俺と学校
白銀が慧を担いでいなくなった後…。
何の気配もしなくなった社は昼の喧騒などまるで知らないとでもいうように月明かりに照らされていた。
バリバリ バリバリ
そこに音と共に2人の影が現れた。どちらも男のようである。
少し身長が低めの、先ほどから音を立てている方の影の手もとがちらりと映し出された。
ポテトチップス 北京ダック味
そのなかに豪快に手が突っ込まれ、中身を鷲掴みにする。
バリッバリッ…
ポテチをたべる音が止まり、袋を持っていた人物が社の前まで来てしゃがみ込んだ。
袋を持っている手とは反対の手が地におかれる。
しゃがみ込んだ影はすぐに顔をあげ、もう一つの影の方を振り返った。
「むぐご、むぐむぐ!」
「口の中にあるものを飲み込んでから話してください。」
黙って立っていたもう一つの影から冷静なツッコミがはいり、むごむごと口を動かしていた影は立ち上がった。
飲み込んで一息つくと話し始める。
「んー、ここでなんかあったのは確かだな。微妙になんかの力を使った後が…」
「当たり前でしょう。それくらい、見れば分かります。」
遮るように言った影がくいっと顎で指し示した方には戸が壊れた社と猩々たちがいた。
その影の声は不機嫌そうにもう一人に顔を向けた。
「ああ、それとその地面を触った油塗れの手でまた菓子をたべないように。汚らわしいです。」
手をパンパンと払った後、袋に再び手を突っ込もうとしていたもう一人の手がとまった。
「えー、俺は気にしないけど。
てか汚らしいって汚いより傷つくわ。」
「傷つくようにいったんです。」
にべもなく切り返すと、男は当たりを警戒するように見渡した。
「そんなことより社から石がなくなっていたことの方が重要では?」
男は頷きつつ袋と手を見比べている。よっぽど食べたいらしい。
「ああ、おれの結界もぶっ壊されてたしな。」
「!?若の?」
「ああ。あ!いっとくけど手はぬいてないからな。」
背の高い男は驚いた様子を見せた。しかしそれは一瞬でまた元に戻る。
「では、そこらの子どもの悪戯ではないと断定すべきですね。」
「そうだな。
そんでもう一つ問題なのは…」
グシャリ
袋を握るともう一人の男は不適に笑った。
「そいつが俺の敵かどうかだ。
…もし敵であれば、潰す。」
それを聞いたすっと男の表情が消えた。
固い声で呟く。
「…御意。」
「俺は式を飛ばして探る。
お前は俺になんか拭くものを。」
突拍子もない命令に男は訝しげにと首をかしげた。
「拭くものとは…」
「ちゃんと手を拭いてからポテチを食べる!」
「…。」
男は溜息をついて、懐からウェットティッシュを取り出すと無言で手渡した。
朝がきた。
俺はまだだるい身体を起こした。
「おはよーさん。」
「おはよう、慧っ!」
サラサラの銀髪が部屋のすみから俺をみやり、上半身にむぎゅっと幼女が抱きつく。
拝啓、父さん、母さん
新しい町で友達より先に人外の居候ができました。
…じっちゃんやばっちゃんに見られたらどうするんだ。
心の中で呟くと陽炎は得意げに胸を張って見せた。
「そんな失態はおかさぬ。心配いらんぞ。」
「…。」
昨日聞いた話だと封印具、つまりおれの場合陽炎は触れ合うことでおれの考えていることがだいたい分かるらしい。
言霊師は言葉にこめる感情の大きさで強くも弱くもなる。
なので、力を制限するためには常に主の考えていることが分からなければならないということだ。
そんなことをつらつらと考えつつ、ふと時計をみて俺は固まった。
(やばい!遅刻する!)
