俺と非日常
「今日は学校どうだった?」
食卓でじいちゃんにさっきとまったく同じことを聞かれ、俺は箸を止めた。
じいちゃんとばあちゃんは俺に甘い。
俺の周りの大人は基本、俺に厳しい。
たしかに物心ついたときから愛想をふりまかなかった無表情、無口な俺はまったく可愛げのない子供だったろう。
まあ、今もなんら変わらないが。
そんな中じいちゃんとばあちゃんは俺を可愛がってくれる。
しかし、今はその優しさに少し申し訳なさを感じる。
「…いつも通り。」
こんなことしか言えない自分にも腹がたつが、じいちゃんはそうか、と呟くとそれ以上追及せず、話題を変えてくれた。
「今日お前の部屋にテレビ運ぼうと思ってな。」
「…テレビ?」
「ああ、暇だろうと思ってな。」
不便と思うほどテレビをみる方ではないがたしかにあったほうが暇つぶしにはなるだろう。
「あとで運ぶの手伝ってくれるか。」
「…ありがとう。」
一言呟くと、じいちゃんはニッと笑った。
テレビは昔だれかが使っていたものらしく、少し小さめだった。
まあ、俺しか見ないから問題はない。
「これはわしが運ぶから、慧はコードさがしてきてくれんか?」
「コード…?」
「ああ、多分外の物置にあると思うんだがなかなかみつかんなくてなぁ。」
物置、と聞いて外にある小屋を思い出し、俺は無言で頷いた。
玄関から回るのが面倒くさく、縁側から外に出る。
つっかけを履いて庭の隅に行くと、俺は戸をひらいた。
ギギ…
(錆びてるな。)
一歩入ると古いものや防虫剤の独特の匂いがした。
(コードはどこだ?)
小屋の中を見渡しているとふと目の端に映ったモノに目が吸い寄せられた。
(あれは…?)
月明かりすら届かない隅の筈なのに光っている気がする。
(なにが…)
当初の目的を忘れ、モノをかき分けて近づく。
そして目の前にした予想外のモノに対して思わず言葉がでた。
「刀…?」
光っているように見えたのは刀だった。
古ぼけて埃まみれでずいぶんと置かれてから時間がたっているようだ。
(光って見えたのは気のせいか…?)
手にとるとなんてことない、ただの刀だ。
とりあえず、日本刀を持つのは初めてで持ち上げてみる。
手が埃っぽくなったのにもかまわず、鞘を掴み、ゆっくりと引き抜いた。
スラッ…
銀色の刀身は、外見の古さとは一転してまるで手入れされ続けていたかのように鈍く僅かな月光を反射していた。
(本物か…?)
刃に触れるか、触れないかのところでピリッとした痛みを感じて俺は指を離した。
ぷっくりと赤い血の玉が膨らむ。
(本物だ。)
「…治れ。」
傷を塞ぐと俺は鞘に刀を収めた。
『…は……ろ…。』
(…?今声が…?)
収めた時、何か聞こえたような気がして俺は小屋を見渡した。
俺以外のだれもいない。
(気のせいか…ってあれは…)
見渡したとき、ふと目にはいった棚に黒いものが映った。
刀を置き、手をのばす。
(コードだ。割とすぐ、見つかったな。)
コードを手にし、小屋をでた時にはもう刀のことなんて頭になかった。
だから、俺が出たあとにすうっと刀が消えたことなんて、知る由もなかった。
次の日。
(…今日も何もなかったな。)
俺は1人考えながら下校していた。
何もないと言うことは進展がないと言うことだ。
相変わらずクラスの皆はこっちを遠巻きに見ていた。
(やっぱり場所を変えたってダメなものはダメだ。)
この一週間の自分の行動を振り返り心の中で溜息をつく。
(まあ、イジメがないだけましなのか?)
そんなことを考えていると、なにやら笑い声が聞こえ、その声に現実に引き戻される。
俺は辺りを見渡した。
(昨日、仔犬を見つけたところか。)
笑い声がした路地裏に目を凝らす。
男子学生が何人かいるようだ。
ただ、話をしているという訳ではなく壁を囲むような立ち位置に俺は違和感を覚えた。
そして、微かに聞こえた音で自分の身体が強張るのを感じた。
きゃん!
