俺と金髪
ーん?祭りでもやるのか?
「…いや…。」
(んなわけない。…なんだ、アレ。)
陽炎の質問に答えながらも俺も目の前の状況を凝視した。
あそこは正門の筈…だ。
人がいすぎて通るところが見当たらないんだが。
しかもほとんど女だ。
陽炎がもっと見たいと、よじよじと俺の頭の上に登った。
ーお、あそこにいるのは毛玉ではないか。
…はい?
(まじですか。)
俺も目を凝らす。
確かに人と人との間に銀色が見えたような気がする。
(…無視しよう。)
俺はそう心の中で呟き、足を一歩…
「なんや、遅かったやないか。」
…も踏み出せず、俺の決心は二秒で崩れた。
「えー、銀クン、帰っちゃうのぉ?」
「私と帰ろうよぉ?」
「や、また今度誘ってぇな?」
キャーッ
歓声が上がるなか、白銀はよいしょっと人ごみから出てきた。
「さ、帰ろかー。」
「なんでここに毛玉がおるのだ?」
陽炎が尋ねた。
極々小さな声でである。
陽炎は白銀の心を読めないので白銀に話しかけるためには直接声に出すしか無いわけだが。
「毛玉ゆうな!…んー、暇やったし。」
「…。」
周りからみたら独り言をぶつぶつ呟く少年と始終無言無表情が並んで歩いている図である。
怪しいことこの上ない。
「…お前。」
「ん?」
「…人間嫌いじゃ無かったの?」
俺の質問に白銀はへらりと笑った。
「ああ。嫌いや。あ、でも女の子は別やでー?」
そういって一人頷く
「いつでもどこでも女はええなぁ?」
「…。」
「いや、なんか反応せぇや。」
(いや、なんて反応しろと?)
ー毛玉はほっとくがよい。
なあ、あれはなんじゃ?
あっさりと白銀をスルーした陽炎の指差す方向を見て俺は答えた。
「…スーパー。」
ーすーぱぁ?
スーパーマーケット。
ここら辺一帯の主婦の味方である。
今の時間帯は夕食の買い物なのか、そこそこ賑わっている。
「…入るか?」
ー入るっ!
「まあ、暇やし。ええんちゃう?
ーうわぁ!すごいのう!すごいのうっ!
陽炎は子供のように目をきらっきらさせて辺りを見回している。
「ふうん、今の時代は一つの家の中に市を入れるんやなぁ。今日は丁度市が開かれる日やったのか。」
なんだ、定期市って。
何時代だよ。
「…いや、これ毎日。」
「へぇぇ!便利になったもんやなぁ?」
感心したようにいう白銀はきょろきょろと視線を動かした。
まるで子供のような様子に俺は心の中で苦笑した。
(2人とも興奮し過ぎだろ。)
と、あるものが視界に入り、俺は足を止めた。
(…これ…。)
「ありがとーございまーす!」
「おおきに、やて。変なことぬかしよる。」
俺なんもしてへんし、と店員の最後の一言が気になるのか不思議そうに横で呟くのをぼんやり聞いていた俺の視界にふと同じ制服が引っかかった。
まあ、同じ制服ってだけならこの町にそこらじゅうにいる。
つい、見てしまったのはそいつがギラギラとした金髪をしていたからだ。
違和感がありすぎる。
もろ日本人って顔立ちだからな。
(不良か…。俺あんなやつと同一視されてんのかよ。)
嫌すぎる。
と、顔をしかめたその時俺の視界に黒いモノがよぎった。
(!?)
「おお、なんやしらんけどけったいなもんが出てきよった。」
白銀の声が心なしか楽しげに聞こえた。
金髪の真上。そこに何かが浮かんでいた。
人影のようなモノは目も、鼻も、何も無い。
ただ黒々としているだけだ。
だが、俺にはなんとなく分かった。
〝あれは金髪を見ている。〟
影はある一つの店に張り付くと、飾られていた植木鉢に近寄った。
(…まさかっ!)
俺は金髪の背中を突き飛ばした。
ガシャン!
俺と金髪の間で植木鉢が粉々に砕ける。
(あいつはっ!?)
見ると影は消えていた。
ー大丈夫か、けい!
「ってーな!何すんだよ!」
金髪が俺を睨みつけてきた。
どうやら俺が突き飛ばしたのは植木鉢に当たりそうだったからと気づいてないらしい。
「ふざけんなよ、こらぁ?」
(お前がふざけんなよ。手首折るぞ。)
やばい。理不尽な対応に俺がキレそうだ。
俺の胸倉を掴み上げた金髪を止めるでもなくへらへらしながら見ていた白銀があ、と声をあげた。
「ん?あんたは…。」
金髪の顔をまじまじと覗き込み、白銀は笑った。
「成る程なぁ。」
(?なにが成る程だ…。)
訳がわからない。
金髪も白銀のよく分からない態度に気圧されたのか、飽きたのか、俺の胸倉を離し、行ってしまった。
ーなんじゃ、あいつは!
失礼な奴じゃの!
憤慨する陽炎をよそに俺は乱れた制服を直した。
「あんたってほんま人助け好きやな。」
「別に…。」
呆れたように言う白銀に俺はムッツリと返した。
二度とやらねー。人助けなんて。
ーそれにしてもあの気配…
どっかで…。
俺の頭上で陽炎が影が消えた場所を見つめ、一人首を傾げた。