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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第七章〈勇者の最後〉編
98/132

7―(10)「プロローグ」

 

 ――逃げられない。

 どんな事象にも絶対は存在しない以上、偶然にも逃げられるということがあるはずなのに、こいつらから逃げることは絶対にできないと、彩人は悟っていた。

 彩人はあの戦いのなか、詩織を止めることが出来なかった時点で、すでに自分にできることはなにもないと判断し、せめて余波を被らない場所まで避難していた。戦いが終わったら何食わぬ顔で合流しようと、遠くから静観していた。

 まさか志乃が折れるとは思っていなかったが、彩人はもとから戦いの行く末になど興味がなかった。死した自分を生き返らせてくれたせめてもの礼儀として、協力していただけのこと。合流しても、用が済めばさっさと立ち去ろうと思っていた。

 ようやく戦いが終わり、さて合流しようと言ったところで、それらは現れたのだ。

「……まさか、この世界軸では九十九志乃が生き残ることになるとはな。嬉しい誤算ではあるが、貴様に生きていてもらっては困る」

 女にしては凛とした声音と話し方。そこに意識がいったのも一瞬のことで、来夏より受けていた傷が癒えきっていないところが消滅した。

 いきなりのことで呻き声の出せない。いや、いきなりだったのが幸いしたのか。痛覚が痛みを痛みとして受けとることが出来なかったらしく、肩から先がごっそりなくなった、ということを客観的にしか認識できずにいた。

 遅れてやってきた痛みに顔をしかめつつ、声の主に視線を突き刺す。

 黄金色の頭髪をひとつにまとめ、ここらでは見ない制服に身を包んでいる。どこかで戦闘をしてきたのか、晒された手足には治療はされてはいるようだが、火傷の爛れが残っていた。

「まるで貴女がやったような言い方なのだけれど、実際にやったのは私なのだから、あまり格好良く登場しないでもらえるかしら。私の影が薄くなるじゃない」

 さらに背後からもうひとつ、女の声がやって来る。

 黒――。

 圧倒的な黒が背後に広がっている。志乃と比べても遜色ない――いいや、志乃でさえも凌駕せんとする存在が背後にいる。振り返ればたちまち闇に還されてしまうような、そんな黒だ。

「えー? こんな弱っちそうなんがなんだってェの?」

 まだいる。こいつはあの少女――藍霧真宵と戦っていた女だ。

「こいつの能力は本来ならあってはならないものだ。神の領域を汚す四つの能力者の一つなのだからな」

「偶然を操る程度のことを、そこまで大仰に言うことはないと思うのだけれど。私だってやろうと思えば、多分できないこともないもの」

「いいや。『凍結次元・・・・』でもそう言ったが結局できなかった」

 話している内容はさっぱりわからない。それに除け者にされるのは気に食わないが、いまほど嬉しいことはない。

 話題の中心になっているらしい偶然を操る能力を発動させ、三人が偶然地割れに巻き込まれるという事象を起こす。短い振動の後、地割れが起こったことを確認すると、『吸血鬼』の眷属の脚力を最大限に活用し、その場から離れる。

 来夏と戦ったことで対処法は心得ている。ようは気持ちの持ちようだ。自分が折れなければ偶然を確実へと昇華することも難しくない。

 だが逃げ切れる気がしない。ここで、確実に殺されてしまう。

 彩人が決めるまでもなく、そう定められているのだ。

「余計な手間を増やさないでもらえるかしら? ごみ掃除のボランティアにかけている時間なんて私にはないのよ」

 声と共に胸に腕が生えた。その手中には脈動を刻む物体が乗せられている。

 心臓――自分の、心臓。

「は、ははっ、無駄だよ。僕は『吸血鬼』の眷属なんだ。この、くらい、すぐに再生して……」

「そうだったわね。不死を殺すのはこれだから厄介なのよ」

 心臓を掴んだまま女は聞いたこともない言語を口にする。歌を口ずさむような音程を刻みながら、左手では彩人の背中に血で陣を描いていた。二重に重ねた円の間に文字を連ね、それが繋がったとき、変化が起こった。

 しかしその変化というのが彩人にはわからない。

 すでにその場には存在していなかったからだ。


 唯一残った彩人の心臓を焼き尽くすと、ほうと息をついた。

 不死殺し。超能力だとそういう能力がなければできないことだが、『魔導』を以ってすれば面倒ではあるものの、さほど難しいことでない。その面倒でさえも相手が動かなければどうということはないのだ。

 べっとりと付着した血を浄化し、振り返る。

「この程度で消えるようなのが、本当に神にも匹敵しえる能力の一つだったというのかしら? てんで話にならないじゃない」

 偶然を操るなどといっても、その偶然を蹴散らしてしまえば脅威にはならない。

 もしも心臓発作などの人間的な要因による死を演出されていたら、どうなっていたかは見当がつかない。なにしろこっちに還ってきてから力を試す機会もなく、こうして不死殺しが初めての試しだったのだ。

