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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第七章〈勇者の最後〉編
97/132

7―(9)「エピローグ」

 

 わいわいがやがやと騒ぐ様子を、未だはっきりしない意識で見つめる。

 いくらなんでも体調不良がすぎるこのときに、酔っぱらいの集団に混ざる根性は持ち合わせてはいないのである。

 というか騒ぎすぎだ。アルコールが入っているのだとしても、部屋に本調子でない人間が三人もいるのだから、もう少し自重してもらいたい。……まあ、それは無理な相談か。

 一大イベントを控えたもしくは終えた学生よろしくやれ飲めやら、やれ食えやらと喧騒のごとく行き交う言葉は、もはやろくに呂律が回ったものではなく、まともに聞きとれやしない。

 せめてもの救いが飛び火、いわゆる絡み酒の人間がいないことか。あれは対応が面倒なんだよな。会話の余地があったもんじゃない。

 がしがしと後頭部を掻き毟り、視線を夜空に浮かぶ満月に向ける。

 あらからの話をしよう。といっても大したことはなにもなくて、そもそも俺は人伝で聞いただけなので、細かいところまでは把握していないのだが。

 出欠多量および全身骨折に加えて内蔵部のおよそ半分が消滅し、なおかつ両腕を失いという常人なら確実に死んでいるだろう重傷を負った俺は、すぐさま真宵後輩に治療してもらった。予断を許さない状況のなか、三日三晩に渡る治療の末、俺は助かったらしい。

 両腕を失うのは初めてではなかったが、失ったあとは治るのか心配になる。杞憂に終わってくれてなによりだ。

 俺が寝込んでいた間に志乃はある能力を使用したらしい。人の記憶を改竄する能力だ。あれだけの騒動を起こしておきながら誰も感づかないわけがなく、各メディアが報道を開始しようとしていた。

 超能力や波導の存在を世間に知られるわけにはいかない。そこは志乃も同感だったらしく、わざわざ世界から今回の騒動の記憶を一切合切消したようだ。

 もちろん映像を残すなんてヘマをするわけがなく、今回のことを覚えているのは俺たちだけとなった。

 これが後日談というか、後片付けあらましである。

「にしても、馴染んだもんだなぁ……」

 絡み酒はいないと言ったがあくまでも酒の話で、素のままでいたずらに絡んでいる死にたがりだった女がいるわけだ。

 まるで自分で掘った穴を埋めるかのように、まるで自分で作った塀を崩すかのように話しかけまくっているのである。

 みんなも酔いに酔ったおかげで志乃と打ち解けているみたいだ。

 一葉は志乃の膝に収まって幸せそうだし、周りのみんなも楽しそうだし、頑張った甲斐もあるというものだ。

「……アンタ、マジでそんなこと思ってんのか?」

 後ろから投げ掛けられた声音はとても低く、苛立った印象を受けた。

 俺は振り返り、包帯まみれになった男――九十九双弥を視界の中央に入れる。彼も俺と同等の重傷者だったが、ついでに真宵後輩が治療してくれたのだ。

「なにがだ?」

 すっとぼけたような態度で俺は聞き返す。

 双弥は言わせんなとばかりに舌打ちをこぼすと、億劫そうに言う。

「志乃と仲良しごっこしてんのを見て、ホントーに頑張った甲斐があるだなんて思えんのかって訊いてんだよ。……怪我人としちゃあこんなの、納得できねぇだろ」

 双弥の呟きはもっともである。志乃を斃すために戦い、敗れて重傷を負った双弥にとって、意識を取り戻したら仲間面して身内にいることが我慢ならないのだろう。

 これでは報われなさすぎる。双弥は志乃から一葉たちを庇ってこんな重傷になったと聞いた。守りたかった者を身を削ってまで守ったにも関わらず、すべてを奪われてしまったのだから。

 一葉は志乃に付きっきりで、凪は『九十九』と群れる気はないと去っていった。

 おそらく、たったいま目を覚ました双弥に気づいていないだけだろうが、目を覚ましたときにあんな光景が広がっていては、納得などいくはずもない。

 牙を剥き出しにする双弥はいまにも志乃に襲いかかりそうだ。やらないのは、きっと一葉のためだ。

「そんなもんだろ。世界は優しくなんてない――頑張っても、頑張った甲斐があったとしても報われないことだってあるさ」

「理不尽なもんだ。ずいぶんと世界も腐ってやがんな」

 ふて寝でもするように布団の上で寝返りを打った双弥は、ぼうと天井を見上げる。

「ったくよ、ここまで意味ンねぇ戦いは初めてだっつーの。そもそも戦う必要もなかったんだからよ、俺たちって無駄に死にかけただけじゃねぇの?」

「まぁ、そういうことになるんだろうなぁ」

「かっ。くっだらねぇなオイ」

 吐き捨てた双弥は本格的にふて寝を始めるらしく、自分から話を振ったくせにぶっきらぼうに会話を断ち切っていった。

 ふて寝でもしなければやってられないってことか。心の整理がつくまで、まだまだ時間がかかりそうである。

 そしてもう一人、心の整理に時間がかかりそうな人物がいる。

 純白よりも白銀に近い長髪。すっと通った鼻立ち、整った輪郭に添えられた桜色の唇、それぞれのパーツが絶妙に配置された顔立ちは見事な調和を保っていた。瞼はぴったりを閉じられ、ときおり漏れる吐息にどきりとさせられる。

