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第一章

 片代夜鷹は霊が見える。見えるどころか、声も聞こえるし、臭いも嗅げる、直接触れることさえできる極度の霊媒体質だった。やったことはないが、舐めれば味もわかるだろう。その性質のため夜鷹は幼少のころから多大な迷惑を被ってきた。眠りに付くと金縛りになるのはいつものことで、ラップ音にポルターガイストなども日常茶飯事。盆などのシーズンには溢れかえる幽霊に真っすぐ歩くこともままならない。性質の悪い霊に憑かれて、神社仏閣を巡り歩いたのも一度や二度ではなかった。

 そしてそんな霊障生活は16歳になった今でも続いていた。

「ああっ! くそ、うっとおしい!」

 高校に向かう道中、夜鷹は誰に向けるでもなく声をあげた。足を止め、苛立った視線を自分の足元に向ける。視界の中には日に焼けたアスファルト、履きなれた自分のスニーカー、そして自分の右足首をつかむ腕があった。腕の細さからして、女性のものだろうか。一見してわかる異常な光景をさらに際立たせているのは、それがまさしく腕しかないということだった。肘から先の腕だけが、意志を持って夜鷹の足を掴んでいた。自分の歩いてきた道のりを振り返ると、引きずったような血の跡が長く残って見えた。ずいぶんと引きずりまわしたものだ。無論まわりを歩く人間には腕も血痕も見えていない。むしろ急に声を出し立ち止った夜鷹に奇異の視線を向けていた。

 腕が憑いてきたのは少し前の交差点からだった。数日前に大きな事故があったとは聞いていたから、その被害者だろうと夜鷹はあたりをつけた。放っておけばそのうち離れると無視していたが、どうにも一向に放す気配がないようだ。

「……何だよ。俺に何か用があるのか?」

 しぶしぶという空気を丸出しで、それでも夜鷹は自分の足元に語りかけた。一応自分なりに優しく言ったつもりだった。この世に未練を残して死んだ者たちは、ときにそれを生者に伝えようとすることがある。もしくは誰にも気づかれない寂しさから自分を認識するものに縋りつく。それらは長年の経験から嫌というほど知っていた。

 しかし言葉を受けても腕は反応を示さなかった。否、示せなかった。肉体を失い、腕だけになった彼女は言葉を放つこともできず、ただ無言で救いを求めことしかできなかった。そうして精一杯存在を主張するその腕を、

「何とか言え」

 夜鷹は容赦なく踏みつけた。一切の加減をせず、左足に全体重をかけ踏みしめる。その上でぐりぐりと踏みにじると、痛みに耐えかねた腕が指を開き、悶えた。その隙に右足を引くと、すかさずサッカーのPKよろしく蹴り飛ばした。近くの塀に叩きつけられた腕はしばらくじたばたとのたうちまわっていたが、やがて景色に溶けるように消えていった。

「聞いたらすぐ答えろ。遅刻するだろうが」

 目線も向けずに言い捨てると、夜鷹はまた平然と通学路に戻っていった。

 長年の霊障被害は、夜鷹に霊現象に対する人並み外れた免疫力をつけていた。むしろ免疫をつけなければ、今まで生き残ってこられなかったと言った方が正しいかもしれない。日々襲い来る霊害から身を守るため、書物を読みあさり、独学で対抗手段を模索し、ときに霊媒士に弟子入りもした。そのかいあって、もともと霊媒体質と比例して高い霊能力も備えていた夜鷹は、今では簡単なお祓いなら一人でできる程になっていた。

「なあ、何だ、あれ」

「止めとけって、関わるな」

 後ろからひそひそと声が聞こえたが、これもいつものことだった。生来より悪い目つきをさらに尖らせて、後ろを歩く男子高校生二人組にガンを飛ばした。普段から持ち歩いている木刀をこれ見よがしに肩にかつぐと、二人組は目を泳がせて逃げるように足を速めていった。

 ここまでの一連の流れは夜鷹にとって既にパターンになっていた。あしらい方から言い訳のレパートリーまで、常に複数のものを用意している。地域担当の警官からは、あまりに職質をされたので、完全に顔を覚えられているくらいだ。ある意味、霊能力以上に鍛えられたのは夜鷹の図太さ、精神力とも言える。霊障のせいで向けられる白い目に、霊障に鍛えられたおかげで耐えられるというのも皮肉な話だが。

 なおしばしば一人で暴れていることに加え、持ち前の目つきの悪さとぶっきらぼうな性格から、夜鷹は学校で「情緒不安定な不良」と思われていた。もっとも実際に絡んできた本職の不良を学年・学校問わず返り討ちにしているので、完全に誤解かというとそうでもなかった。数々の理不尽な霊害を受けてきた夜鷹にとって、同世代の不良などもはや怖いものではない。

 そういった経緯で高校に入学して2ヶ月弱、知れ渡った風評から今や夜鷹は完全に腫れもの扱いになっていた。しかし当の夜鷹本人はそんな自分の扱いに特に頓着していなかった。どころか面倒がなくていいと今の立ち位置を密かに気に入ってさえいた。

