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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第六章〈志乃覚醒〉編
72/132

6―(1)「崩壊②」


 空に亀裂が入っている。その間から不規則に並べられた数値がこちらを覗いており、不気味な見映えとなっていた。

 それほど広くない仮想空間内に、五人の姿があった。互いが互いに距離を置き、手元のディスプレイに目を向けている。

『現時点での状況報告ファイル』

 司は仮想の肉体アバターの右手を動かして、ずらりと並んだファイルの一つを開いた。プライベートディスプレイに表示されたデータを全員の端末に送り、軽く目を通して確認した。

「十六時三〇分、冬道かしぎ及び柊詩織撃墜。

 同時刻、藍霧真宵戦意喪失」

 まず最初に記載されたのはそれだった。まだ状況の把握のできていない能力者にとって、それだけの情報が多大なダメージを与えていた。

 冬道たちが波導使いであることも、志乃が超能力では倒すことができないということも含めて、『組織』は知っている。

 つまりこの時点で、志乃を倒すことができないということが確定しているのだ。画面をスクロールして、詳細を開示する。

「今回の『九十九』による騒動は、六年前の首謀者である九十九志乃が起こしたものと同一であることが判明した。『九十九』を後ろから使役することでその配下を操作し、能力者の抹殺を命令した」

 静寂だけが漂う。ファイルを読み上げる司の声だけが虚しく反響する。

 九十九志乃の能力者抹殺宣言から、約二時間が経過した。事態は急速に動き出し、各地に混乱が生じることとなるかと思われたが、以外にもそれは杞憂で終わることとなった。

 あの声はともかく、映像までは見えていなかったのだ。どうやら特に超能力と密接な関係にある能力者にしか見えなかったらしい。超能力者であれば、あのくらいのことで狼狽えたりしない。志乃の宣言はただのいたずらで処理され、混乱を招くことがなかったのだ。

 不幸中の幸いとはこのことだろう。ただでさえ切羽詰まった状況で、各地の能力者の抑制までしていては、とてもではないが手が回らない。こうして『組織』の上位の能力者が集まることさえできなかっただろう。

「この戦いが起こった原因の一部に九十九東雲の反逆が挙げられる。六年前の戦いにおいて九十九一葉が行ったことが許せず、冬道かしぎ及び柊詩織、臥南来夏を連れて『九十九』に潜入した。しかしこの時点で九十九東雲は真実に至っているため、九十九一葉の救出と目的が変更されている」

 ぴくりと武骨な肩が揺れた。

 司はまた面倒なやつが動いた、とため息を溢したい気持ちになった。

「真実、と言ったがそもそも真実とはなんなんだ?」

 武骨な見た目の通り、重圧のある低い地響きのような声でガンマ・ガーフィードは言った。

 アフリカ系の黒人で、スーツの上からでも鍛えあげられた肉体がわかるほど大柄な男だ。角張った輪郭の上に添えられた黒縁の眼鏡は物足りなく見えるが、しかし似合わないというわけではない。むしろ似合っているといえた。

 ガンマは九州地方に派遣されている能力者をまとめるリーダー的な存在だ。頭文字をとった『GG』というあだ名で知られている。能力者間ではおそらく本名よりも『GG』というあだ名の方が広まっているほどだ。

 そして彼は、以前に司に求婚を申し出ている。もちろん司はそれを鋭く断ったのだが、会うたびに口説こうとしてくるためうんざりしているのだ。

 面倒だというのはそういうことだ。

「聞いているのか、マイハニー」

「黙れ」

 これが本物の肉体であれば、司はガンマを殺す勢いで襲いかかっていたことだろう。まだ実用化の段階になっていないこの空間では、こうやってファイルの参照や会話くらいが精一杯だ。