 柊詩織――九十九詩織。

 死を司りし左眼を継承させるために生み出した最巧にして欠陥品とされた『吸血鬼』の少女。彼女はこの争乱探していた答えを見つけることができた。

 なぜ自分は『九十九』から追い出されなければならなかったのか。どうして自分は幾重もの犠牲の末、生まれなければならなかったのか。

 答えを得たことで柊が幸せになったのか、それともさらに深淵の底に沈むことになったのかは、俺が推し量ることはできない。それを決めるのは柊自身で、俺の勝手な想像で補っていいものではないからだ。

 志乃と戦った能力者はすべからく理不尽を突きつけられる。

 俺も双弥も柊も、終わったあとに残ったものなんて、なにもないのだから。

 しかし――。

 いったい誰が一番得をしたかと問われたら、それは間違いなく、俺と真宵後輩だ。

 穏やかな寝顔を見せる柊の髪を撫でる。さらさらとした手触りは綺麗な流水を彷彿とさせた。こうして黙ってたら、誰もがさつだなんて思わないだろうに。

 柊は俺たちと違い、この三日間で何度か目を覚ましたらしい。傷は『吸血鬼』の回復力で治っているし、志乃との戦いで受けた能力殺しも効果を失っており、本来ならこうも眠り続けるはずがないのだという。

 超越者になった反動でこうなったのかもしれない。

「体調はどうですか、先輩」

 手に料理を抱えた真宵後輩が俺の隣に座ってくる。ちゃっかり柊との間に入るところは実に真宵後輩らしい。

「ん。まぁ、おおむね上々かな。まだちょっと違和感はあるけど」

「でしたら私が食べさせてあげます。はい、あーん」

 そこまで悪くはないんだけど、せっかくだからここは真宵後輩のご厚意にあやかっておこう。

 宴会をするだけあって料理は豪華だ。執事の十六夜とメイドの五十嵐の二人だけで調理しているみたいだが、よくこれだけの量を二人で作れるものだ。それになかなか美味いじゃないか。

「ふむ……」

 真宵後輩も一口食べてそう呟くと、なぜか料理を外に向かって全力投球した。

「あ、すみません手が滑りました」

「お前がそう言うならそういうことにしとくけど……」

 明らかに悪意を持って月夜に向かって全力投球してたんだけど、真宵後輩が手が滑ったって言うんだからきっとそうなんだ。手が滑ったんだ。そういうことにしておこう。触らぬ神に祟りなし。

「私よりほんの少し、ほんの少しだけ美味しかったなどということはありません。先輩に私のより美味しい料理を食べてほしくなかったなどということは全然ありませんから」

「そ、そうか……」

 自分で全部暴露しちまってること、ちゃんと気づいてんのかなぁ。もしかしてわざとやってるのか? 相手は料理のプロなんだから気にすることないのに。

 それにしても久しぶりな気がする。こっちに来てから十日と経っていないのに、もう何ヵ月も話してないような感じだ。それだけ切羽詰まってたってことだろう。

「――先輩、少し、お話ししませんか?」

 外を指差しながら言う真宵後輩に、俺はただ頷いた。


 屋敷のなかとは違い、外は静かなものだった。物音ひとつしない世界にあるのは俺たちの心拍の音だけ。つまり沈黙中である。

「えっと、わざわざ外に来てどうしたんだ?」

 真宵後輩との沈黙なら全く苦痛にならないのだが、ことのあとだけに外に呼び出されてまで話があると言われて気にならないわけがない。ましてや想い人からの話。ついに春の訪れか。……いま、夏だけど。

「私、今回のことで多くを学びました」

 唐突に切り出された話に俺は耳を傾ける。

「誰かを信頼するということ。私は先輩しか見ていませんでしたが、私の周りにいてくれた皆は、私のことを見ていてくれていてということ。――私が先輩の重荷となっていたこと」

「そんなことあるわけないだろっ!」

 前触れもなく怒りが沸点を越えて波動が抑えきれなくなり、おもわず拳に乗せて屋根を殴り付けていた。

「落ち着いてください先輩。それと、ありがとうございます」

「お、おう。悪いな」

 ただでさえいまの俺は波脈にも影響が出ているのだから気を付けないといかんな。

「ですが事実なんです。先輩はそう思っていないのかもしれませんが、確実に私は先輩の重荷となっています。本当に深く痛感させられました」

 俺がいない間に真宵後輩を変えてくれるなにかがあったのだろう。今回のことが終わったあとで話し合うつもりだったのだが、俺が出るまでもなく誰かが真宵後輩を変えてくれた。

