1―(8)「調査」
「起きろ! 冬道!」
聞きなれたような聞きなれていないような、そんな凛とした声が俺の鼓膜に届いた。
まぶたが重い。ついでに体も重い。
昨日の疲労が抜けていないというのもあるが、ただ単に、睡眠が足りないという理由でそうなっているのだろう。
妙に手足が痛く、久しぶりに筋肉痛になっているらしい。
とことん体が鈍っている。
錘がついたようなまぶたを持ち上げると、太陽の陽射しが俺の目を焼き付け、思わず顔をしかめる。
おかしい、なんで俺はそんな位置に寝てるんだ?
ちょっとした疑問を抱きながら起き上がり、目を開ける。
すると目の前にはアウルの顔があった。
「……なにやってんだ、お前」
思い出した。昨日はアウルと真宵後輩を家に泊めたから、床で寝てたんだったな。
「お前を起こしにきたんだ。早く起きろ、支度はできている」
支度? なんの支度ができてるんだ?
俺から離れたアウルを見てみると、昨日とは違う格好をしていた。
アンダーシャツは黒のタンクトップに変わり、制服のプリーツスカートは黒のジーパンになっていた。
全体的に黒の服装は――本人は意識していないだろうけど――アウルの白の肌や金色の髪を美しく際立たせている。
そして俺が今、一番気になること。それは、
「なんでエプロンつけてるんだ?」
アウルがエプロンをつけていることだ。
黒と対照的な純白の白のエプロンは、彼女に凄く似合っていた。
「私と藍霧が朝食を作ったからだ。エプロンをつけなければ汚れるかもしれないだろ?」
「……ちょっと待てよ。今なんて言った」
「……? エプロンをつけなければ汚れるかもしれない、と」
「違う。その前」
「お前を起こしにきたんだ、と」
「違う! わざとやってんだろ! 俺が訊きたかったのはなんでお前が朝食を作ってるかってことだ!」
俺が寝ている間になんでお前と真宵後輩が朝食を作ってるんだ。意味がわからない。
「泊めてもらったのだ。それくらいしてやらないとな」
「……つみれにはなんて説明したんだよ」
「彼女ならもういない。学校に向かったからな」
「あ? どういうこと……あぁ、そういうことね」
つみれにどういう説明をしたかはわからないが、どうしてふたりが朝食を作っているかはわかってしまった。
現時刻、九時四〇分。遅刻確定……というか、もう遅刻だった。
「俺だけならまだしも、なんでお前らまでサボってんだよ。サボタージュしてんじゃねぇ」
「コーンポタージュみたいに言うな。どうせお前らは学校に行ってもサボタージュだろ?」
「お前気に入ったんだな、サボタージュ」
「とりあえず朝食を済ませろ。私たちにはやらなければならないことがある」
エプロンを着たアウルは立ち上がりながら言ってきた。
「やらないといけないこと? なんだよ。狐の面でもあぶり出すのかよ」
「当たらずとも遠からず。狐の面はお前を狙っているのだからお前がいる場所に来るに決まってるだろ?」
言われてみると確かにそうだ。
狐の面は俺を狙ってるんだから俺がいる場所に来る。だったら狐の面を捕まえるまでは学校に行かない方がいいな。
能力者が一般人の被害を考えるとは思えない。
むしろ気にしないでそのまま仕掛けてきそうだ。
あの見えない攻撃を学校なんかでやられでもすれば、被害を抑えることはまず不可能だ――――俺を本気を出さなければ。
俺が本気を出せば狐の面程度、一瞬で片がつく。
「だが、お前や私は昨晩に狐の面に見られている。標的を変えるとは思えないが、一回仕留め損ねた奴を狙うほど奴の動きは定まったものではない」
「つまりは標的が俺から変更される前に、狐の面を叩き潰すってことか。で、なにか目星でもあんのか?」
「ない」
そこまではっきり言い切られると、なにか言う気すら起こらないほどに清々しいな。
「だから今から調査だ」
「……めんどくさ」
俺が廃工場とかで狐の面が来るのを待ち伏せてた方がいいような気がする。
するとアウルは顔をこれでもかというくらいに近づけてきた。彼女の何かの花の香りが俺の鼻をくすぐる。
「他の被害者が出てからでは遅いんだ。調査して狐の面が誰かを突き止め、動かれる前に動く」
「へいへい。分かりましたよ、アウルさん。調べりゃいいんだろ、調べりゃ」
俺はアウルの額を押して顔を離させる。
そんなことしてる間に被害が出たらどうするんだ。
俺を狙ってるわけだからそれはないと思うが、可能性としては〇パーセントじゃない。
アウルの言っていることは正しいといえる。
ただ俺はそういうのは好きじゃない。めんどうだ。
「その前に朝飯だ。せっかく私たちが作ったのだから味わって食べろ」
「……ちなみに料理の経験は?」
「ない」
なんでそこでも言い切るんだ!
料理未経験の人間がなんで料理をやってるんだよ。
真宵後輩の料理スキルが高いことを考えると、アウルの料理スキルと合わさって普通になることを祈りたい。
……あ? 今さら思ったんだが、料理をしてるはずなのになんでこいつはここにいる?
