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戦火の少年

作者: 神風

人間の屍が野の面を糞土のように覆っている。刈り入れる者の後ろに落ちて、集める者もない束のように。(エレミヤ書第九章)





──アメリカ

サンディエゴ沖 サン・ファゼノ島






「ふわぁっ!」



酸素ボンベの管を口から外した時、思わず大きな声を出してしまった。


気付いた後に、慌てて周囲を確認する。


幸にも誰も周りにはいなかった。



「危ない危ない。慎重に、ケアフルに行かないと」



そう独り言を呟くと、茶髪の少年は背負っていた酸素ボンベを砂浜に置いて、かけていたゴーグルを外した。


太陽はすでに地平線に浸かり始めており、サン・ファゼノ島の砂浜はオレンジ色の夕日に包まれている。


綺麗だなぁ、とか感想を抱きながら、茶髪の少年は泳ぎながら抱えて持って来た防水加工の大きめのカバンを開いた。


中には必要な道具が一式揃っている。


灰色の防弾チョッキ、この世に一つしかない特製拳銃、弾丸とマガジンがいっぱい、そして一番“肝心”な“アレ”



「うん、忘れ物はなし」



そう言うと少年は、薄生地の黒い特製潜水スーツの上から灰色の防弾チョッキを来て装備を身につける。


そして先ほど降ろした酸素ボンベとカバンを近くの草村に隠した。


これで人がいた痕跡を消す…のだが、後を振り返ると、そこには砂浜を歩いた少年の足跡が点々と続いていた。



「まぁ…こればっかりはどうしようもないしなぁ」



とりあえず足跡は無視しておくことにした少年は、呼吸を整え目を閉じて、灰色の防弾チョッキに包まれた胸の前で静かに十字を切った。


そして心の中でつぶやく。



──願わくば、神の御加護のあらんことを・・・



それが終わると、少年は目を見開き自分に気合を入れて、手に持った特製拳銃に軽いキスをした。いつもの願掛け。



「さて、お仕事といきますか」



そして不敵な笑みを浮かべて少年は、妖しい夕日に包まれるサン・ファゼノ島の中心部へ慎重に歩を進め始めた。






──6時間前 イタリア

ローマ・バチカン



薄暗い大聖堂、空気は静寂で、異様に冷たい。



「むぅ」



大聖堂の広い宗教色の濃い空間のただ中で、まだ年端もいかない茶髪の少年は小さな頬を限界まで膨らませていた。


その少年の前には宗教服に身を包み車椅子に腰掛ける老人が、その老人の横には神父の服を着た若い青年が立っていた。



「むぅ!」



先ほどよりもさらに頬を膨らませる少年を見て、車椅子の老人が口を開いた。



「何か機嫌が悪いのかい?ヴァレリア」



「当たり前だよ!今日は修道院のおねぇさんと一緒にスペイン広場で買物する予定だったのに、せっかくの予定がおしゃかだよ!」



“ヴァレリア”と呼ばれた少年が、大きな声で車椅子の老人に抗議するのを聞いて、老人の横に立っていた青年がピクリと眉を動かした。



「二週間前から約束してたんだよ!どうしてくれるのさ!おねぇさん、今月は今日しか休みがなかったのに!ラジョーロじぃちゃんが急に呼び出したりなんかするから!」



「おい、ヴァレリア……司教様の前では口の聞き方に気をつけろ」



青年はそう言うと、小動物ぐらいなら殺せそうな眼力でヴァレリアを睨みつけた。


なんか、殺人鬼とかがするような目だった。


先ほどまで元気に騒いでいたヴァレリアが急に大人しくなる。



「な…なんだよぉ…ちょっと文句言っただけじゃんか…」



「いくら戸籍上は司教様が貴様の養父だとしても、それ以前に貴様は法王陛下に仕える一カトリックだということを忘れるな。組織の一員なら、その礼儀をわきまえろ。それに以前から貴様は…」



