ぬいぐるみ
《ぬいぐるみ》
うさぎの大きなぬいぐるみ。
両耳大きさが少し違っていたり、糸がちょっと出てきていたりと、手作り感満載の薄汚れたぬいぐるみ。
私の宝もの。
何か悩むとすぐにこのぬいぐるみに問いかける。
どうしてなの?って。
「琉太お兄ちゃん…。」
ぽつりぽつりと小さく言葉を紡いだ。
* * *
琉太お兄ちゃんの家で、2人で話す時間が私の何よりの楽しみ。
琉太お兄ちゃんは、隣の家の4つ上の高校生のお兄さん。
少し大人っぽくてでも、夏紀にみたいな年下でも優しい思いやりのあるお兄ちゃん。
「夏紀?
ほらいじけてないで俺に話してみ?」
「男子にブスって言われた…。」
中学生のちっぽけな悩みなんて、高校性のお兄ちゃんには関係ない。
きっと聴く耳すら持ってくれないだろう。
けど、琉太お兄ちゃんは違う。
「大丈夫だって。
そんな奴等嘘つきだから気にしなくていい。
なんなら今から俺が嘘つきだって殴ってきてもいい。
夏紀はブスじゃない、俺が保証する。
もし、自分のことがブスだと思うなら俺が可愛くしてやるから機嫌なおせ、な?」
地味にブスって連呼してるけど、きっと琉太お兄ちゃんのことだから無意識で言っているだけ。
優しい大きな手が私の頭に乗っかる。
油断をすると耳まで真っ赤になってしまいそうだ。
なんだか、嬉しい。
この頃は幸せだった。
もう、この手の温もりを二度と感じることが出来なくなることを。
この時の私はこの幸せが永遠に続くものだと思っていた。
* * *
「できた!」
?
今日も琉太お兄ちゃんと一緒。
でも今日の琉太お兄ちゃんはずっと裁縫をしていて、構ってはくれない。
「どうしたの、琉太お兄ちゃん?」
琉太お兄ちゃんの手の中にはプロ級に綺麗で可愛い桃色のぬいぐるみがあった。
「これをさ、ずっと夏紀が持っていたらきっと可愛くなるよ。
おまじない、かけたからな」
普段はおまじないなんか信じない。
けど、琉太お兄ちゃんの言う一言一文字が魔法のようで何でも信じられてしまう。
1階で母親の私を呼ぶ声が聞こえた。
「もう帰らなくちゃ。
またね、ぬいぐるみありがと!!」
ぬいぐるみを大事に抱えて家に帰った。
ドアの隙間から微かに琉太お兄ちゃんの顔が見えた。
どこか切なそうで寂しそうで、でもやり遂げたような満足気な笑顔が。
* * *
「夏紀、そろそろ行かないと…。」
なにも思いたくない。
なにも感じたくない。
誰もなにも信じない。
全部消えてしまいたい。
「はぁい…。」
琉太お兄ちゃんが消えた。
半年前、琉太お兄ちゃんは重病におかされていた。
入院生活の合間をぬって、点滴などを全部外して、笑顔で私の話を聞いてくれた。
そもそも一時帰宅じたい、あの難病には困難なことだったらしい。
だけど、琉太お兄ちゃんはリハビリを続けて懸命に私のために治療を続けていた。
信じられなかった、信じたくなかった。
もし、琉太お兄ちゃんの口から琉太お兄ちゃんの声でこの事を言われたらもっと信じたくなかったと思う。
みんな真っ黒な服を着て泣いていたり絶望的な顔をしていた。
そんな中私だけ無表情で無感情だった。
信じたくないよ、琉太お兄ちゃん
目を覚まして。
また私に笑顔を見せて。
またぬいぐるみを作って。
琉太お兄ちゃんの最期の私へのプレゼント。
ぬいぐるみにたくさんの涙が溢れた。
ぬいぐるみが一瞬優しく微笑んだような気がした。
* * *
琉太お兄ちゃんの部屋。
もう今は何も残っていない。
琉太お兄ちゃんの匂いも、ここに人が住んでいたこと自体分からない。
でも琉太お兄ちゃんはここにいる。
姿は可愛らしく、私の手に収まるくらい小さくなってしまったけれど、ここにいる。
「大好きだよ、琉太お兄ちゃん。」