「私が藍霧を手伝おうとしたら、藍霧と柊にに追い出されたんだ。なんでだろうな?」
「……ちょっと待てよ。今なんて言った?」
「なんでだろうな、と」
「違う。その前だ」
「ない」
「だから違う! わざとだろお前! どうやったらそんな風に重要な箇所だけを飛ばせるんだ! 嫌がらせかバカ! つーか、なんでよりにもよって『ない』の場所を選んだ!」
なんで寝起きなのに、ここまで叫ぶようなことをしないといけないんだ。それもこれもこいつのせいだ。
俺は息を整えて、冷静になる。
「俺が訊きてぇのは、なんでこの場面で柊が出てきたかってことだよ」
「そんなことか。別に大したことじゃない」
アウルの話しによれば、無断で学校を休むのはなんだか気が引けたらしい。無駄に律儀だな。
休むことを連絡しようと思い当たるも、学校の電話番号を知らなかった。
だから俺のケータイのアドレス帳を見て柊と両希の名前があったため、そのふたりに連絡することに至ったようだ。
俺のケータイを勝手に見るなというツッコミはさておき、とりあえず柊に連絡した。
すると何故かふたりまで学校をサボると言い出し、俺の家に集合。
で、今に至るというわけらしい。
「いや、意味がわからん」
アウルの回想を見ての感想がそれだった。
「なんでそれであいつらが来んだよ。なんで呼び寄せてんだよ。狐の面の正体を探る調査するんじゃねぇのかよ」
「そうなんだが……ほら。私は学校では猫かぶりしているからな。断れなかったんだ」
「威張るようなことじゃねぇ!」
学校で猫かぶりしてることは知ってたが、まさか頼まれたら断れないなんてキャラを演じてたのかよ。
「とりあえず早く朝飯だ。あいつらが待っているからな」
「いや、流すなよ。狐の面の調査にあいつらを巻き込む気か? 俺や真宵後輩なら構わないが、あいつらを能力者の下らねぇ争いに巻き込むんじゃねぇ」
「わかっている。それについては考えてある」
本当に考えてあるのか?
そんな俺の意思を無視するかのごとく、アウルはさっさと俺の部屋からでていってしまった。
朝から無駄なことをしてしまった。
重い体を持ち上げ引きずるようにしながら、アウルの後ろをついていくように部屋から出ていく。
一歩一歩が本当に重い。足に錘でもついているのではないかというほどに、俺の足取りはゆっくりとしている。
普段の倍の時間をかけてリビングにたどり着くと、美味しそうないい香りが漂ってきた。
「おっせぇぞ、冬道。なにやってたんだよ」
ポニーテールを揺らして文句をいう柊。
服装はいつもの見慣れた制服姿ではなく、ラフなロングTシャツにショートパンツ、さらにニーソという格好だ。
その上から装着しているエプロンは、いつもはがさつな柊を家庭的な女の子に見せている。
エプロン、なんて素晴らしいアイテムなんだ。
「お前はなんで俺の家にいるんだよ。学校サボってなにやってんだ」
「なにやってんだって、お前の家に来てんじゃねぇか」
「じゃあなんで俺の家に来たんだよ」
「迷惑だったか?」
「迷惑云々の前に学校サボってんじゃねぇ。バカかお前は」
ソファに重い体を預け、顔だけを柊に向ける。
「バカってなんだよ。いいじゃんか。お前だって後輩つれてアウルの歓迎会するつもりだったんだろ?」
「あ? 何の話だ?」
「真宵から聞いたぜ。アウルってお前の親戚だったんだな。教えてくれればよかったのによ」
わけがわからん。俺とアウルが親戚? アウルとは親戚どころか昨日が初対面だ。それなのになんでそんな話が出てるんだ?