青年がさらに説教を続けようとした時、横にいた車椅子の老人が手を出してそれを制した。



「よいよい。そんなに責めてやるな、ロン。遊びたい年頃なのだ。それに、子どもはこれぐらい元気でなければならん。健全な証拠ではないか。寛容に見てやれ」



「…わかりました」



老人に咎められ、青年が黙り込むのを見ると、さっきまで怯えていたヴァレリアは一気に元気さを取り戻した。



「そ、そうだよ!子どもは風の子なんだから、頭ごなしにしかっちゃ駄目なんだからね!石頭は嫌われるよ、ロン!」



「…黙れ、殺すぞ」



「ゴメンナサイ」



再び怯えて黙り込むヴァレリア。


そんなことはよそに、老人が話を切り出した。



「いきなり呼び出してすなかった、ヴァレリア。だけど、大事な用事なんだよ」



「…まさか、“お仕事”?」



ヴァレリアの反応を聞いて、老人は少し不気味な薄ら笑いを浮かべて言った



「ふふ…相も変わらず勘がするどいな、ヴァレリアは。そう、仕事が入ったんだ。とっても大事な仕事がね。ロン、説明してあげなさい」



「……“こと”が起こったのは今から1時間前だ。


アメリカ西海岸の主要都市、サンディエゴの沖合8キロに浮かぶ小さな島“サン・ファゼノ島”の教会で地元の名士が主催するパーティーが開かれていた。パーティー参加者は地元住民とローマからの友人で全員合わせて46名、全てがカトリックだ。

現地時間午前11時、パーティーの最中に“何者かの”大型船舶がサン・ファゼノ島に強行接岸し、その船から上陸した武装集団によって島全体が占拠された。


パーティーに参加していたカトリック全員が人質にされ、船にのって逃げ出そうとしたパーティーの準備を請け負っていたサービス会社の社員たちがTOW(有線式対戦車ミサイル)で船ごと吹き飛ばされた。


武装集団の詳細はイスラム反米過激派“赤い信仰”の実行グループ約30名、事件発生後騒ぎを聞き付け電話で接触を試みたサンディエゴ市警に対し身代金15億ドルとキューバ・グァテマラ刑務所に拘束されている全ムスリム(イスラム教徒)の釈放を要求している。現在州兵及び市警1500名、海上艦艇30隻以上、ヘリ10機を動員してサン・ファゼノ島を厳重封鎖している状況だ」



「それならアメリカに任せとけばいいじゃん。アメリカの対テロ特殊部隊は優秀だし、9.11以降初のアメリカを標的にした大規模テロなんだからアメリカとしても自分達の手で片付けたいでしょ」



「我々も、ここまでなら文句は言わん。だが、そうもいかなくなった。


事件発生から30分後、“赤い信仰”から人質五人を射殺したと通告があった。


そしてこれが通告直後にとられたサン・ファゼノ島の衛星写真だ」



そう言って青年はポケットから一枚の写真を取り出し、ヴァレリアに手渡した。


その写真を見てヴァレリアはにわかに顔をしかめる。


それは教会前広場の拡大衛星写真で、広場の中央部には殺された五人のカトリックの死体が整然と並べられており、その周りの地面には恐らく殺されたカトリックのものであろう大量の血を使ってアラブ文字でこう乱雑に書かれていた。




《アッラーは偉大なり。ユダヤとカトリックは地獄に堕ちろ》




「これはこれは、素敵な宣戦布告だね」



「そうだこれはやつらの宣戦布告だ。ローマ教皇庁“正義と平和評議会”は一連の行動をローマ・カトリックに対する挑戦だと断定し、法王陛下の名に於いて我々に“神罰の代行”を遂行するように命じた」



「それで、僕に“神罰の代行”の役割が回ってきたわけですか……でもさ、事件はサンディエゴで起きてるんでしょ?“僕の同業者”はアメリカにもいるんだから、そっちに任せたほうがいいんじゃないの?」