「たしかに十分に危険ではあるが、他のものと比べれば大したことはない。ただ、私にとって都合が悪かっただけだ」

「あらあら。なら、彼は貴女の都合のためだけに殺されたというのね、可愛そうに」

 あくびを噛み殺しながら言っても感情が籠っていないのは明白だし、やったときの生き生きした顔はなんだったのだと問い詰めたくなる。

「どうせあなたがやらずとも、この四人はいずれ死することになる。――私自身も含めて、だがな」

 諦めに近い言葉に、おもわず眉をしかめていた。

「感心しないわね。仮にもこの私様にお願いしておきながら、そうやって自己完結されるのは頼られた側としても気分が悪いわ」

「……そう言うな朱鷺代ときしろ。これまで繰り返してきた事実なんだ」

 朱鷺代と呼ばれた女性は無言で目を閉じると、指をひとつ鳴らす。すると、不意に目の前が歪み始めた。うねうねと蜃気楼のように揺れ、その歪みは見る間に大きくなっていく。

 そして唐突に空間が割れた。

 ガラスに亀裂ができて砕けるように、なにもないそこが開いたのだ。

 それは紛れもなく『門』だった。ただし志乃が開いたと勘違い・・・・・・・・・・していた崩れたものではなく、しっかりと開通された正式なものである。

「愚かな連中よね。たかだか数時間で慣らした付け焼き刃の波動で『門』が開くとでも思っているのかしら?」

 朱鷺代は呟くと、後ろの二人についてくるように言う。

 あの『門』は志乃が開いたものではない。開こうとした場所も規模も違えば、そもそも魔獣を召喚するために開いたのではないのだ。ただ、カザリをこっちに呼ぼうと思っただけなのである。

 この場所で『門』を開くように指示されたのだが、まさかこんな事態になるとは微塵も考えていなかったため、しばし呆然というより自分に対しての呆れの方が大きかったくらいだ。

 豪華な装飾の施された廊下。その両側に取り付けられたランプのような火受けが歩幅に合わせて次々に灯っていく。

 カザリは跳ねながら朱鷺代についていき、少女はその光景をなんだか詰まらなそうに見つめていた。

 少女が朱鷺代のところを訪れたのはつい数時間前のことである。『吸血鬼』の眷属への対応に能力者が手を焼いているところに、悠然と現れた。

 朱鷺代も数時間前に出会った少女の言葉を鵜呑みにしているなど考えもしなかっただろう。彼女の性格からしてもそうだ。

 しかしこうして付き合っているのは、その言葉に朱鷺代を信じさせるだけのものが含まれていたからだ。でなければこんなふうに従ったりしない。

「ねーねー、これだったら、わざわざ迎えに行かなくてよくなかった?」

「あら。まさか貴方は王である私の迎えに来ないで、のんきに待っていたかったというの? 薄情なものね。塵にように捨てられていた貴方を拾ったあげたというのに」

「いや、拾われたのは産みの親に方だし、こっちは培養気のなかが出身だし」

「そうだったかしら? どちらにしろ家賃を踏み倒しているのだから、ほとんど同じことでない?」

 次々に浴びせられる言葉にカザリはげんなりとする。別に好きで居候しているわけではないし、やろうと思えばどこでも暮らしていくことができる。むしろ主不在を代わって守っていたのだから、感謝されこそ言葉責めにされる謂れはない。

 ――ってか『ヤチン』ってなに? なんかうつけな響きが……。

 カザリは首をかしげ、とりあえず自分にとって有益でない言葉だと解釈しておく。

 なんとか言い返してやろうかと画策するが、しかし言い返すことができたのは、つい数時間前までのことである。

 いままでと打って代わり、素朴と言うか、みすぼらしいと言えるような扉の前に到着した。けれど安価で作られているという感想を抱かせるのは見る目のない者に対してだけであり、その道を極めた者なら一目でわかることだろう。

 この扉には強力な魔力が注がれている。警戒もなしに触れたら最後、屍と化していることだろう。

 朱鷺代は躊躇なしに扉に歩み寄ると、あろうことかブーツの底で蹴り飛ばした。

「ちょっ!? せっかく直したのに誰っすか! つーか人様のうちに乗り込んでくるとか何様っすか!!」

「私様よ」

 くわっ、と目を剥いて叫ぶ男は朱鷺代の返しに目を輝かせた。

「おお、おおおお! ま、『魔王』様じゃないっすか!? 『くろたいつ』とやらに包まれたその美脚、相変わらずっす! その足でグリグリされたいっす!」

「貴方こそ相変わらずの変態ね。自らの欲望をまるで隠そうとしないその態度、むしろ清々しいほどで私としては評価は高いわ、ニート」

「ありがたき幸せっす!」

 出会い頭にこうもハイテンションで話しかけられれば、常識を持ち合わせていれば、知り合いだとしても多少なりと動揺するだろう。

 事実、朱鷺代のほかは頬を引き攣らせていた。

「テンション高ェのうっせェよ殺すぞ」

「はぁん? なんすか居候、俺は『魔王』様には敬意を払うっすけど居候、テメェにまで構ってやるつもりはねぇっすよ居候」

「居候居候うっせェよ! 居候が語尾になってんぞ! ニート・デ・プーが!」

「てめ、『魔王』様につけていただいた名前をバカにする気っすか! たしかに世間じゃ底辺に位置するやつらが呼ばれる侮蔑の名称らしいっすけど、それでも『魔王』様がつけてくださったんすから、スゲー素晴らしい名前なんすよ!」