「うんうん、いいフォームだね。サッカー部に入らない?」

 そんな一人静かな時間に割り込むように、後ろから親しげな声がかけられた。瞬間、夜鷹の顔が苦虫でも噛み潰したように歪んだ。声のした方には向き直らずに、隠す気もなく嫌そうな声だけで応じる。

「……何か用か、来島」

「ん? 別に、ただの挨拶だけど?」

 夜鷹の態度など気にも掛けず、来島瑞希は晴れやかな微笑みを返した。一房だけまとめた髪がふわりと揺れた。着崩した制服の夜鷹とは正反対の、全て規定通りの着こなし。化粧っけもなく、身につけた小物は頭のカチューシャと髪止めのリボンだけ。にもかかわらず人懐っこい笑顔は目を引き付ける華やかさを持っていた。クラスの委員長で、誰からも好かれる人気者。皆から敬遠される夜鷹にも対等に接してくる数少ない生徒の一人だ。だが夜鷹はそんな瑞希のことを日頃から露骨に避けていた。

「用がないなら、話しかけんな」

「いいじゃない。ほら友達なんだしさ」

「友達じゃねえよ。つーか、並んで歩くな」

「行く先が同じだけだよ。学校もクラスも。席は違うけどね」

 自意識過剰だなあ、と瑞希が大げさに呆れると、夜鷹は不機嫌そうに顔をしかめた。成績もよく、人づきあいも豊富な瑞希は口で言い負かすことのできる相手ではない。そもそも何を言ったところで、瑞希にはまるで効果がないのだ。声を出すだけ無駄だと、夜鷹は早々に抗弁を切り上げた。

「そうそう、この前の麗明女子の子、覚えてる?」

「…………」

「昨日会ったんだけど、夜鷹くんによろしくってさ。すっかり気に入られちゃったんじゃない? いやー、モテる男はつらいねー」

「…………」

「あ、もしあれだったら、今度セッティングしてあげよっか? 案外こういうところから彼女とかできちゃうかもしれないよ?」

「…………」

 どれだけ無視を決め込んでも瑞希はかまわず話しかけてきた。早く学校には着かないかと、夜鷹は願いを込めて進む先に目を向けた。200メートルほどの上り坂の先に夜鷹たちの通う斑坂高等学校の校門が見えた。ランニングを行う運動部から心臓破りと恐れられる坂を上りながらも、瑞希はペースを変えずに何やら宿題のことを話していた。夜鷹はそんな瑞希には一切目もくれず(どころか若干そっぽを向いている)、ただ黙々と歩いていた。そして坂を半分ほど過ぎたところで校門に立つ見慣れぬ人影を見つけ、夜鷹は細めていた目をわずかに見開いた。

「あれ、誰だろ?」

 ほぼ同時に瑞希も気付き声をあげた。それを聞いて、あれが生きた人間であることを内心で確認する。夜鷹達の向かう校門前にはスーツ姿の女性が立っていた。いつも身軽な格好をしている教員とは違う、これからオフィスに出勤するような正装だった。学生服だらけの空間で、その身なりは明らかに浮いているが、姿勢の良い立ち姿から礼儀正しい印象をまわりに与えていた。その清純そうな空気のせいか、生徒たちは一時気にかけるものの、特に訝しむ様子もなくその横を通り過ぎて行った。スーツ姿の女性はその一人一人と爽やかに挨拶を交わしながら、時折手元のタブレットを覗き込んでいた。

「誰だろ? うちの学校の人じゃないよね。他校の人かな?」

「さあな」

 思わず返事をしてしまい渋い顔をする。そうこうするうちに校門が近づき、女性の姿も細かく見えるようになってきた。近づいて分かった事実に、夜鷹と瑞希は知らず同じように目を瞬かせた。遠目から大人に思えた女性は、二人と年の頃が同じくらいの少女だった。しわ一つないスーツを着こなしているが、若さとも幼さともつかない、この世代特有の新鮮さが見える。化粧っけもなく、アクセサリーも付けていないものの、地味というよりは清廉潔白な美しさを纏っていた。

 夜鷹たちの視線に気づいたのか、スーツ姿の少女はタブレットを操作する指を止め顔を上げた。表情はとても柔和な笑顔だったが、夜鷹にはどこかそれが企業の受付嬢が貼り付けているような社交辞令的なものに感じられた。

 一方、夜鷹達の顔を見ると同時に、少女の笑顔が薄く揺らいだ。周りには悟られないような自然な仕草でタブレットに目を落とし、夜鷹の顔を再度見やる。少女の顔に一瞬だけ素の笑みが浮かんだ。

「おはようございます」

「はい、おはようございます」

「……っす」

 不思議には思いつつも横を通り過ぎる夜鷹たちに少女は歩み寄り挨拶をしてきた。耳心地がよく聞き取りやすい、張りのある声だった。瑞希も会釈でこれを返し、夜鷹は目線だけ向けてぼそりと口の中で呟いた。少女は特に気にした様子もなく、ポケットから名刺を取り出すと流れるような動きで夜鷹の前に差し出した。

