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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第五章〈九十九騒乱〉編
71/132

5―(20)「崩壊①」


 ――頼みましたよ。

 まさか藍霧にそんなことを言われるとは思わなかった。

 藍霧は冬道に関することを誰かに頼むようなことは絶対にしない。他人を信用していないのではなく、冬道を除いた誰をも信用していないからだ。

 そして冬道は藍霧の生きる意味であり、愛する男だ。

 藍霧の盲目的なまでの強さは、自己中心的な独占欲と表裏一体。すべてが冬道によって定められ、マリオネットのように生きている。

 糸を引く者がいなければ人形が動けないように、藍霧にも冬道がいなければ死んでいるのと同じだ。

 だから藍霧に生きる意味を預けられたことに、柊は嬉しさを感じていた。

 やっと真宵に信じてもらえるようになった。これで対等な立場で冬道に好意を寄せることができる――と。

 柊は冬道を諦めるつもりなどなかった。真っ暗だった世界に光を射し込ませ、闇の底から引きずり出してくれたあの少年を諦めるなど、できるはずがなかった。

 冬道が藍霧のことが好きだということは知っている。誰がどう見ても、この二人は相思相愛だということがわかる。わかっていないのは本人たちだけだ。近くにいながらも本質に触れていない二人には、互いの気持ちの底が見えていないのだろう。……いや、もしかしたら見ようとしていないだけなのかもしれない。

 なにせ元勇者たちは異世界で出会い、こちらに還ってきた。己をさらけ出すことしかできない環境で生きてきた二人には、蓋をした感情に無意識に触れないようにしているのだろう。

 元勇者としての、波導使いとしての互いのことは知り尽くしている。

 しかし、学生としての互いのことはほとんど知らない。

 そんな普通ではない関係が成り立っているのだ。

 叩けば壊れてしまいそうなほどに脆く見える関係なのに、根本的なところでは強く根付き、恐ろしいほど強固な絆で結ばれている。そこに割り込むには、やはり対等な立場に立つしかない。

 そのためにはまず、ここから脱出するのが先決だ。

 柊は頬を叩いて気合いを入れる。袖の切り落とされたロングコートを拾い上げ、いつの間にか慣れていた手つきでそれを羽織った。

「話は聞いてたよな?」

 一葉は大きく頷いて肯定する。

「だったらあとは実行するだけだ。頼むぜ、一葉」

「…………」

 しかし、今度は頷くことはせず、首を横に振った。

 柊を見上げ、一葉はぽつぽつと声にならない言葉を紡いでいく。そのひとつひとつをしっかりと聞き、柊は一葉の頭を撫でた。

 一葉は柊が能力によって押し潰されてしまうのではないかと、心配しているのだ。

 もしもそれで柊が死んでしまったらと考えると、どうしても能力を使うことが躊躇われてしまう。やっと会話のできる相手、友達ができたのに、能力で殺してしまうなんてことはしたくない。

 それがわがままで私情なのは一葉もわかっている。だけど、抑えきれない想いというのもあるのだ。

「大丈夫だって。あたしがそれくらいでくたばるわけねぇだろ? あたしはしぶてぇからな」

『吸血鬼』の肉体補正があれば、何十倍にも及ぶ重圧にも耐えられるだろう。というより、耐えきらなければならない。脱出するには一葉の重力操作で球体に負荷を加え、そこに全力の一撃を叩き込む必要がある。

 耐えるのはただの過程だ。結果に繋げるための工程にすぎない。

 真紅に光る眼を鋭利にし、口元からは笑みを消した。

「やるぞ」

 両足を大股に開き、全体的に前屈の姿勢で両腕を下げた柊が短く告げる。

 柊はもう一葉を見ていない。考えを変える気ないからだろう。声を出せない一葉が柊に言葉を伝えるには、唇の動きを見なくてはならない。

 そうせずとも、血の繋がりと『吸血鬼』のおかげでなんとなく・・・・・でわかってしまう。

 だから、一葉の言葉はちゃんと聴こえていた・・・・・・

 後ろで空気の流れが変わった。一葉を中心に重力が渦を巻く。踏ん張っていなければ引き寄せられてしまうなどということはないが、いくらか違和感がつきまとっている。

 柊は引き締めた気をさらに引き締める。準備しすぎてしすぎ、などということはまずない。何十倍の重力というのは未知の領域だ。確実に柊の予測を上回るだろう。それさえわかっていれば、どうとだってできる。