 侮蔑を存分に込めた睨みを効かせ、司はすぐにガンマを視界から外した。

 ガンマにとってはそれさえも快感に思えたのか、口の端に気味の悪い笑みが浮かんでいる。

「真実というのは六年前の戦いのことだ。九十九一葉が能力者の頂点に立ちたいがために起こしたと記録されているが、あれは九十九志乃が裏で手引きしていたのだ」

「……ではなにか、マイハニーが危険を省みず参加したあの戦いは九十九志乃によるものだと?」

 司はもうガンマの『マイハニー』という呼び方を訂正させるのを諦めたのか、なにも言うことなく頷いた。

 六年前の戦いは一葉が『九十九』の家族を守るため、仕方なく行ったものだ。そうしなければ家族を殺すと志乃に脅され、そうすることでしか守ることができなかった。

 本当はやりたくなかった、などという言い訳は通じない。それはもう過去のことであり、消すことのできない事実だからだ。犠牲となった人間はたくさんいる。それについて弁解するつもりはないだろう。

『九十九』の当主として、すでに一葉は幼いながらも覚悟していたのだから。

 だから東雲と対峙したときも、苦しんでいたはずだ。

 なにせ司は東雲と一葉の一騎討ちを見届けている。東雲は戦いに必死で見てはいなかっただろうが、第三者の位置にいた司には、一葉が泣きそうな顔をしていたのをよく覚えている。

 司は他に質問がないことを確認すると、続きを話す。

「『九十九』に乗り込んだ東雲一行は最上階、一葉の部屋まで登り詰めたが、そこで九十九志乃が現れた。そこで一葉及び柊詩織を誘拐し、球体に閉じ込めた」

 言葉を一旦切って周りの反応を窺う。さすが『組織』の上位というべきか、ここまでのことについては独自の情報網で得ていたらしい。

 大きな反応を示すことはなく、ファイルを眺めている。

「ほぼ同時刻、謎の塔と『吸血鬼』の眷属が出現した」

 塔についてはほとんどなにも記載されていない。すでになくなってしまったものを細かくまとめていても無意味だと判断し、省いたのだ。

 省いた理由の半分は面倒だった、というのもあるが、あの塔は『九十九』の能力を打ち消すという効果しかなかった。『九十九』以外の能力者には効果がないというのは、来夏が能力を使えたことで立証されている。

 わざわざ説明する必要もないだろう。

「『吸血鬼』の眷属は柊詩織の能力を志乃が引き出していたが、現在では志乃自身が眷属を使役することに成功している。ただし、志乃単体ではさほど多くの眷属は使役できないらしく、各地に司令塔となる眷属能力者がいる。その眷属能力者に限っては自我を持ち合わせており、さらに生来の能力を使用も可能。他の眷属は自我は持ち合わせておらず、また能力も使えない。眷属には例外なく『吸血鬼』の回復力が備わっているため、事実上、殺すことは不可能となっている」

「つまり、不死身ってことか」

 ガンマは唾を吐き捨てるかのように独り言を呟いた。

 不死身――。その言葉が重くのし掛かってくる。

 超能力はどんなことでもできる万能の代物ではない。やれることは限られているし、その限られていることさえやれない場合もある。だというのに、志乃はあっさりとそれを覆してしまった。もはや奇跡と呼べる超能力を持ちながらも、それは数あるうちの一つにすぎない。

 これを化物と言わず、なにを化物というのだろう。

「現在、九十九志乃と同様に眷属も息を潜めているが、すぐに活動を再開するだろう。そうなれば多大な被害がでる」

 能力者の抹殺を宣言した志乃は、それきり行動を起こしていない。準備を整えているのか、それともこちらのあわてふためく姿を嘲笑っているのか。

 どちらにしろ、こちらに残された時間はほとんどない。この時間内にいかにして対策を立てるかが重要だ。

 だが、対策といってもどうすればいいのだろう。

『吸血鬼』の眷属は一体ずつが強力だ。そのうえ並外れた回復力を持ち合わせているため、どうやっても勝ち目はない。一時的に動きを封じるという手もあるが、それができる能力者はほとんどいない。