視線をアウルの方に向けてみると、どや顔をしながら親指を立てていた。
……これがお前の言ってた考えか、アウル。
「そういえば両希はどこ行ったんだ。アウルの話だと一緒に来たんじゃねぇの?」
「あー……両希なら、あっち」
柊が苦笑いをしながら指差したのは、台所だった。
首を反対側まで移動させて台所に向けると、そこには両希と真宵後輩が立っていた。
心なしか、両希の顔が歓喜に満ちていた。
「これはどこに持っていけばよろしいのでしょう、藍霧さん」
「それはテーブルに並べておいてください」
「了解しました!」
「……あの、両希さん? どうして敬語なのでしょうか? 私は貴方の後輩なのですから敬語の必要はないと思いますが」
「ため口でよろしいので……?」
「むしろ普通に話してください」
「わかり……じゃない。わかった、そうさせてもらうとする」
「では並べておいてください」
「了解した、藍霧……さん」
どうやら両希に真宵後輩を呼び捨てにする勇気がないのか、最後に小さくそう呟いていた。
両希の態度に真宵後輩が疲れたのか、バレない程度に小さくため息をついている。
「両希の真宵への態度って、もう信仰してるよな。神様でも崇めてるみたいだし」
「あいつにとっちゃ神様なんじゃねぇの?」
テーブルに料理を並べる両希の背中を見ながら、俺たちは言葉を交わす。
「お前って料理、やったことあるのか?」
「自慢じゃないけど、料理は毎日やってるぜ」
「ふーん。お前って性格と口調直したら普通に女らしいと思うぞ」
見た目は――本人は否定しているが――美少女だし料理もできる。勉強も真面目にやってて頭もいい。
才色兼備というのはまさにこの事だ。
男勝りの性格と言動のせいで忘れがちだが、それさえ除けば柊はすぐに女らしい美少女に早変わりなんだ。
普段の柊を見て誰が勉強ができると思うだろう。誰が料理をできると思うだろう。いるか? ――――否、そんなことを思うのはごくわずかな一部だけだろう。
「すぐに直ったら苦労しねぇよ。だいたい、口調なんかで判断されたくないし。人は中身だぜ」
「実が詰まってるってか? それならお前の胸部に実ったふたつの柔らかそうな……」
「それじゃねぇ!」
俺の言葉に自分の言葉を重ねた柊は、顔を真っ赤にして俺の顔面に右ストレートを一辺の迷いもなく放ってきた。
これ当たったら痛いだろうな、なんて考える前に人間の本能が役割を果たしたのか、頭を引っ込めることで難を逃れることに成功した。
だけどこいつ、絶対に本気で殴ってきたぞ。
頭の上で風を切る音が聞こえたからな。
「お前はセクハラ上司か! 殴るぞ!」
「殴りかかってから言うんじゃねぇ。当たったら危ねぇだろ。お前、俺を病院送りにしてぇのか?」
ただでさえ体が重くて動かすのが大変だっていうのに、本能的に動かせるようなことをするなよ。
本能的な動きは意識的な動きより大変なんだぞ。
「わ、悪かったよ。でも、お前が変なこと言うから悪いんだからな!」
「そうかい。準備も終わったみたいだし、さっさと食って……っと」
「ちょっ、大丈夫かよ。ふらふらじゃねぇか」
ソファから立ち上がったはいいが足元がふらつき、柊に後ろから支えてもらう感じになってしまった。
たったあれだけの動きでさえこうなるのに、狐の面と殺りあった後の体調はどうなっていることか。
もしかしたら狐の面と殺りあっている間に電池切れになる可能性もある。
こんな場面で短期決戦を挑まないといけないことを知らしめられるなんて思いもしなかった。
「立てるか? 今日は学校に行かなくて正解だったな」
「あぁ。……って顔が近い!」
「なんだよ、それくらい気にすんな」
俺も不意打ちじゃなかったら気にしないさ。だが不意打ちとなるとこんな反応になるのも仕方ないだろ。
いくら体勢がついても、いきなり美少女に顔を覗きこまれる体勢までは簡単につくものじゃない。
柊に体を支えられながら、俺は席につく。
「どうしたんだ、かしぎ。詩織に支えてもらったりなんかして。体調でも悪いのか?」
「別に悪くねぇよ。こいつが心配性なだけだ」
「あたしはお前がふらついてたから支えてやったんだろ? 感謝しろよな」
別に頼んだ覚えはない――――とは言えないので、俺は素直に柊に礼を言っておいた。
「ふらついた? まさか、冬道。お前……」
「お前が心配するようなことはねぇから気にすんな。ただの筋肉痛だ。昨日はちょっと無理したからな」
「ならば、いいのだが……」
うつむき気味に言うアウルを見て俺は罪悪感を抱いてしまう。
別に気にするようなことはなに一つないし、ただ単に、俺のこの身体が俺のイメージに追い付かなかったがためにこうなっているだけ。
おそらくアウルは狐の面にどこかをやられたと思ったに違いない。
だから責任を感じずにはいられないのだろう。
「完全にふたりだけの世界か……。親戚ということなら、ここまで仲がよくても不思議ではないな」