 それこそ真宵後輩が言ったように、彼女を見ていてくれる人はたくさんいる。誰かに縋りつくことでしか生きる意味を見出だせなかった真宵後輩に生きる希望を与えるなんて、俺でなくともできることだ。

 真宵後輩に言ったら怒るのは間違いないが、志乃と少しだけ似ていると思った。

 生きる意味を俺に預けていた真宵後輩と、生きてもいい理由を探求していた志乃。

 どちらも生きたいからこそ、それらに必死で手を伸ばそうとする。道を違えても二人はどことなく似ている。俺にはそんな気がするのだ。

「そんなこと言ったら俺だっていろんなことを学んださ。いつまでも過去に囚われて人の好意に鈍感になってたら、あいつにも、気持ちを向けてくれる人にも失礼だ」

「え……? そ、それって、その……」

 月明かりに照らされた真宵後輩の頬が朱色がかっていた。微笑ましげに俺は見つめ、真宵後輩の頭を撫でる。

「アイリスのことな」

「あ、そっちですかそうですか。実は鈍感なのってわざとではなく素なのですか?」

 そこめ露骨に残念そうにされると、あとから言おうと思ってたのに非常に言いにくいだけでなく、ハードルもとんでもないほど高くなるんだけど。

「アイリスを死なせちまってから、俺は人の好意を受けとるのが怖くてな。また守れないんじゃねぇかって思うと怖くなって、気づかないフリをするようになってた。それは『魔王』を倒したあとも、こっちに還ってきてからもだ」

「大丈夫ですよ。今回の戦いは『魔王』のときと引けをとりませんでしたが、それでも先輩は守りきったではないですか」

「そう言ってもらえると助かる」

 だが俺が守ったものなんて、今回に限ってはなにもない。志乃を止めるためだけに俺は戦ったに過ぎない。――それなのに得たものは守るための戦い以上だった。

「でもそれも、もう終わりにしようかと思ってさ」

 そう言って俺は真宵後輩を見つめる。

 異世界に共に召喚され『勇者』となった彼女ではなく、そんな肩書きのないひとりの女の子である彼女をだ。

「君のことが好きだ。付き合ってくれないか?」

 手を彼女の前に差し出す。散々無視するようなことをしてきたのだ。断られたとしても、それは仕方のないことだと割りきることにする。

 もちろん諦められるはずがない。けれど彼女がそう答えを出したのなら、俺が我を通して曲げさせる権利なんてどこにもありはしないのだ。

 おもえばずいぶん遠回りしてきた気がする。弁当を作ってくれたり、家は全然遠いのに迎えに来てくれたりとアプローチされてきたのにそれを無視し続けて、それなのに俺の方から告白するって。自分勝手にもほどがあるか。

 差し出した手が小さな手に包まれる。

「遅いですよ、ずっと待ってたんですから」

「じゃあ……!」

「もちろんです。大好きですよ、先輩」

 言われて抱き締めてしまった俺は悪くない。無表情しか見せてこなかった女の子に儚げな笑顔で大好きだなんて言われたらこうなるだろ。

「晴れて夫婦になったところで提案があります」

 恋人どころか一気に夫婦ですか。いったい階段を何段飛ばしたのやら。嬉しいのでなにも言わないけど。

「先輩後輩の呼び方は異世界で『勇者』をしていた私たちが、こっちのことを忘れないようにと始めたものです」

「そうだなけど、それがどうしたんだ?」

「異世界にいるわけではないのですから、もうそのように呼び会う必要はないわけですよね?」

 そんなふうに言われてしまうと、たしかにそうだと言わざるを得ないわけだが、いまさらそれがなんだというのだろう。

「名前で呼び合いませんか?」

「それくらい別にいいぞ。俺はそっちの方がいいくらいだし」

 つーかそう呼ぶように言ったのは真宵後輩からだったと記憶してるんだけどなぁ。

 前に普通に呼んだら何日か口利いてもらえなかったし。あとで照れただけだって言われたけど、その間はかなり堪えた。

「じゃあ、真宵」

「……っ!? か、かしぎ……さん」

 お、おおう、名前で呼んだことはあるけど呼ばれたことはなかったから、なんだか非常に照れくさいのだが。まともに顔を見れないんだが。すげー恥ずかしい。

 それは彼女も同じらしく、そっぽを向いてしまっている。

 なんだかな。異世界で五年間ずっと一緒にいたからなんでも知った気になってたけど、なんにも知らないんだよな。こうやって恥ずかしそうにしてるのも新鮮だし。

 ――それだったら、こんなことしたっていいよな?

 誰に言うわけでもないのに言い訳し、真宵後輩――真宵の唇に自分の唇を重ねた。

 これにて俺たちの異世界譚は終わりを迎える。

 そしてこれからは――青春が始まる。


 

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