「いやいやいやいや、どうもどうもどうも。ご登校中のところ失礼します。私、全日本心霊統合協会、立見崎支部の三倉彩音と申します。片代夜鷹さんですね? 突然の訪問をご容赦ください。本日は――」

「違います」

 立て板に水の口上をばっさりと断ち切って、夜鷹は他人のふりをした。脊椎反射なみの即決ぶりだった。齢16年と数カ月。しかし同年代の人間よりも人生経験豊富な夜鷹は瞬間的に見抜いていた。これは面倒くさい相手だと。

「へ? え、でも、そんなはずは……」

「じゃ、学校あるんで」

「あ、ちょっ」

 思わぬ返答に戸惑い、手元のタブレットと交互に見比べる三倉彩音を置いて、夜鷹はすたすたと校門を通り過ぎて行った。三倉彩音は追いすがろうとするが、流石に校内までは入ってこれず、たたらを踏んだ。申し訳なさそうに顔を向けて、瑞希も夜鷹の後に続いた。

「もう、ダメだよ。あんな嘘ついて」

「うるせえ」

 口を尖らせて咎める瑞希に悪態で答えた。ちらりと後ろを窺うと、三倉彩音は携帯電話を取り出し、どこかと連絡を取っていた。何やら言い合っている声が聞こえたが、興味も湧かず夜鷹はそのまま下駄箱に向かった。

 夜鷹がこの世で最も嫌いなもの、それは「面倒なこと」だった。


 教室に入ってしまうと瑞希の周りには彼女を慕う友人たちでたちまち人垣ができた。ようやく解放された夜鷹は自分の席で頬づえをついて、遠巻きに瑞希とその取り巻きを眺めた。その視線にはどこか憐みのような色合いが込められていた。

 始業。周囲の認識とは裏腹に、夜鷹は真面目に授業を受けていた。今までの小テストでも成績優秀というほどではないが、恥ずかしくないだけの点数は保っている。ちなみに授業態度がまともなだけに教師陣は普段夜鷹の扱いに困っていたりする。

 昼休み。いつものように購買でパンを買い、中庭の木陰で食べた。傍目に見ると一人寂しい食事風景だが、食事相手がほしいと思ったことはない。誰にも気兼ねなく初夏の日差しに表情を緩め、たまに吹く風の涼しさを堪能していた。平時から霊の喧騒にまみれている夜鷹にとって、落ち着いて過ごせる時間は何より至福のひと時だった。

 そして放課後。籍を置いているだけの部活動には顔も出さず、夜鷹は帰宅の途に就いた。家の食材が底をついてきたので、スーパーで買いだめをする腹積もりだった。毎週月曜日の食品セールは独り暮らしの夜鷹にとって生命線の一つだ。早めに行かなければ、めぼしいものは主婦たちに根こそぎ持っていかれてしまう。夜鷹はケータイの時計を確認しつつ、校門を抜けたところで、

「もうお帰りですか、お早いんですね。片代夜鷹さん」

 三倉彩音に捕まった。

 びっくりした。本当にびっくりした。今まで完全に忘れていたのである。朝の段階で終わったものと思っていた相手が急に目の前に現れ、夜鷹はケータイを取り落としそうになった。

「お前、今朝の……」

「えーえーえーえー、今朝がたはよくもすっとぼけて下さいましたね。おかげで私は今の今まで待ち惚けですよ。おまけに調査部に確認をしたら、出し抜かれたんだと馬鹿にされる始末です。こんなことが上司にまで伝わって私の評価に繋がったらどうしてくれるんですか。責任とれるんですか? とれませんよね? とれないことやらないで下さいよ。そのとばっちりは他の人が受けることになるんですよ。この場合は私です。何で私があなたの無責任さのとばっちりを受けなければいけないんですか? 登校中にご挨拶に伺ったのはそんなに悪いことでしたか? 仕方ないじゃないですか、全生徒の顔を確認しようと思ったらああするしかないんですから。それとも他にいい方法がありますか? あるなら是非ともご教授ください。今後の参考にしますから」

 皮肉と嫌味を畳みかけるように投げつけられ、夜鷹は思わずのけぞった。見れば決まっていたスーツも朝より幾分くたびれ、整えられていた髪も乱れていた。顔には変わらず笑顔が張り付いているが、若干ひくついている。本当に半日、外で待っていたらしい。さすがに少しだけ悪い気がしてきた。ほんの少しだけだが。

「いや、人違いじゃないっすかね」

「この期に及んでまだ空とぼける気ですか。こっちはさっき通りがかった方に教えてもらってるんですよ。今朝あなたと一緒にいた方です」

「あの野郎……」

 来島瑞希の優しさは一言挨拶を交わしただけの怪しい協会員にも有効らしい。はた迷惑な優しさだと、夜鷹は舌打ちをした。

「じゃあいいよ、もう。それで、俺に何の用だ? こっちもやることあるから、長くなるんなら今度にしてくれねえか」

「人をあれだけ待たせておいて、どの口が仰るんですか。女性の貴重な半日を一体何だと思ってるんですかね。私のような麗しい乙女と、あなたのようなむさ苦しい男とでは時間当たりの単価が違うんですよ? 私が1時間無駄にしたということは、あなたが10時間浪費したのと等しいんです」