「――っ!?」

 全身をでたらめに引きちぎられるような激痛が走る。重力のベクトルが外側に向き、無法地帯となった空間で柊は呼吸をすることさえ忘れた。

 気を抜くなんて言っている場合じゃない。なにも考えられない。生きることを放棄したくなるような苦しみが柊を蹂躙していく。

 内蔵が破裂していく感覚がリアルタイムで刻まれていく。『吸血鬼』の回復力のせいか、その感覚は止まることを知らないようだった。

 再生と破壊が繰り返される。人としての形を維持し続けられているのは、はたして『吸血鬼』によるものなのか――柊の冬道に対する気持ちゆえか。おそらくはどちらもだ。

『吸血鬼』が体を耐えさせ、気持ちが精神を支えている。

 どちらかが欠けてはだめだ。どちらもあるから、柊は前に進めるのだ。

 自由の利かない体を動かし、拳を握る。地につける足の力をこめ――そして疾駆する。

 雄叫びは掻き消された。獣は檻を内側から食い散らかし、広がる荒野へと解き放たれる。

 球体が弾けるように破裂した。それと同時に柊の体にかかっていた負担もなくなり、一気に力が抜けていった。その場に膝をつき、荒い息を正す。

「――っ!」

 一葉が泣きそうな表情で柊に駆け寄ってくる。心配そうに顔を覗き込み、安否を気遣う言葉を並べていく。

「だから、大丈夫だって言ったろ? ははは……でもスゲーきついな、これ」

 がくがくと筋肉が痙攣し、言うことを利かない。やっと脱出できたというのに、これではしばらく動くのは無理そうだ。

 柊は動けないついでに、どこにいるのか確かめることにした。球体のなかからでは外を見ることができず、どこにいるのかがわからなかった。

 だいぶ台風は止んできたようだが、まだ風はずいぶん強い。周りを見渡せば荒れに荒れた海が広がるばかりで、自分たちがとんでもないところにいるというのを、他人事のように受け入れていた。

 寝転がりたい衝動を抑え、柊は立ち上がる。

 志乃がいつ戻ってくるかわからない以上、ここにいては危険だ。脱出したことが知られれば、また閉じ込められるのは目に見えている。そうなれば今度こそ脱出は不可能だ。

 一葉におぶさるように言うと、控えめに背中に納まる。

 向こう側に海岸が見えた。『吸血鬼』の跳躍力をもってしても、一回ではたどり着けないだろう。せめて数回の溜めが必要だ。

「しっかり捕まっとけよ。じゃねぇと振り落とされても知らねぇぜ?」

 無邪気に笑う一葉を背に乗せたまま、柊は跳躍しようと両足を畳んだ。

 瞬間――。

 足場にしていた床が崩れ落ちた。不意にバランスを崩した柊はみっともなく滞空する。この高さから落下しても柊だけなら無傷で済むが、背中には一葉がいるのだ。そんなことになってはならない。

 足を振り上げ、振り下ろした勢いで体勢を逆転させる。あとは落下したときのために備えて覚悟を決めた。

 こんな高さから落ちるのが怖くない、などという強靭な精神は持ち合わせていない。戦いならどうにかなったかもしれないが、こんな風に下手に余裕があるため、恐怖を覚えずにはいられないのだ。

 目を瞑りたいのをぐっと堪え、柊は近づいてくる床を見つめる。そして――床を盛大に陥没させながら着地した。

 足を伝って脳天まで刺激が突き抜ける。骨折どころか捻挫すらしないのは、『吸血鬼』のおかげというのは言うまでもないことだ。

 背中にいた一葉にも震動が伝わっていたようで、くりくりとした瞳をまんまる・・・・にしていた。

「ま、まさかいきなり床が崩れるなんてなぁ。ていうか床じゃなくて天井だったのかよ」

 足の痺れがようやくとれると、落ちてきたところを見上げた。どうやら偶然・・崩れたようだが、妙に都合の悪い偶然のように思えた。

 年寄り臭いかけ声で足を伸ばすと、視界の端に白と黒の十字が目に入った。角度をずらして中央に納めると、それが一対の剣だということに気づいた。

 ナックルガートが小さめの、全体的に細身の剣。しかし素人目で見てもわかるほど芯のしっかりとした、鍛冶師の魂の籠った剣がそこにあった。

 柊は勇者な少年を直感したが、彼の持っていた剣はもっとインパクトのある印象だった。

 なにか思い浮かべるわけでもなく、ほぼ無意識に剣に手を伸ばしていた柊は、とてつもない気持ち悪さ・・・・・・に襲われた。

 それは柊だけでなく一葉もだった。嫌な汗を流し、ぐったりとしている。顔を蒼白にしている様子は、あのときの症状と似ていた。

「志乃の近くにいたときと同じだ……!」

 すでに一度体験しているからだろう。志乃と対峙したときほどの気持ち悪さは感じないし、動けなくなるほどでもない。

 まさか、志乃が脱出したのを感づいたとでもいうのだろうか……?