「昨日はそんな素振りしてなかったのにな。言ってくれればよかったじゃねぇか」
言いたくても言えなかったんだよ。
俺とアウルが親戚だっていう設定は、アウルと真宵後輩が勝手に考えただけであって、それに巻き込まれた俺も今さっき、しかも柊の口から知らされたんだからな。
「歓迎会やるなら教えてくれよな。三人だけでやるなんて水くさいぜ?」
「いいだろ別に。で、お前らはなんて言って休んできたんだ? つーか、俺たちのは連絡してくれたのか?」
「全員風邪ってことにしといた」
常識的にあり得ないだろ。
アウルならまだわかる。アメリカと日本の気候の違いから体調を崩すっていうのはよくある話だ。
季節の変わり目とかでも体調を崩す人もいる。
なんで昨日まで元気そのものだった人間が揃いも揃って風邪なんだ。明らかに仮病ってバレバレだろ。
話ながら手を止めることはしない。
いつの間にか始まっていた朝食はすでに終盤だ。
「歓迎会をやるといってもどこでやるんだ? かしぎの家ではないだろ?」
「どこでって言われてもな……」
俺が歓迎会をやるって言い出したわけじゃないし、この歓迎会っていうのも単なる口実に過ぎない。
本当なら狐の面の正体を探る調査をするはずだ。
どこでやるって言われても困る。それは俺じゃなくてアウルか真宵後輩に聞いてもらいたい。
向かい側に座っているアウルに目配せをして、なんとかそのことを伝える。
一日しか一緒にいないのに、そんなことができるかどうかはわからない――ずっと一緒にいてもできるとは思えないが――が、アウルはウィンクをして了承してくれた。
不覚にも可愛いと思った俺は悪くない。
「私はここに来たばかりなんだ。案内をしてくれると助かる」
「案内か。確かにそれは大切だな。なら今日はアウルにこの町を案内しようじゃないか」
「すまないな、助かる」
どうやらアウルの歓迎会という口実の内容は町案内ということになったようだ。
情報を集めるという点でもそれは好都合だ。
適当に決めているようで案外、細部まで考えているみたいだな。
それから外に出るということで各自準備をすることになり、一旦解散することになった。
◇
準備をするといっても事前に出掛けると知っていた柊と両希は私服だったため、実質的には俺と真宵後輩とアウルの三人の準備となった。
特に着飾る必要性はないと思ったが、よく考えてみると普通なら高校生は学校に行ってる時間帯だ。
制服で出歩いて余計なことに巻き込まれないともいえないので、私服は適当に決めた。
アウルはタンクトップとジーパンに着替えていたからそのまま。
真宵後輩はこうなることを予測して持ってきていたワンピースを着ていた。
それにしても、アウルのその格好は非常に目立つぞ。
そして現在、俺たちは町を適当に歩き回っていた。
「……情報を集めるっていっても、何やればいいんだか」
「あっちの世界ですと情報屋やギルドなどの掲示板で情報が簡単に得れましたからね」
ヴォルツタイン王国だけでなく、各地にはギルドというものがあった。それは依頼を受けたり、情報を集めたりすることができる施設だ。
依頼とは主にモンスターや魔獣――スライムみたいな奴とかな――と呼ばれる生物の討伐や捕縛がある。
資金は皇女様からもらってたから依頼は受けなかったけど、情報を集めるときにはよく足を運んでいた。
「どうにもまだあっちの生活観が抜けねぇな……」
「慣れというのはすぐに抜けるものではありませんからね。私も寝起きは波導で寝癖を直そうとしてしまいますし」
風系統の波導は割りと使い勝手がよかったりする。
癒しを与えることができたり、真宵後輩がやるように寝癖を直したりと私生活でも大いに役に立つ。
それだけでなく、高いところに登ったりすることもできる。
風系統の波動は使い勝手がいい割りに使える奴が少なく、それが使える俺や真宵後輩は運がよかったのかもしれない。
ただ、真宵後輩はかなり特別だけどな。
「おーい! 冬道、真宵! 遅いぞー!」
遠くから聞こえてきた柊の声で俺たちはようやく、三人から距離が離れてしまっていたことに気づいた。
話している間に離されてたようだ。
ふたりに挟まれるように歩くアウルは、やっぱり俺が怪我でもしてるんじゃないかと思っているのか、心配そうな表情をしている。
ただの筋肉痛だって言ってるのに、なんでそこまで心配するんだか。
筋肉痛で歩くのが遅くなってるのは確かだけどさ。
「……っと」
「わっ。せ、先輩、気を付けてください」
「悪い悪い。足がもつれちまった」
俺は後ろから抱きつくような体勢になってしまった真宵後輩に言いながら離れる。
本当に嫌になる。少し急ごうと思ったくらいでこの様か。
「昨晩は大した動きはしていないのでしょう? それなのにそこまでふらふらで大丈夫なんですか?」
「やってみねぇことには分からねぇさ」
