狐と刀
すー…すー…
定期的な寝息を俺は聞くとも無しに聞いていた。
いろいろ考えていてさっきからまんじりともしてない。
「なんやねん…ほんと。」
「なにがじゃ?」
知らぬ間に呟きが漏れていたらしい。
言霊師の封印具である刀の陽炎がすっと、押し入れ内に現れる。
実はというか、なんというか、こいつとは腐れ縁。
突然現れるのは何度も見てきているが〝陽炎〟という銘は素直に便利だと思う。
ただ枕元に出てきたので俺は狭い押し入れの中で胡座をかいた。
「…わけわからん。」
「…もしや慧のことか?」
「せや。」
まあ、隠す理由もない為肯定する。
「赤の他人を身を呈して庇ったり、いちいちいらん人助けしたり…お人好しにも程があるやろ。」
ふむ、と呟いて陽炎が俺の枕をぽふぽふといじりながら言った。
「まあ、そうじゃの。」
意外だ。自分の護る主人を少しくらい弁護するかと思った。陽炎はそんな俺の驚きに気づいたのか苦笑した。
「いや、確かに普通の人に出来ることではないからの。」
そうなのだ。人は…人に限らず生き物はかもしれないが…基本自分がかわいい。よほど親しい者ならともかく普通危機が迫っている時に他の奴を身を呈して庇うことなど出来ない。その危機を理解してないよっぽどの命知らずしか出来ない筈なのだ。
「じゃがの…慧は少し違う。」
陽炎がふと真面目な顔をした。
「慧は私があやつに着くまで力を制御することが出来なかった。」
「?」
いきなり何を言い出すかと思えば。
そんなことは分かっている。
なにせあの言霊師は言霊という言葉さえ知らなかったのだ。
「それがどういう意味かわかるか?
他の者にしたら大したことのない発言があやつの場合、いちいち真実になっていくのじゃ。」
枕を抱きしめながら陽炎はまるで憂いているように語る。
「例えば球が友の方に飛んでいったとしよう。
普通は一言言えば良い。〝当たるぞ〟と。
それを聞いて友は避けるかしゃがむかするだろう。
同じ言葉をあやつが言うとどうなると思う?
陽炎の言わんとしていることが分かり俺は目を見開いた。
「当たる、な。」
「そうじゃ。気持ちのこもった言葉のせいで当たるかどうかわからなかった球さえ、言霊の力で当たる。あやつは、慧はそれを何度も経験しておる。
言った言葉が事実になる。
一言で言ってしまえば簡単だ。
羨ましがられるかもしれない。
だがしかし当事者にしてみれば現実は重い。
陽炎はそういいたいのだ。
「そしてそれから慧は考え方を変えた。
言うのが出来ぬのなら行動で表すしかない。
球を自分が防げば友には当たらずにすむ…」
俺は何て言えばいいのかわからなかった。
とりあえず憎まれ口が口をついて出る。
「…あほくさ。他人なんてほっとけばええのに。」
「そうじゃの。」
あっさりと肯定した陽炎は枕を俺に向かって投げた。ぽふっとそれを掴む。
「まあ、ほっとけないのは血筋かもしれんの。」
クスリ、と笑って陽炎は姿を消した。
まあ、部屋内にはいるのだろうが。
「血筋…ねぇ。」
俺はぼそりと呟いた。
それを最後に部屋の中は静かになった。