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第99話 異国の本

本年最後の更新です。

いつの間にかアクセス数がPVで50000、ユニークで8000を超えていました。ありがとうございます。

この場を借りてお読みくださっている皆様に感謝の意を述べさせていただきますm(_ _)m

 村外れに赤毛の大男がやや緊張した面持ちで、同じ毛色の赤ん坊を背負って隣に立つ乳白色の髪の少女を見守っていた。


「空を統べる精霊よ……」


 見送りに来たティアナ達は少し離れた場所からヒバリの詠唱を聞いている。なんとなく聞きなれた言葉とは違うような気がしながらも、距離があるのでよく聞き取れない。


「出でよ鷲獅子(グリフォン)!」


 ヒバリが声を張り上げた途端、ティアナはギョッとしてそちらを見た。てっきり天翔る馬(ペガサス)を呼び出すと思ったのだ。


「……えっ?」


 空を飛ぶだけでも苦行なのに、目の前に現れた獣にアルスは顔色を失った。


 曲がった大きな嘴は鋭く尖り、キロキロと辺りを見渡す黒い大きな目。鋭い爪を忍ばせた太い四肢はしなやかに大地を捉えている。

 息を飲むアルスの目の前で鷲獅子(グリフォン)はその大きな身体をスッポリと覆うような分厚い翼をゆったりと休めていた。


「な……何で……?」


「え? だって、ペガサスよりもグリフォンの方が速く飛べるから」


 ヒバリは事も無げに言い、その大きな前脚を踏み台にして太い首に跨った。


「ホラ、早く」


 ヒバリに急かされ、アルスは真っ青な顔でおっかなびっくりグリフォンによじ登っていく。

 ティアナはそれを見てなんとなくピンときた。


「……ヒバリって……肉食系だもんねぇ……」


 鳥の王と獣の王。猛禽類と肉食獣のしなやかで力強い体格はなんとなくアルスを彷彿とさせる。


「ああ……ツグミさんは意外と草食系だもんな……」


 レイモンドは苦笑した。穏やかで優しげなペガサスは、線の細い兄を思い出させる。


 精霊の具現化には術者の嗜好が色濃く反映されるらしい。ティアナは納得してヒバリ達に声を掛ける。


「じゃあ、何かあったら連絡してね!」


「そっちもね。時々は戻ってきてね!」


 言いながらヒバリがティアナに手を振ると、グリフォンはその大きな翼をバサリと広げ、太い四肢で大地を駆け出した。


「うわぁっ!」


 てっきり舞い上がると思っていたらしいアルスの悲鳴が聞こえた直後、グリフォンはガーシュの墓の脇をすり抜けて丘を駆け下り、その勢いを利用して空へと舞い上がった。


「うわぁ……飛び方も違うのね……」


 空を駆けていたペガサスと違い、グリフォンは羽ばたきながらの上昇と滑空を繰り返して気流を捉えながらどんどん加速していく。


「……ヒバリさん……スゲェ……」


 レイモンドは呆然と空を見上げ、モトロは母の所業を見ながら分析する。


「あのグリフォン、風の精霊と水の精霊の両方を具現化してますね。だから瞬発力があるんですよ。……母にしか出来ない芸当です」


「雲に乗ってるみたいなものね……」


 ティアナは少し悔しそうに空を見上げた。やはり精霊の扱いはまだまだ彼女達魔人には及ばない。


「……アルス、大丈夫かなぁ……」


 ペガサスですらあの有様だったのだ。更に速度も高度もあるグリフォンでの移動など、まさに拷問なのではないだろうか。


「あれは母の意趣返しかも知れませんね」


 モトロの言葉にティアナは苦笑する。あり得ない事ではなさそうだ。


「まぁ、アルスの寿命を縮めないでくれるなら別に構わないけど……ね」


 ティアナは空の彼方に消えていくグリフォンの姿を見送った。


 ◇◇◇◇◇


 先日までは何もなかった屋敷の中には、机や椅子、書架が運び込まれ、大分事務所の雰囲気が出てきていた。


「へぇ……」


「こっちが学校だ」


 レイモンドに案内されると、応接間として使われていた広い部屋には小さな机と椅子がズラリと並んでいた。


「子供達はここで、読み書き、計算、魔術、歴史を学ぶんだ」


「凄いわね……!」


 ティアナは目を丸くしてその机の数を数える。一度に二十人は教えられるという事だ。

 各家庭で親が子供に教えられる事には限界がある。ティアナはダルセルノが専門の家庭教師を雇っていた上、サーシャとフィアードが徹底的に勉強を見てくれていたので、他の子供達よりは大分しっかり学ぶ事が出来たのだ。