化物になりきっていない、化物もどきの人間の身体ではあの動きですらもが負担のかかるものだ。
なまじ人間を捨てられていないだけに、こんなことになる。
それに苛立ちを覚えながらも、今度は転ばない程度の速さでアウルたちと合流する。
「冬道、本当に大丈夫なのか?」
「アウルの言う通りだ。お前、さっきからずっとふらつきっぱなしだろ。熱でもあるんじゃねぇのか?」
柊はそういうなり自分の額と俺の額をくっつけてきた。
鼻と鼻がぶつかりそうな距離で、お互いの吐息がかかる距離に顔がありながらも、柊は全く気にした様子はない。
まさか俺は柊に男として見られてないのか? なんでそんなことやって平然としてられるんだ。
「熱はない、みたいだな。筋肉痛だけでそこまでなるのか? 怪我とかしてねぇよな?」
額を離した柊はそのまま俺の顔を覗きこんでくる。
どうでもいいけどこいつ、人の顔を覗きこむの好きだよな。
「大丈夫だっての。だいたいお前らは、なんでそこまで俺の心配するんだよ」
「……なんでだろうな?」
自分でも不思議そうに俺に言ってきた。
俺が聞いたのに聞き返されても困るんだが。
「分かんねぇけど、心配なもんは心配なんだよ。冬道はなんでもひとりで抱え込む主人公みたいな奴だからな」
「一利ある。かしぎは僕たちに何も言わないからな」
柊の言葉に便乗するように両希までもが言葉を重ねてきた。
「ひとりでも解決できることだったんじゃねぇの? とにかくこれはただの筋肉痛だ。心配することじゃねぇ」
と言ったところで、今のこいつらは納得してはくれないんだろうな。
どうして俺の周りの奴は俺のことをそこまで気にかけるんだか。
「でも、転びそうになったら支えてくれると助かる」
「仕方ねぇな。助けてやるよ」
「……無駄に偉そうだな」
「いいじゃんか。助けてやるんだから偉そうにしてもさ」
どんな理論だ、それは。意味がわからん。
だけど、こんな俺でも心配してくれる奴がいるっていうのはなんだか嬉しいな。
波導なんていう異能の力があるかないかの違いがあるだけで、基本的に世界には優しい奴しかいないんだ。
本当に悪を掲げる奴なんか、ほんのひと握りしかいないってことか。
しかし。そうだとしたら、あの狐の面はどうなんだろうか――――。
「……ところで」
言葉をそこで一旦切り、両希が周りを見渡したあとに言う。
「藍霧さんとアウルはどこに行ったんだ?」
両希に言われて周りを見渡すが、さっきまで俺の後ろにいた真宵後輩とアウルの姿がどこにもなくなっていた。
時間帯が時間帯なだけに人通りはそこまで多くなく、広く見渡せるのにふたりの姿はどこにもない。
「あいつら、どこに行きやがった……ん?」
たまたま手をポケットに突っ込むと、中には紙切れが入っていた。
指先で触れてからわかったが、それからはわずかに波動を感じとることができる。
つまりこれは真宵後輩が入れたということだ。
両希と柊にバレないようにそれを取りだし、ふたつ折りにされていた紙切れを広げる。
中には炎系統の波導で文字が書かれていた。
よく普通の紙切れに炎系統の波導で文字が書けるな、あいつ。器用すぎだろ。
そんな感想を抱きつつ、文字を読む。
『私とアウルは狐の面について情報を集めてきます。先輩はそのふたりといてください。言い訳は……先輩にお任せします。ではまた後ほどに』
読み終えた瞬間、俺はそれを握りつぶした。
あいつら……自分からこいつらを呼びつけておきながら、それを俺に押し付けるとはどういう了見だ。ふざけんなバカ共。
言い訳は任せるって、どんな言い訳をすればごまかせるんだっての。
「困ったな……。どこに行ってしまったんだ?」
両希は顎に手を添え、言葉にした通りの困った表情を浮かべている。
……仕方ないか。
「両希、あのふたりは用事があるとか言ってちょっと外したんだ」
「用事? 学校をサボって歓迎会やるって言ったのに用事?」
これで隠し通せるとは思ってなかったが、そこまで思いっきり核心をついてくとは。
「おう。何の用事かまでは聞いてねぇけどな」
「……本当か?」
「本当だ。ここで嘘ついてどうする」
思いっきり嘘ついてるんだけどな。
柊は目を細めて、本当かどうかを確かめるためなのか、俺の目を見据えてくる。
とても綺麗で透き通った、まるで吸い込まれてしまいそうな真紅の瞳に……ん? 真紅の瞳?
「まぁ、そうだな。こんなところで嘘をつく必要もねぇしな」
勝手に納得した柊は、俺から視線を外すようにくるりと回転して反対側を向いた。
「じゃあせっかくサボったんだし、あたしたちはあたしたちで遊んで回ろうぜ? この三人で遊ぶなんてめったにないだろ?」
「言われてみりゃそうだな。俺や両希は放課後は遊ばねぇからな」
柊は部活があるし、両希とは遊んだりしない。
いや、別に仲が悪いというわけじゃないが、なんか今さら遊ぶのも変な感じをお互いに感じてるから遊ばないんだ。
