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十五 連なり

「ふーん、これはデスねー。たしかに元気になるおくすりがはいってますネー」


 独特のなまりをまじえて天狗は言った。少し言葉に慣れたのか、前より独特のなまりは消えているが流暢とは言い難い。その手には、唐菓子を持ち、口をもごもごさせている。健が持ってきたもので、昨夜、夜食として部屋に置いてあったものだ。

 

 場所は、天狗の住む山と言われる場所の、まさに天狗のいるあばら家だった。外見は襤褸だが、中はこの天狗こと異国人『さんぜるまん』が工夫しているため、随分暮らしやすくなっている。冬に備えてだろうか、家の中には、あちこち獣の毛皮が置いてある。奇妙な弓のようなそうでないような武器が置いてある。それでとったのだろうか。

 剥ぎたての皮は壁で乾かしてあり、その中身は竈の鍋の中でぐつぐつ煮えていた。「なんで、俺が」とぶつぶつ言いながら、風彦が鍋をかき混ぜている。文句を言いながらも、風彦の耳はぴくぴくと動いて外の様子を探っているようだ。見た目は全く駄目な奴だが、存外使える男だと健は誰よりも知っている。


「効用は強いのか?」


 健は、さんぜるまんに聞く。


「それほどでも。といいたいのデスが、こちらではめずらしいモノなので、シゲキが強いでしょうねー」


 にやにやと髭面を歪めてさんぜるまんが笑う。


「ここらでジセイするショクブツではないので。カラワタリの品デスねー」

「唐渡ねえ」


 すなわち交易品だ。


 そうなると、千草は違うよな、と健は薬を持った候補に打ち消し線を入れる。彼女には、それなりの禄を与えているが、それを買えるほどではない。

 何より、あの音橘姫を可愛がっている千草が、唐渡の薬を盛るなどやるはずないと考えていたのだが。


 健は首をひねった。正直、人選は厳選したつもりだったのに、こうもたやすく他の手が介入されると面白くもない。なにより、今回盛られたものが媚薬だったが、それ以外のものであれば、こんな騒ぎではなかった。


 さんぜるまんは媚薬入りの唐菓子が気に入ったらしく、残りのものを口に入れている。刺激物に強いらしく、この天狗はこんなものちょっとした嗜好品程度なのだろう。


「おおい、さんぜるまーん。それ食べたら、前の続き教えてくれよー」


 健が頬杖をつきながら言うと、さんぜるまんはあわてて唐菓子を口に放りこんで飲み込んだ。慌てて入れたため、喉につまったらしく、割れた茶碗に白湯を注いで呑みこんだ。

 実は本題はこちらだった。

 この男は、健の知りたい学をたくさん知っている。


「もう、せかさないでくださいねー。ちゃんとジュギョウのつづきはしますから」

「ああ、頼むぜ」


 さんぜるまんは茶碗を床に置くと、平べったい木の板を目の前に置く。小枝を炭にしたもので、奇妙な絵を描く。人の形をいくつも描き、それを線でつなぐ。つないだ線の下にまた線を伸ばすとその下に人の形を描く。上二つの人は、男と女を示し、その下には子どもという形を取っている。


「ヒトはオヤからはんぶんはんぶん、そのヨウソをもらっていいます。カミやハダ、ガイケンのトクチョウのほかに、時にビョウキもうけつぐというのはいいましたよねー」

「ああ」


 さんぜるまんの知識は健の知らないものが多すぎる。それを全部理解するためには、健の知識は足りないし、さんぜるまんの言葉の壁もあった。

 ようやくここまで理解できるようになった。何か月、何年必要だったろうか。


「カタオヤのヨウソを受け取ることで、ビョウキがでるバアイ、男女でちがいがあるときもありマス」

「同じ兄弟でも男児のみ引き継ぐ病気もあるんだよな」

「ええ。そういうものもありマス」


 反すうするように健は聞く。自分でも不思議なくらい真面目に聞いていると思う。


 当たり前だ。ずっと昔から疑問に思っていたことの答えが導かれようとしているのだから。


 健は男を表した絵を丸で囲む。その下に繋がる子どもの絵にも丸をつけて、さらにその子どもの横に新しい絵を加えてつなげて子どもを下に付け加える。


 最初の男の絵と次の子どもの絵、さらにその下の子どもの絵をすべて丸で囲む。


「丸で囲んだ人間がすべて男であるとして、そいつら全員が同じ病気になった場合、原因は最初の男親ということで問題ないか?」

「かならずではありませんがかなりカクリツはたかいデス」

「じゃあ、これならどうだ?」


 健はさらに上に男の絵を描く。しかし、それだけは丸で囲まない。


「この最初の男は病を持っていないとなると」

「なるほど」


 さんぜるまんは面白そうに髭を撫でると、炭をつまんだ。丸で囲んだ男をかつかつと叩く。


「そのバアイ、トツゼンヘンイがおきたとカテイされますねー」

「なんだよ、とつぜんへんいって?」

 

 さんぜるまんは理解したと思った頃に新しい言葉を増やしてくる。これだから、律儀に話を聞かなければ理解できないのだ。


「そのまま、とつぜん、そこからイジョウがおきることデスよ」

「……とりあえず理解したことにしておく。ほかには?」


 もう少しで聞きたいことにたどり着きそうなのだから、と健はそう言ってごまかした。さんぜるまんは少し残念そうな顔で続ける。


「ほかには、といわれましても。ゼンテイからくつがえるのですが」


 さんぜるまんは、始祖の男から引いた線を指先で消した。そして、母となる女の横に新しい男の絵を描くと、それから線を引いて、子どもへとつなげた。新しく描いた男の絵には、病気持ちの証として、丸で囲まれていた。


「ショウジキ、トツゼンヘンイよりずっとカクリツがたかかったりします」

「……そうだよなあ、やっぱそうだよなあ」


 健の中には、わかりきっていた問題の答え合わせに過ぎなかった。


 でなければ、健はわざわざ見捨てられた皇女を妹背にしようとは思わなかっただろう。


 いや、それ以前に、自分がこのように育てられる理由もなかっただろう。


「最悪だぜ、くそ婆」


 健は、吐き捨てるように言った。


 そして、今も手の上で踊らされているようでたまらなかった。



〇●〇


(うわーーーーーーー)


「姫さま、少しは落ち着かれては」


(いやあああああああ)


「姫さま……」


 呆れた千草の声がずっと聞こえているが、音橘にはそんな余裕はなかった。


(私は一体なにを)


 そして。


(なんで、あんなに抱き着いて寝ていたの!?)


 目覚めたときのあまりの衝撃が未だ消えず、上掛けの中にくるまりもがくしかできなかった。



遺伝のことについて知っているかたは、あれ? と思う表現がそこらにありますが、お話上問題ありません。

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