1―(7)「超能力」
「まず、お前らに聞きたいことがある」
そう前置きをして、アウルは話はじめた。
「お前らは『超能力』というものを信じるか?」
「超能力といいますと、テレビなどで放送しているあれでしょうか」
「そんなところだ」
俺は超能力というと物を動かす念動力だとか、場所を移動する瞬間移動を想像する。
「信じるか信じないかで言われますと、今さらかという感じですね」
真宵後輩のいうとおり、異世界に召喚なんていう超能力よりも異常な体験をしている以上、その程度のことでしかない。
波導を使えば水も使えるし、風も起こせる。
今さら超能力とかいわれても、凄さが全くわからない。
「そうか。なら続けよう。さっきの狐の面が使っていたあれも超能力だ。私たちは単に能力と呼んでいる」
「あれが超能力か……」
狐の面が使っていた能力を思い出す。
地面が抉られ、周りが破壊されていく。
全く見えなかった。狐の面の筋肉の動きに連動してたからわかったが、もし念動力みたいな能力だったらと考えると苛立ちが止まらない。
「……先輩?」
「あ……ど、どうしたんだ?」
「怖い顔をしていたので声をかけただけです。何かあったのですか?」
「なんでもない。アウル、続けてくれ」
真宵後輩の珍しく心配そうな表情から視線をはずして、アウルに話を続けるように言う。
一回だけ頷き、アウルは話を再開した。
「超能力という言葉自体は別に珍しいものではない。よく漫画などにも使われていて、そういう話が出ても違和感に思わないだろう?」
「まぁ、そうだな」
「それはなぜか、分かるか?」
そんなことわかるわけないだろ、と俺が思っているよそで真宵後輩が口を開いた。
「実際には存在していないと分かっているから……違いますか?」
「その通りだ」
なるほど。超能力があればいいなと思いながらも、現実的にそんなものは存在しない。あり得ないという矛盾した考えを俺たちは抱いている。
だから超能力という言葉を口にしながらも、話題にも上がる。
「実際には存在しないからこそ漫画にも出来るし、それでどうこうしようなんて思う人間が現れない」
しかし、とアウルは言葉を続ける。
「超能力が存在する、そんなことが世間に伝わればどうなる?」
「どうなるってそりゃ、大騒ぎになるな」
「そうだ。大騒ぎになる。それだけじゃない」
アウルはそこまで言って言葉を切った。
俺を見る目がスッと細まり、睨むようになる。
「もし超能力を使う人間が自分たちに危害を加える生き物だと知れれば、そいつはどうなる」
「……そういうことね。そいつは大変だ」
世間から迫害され恐れられ、畏怖の対象として見られる。
さらに進めば、そいつが何か行動を起こす前に消してしまおうという人間が現れることも考えられる。
つまり、そいつには居場所がなくなることになるんだ。
「だから私は『組織』に派遣されて、ここに来たんだ」
「『組織』って……。なんか結構ありがちな展開になってきたな……」
「うるさい。とにかく、『組織』で能力を持つ人間が発見された場合、そいつを保護するために私みたいな人間が派遣される」
ありがちな展開すぎて驚きも出てきやしない。
というか、やっぱりアウルも超能力使えるのか。
ようはその『組織』というのが一般人に超能力という存在を認識させる前に、保護という名目で監視しようってことだ。
「しかし保護という監視されることはわかりきっている。超能力を使わないかどうかというな」
「その反応が妥当でしょうね。気づかない方がおかしいです」
相変わらずの辛口コメントだった。
「そこで能力を持つ人間はふたつに分類される」
そのひとつが、バレたときに迫害などをされないように保護してもらう種類の人間。
能力を使わないとしてもふとした拍子にバレないとも限らない。だから、そういうときのための保険のようなものらしい。
ふたつ目が……。
「能力を自由に使いたい、そんなものは信じられないという者だ」
「それがさっきの狐の面みたいな奴か」
「そうだ。たださっきの狐の面のような場合に『組織』が見つけたとき、すでに能力を使って被害を起こしていた場合は――――そいつを消さなければならない」
「おいおい、ずいぶんと血の気の多い奴らだな」
「被害を起こして能力を使う快楽を覚えている以上、説得をするのは不可能だ。これからも被害を出すのは目に見えている」
確かにそうだ。普通とは違う力を持っている以上、使ってみたいと思うのは人間として当たり前の欲求だ。