 眷属は志乃が使役しているのだから、志乃を倒せば終わりだ。だがそれができるのであれば対策など必要ではない。

 九十九志乃は超能力者では倒せない――六年前の戦いで、それが証明されてしまっている。

 あのときは二人のイレギュラーがあったからなんとかなった。今回もイレギュラーはあったものの、それはすでに志乃の手によって潰されてしまった。

「どうすれば……」

 司が言うが、答えはどこからも返ってこない。

 どうすればいいかわからないのは誰もが同じだ。超能力がなければ所詮、能力者もただの人。超能力が通用しないことの前では、能力者など無力なのだ。

 残された手段のなかで志乃を倒せる可能性があるのは、『死降』になったときの柊だ。しかし『死降』となれば、柊がもうひとりの志乃になってしまうこともありうる。

 諸刃の剣をでたらめに抜き放つわけにはいかない。

 深い思考に陥ろうとしたとき、控えめに手を挙げる少年が司の思考を繋ぎ止めた。

「すみません、ちょっといいですか」

 そう言ったのは御神おがみ理央りおだ。

 四国地方をまとめており、ここにいるなかでは最年少の能力者だ。司は彼についてあまり知らない。会わないということもあるが自己主張の控えめな性格で、ほとんど面識がないのだ。

 それでも四国地方を任されていることだけは知っている。自分の力を客観的に見ており、戦いにおいてはまるで容赦がない。

 控えめな性格、と司は印象付けているが、その実は関係ないことには関与しないという無駄をしない性格ゆえだろう。言い換えれば無関心で、よく色々なことに巻き込まれている。

 できないことはやらない。だが、できないことがなかったゆえに、ここまで登り詰めた天才。

 ガンマ同様、性格に難はあるが実力は折り紙つきだ。

 御神の顔は司に向けられている。

「貴様、誰の許可を得てマイハニーに質問している。まずは俺を通してからにしてもらおうか、『四国の天災』よ」

「……あなたに許可をもらう必要があるとは思えませんが。それとその名で呼ぶのやめてもらえませんか」

 御神は背の高いガンマを見上げるように睨み付ける。

『四国の天災』という名前は司も知っていた。四国地方はガンマの担当する九州地方とは違い、能力者の対応が間に合っていない。それは御神の性格のためで、かなり危険な場所となっていた。

 とはいえ、前任がいたときはそうではなかったのだ。

 能力者のわがままを許すようになってしまったのは、御神が四国を任されたときからだ。

 おかげで四国に派遣されている『組織』の能力者から反感を喰らい、それでも天才を欲しいままにできる御神に逆らうことができないゆえに『四国の天災』と呼ばれるようになった。

 いまは大学で出会った能力者と協力し、なんとか体制を整えることができているらしい。

「事実だろう? 貴様が『組織』に来てから不協和音が生まれた。それが貴様の管理する地域にも影響しているではないか」

「それについて否定するつもりはありませんが、僕を無理やり『組織』に入れたあなたたちに言われたくはありません」

 御神は『組織』に入る前――入れられる前は超能力を持ちながらも上手く隠し、普通の生活をしていた。無気力で無関心な態度は同じだったが、それでも普通の学生だったといえる。能力を使うつもりなどなく、これからも平和に暮らしていくはずだった。

 それが崩されたのは、ひとりの能力者のせいだった。

 能力を発現させたばかりだったそいつは、御神の通う高校で暴れ始めたのだ。無差別に生徒を攻撃し、己の力に酔いしれていた。能力を前に成すすべもなく攻撃されている生徒を見て、御神は黙っていることができなかった。

 だから御神はいままで隠してきた能力を使い、そいつを殺すことで、その場を収めた。だが、それがいけなかった。

 守るつもりで戦ったはずなのに、人間にはない力を持っているというだけで周りが遠ざかっていった。その気持ちがわからないわけではない。御神だって超能力に恐怖を抱かないわけではないからだ。

 いつしか御神はそこから離れ、ひとりでいるようになっていた。そのときに出会ったのが、ガンマを含めた『組織』の能力者だった。

 御神が能力者だということを嗅ぎ付け、二者択一を迫ってきた。

『組織』に入るか、ここで殺されるか――。

 それは半ば強制的な問いだった。『組織』に入ることが決定事項で、それ以外の答えを許さない二者択一。

 御神には、一つの答えしか用意されていなかった。

「俺は貴様が『組織』に入るのは最初から反対だったがな。会ったときから気に入らなかったんだ」

「そう思っているのはあなただけだと思うなよ」

 御神とガンマの殺気に満ちた視線が交錯する。

 この二人はいつもこうだ。会えばいがみ合い、険悪な空気を作っていく。理屈などはなく、本心からお互いのことが嫌いなのだろう。もしここに本物の肉体があったとしたら、殺し合いに発展していたに違いない。