「10倍かよ」

「低く見積もって、です」

 当然だと言わんばかりに断言した。張り付いた笑顔に一切の揺らぎが無いところを見ると、本気でそう思っているらしい。夜鷹はクラスに一人はいる女尊男卑主義の女生徒を思い出した。この手の輩には何を言っても仕方がないものだ。

「ところで用事があるそうですが、またお祓いのお仕事ですか? 麗明女学院の生徒さん、でしたっけ」

「いや、それはちょっと前に終わったよ。今日は普通に買い物……」

 何も考えずに答えかけたところで、夜鷹はふと違和感を覚えた。

「お前、何でそのこと知ってんだ?」

 日頃から霊の相手をしてきた夜鷹はそこいらの霊程度なら一人で祓うことができる。それを利用して、しばしば霊媒士まがいの依頼を受けては小遣いを稼いだりもしていた。とはいえアルバイト活動禁止の公立高校生として、大々的に宣伝するようなことはしていない。口コミや人づての紹介から細々と引き受ける程度である。もちろん依頼内容を他人に漏らしたことなどない。個人情報云々と言うよりも、ただいちいち話すのが面倒くさいからだ。

「失礼ですが、調べさせてもらいました。ところで、夜鷹さんの高校ってアルバイトは許可されているんですか?」

「ぬ……」

「公立高校ですし、普通は禁止ですよね。仮に家の事情で許可されていたりしても、霊媒士の真似事なんて胡散臭い仕事はまずアウトでしょうし。ばれたらどうなるんでしょうね。停学? 退学? 反省文くらいで済むといいですね」

「ぐ……」

 これが普通の生徒の話なら、大した問題ではない。隠れてバイトなど他にも多くの生徒が行っていることである。せいぜい教育指導の教員にきつく叱られる程度だろう。しかし夜鷹の場合は話が違う。不良として認識されている上、三倉彩音の言う通り職務内容があまりに怪しすぎるのだ。どのように扱われるか、想像したくもない。どう転んでも面倒なことにしかなりそうになかった。

 口ごもる夜鷹に三倉彩音は営業用スマイルと別の笑顔を浮かべた。

「ところでお話したいことがあるんですが、今お時間よろしいですか?」

 そう言って心底楽しそうに断りの体をなした脅迫を提示した。


 買い物を諦めた夜鷹は近場のファミリーレストランに場所を移した。一応校則では帰り道の買い食い等は禁止されているはずだが、夜鷹以外にも同じ制服を着た集団が談笑していた。禁煙席の隅に案内され、注文を済ますなり三倉彩音は再度名刺を取り出し、夜鷹に渡した。

「改めまして、全日本心霊統合協会、立見崎支部の三倉彩音です。よろしくお願いします」

「……おう」

 ただ朝とは打って変わって片手での手渡しだった。残った手は頬づえをついてさえいる。社会人にあるまじきマナー違反である。愛想のいい笑顔が逆に不自然だった。

「お前、何かどんどんぞんざいになってないか?」

「そう思うんなら、朝の段階でもらっといてほしかったですね。それならこちらもまだそれなりの心持ちで応対できましたから」

 ニコニコと笑う彩音は変わらずの丁寧口調だが、言葉の端々に人を馬鹿にしたような棘がある。これが慇懃無礼というやつか、と夜鷹は一人納得していた。

「とはいえ、気持ちはわからないでもないんですけどね。全日本心霊統合協会なんてどう聞いてもアレな名前の団体ですから」

「自覚はあるんだな」

「私がつけたわけじゃありませんし。大体始まりが『全日本』ってところがもういかがわしいですよね」

「開始3文字でか」

「『心霊』って部分なんかまんま怪しいですし、『統合』とか大仰な言葉も鼻に付きます。そもそも『協会』ってつくとこはどこもろくな組織じゃないんですよね」

「全否定かよ」

 爽やかに笑いながらでフルボッコ。さすがにそこまでは思っていなかった。夜鷹よりもよっぽどである。愛社精神とかそういうものはないのだろうか。

「さてさてさてさて、それではそろそろ本題に入りましょうか」

 彩音が頼んだホットコーヒー、夜鷹が早めの夕食にと頼んだ生姜焼き定食が届けられると、彩音は居住まいを正しそう切り出した。揃うのを待っていたのは途中で話が遮られるのを嫌ってのことだ。

「では始めにお聞きしますが、夜鷹さん。現在の霊能業界をどのように思われますか?」

「どうって……」

 てっきり協会とやらの説明が始まるものと思って聞き流す態勢だった夜鷹は思わぬ質問に言い淀んだ。そもそも夜鷹は祓い屋の仕事をしていると言っても、ほとんど見よう見まねのバイト感覚だ。一時期弟子入りしていた師匠以外に同業の知り合いもなく、業界というものに対する意識は希薄だった。