使うまでは例えどんな人間でも、使ってはいけないという理性の枷が掛けられている。
だが、一回使ってしまえばその枷は一瞬にして砕け散るんだ。
能力を使って人間の上位に立つ快楽が理性を上回り、使うことに戸惑いがなくなる。
狐の面みたいに、一般人を傷つけて自分が特別だということを示して、快楽を得るようなタイプだっている。
俺の場合、持っている力の危険性を身を持って覚えているから、そういう風になる心配はない。
第一に、それをもう使わなくていいくらいに使っているから、今さら使いたいと思わないんだ。
もし俺がこっちの世界でこの力を得ていたら、間違いなく使っていただろう。
「能力を使えないようにするのが一番だが、それが出来ないならば被害を出される前に殺すしかない」
「だからお前が来たのか」
「あぁ。私の役目はあの狐の面を殺すことだ」
この『組織』というのはなんて酷いことをするんだ。
別に能力を使って過ちを犯した能力者を気遣っているわけではない。俺が思ったのは、人間を殺すことを知らない少女に殺しをさせるということだ。
誰かがやらないといけないというのはわかる。
だからって、こんな純粋な少女にやらせる必要はないだろう。
「本来ならば一般人に知られてはならないのだが、お前らは一般人ではないのは明白だ。波導など、能力と同列に扱ってもいいくらいだ」
「ふーん」
「そこでお前らに聞いておきたいことがある」
アウルは俺と真宵後輩を一瞥したあと、警戒しながら訊いてきた。
「お前らはその波導を日常で使うつもりはあるのか?」
「なんでそんなこと聞くんだ」
「波導なんてものは『組織』の範囲外だ。だが、知られてはならない異常ということには変わりはしないんだ」
ここまで言われれば、このあとに何を言われるかなんて簡単に想像することができる。
アウルは言いにくそうにしながらも、はっきりという。
「だからお前があの狐の面のようなことをするならば、それを知ってる私は、お前を止めなければならない。私を助けてくれた人間を殺すような真似はしたくない」
おそらくアウルは、能力者を殺すということを納得していないのだろう。それが過ちを犯した能力者だとしてもだ。
俺を殺さないといけなくなる前に――言い方は悪いが――釘を打とうということなのだろう。
「安心しろ。そんな下らねぇことをする気はねぇよ」
「……そうか。それはありがたい」
「だがしかし、狐の面のことに関しては俺も混ぜてもらうぜ?」
「……その方がいいかもしれないな」
おっ? 思ってたのと違う反応だぞ?
俺の予想だと「ふざけるな! そんなことができるはずないだろ!」とか言って断ると思っていたんだがな。
「お前は狐の面に見られている。それにお前は、あの狐の面に狙われているんだ」
「あ? なんでだよ」
「あの狐の面は私と戦っているときに訊いてきたんだ。『冬道かしぎを知っているか?』とな。理由はわからないが、お前は狐の面に狙われている」
「はっ。それは好都合だ」
俺が狙われてるんだったら、わざわざアウルに何かを断る必要もない。
襲われそうになったのを迎撃する。
これ以上ないというくらいの大義名分だ。
一般人相手に波導を使うことはしないが、能力者相手に使うのだったらどこにも問題はないだろう。
体内に溜まった波動を発散するいい機会だ。
「だがいいのか? 協力するということは、その……殺しを手伝うということなんだぞ? お前はそれでいいのか?」
「殺しの経験のないお前に任せるよりマシだ」
「え……?」
「言っておくが、俺の手は血の臭いが染み付いている。俺の腕には殺しの技が秘められている。誰かを殺すことに……迷いはない」
拳を握りしめながら俺は言う。
俺はあっちの世界で何人も殺してきた。人間と呼べるかは分からないが、それにしても生き物を殺したことには変わらない。
殺すことに歯止めをかけることは出来る。
でも、迷いはない。必要ならば――――殺す。
「さて」
俺は話を終わらせるために、わざとらしく両手を勢いよく合わせて音を立てる。
「この話は終わりだ。アウルの家ってどこにあるんだ? 夜も遅いし、送ってくよ」
「……私の家はない」
「はぁ? じゃあこれからどうする気だったんだよ」
「資金はある。役目が終わるまではホテルに泊まるつもりだった」
うわ……資金の無駄遣いだな。どれくらい時間がかかるかわからないのに、ずっとホテル泊まりかよ。
その『組織』って機関は学生にどれだけ資金を預けてるんだ。
ん? 泊まるつもりだった?
