孤独
姉の姿が見えなくなるまで見送ると、ラウファレナはすぐに部屋に戻って扉を閉め、そして鍵をかけた。
もう、誰にも会いたくなかった。
独りになりたかった。
これ以上誰かに会えば、折角の決心が揺らいでしまう。心が折れてしまう。
王宮内では残留を決めた騎士や兵士たちが慌ただしく走り回っている。もうディスル軍は王都の側まで来ていて、間もなく完全に包囲されてしまうだろう。このまま勝ち目の全くない戦闘に突入するのは時間の問題だった。
(ここに残ることを決めたのは自分自身なんだから。ディスルの軍が突入して来る前に、これ以上無益な戦火を広げないためにも、潔く自決するって、王女として、恥じない最期を……)
ラウファレナは姉から渡された毒薬の入った小瓶を握り締めた。そう、決意したはずなのにすぐに彼女のなかの別の声が彼女に抗議する。
(私はまだ若いのよ、こんなところで死にたくない。やりたいことだってまだまだたくさんあるわ! 私だって世の中の他の女の子と同じように愛する人と、グラナートと結ばれたい、そうでしょう?!)
姉の最後の言葉を聞いてから、抗議する少女の声はますます大きくなった。
(何を言うの? 私は誇り高きエルドーラの王女なのよ。これは王族の務め、わかっているでしょう?)
それをエルドーラの王女が厳しく窘める。
二人はこの悪夢が始まった時に彼女の中で分裂した、もとは一人の少女だった存在だ。
(貴女は誰なの? それが分かれば為すべきことは自ずと知れるはずよ)
(結局貴女は誰? どうしたいの?)
彼女たちは矢継ぎ早に問いを重ねる。
「私は……、私は……………!!」
ラウファレナは頭を抱え込んだ。
心が二つに裂けてしまいそう、いやいっそ裂けてしまえばいいと思った。そうすれば、こんなに苦しまなくてもいいのに、と。
「助けて、ねえ、何が一番正しいの? 一体私はどうすべきなの? どうしたらいいの?」
問いかけの声に答えず、彼女たちは非情にも決断を迫ってラウファレナを責め立てる。
((―――――貴女は、誰なの?))
「嫌よ、嫌! ……こんなのもう無理、助けて、グラナート!」
ラウファレナがその名を叫んだ途端、少女たちは弾かれたように肩を震わせて口を噤んだ。
「悪い夢だって言って、全部悪夢だって!! お願いだからそう言って側にいて、抱き締めていてほしいの、グラナート、グラナート……、グラナート!!」
狂ったように恋人の名を連呼しながら泣きじゃくるラウファレナに、少女たちは静かに囁きかけた。
(でも貴女は選ばなければならないわ、私か、王女か。どちらかの立場しかないの。もう時間もないわ)
(もう逃げ場もないのよ、多分王子もそう。彼が此処に来るのはそうするしかなかったからのはず。彼も逃げ場はない。そして、誰も助けてなんかくれないのよ。救いの手を振り払ったのは貴女自身のはず、観念なさい)
容赦のない声たちに促されるように、ラウファレナはゆっくりと顔を上げた。
「―――――私は………」
ラウファレナは震える声で呟いた。
虚ろな視線を宙に漂わせながら。
ねえ、わたしは だれ?