「我々はお前にチャンスを与えてやろうとしているだけだ」



そう言って青年はポケットからもう一枚写真を取り出し、ヴァレリアに見えるよう掲げてみせた。その写真には一人の中年男性の姿が写っていた。



「チャンスって……あっ!その写真の男…!」



「“ハッサン・アハブ”、出生地、年齢、親族全て不明。2003年のゴラン高原カトリック慈善団体拘束人質事件の首謀者。国際テロリストだ」



「覚えてるよ…ゴラン高原の事件の時は、僕が“神罰の代行”を遂行したもん。でも、しくじってこいつを取り逃がした…こいつは逃げる直前に、下品な笑いを浮かべながら僕の目の前で人質の10歳の女の子の脳味噌をAKで吹き飛ばしたんだ」



ヴァレリアの話を聞いて、今度は老人が口を開いた。



「そう、あれはヴァレリアが唯一失敗した任務だった。だからリベンジの機会を与えたのだよ。今回のサン・ファゼノ島を占拠したテログループ“赤い信仰”にはアハブが参加している。恐らくこの事件の首謀者はアハブだ。…あいつを仕留めるチャンスだぞ、ヴァレリア」



「…《アッラーは偉大なり。ユダヤとカトリックは地獄に堕ちろ》…不自然だよね、普通のイスラム反米過激派なら“ユダヤとカトリック”じゃなくて“ユダヤとアメリカ”か“ユダヤとキリスト教”って表現するはずだよ。わざわざ“カトリック”なんて言ってるのは僕達を…いや、“カトリックを護る義務”を負っている僕を誘き出そうとしてるんだよ」



「ゴラン高原ではアハブも多くの味方を失った、アハブにしてもヴァレリアは仇というわけだな。これはアハブのヴァレリアに対する挑戦か…ともすれば、どうするね?」



「……うす汚れた異教徒共の挑戦を引くわけにはいかないね」



そのヴァレリアの答えを聞いて、老人は満足げな笑みを浮かべた。



「よろしい、では今すぐアメリカに飛んでもらおう。我らが神につけあがった代償を、アハブには払ってもらわんとな」






──アメリカ

サンディエゴ サン・ファゼノ島



「ひぃ ふぅ みぃ…三人か。なんだか物足りないなぁ」



ヴァレリアは草村に隠れながら、石畳の小洒落た道を進む三人のテロリストを睨みつけていた。



「無線で連絡取り合ってるワケでもなさそうだし、ちゃっちゃと片付けますか」



そう言ってヴァレリアは銃を構えようとしたが、サイレンサーもサプレッサーも付いてないことを思い出して、やっぱりやめた。相手に自分の居場所を教えるにはまだ早い。


バチカン特製の強力拳銃“アウグストゥス”は口径10mm×70、重量6キロととても普通の少年には扱いきれるようなものではなかったが、それも“普通の少年”ならだ。ヴァレリアは“普通の少年”ではない、彼は…



「よっと!」



ヴァレリアは掛け声と共に草村から飛び出し、前を行く三人のテロリストに襲い掛かった。


テロリストが物音に気付いて振り返る前に、手に握った拳銃を一番後のテロリストの後頭部に叩きつけた。


頭蓋骨が潰れる不気味な音がする。


その音に気付いて前の二人がこちらを振り向いた瞬間、ヴァレリアはテロリストの襟元を掴み前の二人に放り投げた。


一人はとっさにかわしたが、もう一人は間に合わずもろに衝撃を受けて後方に倒れ込み、その際後頭部が石畳にぶつかる鈍い音が響いてそれきり動く気配は無くなった。


残った一人はワケのわからない怒号を吐きながら手に持ったSMGをこちらに向けている。


が、ヴァレリアはサラっと距離を詰めると相手に攻撃する暇も与えず左頬に思いっきり拳を叩きこんでやった。


するとテロリストはあっけなく倒れ込み、動かなくなった。テロリストの首が妙な具合いにねじれていたが気にしない。



「みっしょんこんぷりーと!」



いや、まだ早い。テロリストはあと少なくとも20人はいるわけだからまだまだこれからだ。


ヴァレリアは、首謀者であるアハブはゴラン高原の報復の為、自分を誘き出す為にこの事件を起こしたと思っていたが身代金やグァテマラにいる仲間の釈放もまた、達成目標としていると確信していた。


アメリカはテロリストの要求を飲まない…きっと身代金も釈放も、最終的には拒絶するはずだ。いまは身代金を払うとか釈放するとかほのめかして時間稼ぎをしているが、必ず拒絶する。