「……あー、あれだな。昔に比べてテレビで心霊特集とかやらなくなったよな。心霊写真投稿とか。やっぱあれか、最近だとCG合成とかで簡単に作れるようになったからか」

「それは単純に数字がとれなくなったからじゃないですかね。簡単に作れるようになったのなら、自前の写真でいくらでも番組作れますし。ってそういう話をしているんじゃないんですが……」

「じゃあ、あれか。ちょっと前に流行った、何とかいうオーラ鑑定士。来世が見えるとか、魂の色がどうとか言ってた奴。そういやあいつも最近見ねえな」

「ああ、彼ですか。彼もまあ、うちと無関係というわけではないんですが、今はどうでもいいです。しかし、どうにも話が進みませんね。じゃあ質問を変えましょう。今、日本中に何人の霊能力者がいるかご存知ですか?」

 呆れた風に彩音はコーヒーを一口飲み、切り口を変えて話を進めた。いちいち質問せずにさっさと話せばいいのに。遠回しな話し口を煩わしく思いながら、夜鷹は豚肉とご飯をまとめて口に放り込んだ。

 この手の数字を答える質問はやたらと気を使うから嫌いだった。正解するのならいいが、外れるにしても相手が想定している答えを考慮しなければいけない。実はこんなに多いんですよ、という話の流れなら、正答よりも多い数を答えてはインパクトを薄れさせてしまうからだ。

「二万?」

「……正解は約七千人です。まあ占い師やらも含めて、正規に商売しているところだけですけどね。単純計算で都道府県一つごとに百五十人程いるわけです。実際は人口密度とか、霊害の多さで左右されますが。で、重要なのはここからです。この七千人の霊能力者のうち、『本物』は何人いるでしょうか?」

「……ああ」

 ここにきて夜鷹は彩音の言わんとしていることを理解し始めた。霊能業界の現状と霊能者の数。この2点から導かれる流れは、

「半分いったらいい方じゃねえの? それでも三千五百人か。もっと少ないか?」

「そうですね。答えは二千九百人です。まだ全員審査したわけではないので、統計的な数値ですが。全体の40%が本当に力のある霊能者、それ以外はすべてニセモノというわけです」

「へえ」

 霊能者の数が多いのか少ないのか、それは実のところピンと来ていなかった。他の業種がどれだけの人口なのかも知らないので比べようがないからだ。しかし全体の六割がインチキというのは、いくらなんでも異常な数値だとわかった。

「これは言うなれば、開業している医者のうち六割が無免許医というような状態ですよ。場合によっては命に関わるようなことなのに、前情報なくかかってみれば、過半数がハズレってわけです」

「六割がブラックジャックなら、割りのいい話だろ」

「残念なことにみんな藪医者です。何もしないならまだいいほうで、場合によっては事態を悪化させます。その上こういった連中に限って法外な料金を請求しているものです」

「そこだけは生意気にブラックジャックだな」

 霊能力もないのに霊能力者を名乗る理由、それはもちろん金を稼ぐためだろう。科学的に説明できない霊能関係の仕事は法律で縛ることが難しい。また一般的でない職業のため世間での相場というのもわかりづらい。結局は提示する側のさじ加減一つで、ふんだくろうと思えばいくらでもふんだくれるわけだ。

「ところで、夜鷹さんはいつもどれくらいの料金設定で引き受けているんですか」

「案件によって上下することはあるが、相談五百円、霊視・実地検分千円、お祓い五千円ってところだな。移動費は別途。本格的な準備や特別な道具がいる場合は上乗せって感じだ」

「……それ、同業者が大泣きするくらいの価格破壊ですよ。独禁法に訴えられるレベルです」

「そうなのか」

 そうは言われてもこの付近に夜鷹と仕事を奪い合うような同業はいない。もとより夜鷹は片手間の小遣い稼ぎ程度で行っているので、他より稼いでやろうという気概はなかった。

「それでも、高いって言う奴はいるぞ。大体祓った後から文句言ってくるんだけどな」

「金銭価値は人それぞれですからね。私は以前、駄菓子を値切っている主婦を見たことがあります。ちなみにそういう場合はどう対処するんですか?」

「面倒だから無料にしてる。あの手の連中は話すだけ徒労だからな」

「確かに、人件費やコストパフォーマンスを考慮すればあながち間違いではありませんが……」

 そこまで考えているわけではなく、単純に手がかかるから放棄しているだけなのは明白だった。彩音の残念な人を見る目に気付かず、夜鷹は茶碗に付いた米粒を箸できれいにとっていた。粗暴な振る舞いの割に、食べ方は綺麗なものだった。

「まあ、そこはひとまず置いておくとして、話を戻すと今のがこの業界の現状です。インチキ霊能者が幅を利かせ、法外な値段がまかり通る。結果、世間からはより不信感が募り、本当に力のある霊能者も冷遇されるようになるわけです。当然そんな業界に身を置きたがる人もいなくなり、ますます霊能者まがいが増える。あとはループです。どうです? なかなか悲惨な状況でしょう?」