 司ともうひとりの『組織』の能力者が下らなそうに二人のにらみ合う姿を傍観していると、急に画面にノイズが走った。

 一同は志乃が動いたのかと戦慄したが、すぐにそうではないとわかった。

 空から御神とガンマの間に割って入るように、阿修羅が降ってきた。ふわりと音もなく着地し、そいつは御神とガンマの首に手を回すと、自分の方に引き寄せた。

「くだんねぇことで言い争ってんじゃねぇよ」

「おい離せ姫路! というかマイハニーの前でなんてことをしてくれる!」

「はぁん? アタシがなにしようと司っちがなにか思うとは思えねぇんだけどなぁガンちゃんよ」

 表情の変化こそ仕様に含まれていないものの、本物そっくりに構成された彼女の胸の柔らかさにあてられ、羞恥心が込み上げてきているのだろう。

 反対側の御神など口をしきりに開閉させるばかりで、なにも言うことができなくなっていた。

 とりあえず二人が落ち着き、別の意味で焦り始めたのを見ると、彼女は腕を離した。残像が見えるほどの速さで御神とガンマは離れ、深呼吸をしている姿に思わず笑いが込み上げてきた。

「遅ればせながら姫路ひめじかえで、ただいま見参! なーんて」

 姫路楓の登場により、なんだか場が落ち着きを取り戻したような気がした。こういうときの彼女の登場は、司にとって嬉しいばかりだ。

 姉御肌というべきか、姫路は面倒見がいい。

 顔を合わせれば喧嘩をする御神とガンマを仲裁するのは、いつも姫路の役目だ。司は傍観しているだけなのだが、ガンマのせいでいつも巻き込まれている。姫路が仲裁してくれるおかげで、司はかなり助かっていた。

 司は姫路の隣に来ると、小さく声をかける。

「すまないなフウ、助かった」

 フウとは司が姫路につけた愛称だ。『かえで』を別の読み方である『ふう』と呼んでいるところを見ると、二人の関係性が窺い知れた。

「気にすんなよ。毎度のことだろ?」

 八重歯を覗かせながら、姫路は司の肩を叩いた。ここでさえグラフィックが崩れるほどなのだから、これがもし本物の肉体であったなら、肩がもぎ取られていたかもしれない。

 姫路の見た目は性格と口調とは対照的で、お嬢様を彷彿とさせるような甘い容姿をしている。銀に輝くロングヘアーは緩いウェーブがかかり、サファイアの瞳はどこか吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えるほどだ。

 ドレスにハイヒールとまさにお嬢様と言わんばかりの服装だが、ドレスにはスリッドが入っていたり、ダメージを受けたりしている。この辺りは姫路の性格が色濃く反映されていた。

「それにしても相変わらずスゴいよな、これ。どうやって動いてんだ?」

 本物そっくりに構成されたアバターの手を開閉させながら、しかし姫路は居心地が悪そうに言う。ここにあまり来ない姫路はまだなれないのだろう。

 ふわふわした安定しない感触がまとわりついていて、気分が悪くなることもあったくらいだ。これでもだいぶなれた方なのだ。

「脳から全身に送られる電気信号をヘッドギアでキャッチ、遮断してこの体に直接送り込んでいるのだ。だからこうやって現実と同じような動きがてきるんだ」

「ふーん。聞いてもよくわかんねぇや」

「まぁ、VRシステムはまだ未完成のものだからな。理解できなくても仕方ないと思うぞ」

 そういう司も、このVRバーチャルリアリティーシステムを完全に理解しているわけではない。電気信号を現実の肉体にではなく、仮想空間内に用意された肉体に流して動かす――と説明はできるが、どういう原理で行っているかまではわからない。

