第9話 後始末
「魔族と通じていたなら、村の襲撃は父さんが関係してるのかも知れない……」
「とにかく、村の襲撃に誰が関わったのかは置いといて、だ!」
アルスは弱気に呟くフィアードの鼻先に人差し指を突きつけた。
「情報を流した奴が誰であれ、実際に襲ったのは俺達だからな。もうその話はやめだ!」
深く考えるのが苦手な彼にとって、これ以上の話し合いは不毛なものにしか思えなかった。
「とにかく、碧の村に行こう。何か分かるかも知れないんだろ」
アルスの言葉にフィアードは気が進まない。あの空色の目を思い出すと、今だに鳥肌が立つ。
「何かって……お礼に行くんだろ?」
「……そう言えば、なんでフィアードのお父さんだけ違う場所に埋葬されてたのかしら?」
ティアナの言葉にアルスは首を傾げた。その話はフィアードから聞いていない。
「どういうことだ?」
「遺体はみんな村はずれに埋葬されてたの。でも、フィアードのお父さんだけ、丘の上に……」
まるで、村全体を見守るかのように。
身なりから立場を知ったのだろうと思ったが、知り合いであった可能性も否定できない。
「埋葬したのは碧の魔人で間違いないのか?」
「私たちが村に到着する直前までいたのは間違いないわ。お墓にあった花は新しかったし」
「じゃあ、きっと何か知ってるだろ」
ケロリと言われてフィアードは突っかかった。
「簡単に言ってくれるな……。味方とは限らないじゃないか」
「なんだお前、ビビってるな。偉そうにしててもまだ子供だなぁ……。ま、仕方ないか。村から出たことなかったんだもんな。
魔人って言っても、言葉も通じるし、ちょっと魔法を使うだけでそんなに俺たちと変わらないさ。特に碧の奴らは自由人だから、こっちの出方次第だな」
アルスの言葉にフィアードはハッとした。自分は一体何を思い上がっていたのだろう。アルスは経験豊富な傭兵だ。村から一歩も出たことのない自分と違って、魔術も使えないのに雪の中を一人で生き抜く力も持っている。
「そうだな……。支度をしよう」
ノロノロと立ち上がった。なんだ、よく考えたら自分が一番弱いじゃないか……。偉そうに仕切る資格なんてなかったのに。
◇◇◇◇◇
二人は黙々と荷物をまとめ、川原から山道に戻って歩き始めた。
昨日の襲撃場所は鴉が群がっているので離れていてもよく分かった。
この辺りは人通りも少ない。いくら賊とは言っても獣達の餌になるのは気の毒だ。弔ってやるべきだろう、とアルスが言ったので、埋葬することにした。
まずはフィアードを襲った男。
戦った跡にはまだ血痕が残っているので、少し離れた所に埋葬する。匂いにつられて獣が来ると掘り起こされてしまうからだ。消えてしまった他の者たちは気の毒だが、体もないので仕方がない。
穴を掘って埋め、持っていた剣を刺した。
二時間ほど歩いてアルスが戦った現場に到着した。
「こんなに引き離されたのか?」
フィアードはその距離に驚く。これだけ離れれば駆けつけるのは無理だ。
そして、現場に残っている死体の数に息を飲む。
「十五……六……。一人でよく片付けたな」
倒れているのはいずれも屈強な男である。昨日の様子だと、返り血は凄まじかったものの、アルスは一撃も受けていない。強いとは思っていたが、これだけの人数を圧倒するとは……。
「情報聞き出す前に半分は毒を飲みやがったからな。後味が悪いよな……ったく」
彼にとっては全員倒すのは当たり前だが、情報を得られなかったら襲撃を撃退できたとは言えないらしい。黒幕が分からなければ、こちらから打って出られない。また襲撃されるのは明白だからだ。
アルスは死体を一人ずつ担いで埋葬する場所に運び始めた。フィアードも手伝おうとするが、大人の男は思ったよりも重く、引きずるようにして少し運んだだけですぐに息が上がってしまう。
フィアードは血の匂いと死臭で次第に気分が悪くなってきたので、ひたすら穴を掘ることにした。
大人が一人入る穴を十六個……。魔術を併用するが、ろくな道具もないので思った以上に重労働だった。
一人一人埋葬しながら、装飾品や特殊な武具など、その身元の手掛かりになりそうなものを探すが、見事に何も見つからない。
「徹底してるな……」
この辺りならどこでも見受けられるような簡素な武具。装飾品は一切身につけていない。アルスは舌打ちしながら、黙々と埋葬を続ける。
ティアナは少し離れた所で様子を見ている。その気になれば彼らの身元を知ることも出来るのかも知れないが、魔力はあまり回復していないらしい。
フィアードは同じように死体を改めようとしたが、込み上げてくる吐き気を抑えられなくなってその場を駆け出した。
二人の目が届かないところで何度も吐いた。始めて人を殺したこと、消えてしまった者たちのことを考えると胸が苦しくなり、息が出来なくなる。
アルスは強い。ティアナも強い。そして自分は……弱い。それは紛れもない事実。人生経験も一番浅い。人を殺す覚悟もなく、よくもまあ、守るだなどと言ったものだ。
悔しくて涙を流しながら吐き続けていると、その背中を大きな手がさすっていることに気付いた。
