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紅い約束と契約の楽園  作者: 綾野柚月
第3幕 桜花の月12日 ラウファレナ
8/23

墓標

 ラウファレナは頼りにしていた兄を喪い、とうとう最後の王族となってしまった。

 けれど、彼女はもう泣いたりはしていなかった。

 泣き虫な彼女ではあったが泣いている場合ではないことは重々承知していたし、『エルドーラ』という重圧が、彼女に肉親の死を嘆き、これ以上悲しみに身を任せて泣くことを許さなかったからだ。最愛の兄たちの死の衝撃から立ち直る時間すら与えられず、彼女はたった独り、最後の『エルドーラ』として巨大なディスルの猛威と対峙することになってしまった。


 亡命することも叶わなかったエルドーラの民たちは、最後に残された小さな王女に縋りつくのだろう。彼らにとって唯一の拠り所であった王家に縋るしか術は残されていないからだ。

すぐに、彼らは知ることとなるだろう。

 王家にはもはや民を護るどころか、自らを護る力すらないことを。今までディスルとの関係に甘え過ぎて、『約束』を過信して、自身を護る術を備えてこなかった王家の失策を。

そして彼らはその怒りの全てを、残された最後の王女に、敵の将たる王子へぶつけることになるのだろう。


 強欲な権力者によって引き起こされた戦渦は、彼らの目論見通り半島の端の国を滅ぼし、掌握しようとしている。



 ラウファレナは次兄の遺体を王家の墓に埋葬する時、自分の腰まであった長い髪も肩のあたりで切り落とし、一緒に棺に入れた。


(もう、私も死んだのよ………)


 中庭の花壇に、一足早く咲いた花を一抱えするほど摘み取って、彼女は自分たちの墓標に供えた。


「―――セリス」


 ラウファレナは墓標に供えられた可憐な花をじっと凝視したまま、傍らに立つ少女に告げた。


「貴女は今すぐここから発ちなさい」


 その口調があまりにも静かであったため、セリスは何を言われたのか分からなかったかったらしく、ぼんやりとラウファレナの背中を見つめていた。


「ロドニアは降伏したのよ。ロドニアの公女である貴女がこれ以上ここに留まるのは不自然よ」

「でも、私は――!」

「こうなってしまった以上、私たち今までのような優しい関係でいることは立場が許さないのよ。貴女にだってそれくらい分かるでしょう? 今やロドニアはエルドーラにとっては敵国なのよ」

「でも、私は絶対にラウファレナの敵になったりはしないわ! ずっと、一緒だったじゃない……、最後まで、一緒に」


 セリスはラウファレナの腕を掴んで懇願した。彼女の瞳は至って真剣で、決意に嘘はないのは明らかだ。

 内心、ラウファレナはセリスの気持ちが、泣きたくなるほど嬉しかったし、有難かった。だからこそ、これ以上自分たちは同じ運命を共にするべきではないと思った。


「馬と護衛を用意しています。それに乗って真っ直ぐ祖国へお帰りなさい」


 親友の手を力ずくで振りほどく。その勢いで、セリスは態勢を崩して地面に倒れ込んだ。


「嫌よ、私は此処に居て最後まで貴女と一緒に戦うわ! お願い、私も貴女を護る盾の一つに加えてちょうだい!!」


 涙ながらに訴えるセリスにこんな冷たい態度を取って良心が痛まないはずはなかった。彼女の友情が、優しさが、痛いほどに伝わってくるのが分かる。だから、本音を言ってしまいたくなった。本当は、ただ貴女に生きていてほしい。恋人(アディマーグ)が生きているなら、その彼のためにも生きていてほしい。こんなところで、既に未来のない自分と心中なんてしてほしくない。そしてせめて、結ばれることのなかった自分たちに代わって、貴女たちにはどうか、幸せになってほしいだけなのだと。


 けれど、セリスの性格を知っている手前、そんなことを言えはしなかった。言えばどんなに説得したとしても彼女はここに残ると言って譲らないだろう。死しか残されていない自分を置いて、己だけ幸せになどなれるはずがない、そう言いだすのは聞くまでもなく分かっていた。


 これ以上、優しい親友の泣き顔を見るのが辛すぎて、ラウファレナはわざと突き放すように最後の言葉を告げた。


「夕刻までに王宮から出て行きなさい。従わなかった場合は貴女を敵国の間者として扱うことになるわよ。――一刻も早くここから出て行って!!」


 セリスが大きく息を飲むのが気配で分かる。そして駆けだしていく。足音が遠ざかる。

 あんまりな言い方だとラウファレナは我ながら思ったが、そうでなければ彼女は何時までも此処に留まっただろう。

 振り返って、先ほどまでセリスがいたはずの場所に目を落とす。当然ながら彼女の姿はない。その事実にラウファレナは安堵し、同時に彼女を傷つけ、最悪の別れ方をしたことに対する自己嫌悪に陥る。


(きっと、これでよかったのよ……)


 恨まれたかもしれない。でも後悔は全くしていない。今後もきっとしないだろう。

 ラウファレナはぼんやりと周囲を見渡した。漸く春めいてきたこのあたりの花壇にも、ささやかながら蕾が膨らみ始めている。一足先に花開いた中庭の花壇の花は、先ほど摘み取ってしまったから、残っているのは蕾ばかりだ。

 しかし、この蕾たちは春の訪れに花を咲かせることなく、戦火に焼きつくされてしまうだろう。そして可憐な花よりももっと鮮やかで禍々しい大輪の炎の花が、王宮の至るところに咲き乱れるのだろう。

 

 ラウファレナはその花園から親友を遠ざけることができて、少し心が軽くなる自分を確かに感じていた。


(大好きな、優しいセリス。貴女にはこの先の未来でもどうか笑顔でいてほしい)


 楽しかったロドニアでの幼年時代。両親や兄姉のいない見知らぬ土地で穏やかに過ごす事ができたのは、何時も側に居てくれた優しくて明るいセリスの存在があったから。グラナートと出会うきっかけをくれたのも彼女だった。

 きっとセリスが思っている以上に、ラウファレナは彼女のことを大切に思っていた。


「さようならセリス……どうか幸せに……」


 親友が去っていった方角をじっと見つめて、ラウファレナはそっと微笑んだ。



 その未来に幸多いことを心から祈って。



 

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