 ましてや五感をそのまま仮想空間内――第二の現実とも呼べる世界に落とす技術など、現代において再現するのは難しいだろう。

 しかし、それを再現してしまったのが御神理央だ。彼は独自の理論で構築していたVRシステムを、能力者専用に仕上げることで、実験を成功させている。

 曰く、能力者には普通の人間とは違う流れ・・が存在し、それに外部から干渉をかけることで同じことができる――ということらしい。

 そのためか、このシステムを使えるのは能力者だけであり、しかもある条件を満たすことも必要なようで、『組織』の上位にしか許されていない。

 その条件というのはまだ御神もわかっていないらしいが、将来的には能力者が自由に暮らせる空間を作るために、研究を重ねているようだ。

「それで、私に訊きたいことがあったんじゃないのか?」

 ガンマが横やりを入れたせいでうやむやになっていたが、たしか御神がなにかを言いたそうにしていたことを思い出した。

 御神が「はい」と頷き、ガンマの射殺すような視線を無視して言う。

「志乃の目的は本当に能力者を殺すことなのでしょうか」

「どういうことだ? やつが明言しているのだ。それ以外になにか目的があるというのか?」

 六年前も『九十九』を利用して能力者を根絶やしにしようとし、そして今回は『吸血鬼』を利用している。なによりも志乃がそう言っているのだ。他に目的があるとは思えない。

「そうじゃないんですけど、志乃の動きには無駄が多すぎるような気がするんです。九十九一葉を捕まえたら、『九十九』の能力者が黙っていないことくらい、僕にもわかります」

 たしかに御神の言う通りかもしれない。以前は志乃が命令していたのではなく、志乃がした命令・・・・・・・一葉が実行させていた・・・・・・・・・・のだ。だからなにも知らない『九十九』は一葉に従い、能力者を根絶やしにするために動いていたのだろう。

 けれど今回は一葉を使うのではなく、人質にして『九十九』を従わせようとした――『九十九』の能力者が、当主を人質に取られて従うような性格でないことをわかっていながらだ。

『九十九』の創設者である志乃が、そのことを一番わかっているはずだ。

 まるで志乃がわざと『九十九』を敵対させようとしているようで、司は疑問を抱かざるをえなかった。

『組織』と『九十九』が協力したとすれば、『吸血鬼』の眷属と対等に戦うことができるだろう。

 だが能力者を殺すことが目的の志乃が、何故そのようなことをしたのか……考えたところで答えはでない。

 そもそも志乃は、どうして能力者を殺そうとしているのだろうか。ただ漠然と能力者を殺す、と言われただけで、明確な理由はいまも昔も述べることはなかった。

「だからどうしたというんだ。敵に無駄があるならそれでいいだろ。わざわざ考えることではない、マイハニーの手を煩わせるな」

「あなたは黙っててください。話がややこしくなる」

 見向きもしないで言う御神の態度が気に入らなかったのか、ガンマの目が鋭利に細くなる。

 御神もそれに気づいていないわけではないだろう。だというのに無視を決め込んでいる。それが余計にガンマの堪に障った。

 おそらく御神を怒らせる言葉を発しようとしたガンマが口を開く前に、姫路がその唇に人差し指を当てた。片目をパチッと閉じてウインクすると、なにかを言うわけでもなく、姫路はガンマから離れていく。

 言うタイミングを外されたからか、ガンマはなにも言うことができなかった。

 だがそんなガンマの代わりに、いままで一言も発することのなかった少女が言う。

「そのようなことはどうでもいいであります。いまは、九十九志乃をどうやって抑えるかを考えるであります」

 協調性の欠片もなかった御神とガンマ、それに姫路や司までもがたった一言に緊張を走らせた。

 言ったのは小さな少女だった。彼女の瞳を覗いた瞬間、まるで化物にでも睨み付けられたような、そんな恐怖を覚えた。ここにいる能力者は全員が全員、それぞれの死線を潜り抜けている。そんな猛者をただの威圧感だけで屈服させることができるなどと、誰が想像できよう。

 竜の鬣のように仕上げられた日本人離れした真っ赤な長髪。病的なほどに白い肌は文字通り、病気にでもかかっているのではないかという印象を受けた。

 小さな竜――なぎと呼ばれる名本名不明のこの少女こそ、『組織』の頂点に立つ能力者だ。

「志乃がなにをしようと、我々がやるべきことは超能力者に悪影響を及ぼす存在を排除すること。その他に考える必要はないであります。――わかっているな?」

 つくづくVRシステム内にいて助かったと感謝せずにはいられなかった。

 凪の機嫌はかなり悪い。志乃という危険分子がいるからではなく、擬似的だが『九十九』と協力することになり、さらにはその頂点である一葉を助けなければならないとなれば、こうなるのも頷ける。