「フィアード……終わったぞ」
見上げると、アルスは目を伏せて顔を背けた。泣き顔を見られたくない、という少年の小さなプライドを守るために。
アルスは無言で振り向きもせずに歩き始めた。
馬鹿だと思っていた。確かに浅はかな所もあり、深く物事を考えない。だが、この男は本当に懐が深く、大人だ。
フィアードは涙と口もとを拭い、その大きな背中を追って歩き出した。
◇◇◇◇◇
二回目の休憩を挟んで山道を歩き出すと、すぐに雲行きが怪しくなってきた。生暖かい風が頬を撫でる。
「そろそろ、今晩の野営地を探すか……」
本当は宿がいいんだけどな、と呟きながらアルスが周囲を見渡した。
「フィアード……よく考えたら、貴方が宿を探した方がいいんじゃない?」
ティアナの提案に頷いて、フィアードが彼女をアルスに託そうと、背負い紐を緩める。ティアナは急に身体が自由になって驚く。
「って、何で? 遠見でさっさと探しなさいよ。ここから日没までに歩ける距離で」
「あ、そうか……!」
今まで当然のようにアルスが探索していたので、すっかり忘れていた。自分が野営地を探していれば、昨日のようなことは起こらなかったのだ。
弱くても自分にも出来ることはある。村にいた時はそう思っていたのに、すっかり考えが凝り固まってしまっていたようだ。
目の前の霧が晴れた気がする。
自分を弱い、と決めつけるのは言い訳だ。自分に出来ることを見つけて最大限の努力をすべきだったのに。
フィアードは目を伏せて魔力を溜めた。ぐるりと周囲を見渡しながら半径を広げていく。ふと、小さな小屋が見えた。
「……民家かな? ……周りに人はいないけど、小屋がある」
フィアードが目を開けると、アルスは頷いてから空を見上げた。
「今晩は荒れそうだし、屋根がある方がいいな。そこに案内してくれ」
◇◇◇◇◇
小屋は木立と藪に囲まれていて、山道からは見えない所にあった。隠れ家のようだ。
普通ならば客など訪れることはないだろうから、住人がいたとしても交渉が上手くいくとは思えない。
「すみません……」
扉を叩くのはアルスの役目である。フィアードはいつものようにティアナを抱いている。半年間伸ばした髪を編んで垂らし、その線の細い身体に薄手の肩掛けを羽織っているので、何も言わなければ先入観で母子に見えるだろう。
「誰もいないな……。お邪魔します……」
アルスは扉を開けた。鍵はかかっていない。特に仕切りのない広い室内は狩ってきた動物の皮や角、鳥の羽根、手入れ途中の武具や道具類、木片、ボロ布などで散らかっていて足の踏み場もない。
突き当たりの暖炉脇には適当に切られた薪が無造作に積まれ、その横では衣類が籠から溢れている。反対側の洗い場には食器が山積みになっていた。
「……留守みたいだな……。狩りでも行ってるのかな……」
どうやら猟師の小屋のようだ。フィアードはアルスの肩越しに部屋を覗き込んでその惨状に絶句した。その肩を小さな手が叩く。
「雨が降ってきたわよ! とにかく入れてもらいましょう」
二人は床に落ちている物をかき分けながら暖炉の前にあった肘掛け椅子にティアナを座らせる。暖炉に手早く火をつけたアルスは首をしきりに傾げながら床を片付け始めた。
「なんでここまで……」
「酷いな……。これ」
汲み置きの水はすっかり濁っていて、洗い物どころではない。フィアードは桶の底に小さな転移門を作り、小屋の外に排水した。今度は上からきれいな水を転移して桶を満たす。
とりあえず、今晩泊めてもらうためにも食器は必要になるだろう、とテキパキと洗い始めた。
雨は次第に強くなり、風が扉を揺らし始めた。遠雷が鳴り響き、小屋の至る所がガタガタ、ミシミシと音を立てている。
室内の中央に置かれた大きな机の上に積もった木屑を絞った布で拭き取りながら、アルスは雷に肩を竦めた。
「助かった……。フィアードのお陰だな。俺じゃこの小屋を見つけられなかっただろうし」
「でもどんな奴が住んでるんだろうな……」
家具は少なく食器は手作りの無骨なものが多い。銘のようなものも刻まれていないので、食器や武具にはこだわりはなさそうだ。
「人間嫌いな偏屈ジジイじゃないか? 勝手に片付けたら怒られそうだけどな……」
アルスの予想にフィアードも頷く。でも今更追い出されても困る。一応赤ん坊がいるのだ。ティアナは暖炉の前の肘掛け椅子でスヤスヤと眠っている。
洗い物を終えたフィアードは衣類を整理し始めて、その手を止めた。見覚えのあるその形、しかし、思春期の少年には馴染みのない……。その顔がみるみる赤くなる。
「女……だ……」
明らかに女物の肌着が無造作に放り込まれていた。
「ええっ!?」
アルスは弾かれたようにフィアードの方を振り返り、その手にしているモノを見て固まった。
その時、激しい雷鳴と共に一際強い風が吹いた。小屋の扉が大きな音を立てて開く。
「もうっ! ホンマに酷い目におうたわ!」
ずぶ濡れで小屋に入って来たのは一人の少女。長い髪を頭の高い位置で結び、大きな槍を持っている。空色の髪と目ーー碧の魔人の少女であった。