もしそうなれば、人質は皆殺しだ。殺される。ゴラン高原の時のように。あの時、アハブはあの少女を殺す前に他の人質を皆殺しにしていた。あいつは躊躇しない、きっと今回もそうするはずだ。



──急がないと



その時、倒したテロリストの体からノイズ混じりの声が聞こえてきた。



『ムハンマド。そっちの様子はどうだ、異常はないか?』



敵からの無線連絡だ。これはヤバイ。



『おい、ムハンマド、応答しろ!』



敵の振りをして出るワケにもいかない。子どもと大人の声ぐらいテロリストも聞き分けられるだろう。



『何かあったのか?!クソ!』



そこで無線が切れた。



「…これはマズイ」



ヴァレリアはやっちゃったよとか思いながら落胆した。ちょっとバレるのが早すぎる。


とりあえず三人のテロリストの死体を隠そうと思ったが、そこでヴァレリアは閃いた。



「そうだ、何も焦ることなんてないじゃんか」



そう独り言を言うとヴァレリアは“ある物”を取り出した。






──サン・ファゼノ島中心部

サン・ファゼノ教会礼拝堂



礼拝堂には人質が集められていた。全員目隠し猿轡をして両手足を縛られながら礼拝堂の床に座らせられている。


そしてその周りを数人のテロリストがSMGや突撃銃を抱えながら取り囲んでいた。


礼拝堂の中心で椅子に腰掛けながらキューバ葉巻を吸っている男が、ハッサン・アハブ。この事件の首謀者。


そしてアハブの前をウロチョロしている男はサリム・アルキンディ、名目上は“赤い信仰”の実行部隊指揮官である男だ。


アルキンディは悲鳴にも似た叫び声をあげた。



「くそ!何時になったらアメリカは身代金を払うんだ?!もう7時間経つんだぞ!!アハブ、もう二人人質を殺そう、アメリカは俺達をナメてるぞ!」



アハブはゆっくり口から葉巻の煙りを吐きながら言った。



「好きにしろ。俺はどうでもいい」



その時、アハブの胸に付けてあった無線機から声が飛び出た。



『アハブ!ムハンマドを見つけた!』



「どうなってた、居眠りか?」



『いや、殺されてる。ムハンマドの分隊三人共がだ。それと、ムハンマドの顔が刃物かなにかで切りつけられて、メッセージが切り刻まれてる』



「なんてメッセージだ?」



『“ガキを殺すことしか出来ないチキン野郎”だってよ』



その瞬間、アハブの頭の中にあの時の記憶がフラッシュバックした。


ゴラン高原で、人質の少女の頭を打ち抜いた記憶。


そして自分の部隊を全滅させた茶髪の少年の姿。


無線機の向こうから銃声が聞こえた。



『?!敵だ!敵がいる!!』



そこでアハブは無線を切った。



「そうか、“アイツ”か…“アイツ”が来たのか!やっと“アイツ”が来たか!」



アハブはなぜか笑顔を浮かべて、声を張り上げた。



「3年間だ…この3年間、この時を、“アイツ”を待っていた!あの血生臭いガキにようやく再会できるんだ!あぁ、アッラーよ、貴方の敵を打ち倒す機会をこの私めにおあたえくださり、ありがとうございます!」



歓喜驚嘆するアハブを見て、アルキンディが鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして尋ねてきた。



「アハブ、敵か?敵が来たのか?というか、“アイツ”って誰だ?」



「“アイツ”だ!!3年前、ゴラン高原で俺の部隊を皆殺しにした、あの悪魔のようなガキだ!!“アイツ”が来た!」



「お前が前に話してたやつのことか?!」



「そうだ!」



アハブはそう言うと、近くにいた部下に命令した。



「全員に伝えろ!総員出撃だ!全員で“アイツ”を叩き潰す!」



「お、おい!それはやりすぎだろ?!陽動かもしれないんだぞ、それに相手はただのガキだろう?」



「ただのガキだと?“アイツ”はそんなもんじゃない、“アイツ”は化け物だ!」



「化け物?」



「我々イスラム教にアサシン暗殺教団が存在するように、ローマ・カトリックにも唯一の“戦力”が存在する。世界中のカトリックを守護し、その驚異を排除する者…バチカンの特務組織、“Camael(殺戮天使)”…“アイツ”はそこの最終兵器だ!