「しかしいい寝床を見つけた。役目が終わるまで、ここに居座らせてもらうぞ」
「ふざけんなバカ。ホテルに泊まってろ」
「バカとはなんだ。それくらいいいだろう?」
「良くねぇ」
色々あって忘れてたが、よく考えたら俺とアウルって今日会ったばっかりじゃないか。
今日の朝にコンビニで見かけて、転校して同じクラスになって、夜に能力者に遭遇して。
あまりにも濃密すぎたからすっかり忘れてた。
そんな相手を家に泊めるほど俺は優しくない。
というか、こんなことになるのは主人公くらいだろ。
主人公はもう体験したからやらなくていいよ。
「私とお前は狙われているのだ。ならば一緒にいるのが得策ではないか」
「だったら真宵後輩をつけてやるよ」
「……この小娘を? なんか、頼りないな」
――――ブチッ。
あっ、なんか切れた音が聞こえた。違うな、キレた音か。
「少なくとも、貴女ひとり程度を守るくらい造作もありません」
「……あ? なんと言った?」
「貴女ひとり程度を守るなんて造作もないと言ったんですよ」
わざとらしく程度を協調する真宵後輩に、アウルは反応していた。
あれだけ空気扱いされていたにも関わらず、小娘扱いされた真宵後輩が我慢できるはずもない。案の定、キレていた。
「貴様なんぞに守ってもらう必要はない。関係のない小娘はさっさと家に帰れ。邪魔だ」
「私も貴女みたいな人を守りたくなんかありません。目障りです。生理的に受け付けません。同じ空気を吸いたくありません。なんで同じ人間に生まれたのかわかりません。貴女なんかふじつぼにでも生まれれば良かったんです。人間に食べられて人生終われば良かったんです」
や、ヤバイ……。なんでそんなに舌が回るんだというツッコミが出来ないほどにヤバイ。
無表情で顔色変えずにそこまで言われるなんて怖すぎる。
だが、アウルは全く動じてなかった。
「黙れ貧乳」
「バカ、お前……っ!?」
アウルの言葉を聞いて俺の血の気が引いていくのが分かった。
その言葉を真宵後輩に言うのは禁句なんだ。
あっちでせっかく成長したのにこっちに帰ってきたら、ぺったんこになってた真宵後輩に言うのは禁句なんだよ。
「殺します。塵も残らないように」
「やってみろ。返り討ちだ」
『地杖』に波動を流し込もうとしている真宵後輩と――そういえば教えてもらってない――能力を使おうとしているアウル。
まさに一触即発な状態が俺の部屋に展開されている。
どうしてだ。どうしてこんな修羅場が……。
俺はどっちの好感度も上げてないはずだ。だからこんなモテモテ主人公みたいな展開はあり得ないんだ。
「久しぶりに全力で波導を使うのもいいですね。もちろん、貴女相手に」
「家が崩落するっての!」
「やる前に私が家を崩落させてやる」
「崩落させるのを競ってるんじゃねぇ!」
このままじゃ、本当に家が崩落させられる。
しかもアウルは分からないにしろ、真宵後輩は洒落にならない。確実に家を崩落させてくるぞ。
「――――雷よ」
「殺られる前に殺る」
――――ブチッ。
「止めろって言ってんだろうがっ!!」
もう止まらなそうだったので、俺は鉄拳をふたりの頭に落とした。もちろん波動で強化したがっつり痛いやつで。
真宵後輩は前のめりでうずくまり、アウルはベッドの上で丸くなってうずくまっていた。
「今すぐ帰れバカ共」
真宵後輩とアウルの首根っこをつかみ、俺は部屋から追い出した。
やってられん。あのふたりを部屋に置いてたらうるさすぎて眠れやしない。
もう三時になってるし、もう寝かせてくれ。
『仕方ありませんここで決着を――――』
ドア越しに聞こえてきた声に、ベッドに倒れ込もうとした俺は速攻でドアを開け放つ。
「アウル、お前泊まってけ。真宵後輩、お前は帰れ」
「先輩はこの人とふたりっきりになってイチャイチャラブラブ、略してイチャラブをする気なんですね?」
「しねぇから。お前らが一緒にいると危ねぇだけだ。混ぜるな危険だから。つーことでじゃあな、また明日」
一方的に会話を終わらせてアウルを部屋の中に連れ込み、ドアを閉めた――――と思ったのだが、ドアがしまらない。
言うなれば反対側から俺とは逆の力がかけられているような、そんな感覚だ。
「なんか、冷たくないですか……っ! 先輩……っ!」
「ちょっ、お前! なんで波動で肉体強化してんだ……!」
そこまでして俺の部屋で争いたいのか!
