烏牛NO2
朝はまだ暗いうち一番冷え込む時間に目が覚める。鶏が一斉に時の声を告げるからだ。牛も小鳥もそれにつれてあちこちで鳴きだす。烏牛は大きく背伸びをして床から起き上がると湯を一杯飲む。それから昨日の残り物をかじりながら壁のマサカリをゆっくりと四本品定めをする。
じっくりと吟味して四本を手にする。やおら研ぎ場に座って一時マサカリを研ぐ。夜が明けて薄ら寒い朝もやの中烏牛は四本のマサカリを抱えて屠殺場へと向かう。それは少し離れた丹鈍の小屋の前を通り牛舎の裏を回って少し坂下の窪地にある。
屠殺場は薄暗く東西南北の4方向から黒牛が引きつながれ、壁にはさまれて入り口戸から引き入れられ、鼻輪縄を出口脇の柱に括り付けられ、まだ目が覚めやらぬ夢見心地の黒牛、入り口戸がバタンと閉じられると同時に出口戸がパッと開いて、仁王立ちの烏牛、マサカリを頭上に上げたと見るや一瞬にして、黒牛の眉間を打ち砕く。
返り血を浴びる間もなく、はね戻したマサカリで身を反転する。その瞬間床板が前にガクンと落下して黒牛の巨体が前脚から崩れかけながら前方下方へと落ちていく。すさまじい一瞬だ。黒牛は一声も発声出来ない。完璧な瞬間屠殺の技である。今まで何十人もの屠殺人がここで命を落とした。さもなければ半年もたたずに逃げ出した。気が狂った者もいる。足を踏み外すと奈落へまっさかさまだ。
マサカリを仕損じると黒牛は狂ったように暴れる。屠殺人の仕事は命がけ、しかも一発で完璧にしとめられる名手はそういない。烏牛はこの五年間一度も失敗をしたことのない名手中の名手であった。