序章
二番目に完成させた作品。多分直前に学園異能バトルものとか読んでました。こっちも結局よくある作品の劣化版みたいな感じです。
「だ、誰か! 助けてくれぇ!」
深夜の工事現場、人気のない静寂を叫び声が切り裂いた。月明かりが照らす土の上を一人の男が走っていた。作業着を着た中年の男性だった。体中の至る所から血を流しており、必死の形相で何かから逃げている。疲労のためか、恐怖のためか、体の動きはぎこちなく、ひどく不格好な走り方だった。
「待てこらぁああ!」
逃げる男性の後ろから、怒声が響いた。続いて人影が追いすがる。学生服を着こんだ高校生だった。地元の人間なら誰でも知っている、公立高校の制服姿。上着の前を開け、風を切り走る少年の右手には、血に濡れた木刀が握られていた。
「っらあ!」
少年の声とともに木刀が振り下ろされた。刀身は男性の右足に抉り込み、みしりと歪な音を上げた。悲鳴を上げて、男性が倒れ込んだ。
足をくじかれ、それでも這って逃げようとする男性の前に少年は立ち塞がった。木刀を肩に置き、見下ろす目には肉食獣の鋭さが宿っていた。怯えながら見上げる男性に対し、少年の口端が冷酷に吊り上がった。
「ひいぃ、た、頼む。こ、殺さないでくれ」
「……寝言ほざいてんじゃねーよ」
涙と涎にまみれた顔をくしゃくしゃに歪めながら男性が懇願するも、少年はそれをすげなく切り捨てた。
「殺すも何も、あんたはとっくに死んでるだろうが」
面倒そうにそう告げて、少年は目を細めた。視界に映る作業着には大きな穴が開いていた。向こう側が見えるほどの、肉体ごと貫いた大穴が。そして男性から流れる血はいつまでも止まることがなかった。それはとうに生命活動を維持できるレベルを超えているというのに。
「えーっと、村鐘源次郎、享年43歳。1年前の8月16日、ビル建設現場で作業中に落ちてきた鉄骨に貫かれて死亡。以来、夜な夜な付近を徘徊し続けるっと。どうだ、思い出したか?」
胸ポケットから取り出したメモを読み上げて、再び少年は男性に視線を戻した。男性の顔色はみるみる青ざめ、生気を失っていった。
「な、にを、言って」
「だから、あんたは死んでんだよ、1年前に。今更殺さないでもくそもねえんだって」
「そ、それじゃあ、私は、今の私は」
「俗に言う幽霊ってやつだな。ご愁傷さん」
縋りつくような男性から少年はうっとおしそうに目を逸らした。木刀の柄でこりこりと頭をかく。この手のやり取りはもう飽きるほどに繰り返してきていた。
「…………嫌だ」
だからこの後の反応も大方予想がついていた。
「嫌だ、嫌だ……。私は、私はまだ、死にたくないっ!」
「だからもう死んでるっつーの」
ああ、面倒くせえ。
口の中でぼやいて、少年は木刀を振りかぶった。剣術や剣道のような構えではなく、バッターボックスで構えるように半身を捻り、向き直る。
「寝言は寝た後、遺言は死ぬ前に、だ」
最後に何かを言いかけた男性を無視して、少年は木刀を振りぬいた。フルスイングで放たれた木刀は男性の頭部を容赦なく吹き飛ばした。骨が砕ける音と、飛び散る血の音。そして何事もなかったかのように、夜の静けさが降りてきた。
「うっし」
薄れ消えゆく男性の姿を一瞥して、少年は満足げに頷いた。一仕事終えた解放感から、一度伸びをし、血振りのように木刀を振る。もっとも刀身には既に何も付いていなかった。男性とともに、流れ出た血痕も消えてしまっていた。
「まあ、ざっとこんなもんだ。何か感想はあるか?」
木刀を袋に仕舞いつつ、少年は近くの電燈に声をかけた。若干のドヤ顔は自分の仕事に自信のある証しだ。心なしか立ち姿も決めポーズ風だった。
少年の声に答えるように光の消えた電灯の下から一人の少女が歩き出てきた。コンクリートの上でコツコツと小さく革靴の音が鳴る。スーツ姿に身を包んだ少女は眉根をひそめ、うんざりしたように呟いた。
「こんなにひどい除霊は初めて見ました」