「ああ、そうだな」

 同意こそしたものの、夜鷹の中では完全に他人事の話だった。欲しくもない能力のせめてもの有効活用として依頼を引き受けているが、何も生涯この仕事で食べていくつもりはない。短期で入ったバイト先で業界分析や今後の展望を聞かされたような、正直どうでもいい気分だった。

「それで、その悲惨な状況の中で全日本何たらは何をするんだ?」

「全日本心霊統合協会です。よくぞ聞いて下さいました。そう、我ら全日本心霊統合協会とはまさしくこの現状を打破するために結成された組織なのです」

 ここで彩音は脇に置いていたタブレットを引き寄せ、見やすいように画面を夜鷹に向けた。裏から器用にタッチパネルを操作しつつ、説明を始める。声のトーンが若干変わったのは、マニュアルとして覚えている内容だからだろう。

「協会が持つ役割は①霊能力者の査定、②民間依頼の解決、③公的依頼の解決、この三つです。中でも一番重要なのは、この①番。評価機関としての役割です」

「評価機関、ねえ」

「ええ、先ほど例として医者の話を出しましたが、霊能者は公的な免許や試験といったものを作ることができません。これは法律で規定できない以上仕方のないことです。そこで、代わり当協会が霊能者を審査しようということになったわけです。本当に霊害に対処する力があるのか、料金は適正に設定されているか。基準を満たし、協会から認可された人だけが正式に霊能者として仕事ができるという仕組みです。認可を受けた霊能者の方には認定証が与えられ、協会に認定能力者として登録されます。登録情報は公開されますので、一般の方も安心して依頼先を選ぶことができるようになります。また料金についても協会で設定した価格に統一することで、適正な価格相場を形成することができるのです」

「いや、それはまあ、いいけどよ」

 得意げに解説を続ける彩音を手で制し、夜鷹が横やりを入れた。

「何ですか?」

「話はよくわかる。つまりはインチキやぼったくりは排除して、ちゃんとした霊能者だけでやってこうってことだろ。それは納得できるんだが、肝心なこと忘れてないか」

「肝心なこと、というと?」

「お前ら自体が胡散臭いってことだよ」

 免許などの公的な資格が効力を発揮するのは、発行しているのが権威ある組織だからだ。これが今まで聞いたことのない、聞いていたとしてもとても信用できないような怪しい団体では全く意味がない。人によっては逆に何かあるのではと勘繰ってしまうだろう。

「はいはいはいはい、そのことですか。それはこの後説明する予定だったんですが、ではせっかくなので先に済ませてしまいましょうか」

 話を遮られても気分を害した様子はなく、彩音はタブレットのページを進めた。この質問は既に織り込み済みだったらしく、説明用の画面を開くとまた流れるように話し始めた。

「簡単に言うと審査・認定をするのは協会なのですが、認定証を発行するのは別の組織なんですよ」

「別の組織って……」

「信頼と実績の公的機関、警察庁です」

 彩音が軽やかな指付きでタブレットを叩くと画面に新聞の画像が表示された。

「これは今年の四月の記事ですね。新しく施行された法律をまとめたものです。この隅っこの方、読めますか?」

「えーと、心理カウンセラー資格に関する規定? これか?」

 細い指が示す部分には小さい字で堅苦しい文章が並んでいた。言われて目を通すが、普段新聞を読む習慣のない夜鷹にはいまいち内容がわからない。文章は頭の表面を滑るだけで中身が少しも入ってこなかった。

「さすがに霊能云々の看板を掲げるのは難しいので、占いやらと一纏めにして心理カウンセラーという扱いになっています。内容は要するにさっき話した通りです。調査機関、つまり当協会のことですね、によって審査が行われ、警察が認定証を発行するというものです。正確には警察の上の国家公安委員会が出すってことになるんですけどね」

「何で警察なんだよ。霊能業界と関係ないじゃないか」

 例えば医師免許なら厚生労働省、教員免許なら文部科学省が管理している。霊能力者の認定に国家公安委員会、というのはどうにもそぐわないように感じられた。

「色々理由はありますが、もともとこの法律が心霊商法や詐欺に対処する目的で作られたというのが大きいですね。それと内局の方は厚生労働省に似たようなお抱えの機関があるっていうのもあります」

「内局……?」

「厚生労働省は内局、国家公安委員会は外局です。行政の住み分けですよ。まあまあまあまあ、あまり気にしないでください。説明はできますけど、難しい話ですから」

 お前にはわからないだろうと言外に馬鹿にされるも、夜鷹は反論できなかった。恐らくその通りだと思ったからだ。

「さっきの記事、もう一回見せてくれ」

「ええ、どうぞ」

 彩音からタブレットを受け取り、睨みつけるように画面の隅々まで読み込んだ。件の条文の部分は、説明を受けた後に読むと何となく理解できた。言い回しが堅いだけで、内容自体は間違っていないらしい。しかし夜鷹はそれよりももっと根本的な部分を疑っていた。

 この新聞記事が本物なのかどうか、である。

 話を聞く限り、一応の筋は通っているように思えた。突っ込んだ質問にも即座に答えられている。だが、それを裏付けるものがないのも事実である。突如現れて一方的に説明するだけで、新聞記事についても向こうが用意したもの。これが大掛かりな作り話ではないと言い切れる根拠はなかった。何のためにそんなことをするのか、まではわからないが。