そこまでして俺に迷惑かけたいのか!
お前に恨まれるようなことをやった覚えは……若干あるだけにないとは言い切れない。
「先輩をよからぬことに走らせないように、監視するん……ですよ……!」
「走らねぇわ! そこまで心配なら、泊まってけ、めんどくせぇ……!」
するとドアの反対側からかかっていた力が急に消えた。
いきなりだったために尻餅をつきそうになるが、重心を移動させて一歩だけ後ろに下がる。
ドアが開かれ、いつも通り澄まし顔の真宵後輩が入ってくる。
「先輩の許しも出たので泊まらせてもらいます」
「無理やり出させたようなもんだろ」
まぁいい、と呟いて言葉を切って改めて今の状況を整理する。
俺の部屋は八畳と三人が一夜を過ごす――決していやらしい意味は含まれていない――にはちょうどいいくらいの広さだ。
家具も机にテレビ、棚にベッドがあるがそれでも十分な広さは確保されている。
だがしかし、ここで問題がひとつ発生している。
(ベッドがひとつしかねぇ……)
当たり前っていえば当たり前だが、俺の部屋にはベッドがひとつしかない。
今この場には俺を含め三人の人間がいる。
つまり何が言いたいかというと。
(ベッドが足りねぇ……)
アウルはともかく、真宵後輩の性格からして床で寝るなんてことはしないはずだ。絶対にベッドを奪いにくる。
そうなるとアウルも負けじと奪いにくる。
そして再び戦いの火蓋が切って落とされる。
最悪だ。なんで俺がこんなに悩まないといけないんだ。
そうだよ。俺が悩む必要はない。この部屋は俺のものなんだ。俺がベッドを使うのは当然の権利だ。
「よし」と小さく気合いを入れて、ふたりの方に視線を向ける。
「何を考えていたのですか? あっ、ベッドは使わせてもらってます」
「おい、狭いだろ。もう少しそっちに行け」
「貴女が思っているより私が使っている面積は少ないんですが」
予想外すぎる。真宵後輩とアウルが一緒にベッドを使っているだと?
しかもちょっと……艶かしい。
体のラインが丸分かりになるアンダーシャツを着てるアウルに、狙ってるとしか思えない裸ワイシャツの真宵後輩。
ひとつだけでも破壊力抜群なのに、百合みたいな場面を見せられでもしたら、いくら俺でも気まずい。
……これを写真に撮って売ったらどれだけ儲かるだろう。
俺のなかで黒い考えが疼く。
「先輩もどうぞ」
「は?」
「だから先輩もどうぞ、と言ったんですよ」
さも当然のように真宵後輩が指差したのは、アウルと真宵後輩の間。
ちょっと待てよ。そんなサービスシーンがあり得るのか? カラーページでお送りされそうな展開があっていいのか?
金髪美少女のアウルと、黒髪美少女の真宵後輩。
そのふたりに抱きつかれて眠るなんていう素敵イベントが発生してもいいのだろうか。
これはバットエンド直行のルートではないのだろうか?
俺はふたりの好感度はまだ上げてないし、そもそも上げる予定もない。
こんなイベントが起こるのは、間違いなく俺をバットエンドへ陥れるための罠だ。
よく考えろ。この場合、俺はどういう選択をするべきか。
「……やべぇ、考えられるほとんどのシチュエーションがバットエンドルートじゃねぇかよ……」
「おい、冬道は何を言ってるんだ?」
「それはきっととてつもなく邪なものですから、知らぬが仏です」
アウルと真宵後輩が何かを言っている気がするがまるで耳に入ってこない。俺は今、自分に残された選択肢に戦慄するしかないのだから。
俺が選ぶことができる選択肢は全部で三つ。
アウルと真宵後輩と一緒に寝ること。これを選んだ場合は夜は楽しく過ごせるが、次の日には地獄を見るのは確定だ。
真宵後輩とアウルと一緒に登校でもしたら何があったのかは明白だからな。
アイドル扱いのふたりと登校したあかつきには、俺は嫉妬のせいで血で血を洗う抗争に挑まなければならない。
ふたつ目は真宵後輩とアウルをベッドから突き落とすこと。
言わなくてもわかるかもしれないが、ふたりにぼこぼこにされてバットエンドだ。
「俺に残されたルートは……黙って床で寝ること、だな」
「なに言ってるのですか。この部屋は先輩の部屋なんですから、ベッドを使うのは当たり前の権利です。ですが私たちも使いたいので、嬉し恥ずかしのイベントを発生させたんですよ?」
「……それは悪意の表れか?」