つかつかと近寄って男子学生の襟首を掴み引っ張る。
「うわっ!」
予想通りの、当たって欲しくなかった光景に拳をぎゅっと握る。
「なんだてめぇ!」
さっきから喚いていた男子学生にちらりと目を向けると気圧されたかのようにすこし後ずさった。
「…何をしていた。」
俺は静かに問うた。
「こいつお前の犬かよ!?」
(…?なにいってんだこいつ。)
求めていた答えではなかったものの否定の意を込めて横に首を振る。
男子学生はあからさまに勝ち誇った顔をした。
「だったらお前には関係ないだろ?俺らがこいつと楽しく遊んでたってよぉ。」
(…遊ぶ?)
俺が俯くと後ろから肩を叩かれた。
「関係ないやつはすっこんでろ…がっ!」
俺の足は自然に動いて背後で喋ってた奴の腹に蹴りをいれていた。
「てめぇっ…ぐぁっ!」
そのままもう1人に拳を突き入れ、再び回し蹴りをすると、残りの奴らは怯えたように後ずさった。
俺の中で発散し切れない怒りがぐるぐるする。
俺は冷たく睨んで告げた。
「…俺の前に二度と面見せんな。」
「はっ、はぃぃぃ!」
這うようにして逃げる奴らをみてチクリと罪悪感が刺した。
(またやっちまった…。)
多分あいつら俺の前に出てこれないだろう…言葉通り。
くぅんと鳴き声がきこえ、俺は下を向いた。
(忘れてた…。)
昨日より傷はいいみたいだがやはり怪我をしている。
原因を思い出し、また腹が立ちそうになり慌てて自分を抑えた。
今はそれより、この子犬だ。
手を伸ばすと、子犬が後ずさる。
あれだけやられたのだ。
そりゃ、人間を警戒したってしかたない。
しかし治さないと傷が悪化しそうだ。
(呼べばくるか?)
おいで、と言おうとして俺はさっき後悔したばかりの行為をするのを躊躇った。
その一瞬のスキをついて子犬はかけだした。
「あ…。」
(あのままほっておくわけには…
ああ、カバンの中にパンがあったっけ。)
餌ならつられるかもしれないと考えて俺は追いかけた。
(割とこっちのほうにすんでんだな。ここらに来るのは初めてだ。)
子犬について来てみれば山のちかくまで来てしまった。
子犬はわりと元気良く走っていて本当に怪我してるのか疑わしかったものの、必死なのかもしれないと思い直し、追いかけている。
と、子犬は石段を登り始めた。
(こんなとこに階段…?
しかも随分古い…。)
苔がところどころはえていて人の気配がない。
階段はしばらくつづいて、少し息が上がり始めたころ、やっと目の前が開けた。
そこにはこじんまりとした神社があった。
(ここにすんでんのか。)
子犬は社の下に入り込んでしまった。
カバンからパンを取り出すと、置いてみる。
(しばらくは出てこないかもな。)
待ってる間に社を見て回ることにした。
随分と古い。
鮮やかだったろう朱の鳥居は剥げてもとの木がでてしまっているし、社自体もところどころ朽ちている。
(戸があいてる…。)
少なからず興味が出て、俺は申し訳程度に置かれた賽銭箱の横を通り過ぎると中にはいった。
ギシギシ軋む床に戻ろうかと思ったもののすこしだけと思いそのまま行く。
中にはポツンと石がおいてあった。
(石を信仰しているのか…?)
そういうのがあると聞いたことはあるが、どうも大切に扱われている感が無い。
(こんなに、汚れて…。)
石に触れた瞬間。
どくん
掌に痛みを感じた俺は飛びのいた。
(っつう!?)
まるで火傷をしたかのような痛みに俺は顔をしかめた。
しかし掌を確認する間もなく、目の前で驚くべきことが起きた。
(石が動いている…!?)
石はゆっくりと動き、パキパキと表面が崩れ落ちた。
「…っ!?」
そして中から出て来たのは、銀色に輝く毛をもったキツネだった。
(なんだこれ!?
こいつなんだ?ていうか何処から!?)
1人動揺していると、キツネはこちらを見やり、くるっと宙返りした。
と、そこには銀毛の自分と同じくらいの少年が立っていた。