「……それで、その全日本心霊何とかは、俺にどう関係してくるんだ?」

「全日本心霊統合協会です。いい加減覚えてください。大いに関係してきますよ。何せ、夜鷹さんは霊能関係の仕事をして収益を得ているんですから。当然我々の審査対象になるわけです」

「……審査料とか、認定料にはいくらかかるんだ」

 例えばこれがやたら手の込んだな詐欺だとして、金銭をかすめ取ろうとしたらまずここだろう。言ってみれば認可がもらえなければペテン師扱いになるのだから、それを生業としているものにとってはまさしく死活問題となる。

「いえ、そういった請求は一切ありません。夜鷹さんから協会に払うものは何もないです。もっと言うと審査に賄賂の類は通じません。厳正な審査の元、可否を決めさせてもらいますので」

 しかし夜鷹の読みは外れた。そういった話になったら即行で帰ってやろうと思っていたが、完全に出鼻をくじかれてしまった。肩透かしを食らう夜鷹に対し、彩音は終始張り付いている笑顔に別の色味を混ぜた。

「いやいやいやいや、結構なことですよ。疑うことも考えることもせずに同調されるような方は、こちらとしてもあまり欲しい人材ではありませんから。ただやはり詐欺のように思われるのは心外ですね」

「む……」

 疑っていることを見抜かれて、夜鷹はバツ悪く口をつぐんだ。ついでに上から見下ろしたような評価をもらっても、ちっとも嬉しくなかった。

「誓って言いますが、今話した内容に一切の偽りはありません。我々協会員の目的はただ一つ、霊害に苦しむ人たちの救済です。認定制度も、価格相場の見直しも全てはそのための手段でしかありません」

 まるで会社説明会の一幕のように、三倉彩音は晴れやかに宣誓した。

「……救済、ね」

 ご立派な理念だ、と思った。だがその言葉を真に受けて感動するほど、夜鷹は純真な人間ではなかった。霊害に追い詰められた人を何人も見てきた夜鷹は、人間の本性というものに同世代の誰よりも多く触れてきていた。

「素晴らしい考えだな。共感するぜ」

「それはどうも、ご理解いただけて何よりです」

 棒読みでそう言うと、マニュアルの答えが返ってきた。まあいいか、と夜鷹は聞こえないように小さく独りごちた。本心は何にせよ、まあいいか。

「ちなみに聞くが、その全日本心霊統合何とかの審査やら認定やらを断ったらどうなるんだ? 認定なんていらねえって勝手に営業したら」

「全日本心霊統合協会です。そこまでいってどうして諦めるんですか。特に罰則はありませんよ。審査を受けるのも、協会に登録するのも自由です。今のところは」

「……今のところは?」

「さっきちらっと言いましたよね。協会の審査・認定の規定は始め心霊商法や詐欺に対処する目的で作られたって。今はまだ強制力はありませんが、ゆくゆくはそうなる手筈です。認可を受けずに霊能関係の仕事をすれば、最悪詐欺として立件されるように」

「お前、それって結構重要なことじゃねえのか……?」

 しれっと話す彩音に思わず顔が強張った。もし話を聞かずに途中で帰っていたら、どうなっていたのか。そんな夜鷹の内心を見抜いているのか、彩音はいけしゃあしゃあと続ける。

「そうそうそうそう、さっき話に出た霊能芸能人ですけど、覚えてます? あのオーラ鑑定の人です」

「覚えてるも何も、そいつは俺がした話じゃねえか」

「あの人、確かに幾分の霊能力はあったんですよ。ただ来世が読めるとか、運気を変えれるとかってのは誇大広告でしてね。審査に引っかかっちゃったんですよねぇ」

「何故今その話をする」

「いえいえいえいえ、大した話じゃないんですけど、夜鷹さんも仰ってましたよね。最近TVで見なくなったって。それ、何でだと思います?」

「お、お前ら……まさか……!」

 一時期お茶の間を席巻したにしては不自然な消え方だと思っていた。それこそ何か不祥事を起こしたか、どこかの圧力がかかったのではないかと疑る程に。まさか、それをこいつらがやったというのか。

 愕然とする夜鷹、静かにほほ笑む彩音。沈黙が数秒間続いた。

「いやいやいやいや、冗談ですよ、冗談。本気にしないでくださいよ。そんなことあるわけないじゃないですか。私達にそれほどの力はありませんよ。所詮は弱小団体ですから。世間のすみっこで細々と活動してる程度ですって」

 タネ証しをするように、彩音が笑いかけた。しかしその笑顔にも、人をからかっているような、見下しているような気配が感じられた。否定の言葉も逆に信用できなかった。表面だけを取り繕い、決して本心を明かさない。こいつはそういう女なのだと、夜鷹は判断した。

「それで、ご都合がよろしければ今夜にでも審査を行いたいのですが、いかがですか? ご予定があるのでしたら別の日程でもかまいませんし、先ほど言ったとおり強制ではありません。ご不要というのでしたら、これで失礼させていただきますが」