俺は朝ごはんを食べるために急いで部屋を出た。
白銀がいつの間にかいなくなっていたことにはまるで気づかなかった。
遅刻しなかった…
逆に急ぎすぎて、まだ誰もいない教室に俺は安堵のため息をついた。
窓ぎわの自分の椅子を引いて席につく。
まあ遅く着くより早くついた方がいいだろう。
「ここが学校なるものか。」
感心したような声を聞いて俺はさっと声のする方をむいた。
「…かっ、陽炎!?」
俺はきょろきょろと当たりを見渡した。
まだ誰も来そうにない。
それにいくらか安堵して、陽炎を見やる。
陽炎は隣の机に腰掛け足をばたつかせた。
(なんで来たんだよ?)
俺の心の中の問いにさらっと答える。
「慧と共におりたかったからのー。」
(馬鹿だろ!こんな学校まで…!)
ガラガラッ…!
「あ…。」
「…っ!」
ーなんじゃ、おなごか。
まずい。非常にまずい。
俺は恐る恐るボブカットの反応を伺った。
クラスメイトといえども敬遠されてる俺はこいつと喋ったことはない。
なのにガキ連れてきて登校とか俺のイメージどんなだよっ!?
彼女はきょろきょろと視線を彷徨わせてから、やがて口を開いた。
俺は少し身構えた。
「あ、あの!」
「…。」
「おはよ、立花くん。」
「…おはよう?」
(え、何。スルーですか。)
「あ、あのさ…。」
「…?」
「なっ、なんでもないっ!」
パチリと目が合うとすぐに逸らされた。
ああ、言いづらいのね。
たしかにこの状況、俺だったら何から突っ込めばいいかわからない。
ー突っ込むって何をじゃ?
急に話しかけられ俺は驚いた。
そうだった。こいつは心が読めるんだった。
(俺が学校に子供を連れてきてることだよ。)
心の中で呟くと、陽炎はきゃらきゃらと笑った。
「私の姿はわたしが見せようと思わねば見えぬ。」
(そうなのか!?)
それは初耳だ。
確かにクラスメイトも特にこちらを見ている様子は伺えない。
(ホントに見えてないのか…。)
ー銘は形をなす。そして私の銘は陽炎。陽炎とは〝あるかなきかの春の揺らめき〟じゃからのう。
恐れ入ったか、と笑う陽炎を尻目に俺は別の疑問が湧いた。
じゃあ、さっきあいつ(名前知らない)は何を言いかけたんだ?
隣の隣の席に黙って座っているボブカットに話しかけようとして、教室に誰かはいってくるのが見え、俺は話しかけるのを諦めた。
そんな俺の様子に陽炎が首を傾げる。
ー なぜじゃ?聞けばよかろう。
(二人きりならいいけど…あいつだって俺に話しかけられてるの誰かに見られるの嫌だろうし。
なにせ、俺、クラスの中で浮いてるしな。)
ー ふむ、よく気を回す男だの。
呆れているのか感心しているのかよくわからない口調で言う陽炎の言葉を聞きつつ俺はいつもの通りに机につっぷした。
「ふぁあ…」
いい天気だ。
(なんや、眠くなってくるなぁ。)
欠伸をしながら白銀は慧がいるであろう校舎を見やる。
そこらを見回った後、結局やることもなくここまで来てしまったのだ。
(それにしても、なぁ…)
朝からのことを思い出し、白銀は嘆息した。
(俺が封印された時とはまるでちゃうやん。建物といい、ニンゲンの様子といい…。)
「こりゃ、違いすぎて慣れんのに時間かかるで…」
思わず独り言を呟いた白銀はん?と体を起こした。
校舎の方を向き耳をすませる。
白銀は妖だ。
動物の狐よりも聴覚はいい。
「…いや、変わらんとこもあるみたいやな…。」
ある音を聞きとって白銀は木からとびおりた。そして何処か影のある笑みを浮かべると音の聞こえた方へ歩き出した。
白銀が目を向けた側…
校舎裏に、授業中だというのに派手な怒鳴り声がした。
「おい、これしかねぇのかよ?」
こんな時間に、こんな場所にいるのは天宮高校にも少なからずいる不良ぐらいしかいない。
