俺と毛玉と見知らぬ幼女
はっ、と目覚めると俺は自分の部屋の床に寝っ転がっていた。目の前にある木の天井がうっすらと橙に染まっている。
(もう夕方…しかも俺の部屋…というか俺、いつ帰って来た?)
いまいち記憶がハッキリしない。
(…まど開けたっけ?)
カーテンが靡く窓を見て、とりあえず閉めようとして立ち上がると関節がギシギシ軋むようにいたんだ。とくに喉の辺りが痛む。
床で寝たからか?それにしては筋肉も痛い…。
痛みに顔をしかめていると下から声がした。
「慧?帰って来てるの?」
「あ、ああ。」
「あらっ、いつの間に…晩ご飯できてるから来なさいよ。」
戸惑いつつ、重い身体を引きずりながら俺は部屋を出た。
主が居ない筈の部屋でコトリと音がしたのに気がつかなかった。
夕食を食べ終え、階段を上っているた俺は立ち止まった。
ドン
なにか音が聞こえた。
床を踏むような音。
(俺の部屋からか…?)
耳を済ますと、確かにガタンと聞こえた。部屋の前まで忍び寄ると、話し声のようなものも聞きとれた。
(泥棒か…?)
咄嗟に人を呼ぼうと思ったが、騒いでいるのを犯人に気づかれても困る。
俺はしばらく考え、そして覚悟を決めた。
(…不意打ち上等!)
俺はバッとドアを開けた。
「…なにやっとんの、あんた。」
(…はい?)
我が物顔で布団の上に寝っころがっているのは銀髪の少年だった。
一気に、記憶がハッキリする。
「…さっきの狐…!」
「けいー!」
(うっ!?)
ドンと膝あたりに衝撃を感じて見下ろしてみると着物の幼女がいた。
さらさらの長い黒髪に白地に金の模様の入った着物。
こんな幼女、知らない。
「…だれ?」
銀髪の少年の呆れたような視線と、見知らぬ幼女にひっしと抱きつかれたまま、俺はしばらくフリーズしていた。
「聞いてたと思うけど一応言ったるわ。俺は白面銀毛の狐、白銀。
で、こいつが」
「私は、陽炎じゃ!」
「……。」
白銀は胡座をかいて布団の上からさらっと自己紹介した。
陽炎と名乗った幼女に至っては俺の膝の上だ。
なにが楽しいのか足をばたつかせてご機嫌だ。
とりあえず…
「…なんでここにいる?」
俺は白銀に尋ねた。
幼女…陽炎は取り敢えず置いておく。
こいつはまだ信じられないが狐である上に、俺を殺そうとしていた筈だ。
白銀はわざとらしくため息をついて見せた。
「はぁ…、失礼なやっちゃなー。
俺があんたをここに運んで来たんやで?」
感謝せぇよ、と呟く白銀を俺は黙って見つめた。
「なんや、なんで運んだ、みたいな顔しとるの。」
(いや、普通に思うだろ。)
俺の疑問に膝にいた陽炎が俺を見上げて答えた。
「それはけいがこやつの契約者で言霊師だからじゃ。」
「や、言霊師は関係あらへんやろ。」
白銀がつっこむ。
いや、それよりも…。
「言霊師…?」
聞きなれない言葉に首を傾げると白銀がやれやれといった顔でこちらを見て来た。
「やっぱり知らんのかいな。」
「しょうがないじゃろ?
言霊師はすでに途絶えたのだから。」
そういうと、陽炎は続けて語り始めた。
ーむかしむかし、言霊師がおりました。
言霊師は言葉を真にする力を持っており、その力は強すぎるあまり一つの一族にしか現れませんでした。
その力を持つ一族は、強すぎる力を道具で制しつつ、皆の為に役立てようとしてきました。
しかし、周りの者はその力を恐れました。
一族は人に裏切られ、散り散りになってゆきました。
生き残ったもの達も、その力を隠し、やがて血は薄れ、言霊師は忘れ去られていきましたとさ!
ちゃんちゃん
「ちゃんちゃん、やないやろ。
それにむかしむかして…ありきたりやなぁ。」
「うるさい!黙って聞いておれ、この毛玉が!」
「け、毛玉ってなんやねん!」
言い争う2人をよそに、俺は呆然としていた。