 もしそうなのであれば一刻も早く逃げなければならない。捕まるにしても、簡単に捕まってやるわけにはいかないのだ。

「にーがさないよぉ……『吸血鬼』のおねーさん」

 それは直感がなす反射行動だった。一葉を前で抱え直し、後ろを目掛けて回し蹴りを放っていた。踵に柔らかい感触を受け、そこで誰かを蹴り飛ばしたというのを理解した。

 聞こえた幼い声。蹴ってしまってからマズイと焦ったものの『吸血鬼』の直感がそうさせたのなら、おそらく間違いではあるまい。

「一葉、ちょっとだけ待っててくれ。あいつは敵だ」

 力なく頷く一葉を見て柊は焦燥感を募らせる。自分だけならまだしも、まだ小さい少女にこの苦しさを与え続けるのはあまりにも酷だ。

 だったら戦わずに逃げればいいのかもしれない。

 しかし直感が告げているのだ。逃げるのだったらこいつを倒してからでないとだめだ――と。

 柊は床に突き刺さった白と黒の剣を抜き取り、構える。

『吸血鬼』の蹴りを喰らっても平気そうにしている男はむくりと起き上がると、柊に苦痛と喜びの混じった笑みを向ける。

「あのおねーさんといい『吸血鬼』のおねーさんといい、僕を苛めるのがそんなに楽しいのかなぁ?」

 奇抜な格好、さながらピエロのような衣装は、ところどころが無理やり千切られていた。

 あのおねーさん、というものに心当たりがないわけではない。柊が知るなかで『おねーさん』と呼称されるような人は二人くらいしかいないからだ。

 東雲と来夏――。だがここで『九十九』が能力を使えない以上、来夏がやったのだろうと判断した。

「あたしは好きでやったんじゃねぇよ。つーか後ろに立つんじゃねぇ。――殺されてぇのか?」

 ついに現実味を帯びてきたなと思う。たった二ヶ月で見える世界ががらりと変わってしまった。普通から隔絶され、肩身の狭いところで生きていかなければならなくなった。

 後悔がない、と言えば嘘だ。できることなら、普通の高校生活を送りたかった。

 なにも知らないまま平然と、楽しく普通を謳歌していたかった。

 だがそんなことは元々できるはずもなかったのだ。『吸血鬼』として『九十九』に産み落とされた柊には、そんな選択肢は用意されていなかったのだから。

 ふとあることが柊の頭をよぎった。

 柊詩織――九十九詩織という能力者はどうして追い出されなければならなかったのか。

 それこそ柊が求めていたことだ。それを求めて、柊は『九十九』に乗り込んだ。

『九十九』……いや、志乃は『吸血鬼』を執拗なまでに生み出そうとしていたと聞いている。そのすえに生まれたのが九十九詩織で、失敗作という理由だけで追い出された。追い出されたのだ・・・・・・・・

 失敗作だというなら、どうしてほかと同じように失落牢に閉じ込めず、柊家に引き取らせたのだろう。超能力を秘匿するのは能力者に共通する意識だ。ならば一般家庭に能力者のなかでも群を抜いて異常な『しおり』に授けるのはおかしいのだ。

 しかもそうなると、義理の両親は『しおり』が異常であることを知っていることになる。それについてはいま考えるべきではないだろう。

 いま重要なのは、そこまでした柊を、なぜこのタイミングで利用したかだ。

 こんなことをするのであれば、柊を追い出す必要などなかったはずだ。失敗作であるにも関わらず、『吸血鬼』の強さは当主である一葉や『九十九』最強の九重を超えている。

 これではまる、で志乃は超能力という存在を、露見させようとしているみたいではないか――。

「お前は、知ってんのか……?」

「どれのこと? なにをかちゃんと言ってくれなきゃ答えられないよ」

 訊けば答えてくれるのか……?