そして、例に漏れずそこにいたのは三年の西原である。
他にも2.3人不良らしき学生がいるが一人、明らかに彼らと同じではない学生がいた。
彼はびくびくと顔をあげ、自分の財布を覗き見る不良を見上げた。
「こ、これが精一杯っ…!」
ガッ
「っうぁ!」
言い切る前に腹を蹴られた男子学生は呻いて蹲った。
「は?まじあり得ないんだけど。」
「俺らのこと、舐めてんの?佐藤クン?」
疑問系で話しながらも答えを聞く気がないのか続けざまに蹴りを入れる。
「…っけはっ…」
佐藤と呼ばれた男子学生は大した抵抗もせずに為されるがままだ。
西原はあざ笑うような笑みを浮かべながら金を引き抜いて財布を投げつけた。
「こーゆーめに会いたくねぇなら金持ってくるんだなあ?」
「そーそー。俺らだってゲーセンで遊んでる時ならお前の存在忘れてるからよぉ。」
「じゃあ、明日よろしくー」
足音が聞こえなくなってから佐藤は微かに身動きした。
「…くそっ…」
震える腕で身体を支え顔をあげる。
「……ね…」
彼らのいなくなった方を向いて彼は呟いた。
「…あんなやつらなんか死ねばいい。」
ぞわり…
陽の悪戯なのか。
彼の近くの影がゆらりと揺らめいた。
(やっと終わった…。)
いつもの数倍疲れた。
ー帰るのか?ん?
理由は隣ではしゃいでいる陽炎である。
ー何を書いておるのだ?日本の文字ではないようだの。
ーふむ、この書物が教科書か…。
まあ、ここまではよかった。
ーけい、これは何じゃ?
しばらくして陽炎が小さな手で差し出して来たのは黒板消しだった。
(!?おまっ、なにもってきてっ!)
ガタッ
思わず立ち上がりかけた俺の足が当たり机が派手に音を立てる。
「ん?なんだ、立花。」
教室中の視線が痛いくらい俺に集まった。
「…なんでもないです…。」
「授業中だぞ、静かにしろよ?」
頷いて席に座ると、再び授業が再開し、他の奴らも板書に移る。
俺は反射的に取り上げ、背中に隠した黒板消しを見てふぅ、と息をついた。
ーなんじゃ?それは大事なものなのか?
(大事じゃねぇけど。ただの黒板消しだけど。つかお前なんで持ってきたんだよ!)
ー好奇心じゃ。怒るな。
悪びれずに答えた陽炎が、あっと声を上げた。
(今度はなんだよ?)
ーそういえば私の姿は他の奴らには見えぬ。
陽炎は悪戯っぽく笑った。
ーそれ故、その黒板消しとやらは浮いて見えたであろうのう。
(なっ!?)
ガタッ
「…立花。何回私の授業を妨害すれば気が済む…。」
「……すいません…。」
ここまで回想すれば分かるだろう?俺の苦労が。
ふぅ、とため息をついて立ち上がると陽炎が首に腕を巻きつけてきた。
一応刀だからか、そこまで重くはない。
そのまま、廊下にでると他のクラスも丁度授業が終わったところなのか次々と人が出てきた。
ー帰りはいろいろ見ながら帰りたいのぅ!朝はどこも店がしまっておったし!
むふふ、と笑いながら陽炎はバタバタと足を揺らす。
背中に当たって地味に痛い。
(ちょ、暴れんなって!)
ーよいではないか…ん?
急に足が止まり不思議に思い後ろを見ると陽炎は首を回して振り返っていた。
(?)
後ろは授業が終わった奴らで騒ついている。
ぞくっ…
突然寒気がした。
急いで振り返るとちょうど男子学生が階段を降りるところだった。
(あいつが通り過ぎたからか…?)
ーふむ…、けい。あやつ何かあるぞ?
陽炎が呟いた。
言われなくてもそんな気がする。
俺は男子学生を追って階段に言った。
既に降りきったのか、男子学生はいなかった。
(もう帰っちまったか…。)
ーまあ、何かあると決まってる訳でもないしの。
なんとなく後ろ髪を引かれつつも、俺は陽炎の言葉に頷いて下駄箱に向かった。