 ニートと呼ばれた男とカザリが睨み合うのを目尻に、朱鷺代は部屋の惨状を見た。

 まるで台風にでも直撃したような荒れようで、ある程度掃除はした痕跡は残っているものの、破壊された壁や床の修復にまで手が届いていないようだ。

 他人から譲り受けたものとはいえ、人生の半分以上をここで暮らしてきたのだ。それがこんな無惨に破壊されたとなれば、それなりに怒りが沸く。その怒りも勝手に侵入した愚か者に向かっているのだが。

「ニート、私がいない間になにがあったの?」

 いがみ合いを中断し、朱鷺代に話しかけられたのがそんなに嬉しいのか、ニートはニコニコと答える。

「ついさっきなんすけど、妙に馬鹿デカイ波動の女と、ガキ二人を連れた男女がいきなり出てきたんすよ。そんでバトりはじめてこの有り様っす」

「なるほど、あの女ね」

 妙に馬鹿デカイ波動の女。妙に馬鹿デカイのは波動だけでなく胸もだろうと、慎ましい胸囲の朱鷺代は、白髪の女――九十九志乃を連想した。

「それよりカザリが引きずってるそいつ、なんすか?」

 さっきから気になっていたのだ。誰も触れないようにしているが、そこに自ら突っ込んでいくのがニートという人間である。

「ああこれ? 前代の魔王だってさ」

「な、なんだってー!? わりとどうでもいいっす!」

「…………」

 会話に加わろうとしない少女は、毎度のことながら前代魔王に興味なさすぎだろうと、カザリに引きずられる男に内心で合掌する。

 彼らにとって前代の魔王がどれだけ強大であろうと、付き従う『魔王』に比べれば落ちている石ころと同じだ。もしも『魔王』に牙を向こうものなら、死をもって魔王を制裁することだろう。

 それに魔王を消さずに連れてきたのは『魔王』――朱鷺代の指示だ。という朱鷺代も少女にそう言われたから、生かしているまでのこと。自分と同じ立場だった男が目下にいても、ニートやカザリと同じくどうでもいいのだ。

「そんな屑のことはどうでもいいから、さっさと話してもらえるかしら」

 朱鷺代は少女を睨むようにしながら言う。

「貴女の歩んできた『凍結次元』とやらことをね」

 そして、名前を告げる。


「――アウル=ウィリアムズ」


 

 

 長きに渡りこの物語を執筆してきたわけですけれど、ここでようやく折り返し地点となりました。

 かしぎと真宵は今回のことで過去を受け入れ、決別するのでなく一生引きずることでお互いに認め会うことにしたわけですが、どの物語もそうですが、高校生になんて試練を与えているのだろうと思ったりもしています。

 特別なことに恵まれることが幸せなのか、普通で普遍であることが幸せなのかは個人の認識の違いですけれど、少なくともあの二人は幸せなのでしょう。

 何て言ったところであとがきです。

 本来ならばこの九十九編は六章で終わりだったのですが、どうにもまとめきれず長々と続けてしまいました。

 まあおかげで自分のなかではまあまあ満足の仕上がりになりましたが。

 当初から二人はくっつける予定で、そんな難しい話にもならないはずでしたが、どうしてかしぎが鈍感なのか、どうして真宵ががらんどうなのかを考えたとき、理由がないのはおかしいと思ったわけです。

 なにかを失い受け入れられなくなったかしぎに、失うことが怖くなってすべてを拒絶する真宵。お互いに補い会うことでそれも解消されました。

 これで一応前半戦は終了。

 次回からはバトルバトルはお休みして、青春ラブコメ(修羅場あり)をお送りします。

 いままでバトルバトルだったけどこの物語のジャンルって、学園なんですよね。

 青春ラブコメがあったっていいじゃないか! 修羅場があったっていいじゃないか!

 具体的に次章はかしぎと真宵がくっついてからの周りの反応をテーマにした章になります。

 ですがここで問題が。

 最近仕事が忙しく執筆する時間がありません。

 ですので番外編二話を投稿したあと、しばらく完結扱いとするかもしれません。

 エタることはまずありませんがご了承ください。

 以上、牡牛ヤマメからでした。


 

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