「あたしのこと――九十九詩織のことだ」

 彼、彩人は若干考える素振りを見せた後、

「知ってるよ」

 とだけ答えた。

 両の手に持った剣にまで体の震えが伝わった。それだけ大きく震えたということだろう。しかしそんなことにさえ気づかず、呆然と立ち尽くした。

「おねーさんはねぇ……あ、でも僕よりも年下の女の子をおねーさんなんて呼ぶのは変かな?」

「いいから話せ」

 柊は彩人のふざけた態度に牙をむき出しにする。

「なら『吸血鬼』さんで。で、『吸血鬼』さんが知りたいのは『吸血鬼』さん自身のことかぁ。うーん……そのことで僕が知ってるのは、志乃おねーさんはもともと、あなたを使うつもりだったってことかな。まぁ、おっきするのが遅かったからいまになったみたいだけど」

「どういう意味だ」

 もともと使うつもりだった? 起きるのが遅かったからいまになった?

 聞けば聞くほどわからなくなっていく。底なし沼にでも絡めとられとように、柊の思考が沈んでいく。

「そこは志乃おねーさんの目的に関係あるんだよ。結果的に六年前にやるより上手くいってるみたいなんだぁ。『吸血鬼』さんと『九十九』の当主ちゃんはそのキーパーソン、なくてはならない駒なんだよ」

「……ふざけんなよ、わけのわかんねぇことべらべら喋りやがって。教えるつもりがねぇんなら、てめぇを倒してもいいんだぜ?」

 もう彩人の話に付き合うつもりはなかった。こいつに話させても要領を得ない答えばかりが返ってきそうだし、なにより一葉の体力の限界だ。

 志乃が戻ってくることもありえる。もしかしたら彩人は囮なのかもしれない。

 彩人の言ったことが気にはなるが、そんなのは後から聞けばいい。事実はわからないかもしれないが、自身が納得できればそれでいいのだ。

 それに、こんな小さな女の子に無理を強いてまで知りたいことではない。

 構える――剣の構えなどわからないのだが、体が自然と構えをとっていた。剣を持っていないときとほぼ同じだ。片手は地面すれすれに、もう片方は肩より高く。

「ちょ、ちょっと待ってよ。僕じゃ『吸血鬼』さんには勝てな――」

「うるっせぇ!」

 言い終わる前に柊が間合いに踏み込んでいた。体ごと剣を背後から回し、斜め掛けに彩人を斬りつける。斬線を捉えることができなかったからか、剣が上手く通らない。しかし持ち前の怪力で強引に腕を振り抜いた。

 鮮血が頬を濡らす。真紅の瞳に負けず劣らずの血が頬を伝い、それを舌で舐めとった。

 そのなんでもない行動が、柊の脳髄にある情報を直接書きこんできた。

 彩人の能力の情報だ。しかしそれだけではない。

 まるでいまの一手でかかっていたプロテクトが解除されたかのように、奥底に押し込まれていた能力に関する情報が溢れてきた。いままで吸血してきた能力者のものだ。

 いくつも流れ込んでくる知識の中心には『吸血鬼』がある。だがその真心となるところだけがぽっかりと穴になっていて、それだけが不明となっていた。

 剣を振り抜き、遅滞のない動きで彩人から距離をとる。その直後、柊のいた場所を瓦礫が押し潰した。

「あれ? やっぱりわかっちゃうんだぁ」

『吸血鬼』の眷属化による副作用の回復力を我が物顔のように使う彩人に、柊は激しい憤りを感じた。

 それに彩人の能力については細部までわかっている。

 偶然を操る能力など絶対の前には無意味――それさえ頭に置いて置くだけですでに詰みだ。

「でも逃がさないよぉ。君だけは――逃がすわけにはいかないんだから」

 彩人の表情からふざけたものが削ぎ落とされた。

 覚悟を据えた眼だ。勝てないとわかりながらも一度決めた道を真っ直ぐに行こうとする、そんな覚悟がひしひしと伝わってきた。

 柊も改めて剣を構える。覚悟を据えたしまった彩人からは、どうやっても逃げ切れる気がしなかった。

「志乃の第一の目的を達するには、君は重要不可欠だよ。あの剣士さんと戦うには、君を人質にしてないといけないからね」

 伏し目がちに、悲しそうな声色で彩人はそう言った。

 あの剣士――間違いなく冬道のことだろう。だが、なぜ志乃は冬道と戦いたいのだろうか。しかもこんな殺し合いに発展するような戦いを――。

「志乃は言ってた。『妾が世界に二つの種を蒔いた。喜びと悲しみという種をだ。けれど一つは潰え、もう一つは妾のなかで大きく膨らんだ。だから妾は、この芽を摘もうと思うのだ』……って」