バチカンがその悠久の歴史の中で培ってきた秘法、薬物、秘儀、黒魔術…“アイツ”はそれらオカルト・テクノロジーを詰め込めるだけ詰め込んだ神秘の結晶体、最強の“使徒”!銃弾の一発や二発で死ぬ相手ではない!」



アルキンディはすでに言葉を無くしていた。



「アルキンディ、お前はここにいろ。俺は“アイツ”を狩りにいく」



アハブはそう言うと、愛用の突撃銃を手に、足早に礼拝堂から出て行った。







──サン・ファゼノ島

サン・ファゼノ庭園



「12人目!!」



草木が芸術的に生い茂り、思わずパルテノン神殿を思い浮かべそうになる純白の石柱や石像が立ち並ぶサン・ファゼノ庭園で、ヴァレリアは激しい銃撃戦を演じていた。


わざと敵に見つかってみたのたが、すると面白いように島中から敵が集まってきた。これでこちらからコソコソ動き回って敵を倒す手間が省けるというものだ。


テロリストも敵が見つかったくらいですぐには人質を殺さないだろう。もちろんあくまで“すぐには”だ。テロリストが混乱して人質を殺さないとは限らない。だからさっさとここを切り上げて人質を助けに行かないといけない。アメリカの衛星写真では教会周辺の守りが硬いらしいから、おそらく人質はそこだろうとヴァレリアは聞かされていた。



「13、14!!」



特製拳銃“アウグストゥス”が次々とテロリストの体に風穴を開けていく。


アウグストゥスから放たれる口径10mmの徹鋼弾を食らって無事な人間なんて一人もいない。


食らったテロリストは今頃苦しみ喘いでいることだろう。



その時、



──チュイン!



「?!」



敵が放った銃弾が近くの石柱に跳弾してヴァレリアの足に命中した。


だが、これくらいヴァレリアにはなんともない。


まだ孤児だった八歳のころ、交通事故で致命傷を負ったヴァレリアは、バチカンの秘法秘儀によって命を助けられたがそれと同時に“神罰の代行”を行う“化け物”へと生まれ変わった。


化け物であり最強の使徒であるヴァレリアには超人的な身体能力、回復能力、空間認識能力、反射神経、動物的直感などを持ち合わせており、それこそ半端なテロリストごときが倒せる相手ではないのだ。



「15、16、17!」



もはや敵は半数以下に減っている。こちらもマガジンを四つ使い切った。残り二つ。まぁ、これだけあれば足りるだろう。


と、その時、さっきまでひっきりなしに続いていた銃撃がぱったりやんだ。



「ん?むこうのおバカさんも少しは慎重になったかな?」



馬鹿みたいに銃撃を続けていては、弾の無駄遣いだし自分の位置を相手に教えるだけだ。


日も暮れて、辺りが暗闇に包まれ始めた時、北の方角から声が聞こえた。



「待ってたぞ!クソガキ!カトリックの犬が!!」



「?!──アハブか!!」



そう叫んだとき、前方の草村から三人の男が飛び出して発砲してきた。


とっさにアウグストゥスで反撃する。



「ぐっ?!18、19、20!」



敵は皆殺しにしたが、ヴァレリアの肩に一発命中していた。弾丸は防弾チョッキを突き破っている。



「ま、大したことないけどね」



その瞬間、空気を切り裂く不気味な音が耳に入って来た。


ヴァレリアはほとんど条件反射で前に飛び出した。



ドバ!!