「もちろん、複数を教えるのは難しい。ちゃんと体系立てた授業を展開しないとな」


 レイモンドは一番前に設置した大きな机に立ち、その壁面に設置した黒い大きな石板に白石で試し書きする。

 キキキ……と少し耳障りな音がして、黒い板上に白い文字が刻まれる。

 板上に僅かに継ぎ目があるので、恐らくあの積荷の中に用意していたのだろう。

 レイモンドが布で文字をこすると、白い文字は消え、元の黒い板に戻った。これならば繰り返し使う事ができる。


「進度によって内容も変わるんでしょう?」


 ティアナも真似して文字を書いて消していく。小さな石板は勉強に使っていたが、このように大きな物は初めてで面白い。


「ああ。この教室が一番大きいが、他にもとりあえず三つ教室を作る。石板の材料が無いから、こっちで調達しないとな……。ギーグさんに相談しないと」


 レイモンドが腕を組むと、コンコン、と扉が叩かれてモトロが入ってきた。


「レイモンド、通信機が設置できたので試験をして貰っていいですか?」


 レイモンドは頷き、ティアナが石板を綺麗に拭いてから事務所に移動した。


 事務所の机の上には水晶を削り出して作った球が置かれている。一見何の変哲も無い水晶玉だが、そこに刻まれている魔術は複雑で、一朝一夕でできる物ではない。


 レイモンドは慣れた手つきで水晶玉に手をかざし、軽く目を閉じた。


「……ティーファに繋がれ……」


 水晶玉がボンヤリと光り、しばらくしてその光が強くなった。


『……兄さん?』


「ルイーザか。こちらは再生の地(ヴィーダガーベ)、神族の村だ。これで設置完了だな」


『お疲れ様。そちらの代表は決まったの?』


「フィーネ様と共に復興の立役者になってくれた、大工のギーグという人だ。引き継ぎをして、本人から連絡させる」


『了解。ティアナ様はお元気?』


「ああ。今朝は家族水入らずで過ごして、アルスさんは湖畔の村(ボーデュラック)に帰られた」


『分かったわ。ありがとう』


 ルイーザにはどこまで話しているのか分からないが、サブリナからも聞いているかも知れない。

 自分の出自を知るもう一人の人物を思い出し、ティアナは思わず口を覆った。

 ダルセルノがガーシュ夫妻を処刑した理由……。それがティアナ(ダイナ)の出自を隠す為だとしたら……。


 ーーお母様もお父様に殺されたのね……!


 恐ろしい事実に思い至り、ティアナはゴクリと息を飲んだ。これを知る為にやり直してきたのかも知れない。あるいはデュカスを復活させる為か……。


 かつてダルセルノが帝国を名乗ったのが、ダイナが十三の時。あと六年半でそこまで辿り着けるだろうか。

 その為にはレイモンドの協力が必須だろう。


 通信を終え、モトロと何かを確認しているレイモンドの後ろ姿を見ながら、ティアナはこれからの行動を模索していた。




「ティアナ様……」


 持ち込んだ昼食を食べ終えた頃、ランドルフが何冊かの本を携えて事務所を訪れた。


「いらっしゃい。ランドルフ」


 出迎えたティアナに会釈した彼は机の上に本を並べ、大きく息をついた。


「これは?」


 ティアナは怪訝な顔でランドルフを見る。この辺りでは本と言えば紙を束ねて紐で綴じた物だが、それは表紙が革で作られており、外から見ただけではどのようにして綴じているのか分からない。