 あれだけ前振りをしておいて今さらどの口が言うのか。夜鷹は深く息を吐き、しぶしぶ了承の意を伝えた。ファミレスの椅子に背を預け、天井を仰ぎ見る。吐く息と一緒に言葉がこぼれ出た。

「ああ、面倒くせぇ……」


 そして場面は冒頭に移る。審査用に協会が準備した案件を片付けるために夜鷹は深夜の工事現場へ赴き、見事浄霊をやってのけたのである。ただ、

「何ですか、これ! 除霊ってもっとこう、お札とか、お経とか、そういうのでやるんじゃないんですか!?」

「俺はずっとこのやり方なんだが」

「我流にもほどがあるでしょう! ていうか使う道具にしたってもっとあるでしょう! 何ですか木刀って! そこいらの暴走族ですか!」

「撲殺丸はご神木の枝から削りだしたありがたい木刀だ。馬鹿にすると罰が当たるぞ」

「罰当たりなのはあなたですよ!」

 やってのけたはいいが、あまりに想像とかけ離れていたやり方に彩音は納得がいかないようだった。しかし夜鷹の言葉に嘘はない。読経一つ満足にできない夜鷹はまさにこれ一本で今まで幾多の霊を祓ってきていた。

「霊能者というのは枠に収まらない方ばかりとは聞いていましたが、ここまでとは……」

「大変だな、お前も」

「ええ、おかげさまで」

 夜鷹が労いの言葉をかけると彩音は固い笑顔で返した。疲れたように肩を落とし、愛用のタブレットを覗き込む。彩音の担当エリアの霊能力者は夜鷹を入れて十二人。彩音は夜鷹を最後に全員分の審査を終えたことになるが、その中でも夜鷹は異彩を放っていた。

「私が担当する皆さんはどなたも独特な方ばかりですが、木刀で霊をぶん殴るのは夜鷹さんくらいですよ」

「まあ、俺くらいのもんだろうな」

 少し自慢げに笑う夜鷹。褒められて嬉しいらしい。決して褒めてはいないのに。

「……確かに、夜鷹さんの能力が高いのはそうなんでしょうけどね」

 霊能力は霊に対する干渉の度合いで素養を測ることができる。五感で言うなら聴覚、視覚、嗅覚、触覚の順で、後になる感覚ほど認識するためには高い資質が必要となる。五感全てで霊を感じ取り、物理干渉を及ぼす程の夜鷹の霊媒体質は良くも悪くも群を抜いていた。

「ふう、ま、いいでしょう。手駒としてはちょうどいいくらいですかね」

「お前……」

 さらりと発せられる言葉に、怒りを覚えるより脱力した。しかしこの言葉も本音のようでいて、どこかわざとらしい演技のようにも聞こえた。やっぱりこいつは劇団員か何かで、自分をひっかけているだけじゃないか、と夜鷹は周囲に気を払った。ドッキリの看板が出たら即座に殴りつけるつもりだった。

「それはそうと、結果はどうなんだ。俺は合格なのか?」

「正式な決定は本部がしますけど、まず問題ないでしょう。やり方はやや難ありですが、能力については申し分なく、料金設定も良心的です。これで通らなければ、他の人も全員不合格になってしまいますから」

「そうか。じゃあこれで終わりだな。再試験なんて勘弁しろよ」

 彩音の太鼓判をもらい、夜鷹は安堵の息を漏らした。一銭の得にもならない浄霊も、腹の読めない女の相手も、面倒で面倒で仕方なかったのだ。これでようやく解放される。その事実が夜鷹に多大な幸福感をもたらした。

「大丈夫ですよ。私の方からも強く推しておきますから。多分数日中には連絡があると思います。なので、これからもよろしくお願いしますね」

「…………今、なんつった?」

 与えられた幸福に瞬く間に陰が差した。彩音はきょとんとして、先の言葉を復唱する。

「『大丈夫ですよ。私の方からも強く推しておきますから。多分数日中には連絡があると思います。なので、これからもよろしくお願いしますね』ですけど?」

「その、これからもってのはどういうことだ。これで終わりじゃないのか」

 霊感に関係なく、嫌な予感がびしびしと伝わってくる。聞きたいけれど、聞きたくない。気分は最後の審判を待つ被告のそれだ。そして鼓動が最高潮に高鳴ったとき、静かに事務的に判決が下された。

「夜鷹さんはこれから協会の登録員として活動するわけですから、そのサポートと監督役として私が就くことになります。今後仕事の依頼を受けたら、まず私に連絡してくださいね。二人で力を合わせて、依頼を解決していきましょう」

「嘘だろ……」

 告げられたあまりにも残酷な事実に夜鷹は愛刀を取り落とした。何やら意気込んでいる彩音には目もくれず、力なく首を回し周囲に窺う。

 早く、早く出てこい。もう殴ったりしないから。ほら見ろ、木刀も持ってないぞ?

 しかし夜鷹の願いもむなしく、ドッキリの看板は最後まで出てこなかった。


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