さっきまでヴァレリアがいた場所がド派手に吹き飛んだ。



「あっぶなー!RPGかよ!」



さすがにバチカンの最強兵器といえど、あんなものをまともに食らったら多分死ぬ。


「ほんとにテロリストって野蛮だなー!」


そう悪態をついたヴァレリアは、目の前にさきほど殺したテロリストの死体が転がっているのに気付いた。


そこでヴァレリアは死体から無線機を奪い取り、無線を開く。



「アハブ!聞こえてるか!」



『?!やっぱりか?!やっぱりあの時のガキか!ゴラン高原の!』



「そうだよ!糞テロリスト!!」



ヴァレリアは無線に喋りかけながら、空になったマガジンを交換して、アハブを見つけ出す為に移動を始めた。



『再会できて嬉しいよ、イブリーズ(悪魔)!』「僕もだよ、この3年間お前を殺したくて仕方なかった」



『ははは!相思相愛というわけだ!似た者同士だな、我々は!』



「やめろ、反吐がでる。僕はお前みたいな卑劣なテロリストとは違う」



『違う?違うって、何が違う?同じだろ?唯一信じられる物は神のみ、銃をふりかざし、血を流せば問題は解決すると思ってる。お前はイエスの為に、俺はアッラーの為に、捧げる相手が違うだけ、違うのはそれだけだ』



「僕は無実の一般市民を殺したりはしない!」



その時、前方の草壁から男たちが飛び出して来た。


フルオートでSMGをブッ放してくる。


とっさに横に飛んで避けようとしたが、それでも二発くらった。


アウグストゥスを向けて反撃しようとしたら、敵は草壁の向こう側に隠れてしまった。


しかし、


クス


すこし笑いをこぼした後、ヴァレリアは草壁ごと敵を撃ち殺した。


もちろん、草壁は草でできた壁なんだから、銃弾を防げるわけがない。


しかし、敵は戦闘状態という特異な状況下で興奮し理性的な判断ができずについ盾にできるコンクリの壁と同じ感覚で草壁に隠れてしまったのだろう。


本当に、素人というかまぬけというか、救いようのない馬鹿だ。



『無実の一般市民は殺さない?無実の一般市民だと?ほざけ!カトリックに、プロテスタントに、キリスト教徒に罪をもたない者など一人もいない!男であろうと女であろうと老人であろうと子どもであろうとキリスト教徒は全員有罪だ!全員罪人だ!全員死刑囚だ!』



再び無線機からアハブの声が流れだす。



『俺はテロリストじゃない、俺は剣だ!アッラーの剣だ!アッラーに逆らい、イスラムを攻撃する罪人共を切り裂く剣だ!』



「ああ、そーですか。よかったねターバン野郎」



ホントにイスラム教徒は厄介者ばかりだなぁとため息をつこうとしたその時、右手の方から人の気配がした。


すばやく振り向いてアウグストゥスを構えると、そこには緩やかな坂があり、そしてその坂の上には三人の男がいた。


日が暮れてすこし暗いがそれでもわかる、真ん中の男はアハブだ。


しかし、ヴァレリアの目を引いたのはその右隣りにいる男だった。


男はラグビーボールが先端に付いたような形をした筒状のものを肩に抱えて、その先端をヴァレリアに向けていた。


直感でそれが何であるかわかる。


RPG(対戦車ロケット)だ。



『キリスト教徒は、死刑だ!!』



アハブの掛け声と共に、ヴァレリアのアウグストゥスと、テロリストのRPGが同時に放たれた。


距離は50メートル強、普通の人間がとっさに銃を撃っても標的に当てるのは難しい。だがあいにくヴァレリアは普通ではない、彼の放った銃弾八発はアハブこそ撃ち損ねたもののその両サイドの敵を撃ち殺した。