それでも学校では普通に話すし、誘われたら遊んだりはする。
「よっし決まりだな! 行こうぜ!」
手を合わせてそう言ったかと思えば柊は右に俺、左に両希と腕を組みながらひとりで歩き始めた。
ひとりっていっても、腕を組まれてるため引っ張られる感じで俺らも動かされているわけだが。
「詩織は元気だなぁ」
「お前はのんきだな……」
のんきに笑う両希とずんずん進む柊を見て、やっぱり押しつけられたんだと実感するしかなかった。
◇
元々気の合う三人で遊んだからか、今日はかなり楽しかった。遊び始めたのは昼前くらいだったのに、今はもう夕方だ。
楽しい時間ほどすぐに過ぎていくものだということを改めて実感した。
「ふふふっ」
「そんなに気に入ったのか? やっぱりお前さ、口調とか直したら普通に女の子だぜ?」
隣で熊のぬいぐるみを幸せそうに抱き締めている柊を見ながら、俺は素直な感想を述べた。
今の柊なら「こいつ、男口調なんだぜ」とかいっても絶対に信じてもらえないに違いない。
この柊なら絶対にモテモテだろうよ。
だって現に男共が柊のことちらちら見てるし。
「べ、別に気に入ったわけじゃねぇ! ただ、その……可愛いなって思っただけで、って笑うなよ!」
「笑ってねぇって。いいじゃん、可愛いよ」
「だろ! やっぱり可愛いよな! ……ってにやにやすんな!」
俺が割りと勇気を出して可愛いって言ったのは柊の方なんだが、熊のぬいぐるみの方にとられてしまったか。
とりあえずそれを悟られないようにわざとらしい笑みを浮かべたんだが……よく考えたら悟られるはずもないか。
「詩織は鈍感だな。お前の褒めにも反応しないなんてな」
「お前は気づいたのかよ。別にいいんじゃねぇの? 俺は気にしてないし」
「それに女の子に対して普通に可愛いと言えるお前もすごいと思うぞ?」
いやいや。真宵後輩に対してならともかく、他の女の子に対して普通には言えないっての。
……あれ? 真宵後輩に対してでもそういうこと言える俺って……。
「両希も真宵後輩にそれくらい言ってやれ」
「殺す気か!?」
「その程度で死ぬのかよ。朝は普通に話してたろうが」
「あれも命を削って話していたんだ。寿命が二分ほど縮んだ」
それくらいなら譲歩してくれ。二分くらい短くなっても困らないだろ。
なんてことを話していると、後ろから誰かが駆け寄ってくる足跡が聞こえてきた。
「兄貴ーっ!」
『兄貴?』
「……あのバカ」
駆け寄ってきた奴の発言で柊と両希が声を合わせて首を傾げていた。
あのバカ。兄貴って呼ぶなって言ったら何回分かるんだ。
「白鳥、お前は何回そう呼ぶなって言ったらわかんだバカ。殴り倒すぞ」
「怪我人をさらに殴り飛ばす気ッスか!?」
心底驚いたポーズをとりながら、白鳥瑞穂はポーズに見合うセリフを言ってきた。
明らかに染色された金髪は、腰のあたりまで伸ばされている。
口調でわかるように俺よりも年下だ。確かひとつだけ下だったはず。
そんな白鳥は病人服を着て、わずかに見えている肌には包帯が巻かれているのがわかった。
「怪我したって、何したんだよ。喧嘩でもして負けたのか?」
「いやいや。喧嘩してウチが負けたのは兄貴が初めてッスよ。それ以外は負けなしッス」
「人は見かけによらねぇって言うよな」
「そうッスね。あんまり強そうに見えない兄貴がギガ強かったッスからね」
「俺からしたらお前の方が以外だよ」
「えぇっ!?」
なんなんだその新鮮な驚き方は。まさか強そうに見えてるとでも思ったのか?
「そんな……金髪にすれば強く見えると思ったのに……」
「見えるかバカ」
「あぁでも弱そうに見える方が喧嘩する割合は増えるッスから、それでもいいッスけどね」
「ポジティブだな」
「それがウチの取り柄ッスから」
親指を立てて白鳥は誇らしげに言ってくる。
「……で、なんで怪我したんだ?」
「うっ……。あんまり聞いてほしくないッスけど……」
「だったら俺のとこに来なきゃよかったろ。俺はお前のこと見つけてなかったんだからよ」
「いやぁ。兄貴の舎弟としては見つけたからには挨拶のひとつでもしようかと、病室から抜け出してきました」
何故わざわざ病室から抜け出してきた、お前は。病人は大人しくしてろよ。
「なぁ、かしぎ。この娘は誰なんだ? 兄貴と呼ばれてるみたいだが」
「兄貴に気安く話しかけるなこのイケメンメガネ! って、ぎゃん!」
「褒めのか威嚇すんのかどっちかにしろ」
俺は白鳥の頭に手刀を振り下ろしながら言う。
真宵後輩よりも小さいくせに強気で喧嘩が強いなんて、なんてギャップだ。
「いいんだよ。こいつらは俺の友達だから」
「兄貴の友達……。いたんスね、友達」
「喧嘩売ってる?」
「やや」
「よし。殺す」
「えぇっ!? 喧嘩じゃなくて殺す気ッスか!?」
当たり前だ。怪我人だろうがなんだろうが、俺に喧嘩売ってきたなら殺す。半殺しだけど。