『組織』と『九十九』の頂点同士には因縁があるらしい。それがどういうものかは司はおろか、誰も聞いたことがない。ただ因縁があるということだけが行き交い、そのことに触れないようにしてきた。

 だというのに、まさかこんな形で関わることになろうとは思わなかった。

「志乃に超能力が効かない、六年前ならそうでありましたが、いまはどうでありますかな?」

 凪は膝の上で気持ちよさそうに寝ている能力者、同じく本名不明の花音かのんの頭を撫でた。

 上下共に色気のない灰色のジャージで、目元にはアイマスクがつけられている。鬱陶しいからか前髪はヘアピンで上で固定され、襟足は一本にまとめられていた。

 花音についても『組織』で知っている人間はいない。『組織』が作られた当時から凪の側近……というよりもパートナーの関係として、いつも一緒にいた。凪だけならともかく、花音がひとりでいるところは誰も見たことがない。

 凪の膝枕で常に眠り続け、凪の呼び掛けに応じて生き返るように覚醒する。それが花音という少女なのだ。

 ぐいっとアイマスクを持ち上げると、花音の垂れ目が凪に向けられた。

「えへへ~……ナギちゃん、おはようなの~……」

「うむ、おはようであります、カノン。さっそくでありますが頼んでもいいでありますか?」

「ナギちゃんのお願いならお安いご用だよ~……ふぅ」

 製作者である御神は、VRシステム内で能力を使うことはできないと試験運転から結論出している。このVRシステムは電気信号ではなく、超能力の流れで接続しているからだ。だから能力を使えば流れが乱れ、接続が途切れてしまう。

 だが、何事にも予想外はつきものということだろう。

 花音だけはVRシステム内で能力を使うことができた。

 どういう原理でそれが可能となっているかはまだわからないが、将来的に超能力者の『第二の現実』を実現するためには、花音の協力が必要不可欠だ。

 そんな花音の能力は、様々な視点から見た光景を俯瞰的に再生するというものだ。本来なら自分しか視ることができないのだが、VRシステム内でならそれをディスプレイに映すことができる。

 凪はそれで志乃の戦いを見ようとしているのだ。

 志乃が戦ったときのデータだけは一切とることができていない。それでは対策の立てようがない。

 花音がゆっくりとプライベートディスプレイに触れると、背後に用意された巨大なディスプレイに、すでに破壊された塔のなかにいる柊と、志乃が映し出された。

「あれが、九十九志乃……?」

「あん? 普通の女の子にしか見えねぇけどなぁ」

 三つに折り畳んでもなお身長ほどもある白髪はくはつ。瑠璃色に光る双眸。髪や目の色が特徴的なことを除けば、姫路には志乃が普通の女の子に見えるのだろう。見た目の年齢も姫路より志乃の方が下だ。

 映像越しでも伝わってくるはずの威圧感は、小さな竜のせいで感覚が麻痺してしまっているのでほとんど感じない。

「あれを普通の女と言えるとはな。よく見ていろ、あれは普通の女などではない。真の化物だ」

「なんだよガンちゃん、あいつのこと知ってんの?」

「六年前にちょっとな」

「……ん? 六年前って『組織』は関与してないんじゃ……あ、もしかしてストーカーしてやがったのか?」

 姫路の的外れな考えにガンマは「そんなわけがないだろ」と吐き捨てる。

「見たのはたまたまだ。あいつとは偶然、一緒に行動していたからな」

 ガンマが言う『あいつ』が誰かということは、ここにいる全員がよく知っている。

 かつて『組織』の頂点、つまりは凪と肩を並べて世界を疾駆した銃騎士のことだ。けれど彼はあの戦いで力を失い、凪のもとを去った。

「無駄話はするな。そんな暇があるなら、さっさと対策を練るであります」

 凪の前では銃騎士の話も禁忌となっている。

 全員がディスプレイに注目した。


     ◇◆◇



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