それと同時に、敵の放ったRPGが2、3メートル先に着弾した。


ヴァレリアは逃げようとしたが一歩遅く、衝撃をもろに食らって吹き飛んでしまった。


そして地面に叩きつけられる。



「ぐぅっ……!?」



起き上がろうとした時に腹部に痛みが走る。


見てみると腹にRPGの破片が深く突き刺さっていた。



「ここまでだな、バチカンの殺し屋」



視線を上げると、10メートルほど先までアハブが突撃銃を抱えながら近づいてきていた。


素早くアウグストゥスを向けて引き金を絞ったが、弾が出てこない。


弾切れだ。


予備マグを取り出そうとしたが、先ほどの衝撃でどこかにやってしまったようだ。



「なんだ、最後はあっけなかったなぁ」



アハブがへらへらと笑っている。なんとも不愉快な笑い方だ。



「貴様が殺されたと報告を聞いたら、バチカンの連中はどんな阿呆面をするんだろうな?」



「黙れ」



ヴァレリアはアハブを睨みつけながら、腰にゆっくりと手を回した。



「アハブ、なんで“こんなこと”をする?」



「“こんなこと”?“こんなこと”って何だ?」



「“こんなこと”だよ。なぜキリスト教徒を殺し続ける?お前はゴラン高原の事件以前からキリスト教徒を殺し続けてる、それこそ何かに取り付かれたように。なんで“こんなこと”をする?目的はなんだ?そしてそれはどれだけ“こんなこと”をすれば達成される?」



「何を言ってるんだお前は?さっきも言っただろう、俺はアッラーの剣だ。イスラムの敵であるキリスト教徒を殺すことが俺の天命だ」



「アハブ、カトリックの教えには心の底からそれが正しいという確信に基づいた行いなら、それがどんなものでも神様には咎められないってのがある。でも僕は、個人的にはどんな理由があっても糞みたいなことをするやつは糞みたいな人間だと思ってる。だからお前は糞だ。だけど一つだけ忠告してやる…


例えどれだけキリスト教徒を殺しても、アンタの家族は生き返らない」



ヴァレリアの言葉を聞いて、さっきまで笑っていたアハブの表情がいっきに固まった。



「ゴラン高原の事件の時、死ぬ直前だったアンタの部下から聞いたよ。アンタの父親と弟は中東戦争の時にアメリカがイスラエルに売った爆弾で殺され、アンタの息子はイラク戦争でアメリカに殺された」



「…黙れ」



「アンタの家族を殺したやつらの後ろにはいつだってキリスト教徒がいた。だからアンタは…」



「黙れ!!」



アハブは大声で叫んだ。その顔は限界まで紅潮している。



「黙れ!知ったような口を聞くな!お前らキリスト教徒はいつだってそうだ、善人の面を被って死と恐怖と滅びを持ってくる!恵まれた毎日を暮らすお前らに、憎しみと争いと敗北の中で生きてきた俺達の何が分かるんだ!!」