「冗談だよ。知り合いで怪我人のお前を殺す気はねぇよ」
「知り合いで怪我人じゃなかったら?」
「殺す」
「あっぶねぇ……! 知り合いでよかったッス! 怪我しててよかったッス!」
それも冗談って言いたかったんだが、そこまで本気で喜ばれると冗談とは言いにくいな。
「で、なんで怪我したんだよ」
「……兄貴も知ってると思うッスけど、連続負傷事件に巻き込まれたんスよ」
白鳥もあの狐の面にやられてたのかよ。
「そのときに身体中をズタズタにされて、正直、死ぬかと思ったッス……」
「なのに動いても大丈夫なのか?」
「今は平気ッス。ほとんど完治してるッスから。ただ傷は残るって……」
白鳥はうつむきながら言ってくる。
そうだよな。いくら喧嘩をやってるっていっても、白鳥は女の子なんだ。身体中に傷跡が残るのは嫌なんだろう。
俺はそう思っていた。
「だから兄貴に体を捧げるときに見られちゃうッスよ」
「死ねバカ」
「こんなウチでも兄貴は可愛がってくれるッスか? 夜に激しい動きをウチにしてくれるッスか!?」
「しねぇよ。つーか死ねよバカ」
だが、こいつはそんなことは気にしていなかったらしい。
なんというか、ある意味すごい奴なのかもしれない。
「かしぎ、結局この娘は誰なんだ?」
話の切れ目が見えたからか、今まで黙っていた両希が口を開いた。
「こいつは白鳥瑞穂。俺が喧嘩によく巻きこまれんの知ってるだろ? そんときにボコった奴のひとりだ」
「女の子にも容赦ないんだな……」
喧嘩をしかけられたら男も女も関係ないだろ。女だからってそこまで手加減する気はない。
だが俺も男だ。女の子を本気で殴るのに手加減する気はなくても、抵抗はある。
だから気絶させる程度でしか殴ってない。
……殴ったら大して変わんない気もするけどな。
「兄貴の舎弟の白鳥瑞穂ッス。よろしくお願いします」
「これは丁寧に。こちらこそよろしく、瑞穂」
「おぉ、さすが兄貴の友達ッス。初対面の女の子相手にもう呼び捨てッスね」
「あっ、嫌だったか?」
「全然大丈夫ッス! 兄貴の友達じゃなかったら張り倒してるとこッスけど。ところで、お名前は?」
「僕は両希蓮也。蓮也で構わないよ」
「じゃあ蓮也って呼ばせてもらうッス!」
そこは両希にも兄貴みたいな呼び方してやれよ。
蓮也の旦那とか、蓮也の頭とかさ。
「そっちの女性はどなたッスか? 兄貴の彼女ッスか?」
「違う。友達だ」
「違うんスか。てっきりこれからホテルに三人で直行かと思ったッス。……そうだ、これから四人で行かないッスか? ホテル」
「行かねぇよ。なんでお前はそっち方向に話を持っていくんだ、このバカ」
俺にバカって何回言わせる気なんだ。
だいたいそんな幼児体型が何を言い出してるんだか。寝言は寝てから言うもんだ。起きてるうちに言ったらただの戯言だ。
「お名前を聞かせてもらっていいッスか?」
「別にいいけど。あたしは柊詩織……」
「うわぁ!?」
白鳥は柊の名前を聞いた途端……違うな。声を聞いた途端に俺の体に顔をうずくめてきた。
それはまるで、隠れるようなしぐさだった。
「おいおい、どうしたんだ?」
「そ、その声ッス……」
「お前、本当にどうした。大丈夫か?」
白鳥の声は誰でもわかるほどに震えていた。肩に手を添えてると体も震えていることに気づいた。
顔を見れば青ざめているし、これはただ事ではない。
「ウチをこんな風にした奴の声ッス……。な、なんで兄貴がそんな奴といるんスか……!? そいつが、そいつが……!」
「落ち着け、白鳥。お前をこんな風にしたのは柊じゃねぇ」
「わ、わかんないじゃないッスか。あいつは、狐の面を被ってたッス……。顔はわからなくても、こ、声で判断できるッス……」
いくら平然を装っているように見えても、心の底にはその恐怖はこびりついている。
そんなことはわかっていたじゃないか。
異世界で普通なら体験できないようなことを体験して、誰よりもこういう感情について理解できるようになったはずだろ。
どうして白鳥のその感情に気づいてやれなかったんだ。
「とりあえず落ち着くんだ。ひとりの方がいいか?」
「い、いや……兄貴、一緒にいてほしいッス……」
俺の服の裾をギュッと握りしめ、白鳥は震えている。
「わかった。柊、両希、悪いけどしばらくふたりにさせてくれ」
「仕方がないか。なら僕たちは帰るよ。また明日な、かしぎ」
「あぁ、また明日。柊もまた明日な」
俺の言葉を聞いて柊は一回だけ頷いて、両希と一緒に帰っていった。
声を出さなかったのはさっきのことがあったからだろう。
未だに震えている白鳥を連れて、俺は近くにあったベンチに腰を下ろした。
あまりにも震えているから飲み物でも自販機で買おうかと立ったりたんだか、その際にも裾を掴んで離そうとしない。
見た目との相性が相まってどうにも放っておけない。
俺って本物の妹がいるから妹属性を持つ白鳥に弱いか?