 表紙に刻まれているのが模様なのか文字なのかも分からず、ティアナはゴクリと息を飲んだ。

 レイモンドとモトロもその本を見て首を傾げる。


「……これが……」


「ええ。海の向こうから、異国人が持ち込んだ本です。私が言葉を学びたい素振りを見せたら、我が家への滞在を条件にこの本を粒銀百粒で譲ってくれました」


 これだけの装丁の本を粒銀百粒とは。ティアナは驚きに目を見開きながらそっと本を開いた。


 中は文字と思われる模様が規則正しく並んでいて、整然としている。本と言えば手書きしか見た事のないティアナは目を見張った。


「……何これ……」


「どうやら、異国では本を大量に作り出す技術が発達しているようですね。文字を彫り込んだ小さな版を組み合わせ、墨を塗って紙を当てて擦り付けると転写できるんです」


 ランドルフは異国人から教わった技術を説明する。三人はそれを聞いてポカンとしたまま本を眺めた。


「……それで、この本には何が書かれてるの?」


 ティアナはゴクリと息を飲んでランドルフを見た。

 ランドルフは姿勢を正し、自分で用意した紙束を取り出した。


「ある程度解読して要約しました。それによると……、この本はどうやら神話のようです」


「……神話……!」


 三人が息を飲む。


「序盤は我々が幼い頃から聞かされていた事と然程内容は変わりません。ただ……」


「ただ?」


「中盤にこのような記述があります。

『遠く離れた地に神の力を受け継ぐ一族あり。その地の者と言霊の加護を受けし勇者が交わりし時、神の力全てがこの世に顕現する』

 これが、恐らく『鍵』……ティアナ様の事ではないかと」


「……言霊の加護……?」


 ティアナはゴクリと息を飲んだ。漆黒(くろ)の名前による支配を受けなかったただ一人の人間。それが言霊の加護を受けていたのだとしたら……。


「その続きは水に浸かってしまったようで、墨が滲んでいます。言葉の勉強なら特に問題は無いかと思っていましたし、それで格安で譲って下さったんです」


 ランドルフの言葉にレイモンドの額に汗が浮かぶ。


「この本は大量生産されてるのなら、続きは海を渡れば読めるだろう。……驚いたな。海の向こうは大分技術が進んでるのか……」


「そうですね……」


 モトロが頷き、他の本を手に取る。


「その本は、子供向けの歴史の本だそうです。そちらはまだ解読できていませんが、文字と単語は大体まとまってきたので、すぐに読めると思います」


 ランドルフの言葉はティアナには聞こえていなかった。

 フィーネとアルスの出会い、そして自分の誕生。全てがこの神話に予言されているとしたら、今までのやり直しは、本来予言されていた歴史の流れに戻すために大きな力が働いたのかも知れない。

 ティアナは震える手で滲んだ頁に手を添えた。今のティアナならばこの本を復元する事は簡単だ。だが、この場の誰もそれが可能な事を知らない。

 これから先の自分のあり方がここに記されているかも知れない。だがそれを読んでどうすると言うのだ。

 ティアナの心は揺れ動き、しばらく瞑目してからそっとその本を閉じた。


「……とりあえず……海を渡るには船がいるわよね」


 自分の声が掠れている事に気付かぬふりをしてランドルフに向き直り、ティアナは大きな溜め息をついた。


「そうだな。向こうの船に便乗して行くか、こちらで船を用意するか……」


 レイモンドは腕を組む。すぐにでも渡航してみたいが、分からない事が多すぎる。


「ティアナ様……! 我々で船を作ります。言語ももっと研究し、同行出来る者も育成します。我々にお時間をいただけますか?」


「……ええ。私はこの大陸の名付けを済ませ、フィアードを救出してから海を渡る事にするわ。その間に貴方達は財を蓄え、船を築いて人材を集めて。異国の地で私達が相応の立場で取引が出来るように……!」


 今のまま異国に赴いても、技術力の発達や言葉の壁でろくな取引にならない。こちらの体制を整えるのには時間が掛かるだろう。

 ティアナの心にはかつて女帝として君臨していた時の誇りが蘇り、この大陸の代表として恥ずかしくない姿で異国に赴く事を望んでいた。

 そして鍵を絶対的な存在として教育されてきたこの少年も同じ気持ちであった。


「はい。では、私が中心になって渡航準備を整えます。私が彼等の船に便乗して一度渡航し、下調べをして参りますので、五年……いえ、七年ほど掛かるかも知れませんが……」


「構わないわ。こちらもどのぐらい時間が掛かるか分からないもの」


 ティアナの言葉にレイモンドはゴクリと息を飲んだ。ティアナが本気でこの大陸を治めるつもりでいる。自分ごときにその手助けが出来るだろうか。


「レイモンド、モトロ、私一人では何も出来ないわ。一緒に……この大陸をまとめる手伝いをしてくれるかしら……?」


「もちろんです。ティアナ様」


 モトロはまるで花が綻ぶように微笑んだ。かつてフィアードから、ティアナが本気になった時に支えて欲しいと言われ、身が震えた事を思い出す。

 自分よりも大きな力を溢れさせていた子供が自分の足で立ち、そして世界を掌握しようとしている。その片腕として並び立つ事を許されるのであればこれ程名誉なことはない。

 禁忌の子として生まれた自分を呪っていたが、禁忌の子ゆえ持ち得た強大な魔力。それを遺憾なく発揮できるのであれば、それもまた運命なのかも知れない。


「……俺はお前の修行と協会(ギルド)、学校で手一杯だ」


 戸惑うレイモンドにティアナが苦笑する。


「それで充分よ。後は私とモトロ、それから協力者を募っていくわ。貴方は冒険者を集めて人材の育成に力を注げばいいわ」


「……ああ。分かった」


 レイモンドは漫然と頷き、大きな目標を得て水を得た魚のように目を輝かせるティアナを眩しそうに見つめていた。

これにて第四章 神を導く者 は完結です。

次章は新年明けてから更新しますので、よろしくお願い申し上げます。

良いお年をお迎え下さい。

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