興奮して唾を飛ばしながら喋り続けるアハブを尻目に、ヴァレリアは腰にまわした手で隠し持っていたナイフを抜いた。



「何が分かるっていわれてもなぁ…お前みたいな糞野郎の考えてることなんて…わかるわけないだろ!!」



そう言ってヴァレリアは抜いたナイフをアハブに投げつけた。



「なっ?!」



アハブは一瞬驚いたが、とっさに持っていた突撃銃で間一髪、ナイフを防いだ。



「はは…これが最後っぺか?クソガキ!」



余裕を取り戻したのか、アハブはまたさっきと同じような薄ら笑いを浮かべた。


が、しかし。



「よく見なよ、バーカ」



「は?」



そう言われてアハブは視線を落とし、驚愕した。


アハブの突撃銃にさきほどヴァレリアが投げつけたナイフが突き刺さっていたのだ。



「?!」



普通なら、ありえない。



「あいにく特別製でね…」



アハブが驚愕している隙にヴァレリアはアハブとの距離を急激に詰めて、目の前まで迫っていた。



「聖遺物って知ってる?バチカンが持つ、宝物みたいなものだよ」



そう言いながらヴァレリアは突撃銃からナイフを抜き取る。



「これはその聖遺物の一つ、聖槍──ロンギヌスの槍の刃の部分を加工して作った特別製なんだ。だから鉄もこんなにサックリいっちゃう」



アハブは唯一の武器を失い、ただ立ち尽くした。



「最期に良いものみれたでしょ?」



アハブは黙り込み、何も答えない。どうやら自分の敗北を悟ったようだ。


ヴァレリアは最後に情をかけてやる気になった。



「何か、言い残すことはある?」



そう言うと、アハブが少し反応し、静かに口をひらいた。



「……アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」



そう言い終わるやいなや、ヴァレリアは何ら躊躇なくアハブの喉元をナイフで切り裂き“神罰の代行”を遂行した。


アハブから吹き出た温かい血が、まだ若いヴァレリアの体にシャワーのように降り懸かり、アハブは倒れた。


動かなくなったアハブを見て、ヴァレリアはアハブの家族もこのように死んで行ったのだろうかと思ったが、まだ人質を確認をしていないことを思い出して教会に急いだ。







──サン・ファゼノ島

サン・ファゼノ教会 礼拝堂



銃撃がやんだ。何も聞こえなくなる。日が完全に暮れてとっぷり暗闇が島を包む。


人質を監視していたアルキンディは言い知れぬ不安に苛まれていた。



「アハブ!アブドゥル!フセイン!誰か応答しろ!!」



どれだけ無線機に喋りかけても誰も応答しない。


「どうなって…?!」



ふと礼拝堂の入口に目を向けると、そこに誰かが立っていた。少し遠くてよくわからないがナイフを片手に握りしめているようだ。



「ア、アハブか?どうした、敵は倒したのか?」



「ブーー違いまーす」



「は?」



子どもの声で答えが帰ってきた。


入口にいた人影が少しづつ近づいてくる。よく見ると背が低い。


「…子ども?まさか、アハブの言っていた?!」



「せーかーい♪」



だいぶ近づいてきたからよく分かる。そこには血まみれのヴァレリアが笑いながらたたずんでいた。


アルキンディはギョッとして、銃を取り出し近くにいた人質を引っ張りだした。



「く、来るな!!それ以上近づいたらこいつを殺す!!このカトリックを殺す!」アルキンディが盾にした人ゴラン高原の時にヴァレリアの目の前で殺された少女と同じくらいの年頃の少女だった。



「うん、わかった。これ以上近づかない」



ヴァレリアは歩を進めるのをやめる。



「でも、ここからでも殺せるよ?」



「…何?」



すると突然、ヴァレリアは持っていたナイフをおもいっきり投げつけた。


先ほどのアハブは突撃銃で防いだが、アルキンディにそれは無理だった。


ヴァレリアの投げつけたナイフが、アルキンディの頭に突き刺さる。


もちろんアルキンディはそれ以上生きながらえることなく、その場に倒れこんだ。


ドサっという音が礼拝堂に空しく響く。


なんともあっけなかった。


ヴァレリアは周りを見渡したが、アルキンディの他に死体はない。どうやら人質は無事だったようだ。


そして敵も全滅した。


ヴァレリアは疲れたのか、地面に座り込んで呟く。「…みっしょんこんぷりーと…だね」







──イタリア

ローマ バチカン



「そうか、“神罰の代行”は完遂したか。それで、アハブを始末した感想は?」



『うーん、なんか…疲れたよ』



「そうか、では休んでおきなさい。後はアメリカに任せてね」



『はーい』




「…あいつは上手くやったようですね、司教様」



「うむ、あの子のおかげで善良なカトリックの命が救われた」「しかし、いつまで続くのでしょうか?」



「何がだね?ロン」



「この“戦争”ですよ。我々は悠久の歴史の中で幾度となく神の教えを広め世界をその秩序によって救おうとしてきた…しかし、それは一向に叶わず、ただ争いだけが続き、世界は何も変わっていない。中には我々の教えを悪だと断定する者達までいる」



「確かに、世界に平和をもたらす為の行為が逆に争いの火種になっている。この世で神は一人だけなのに、宗教や民族によって神の意思の解釈はマチマチだ。そういった価値観や考えの違いが争いにつながる」



「だから価値観や考えを一つにしなければならない、争いを無くす為に…」



「しかし、それはとても難しい…だが、難しいからといって諦めるわけにはいかん。この世が神の教えによって統べられ、真に平和になる“その日”まで、我々は我々に牙を向ける者達と闘い続けねばならんのだ。




例え“その日”がどれだけ遠く、その闘いがどれだけ不毛なものであったとしても、な…」

思いつきで書きました。ご指摘やご感想など寄せてください。評価して頂けたら惚れます。

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