「……どういうことだよ」

 彩人は笑いながら「関係ないよ」と一蹴すると、天井の隙間から覗く空を指差した。

「だって摘まれたのは、剣士さんの方みたいだから」

 さっきまでの悲しそうな表情はどこにもない。

 柊は思わずはっとして空を仰いだ。

 その刹那――暗雲に包まれていた空が真っ二つに両断され、その奥に一つに繋がる二つの人影が見えた。


     ◇◆◇


『吸血鬼』は遠く離れた空にその姿を見た。

 青い空に白を流線させる禍々しい佇まいの女の姿。それに本能的な恐怖を抱き、意識的な怒りを灯らせた。

『能力者諸君、妾の名は九十九志乃と申す』

 最大なる元凶は、感情の宿らぬ無機質な声を口にする。


 かの地で安静にする『おんがえし』と殺人鬼は、その声を耳にした。

『おんがえし』は不意の出来事に戸惑い、殺人鬼はこのときが来てしまったのかと悔しげに唇を噛んだ。

『度重なる騒動、それについて知らぬものはおらんだろう。妾はそのようにこれを仕組んだ』

 そこにあったのは落胆と絶望、そして悲観。

 二度も成し遂げることができなかった以上、三度目があるとは到底思えなかったのだ。


『陰陽師』はそれを敏感に感じ取っていた。

 動きの鈍くなった眷属を相手取りながら、嫌な予感が拭えず、戦いに集中することができずにいた。

『妾の目的はただひとつ――超能力者と呼ばれるそちら全員を殺すことだ』

 偽らざる本心からの言葉。けれど本当にやりたいことは成せぬまま、最悪の決断を下すこととなった。


 六年前の再現をするつもりなのかと、『ゲームメイカー』は罵った。

 隣で同じ言葉を聞く彼女は表情ひとつ動かさないまま、しかしなにか嫌なものを感じているのか、不安を見てとることができた。

『以前のように生き延びることはできぬだろう』

 そう言って言葉を切った。

 次に紡ぐ言葉を模索しているというよりも、恐怖を煽っているようだった。


 そして『夜天の波導術師』に決定的な一撃を与えた。

『――勇者は妾がこの手で葬った』

 歯車が壊れるような音が響いた。実際に響いたのではなく、彼女を彼女たらしめる歯車からだ。

 おそらくは全員に届いただろう映像が、彼女の網膜に焼きついてくる。

 それは紛れもなく――


 ――心臓を貫かれる冬道の姿だった。





 第五章、まさかのところで完結です。

 かしぎの出番がなくなってようやく出てきたかと思えば、まさかの敗北という展開です。一回くらい負けといてもいいんじゃないか……というわけではなく、ちゃんとした伏線です。

 覚醒フラグとかパワーアップフラグとかがありますけれど、この場合は更正フラグです。誰のかはあえて言いませんが。


 そして本日付で氷天の波導騎士、一周年を迎えました!

 一年間も書いていれば終わるだろうと思っていたのですが、物語が長いのか執筆速度が遅いのか(たぶん後者ですね)、まだ半分しか終わっていないという。

 これからはもっと執筆速度が落ちるだろうというのに、残り半分……いつ完結できるかわかったものではないですね。

 ですが、遅くなっても完結させますので、長い目でお付き合いください。


 さて、ここからは次章のお話となります。

 まず初っぱなから新キャラが出ます。がっつりと。

 なにをやってるんだと言いたい気持ちはよくわかります。ただでさえ掘り下げのなっていないキャラがたくさんいるのに、そんなにキャラを出してどうするのかと。

 ですがご安心を! 次章ではちゃんと新キャラや五章で出たキャラが活躍するので、そこでどういう奴なのかを知ってもらいたいと思います。

 ……あと、最後の方まで主人公が登場しません(ボソッ


 えー、変な呟きを終えたところで、最後に一言。

 今後とも、氷天の波導騎士をよろしくお願いします!


 P.S.


 氷天の波導騎士SSの方に、かしぎの異世界での物語を載せていますので、興味のある方はぜひ見てください。

 それでは皆様、ちょっと早いですがよいお年を!



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