眩暈が少し落ち着いたティアナは小さく頷いて俯いた。


「ええ。そうするわ……」


 思いの外逞しい身体を見て、今更ながらモトロが男性である事を実感すると、せっかく落ち着いた頰がまた熱くなる。

 ティアナは早鐘を打つ胸を抑え込み、二、三回大きく深呼吸してから脱衣所に転移した。素早く服を着込み、剣を掴んで部屋に駆け込む。


「……嫌だ……私……モトロの事、男だと思ってなかったんだ……」


 一瞬、あの場にいたのがモトロだった事に安心してしまった。いつも体型を隠すようなたっぷりと襞のある服を着ている上にヒバリに酷似した顔だ。無理もない。


「恥ずかしい……」


「何が恥ずかしいって?」


 宿の扉を開けて入って来たのはレイモンドだった。


「あ……お帰り……」


 レイモンドはティアナの顔を見るなり、ムッとした表情になった。


「おい……眼帯はどうした?」


「え?」


 ティアナは言われて左目に手をやり、アッと息を飲んだ。慌てていて眼帯を忘れていた。


「それに……何でその色なんだよ……」


 レイモンドに言われ、その場にあった手鏡を覗き込む。


「あ……」


 眼帯を外した時に無意識で目くらましを掛けていたようだ。


「俺に対する嫌がらせか?」


「そんなつもり……無いわ……」


 ティアナの両目はかつて当然のように纏っていた色彩に染められていた。彼女が思い焦がれるあの男の目と同じ、ハシバミ色に。


「無意識かよ……尚更腹立つな……」


 レイモンドはモヤモヤとした気持ちで舌打ちをし、寝台に身を投げ出した。


 ティアナは戸惑いながら目くらましを解き、眼帯を手早く身につける。謝るのもおかしな気がして黙っていると、彼は少し拗ねた顔のままティアナに背を向けた。


「……この村で協会(ギルド)の支部を作るのは難しいかも知れない」


「そうなの?」


「……似たような傭兵組織がある。多分火の国の残党の組織だろう」


「そっか……」


「ああ。上手く奴らを丸め込めるといいんだけどな……」


「……ん……」


 ティアナの口数が減った。レイモンドは少し大人気なかったと反省し、体を起こしてティアナに向き直った。


「……ティアナ?」


 様子がおかしい。ティアナは俯き下腹部を抑えたまま眉間にしわを寄せて唇を噛み締めていた。


「どうした?」


 レイモンドは慌てて立ち上がり、ティアナの肩を抱いて椅子に座らせる。思った以上に華奢な身体にドキリとしながらその顔を覗き込むと、真っ青だ。


「おい、大丈夫か?」


 苦悶の表情で額に脂汗を浮かべ、前屈みになったティアナの下半身の着衣が少しずつ赤く染まり始めた。

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