同じロリの真宵後輩にそんなことをやられても、絶対に同じ行動はしないと思うし。
「お騒がせしたッス、兄貴」
幾分かの時間が経過してようやく落ち着いたのか、ずいぶん落ち着いた口調でそう言ってきた。
「別に構わねぇさ。いつものお前に比べると大したことねぇからな」
「それはそれでなんだか微妙な気持ちッスね……。それに、あの人にも悪いことしたッス」
「あ? なんだよ、柊のこと狐の面だと思ってたんじゃねぇの? だったらあの反応は普通だっての」
全身を切り裂かれる恐怖を与えた狐の面が……柊の声で、それを聞いたとしたら恐怖に押し潰されてしまうのが常人の精神だ。
それを乗りきれるなんていうのはほんのひと握りの人間と、俺たちみたいな化物だけだ。
「違うッスよ。あの人は兄貴の友達なら、そんなことをやるなんてあり得ないッスから」
「妙な信頼寄せられてんのな、俺」
このセリフ言ったの何回目だっけ?
「思い出させるようで悪いんだが、狐の面のこと、教えてくれないか?」
「まさか兄貴……ウチのお礼参りッスか!?」
なんでさっきまであれだけ怯えてたっていうのに、たかが二十分でここまで切り替えができるんだ?
いいことだから別にいいけどさ。
「でも……いくら兄貴でもあの狐の面だけはやめた方がいいッス」
「勝てるわけがないからか?」
「勝てる勝てないじゃないッス。あの狐の面はそういう相手じゃないんスよ」
素人でもそういう異常は感じ取れるということか。
その身で異常を体験したからこそ、狐の面がどのような存在かを嫌でも感じることができてしまった。
「心配してくれてんのか? 俺がその狐の面と喧嘩して自分と同じような目に遭っちまうじゃないか、ってな」
「そうッス。兄貴を侮辱する気はないッスけど、そうなるッス」
「そこまではっきり言うなよ」
でも、と俺は言葉を続ける。
「心配してくれるのはありがたい」
「兄貴……」
「だから教えてくれ、その狐の面のこと」
俺の言葉を聞いて白鳥はうつむきながら拳を握りしめた。
教えたくないんだろう。自分みたいな犠牲を出したくないから、俺をそんな目に遭わせたくないから。
それでも白鳥は口を開いた。
「ウチが狐の面に出会ったのは、たぶん、被害者の五人の中の二番目ってことになるッス」
「二番目?」
「だからこの程度の怪我で済んだんスよ。怪我をしたときも意識はあったし、痛みこそあっても気絶はしなかったッス」
でも三人目からは、全員が意識不明になった。
白鳥は重い口調でそういった。
「もし自分が二番目じゃなくて、三番目だったらって考えるだけで……ゾッとするッス」
「……」
「あの狐の面に襲われたのは無人倉庫だったッス。喧嘩でそこに呼び出されて呼び出した奴らをボコったあと、出てきたんス」
「それでお前はそいつらの仲間だと思った……そんなところか?」
白鳥はゆっくりとうなずく。
「実際はそいつらの仲間なんかじゃなくて、殴りかかって、返り討ちにあってこの様ッス」
包帯が巻かれていると思われる体を、抱き締めるように腕で包む。
「ウチがわかったことはあの狐の面は喧嘩慣れしてないってこと、あとは、あの変な技はウチに使ったときは使いきれてなかったことッス」
「喧嘩慣れしてない? どういうことだ?」
「最初のうちはウチも近づけたッス。変な力を使ってたけど、当たらなかったら意味がないと思ったッスから突っ込んでったッス」
……さすがこの町を不良を仕切ってた喧嘩の頂点ってところか?
こんな成でも喧嘩の頂点に立ったからこその自信が、異常を前にしても前に出る無謀さを助けていたのか。
「殴ろうとすると狐の面はビクッとして素人みたいな避け方をしたッスけど、もう一回殴ろうとしたときには動けなくなってたッス」
「そうか。他にわかったことはあるか?」
「……他には何もわからないッス。ウチがそいつと喧嘩してたのは、たった数秒ッスから。役に立てなくて申し訳ないッス」
「バカ。それだけで十分だっての」
俺はベンチから立ち上がり、白鳥と頭を撫でながら言う。
「あとは任せておきな。お前のお礼参り、しっかりやってやる」
ここまでやられて黙ってられるほど、俺は出来た人間、もとい化け物じゃない。
いや、化け物だからこそ黙っていられないのか。
解決は間近だ。俺が全部、終わらせてやる。
◇次回予告◇
「狐の面の正体はわかったのか?」
「これってここ周辺の地図か。この赤い印はなんだ?」
「なにかで切り刻む系統のものってのはわかるからな」
「心配すんな。俺は、魔王を倒した勇者なんだ」
「ですが今の先輩は、当時以上の力は発揮できないのでしょう?」
「違いますよ。ただ、異世界で仲間を助けるために魔王の十万の僕に、単独で突っ込んだときのことを思い出しただけです」
「え? まぁ、暇っちゃ暇だけど。どっか行くのか?」
「冬道のくせに言うじゃんか。そうだな。こんなうじうじ悩んでるのなんて、あたしらしくねぇよな」
「兄貴にも優しさがあったんスね」
「んー、なんか明日にでも退院していいというか、退院してくれって担当の先生から泣きながら頼まれたッス。どうしてなんスかね?」
◇次回
1―(9)「不明」◇
「なにをするかはわかんねぇけど、無茶だけはするんじゃねぇぞ。わかってんだろうな?」