「……私が善意で言ったことにどうしてそんな切り返しが来るんですか。不快です、先輩」
「こんなところで純粋な善意かよ……!」
俺は両手を床に叩きつけてうなだれるしかない。
いつもは悪意の塊みたいな真宵後輩なのに、どうしてこのタイミングで純粋な善意を俺に与えてくるんだ。
このシチュエーションじゃなかったら凄く嬉しいはずなのに、今は涙しか出てきやしない。
「冬道はなんで泣いているんだ?」
「きっと嬉し泣きですね」
「違うわ! ベッドはふたりで使え。俺は気にするな。床で寝る」
「お前がいいなら使わせてもらうが……」
「いいって。気にすんなバカ」
「どうして心配してやったのに、バカ呼ばわりされないといけないんだ」
アウルの文句を聞き流しながら、俺はクローゼットから予備の布団を床に敷く。
誰も泊まりにこないのに泊まり用の予備の布団を入れておいて助かった。
言ってて悲しくなってくるな。
「もう電気消すぞ。なんやかんやでもう四時だからな」
朝は七時には起きないといけないのを考えると、今から寝たとしても三時間か。
どうせ学校では寝てるんだから関係ないかもしれないが、朝のモチベーションの問題として睡眠は大切なんだ。
電気を消して、俺は布団に潜る。
真宵後輩もアウルも文句ひとつ言うことなく、ベッドで眠っている。
俺も早く寝るとしますか。
…………。
……。
…。
時計の針が進む音だけが、静寂な部屋に響いている。
それはさながら時が止まったような静かさだが、時計の針が動いているということは、やっぱり時間は止まってはいない。
いや、もしかしたら時計が動いているというだけで、本当に時間は止まっているのかもしれない――――なんていう考えを抱くほどに、俺は暇だった。
寝ようと思ってたのに寝る前にあれだけ騒いでたら眠れやしない。
「……冬道、起きてるか?」
「起きてたのかよ、お前。血が足りてねぇんだからさっさと寝ろよ。休まねぇと治るもんも治らなくなるぞ」
「分かっているが、あれだけの怪我をして血が足りなくなる程度で済んだんだ。少しぐらい夜更かしをしてもいいだろ」
「別にいいけどさ」
この言動は『組織』なんていうものに属していても、アウルはまだ学生なんだということを忘れさせないでくれる。
殺しなんてものをやらせる『組織』に属しているのにな。
「……いいのか? 本当に」
「あ? なにがだよ」
「いくら狙われているとはいえお前に、えっと……殺し、なんかを手伝わせるような真似をさせて……」
気まずそうに言うアウルに、俺はため息をつくしかない。
なんでお互いの異常性を打ち明けてなおかつ、俺が狙われている状況でアウルが殺しについて気にする必要があるのやら。
「別にお前を手伝うつもりはねぇよ。俺が狙われてるから返り討ちにするだけ。お前が気にするところはどこにもねぇだろ」
アウルに会ってようと会っていなかろうと、仕掛けられていたらどうせ返り討ちにしてただろう。
ただアウルと会って、超能力という存在を知っただけにすぎない。
それだけの変化がなかったところで、俺が狐の面と殺り合っていたことには変わりない。
「お前にゃ、殺しは似合わねぇ」
「なんだそれは。似合う人間がいるのか?」
くすりと笑うようにアウルは言う。
「いねぇかも。だが俺は化物だ。少なくとも、ただの人間よりは殺しが似合ってる」
俺の言葉を聞いてアウルは押し黙った。
それはそうだ。こんなことを言われたら誰だって困る。
ふとアウルが動いたような気がした。
何をしてるのだろうか?
それを確かめるために俺は閉じていた目を開けると、視界いっぱいにアウルの顔が映し出されていた。
さすがにちょっと驚いたよ。
「化物だかなんだか知らない。お前が自分のことなんと言おうとも、お前は化物などではない。人間だ」
「いきなりどうしたんだよ。顔、近いし」
「はぐらかすな。お前は化物などではなく、歴とした人間だ。化物というのは、あの狐の面のような奴のことを言うんだ」
アウルは言った。
どんな異常を抱えていようと、どんな異常なモノを持ち合わせていようとも、それを自覚して抑え込めるのが人間だ。
少しくらい異常な力を得たからといってそれを振りかざすような存在が化物なのだ――――と。
「お前は化物なんかじゃない。お前が化物というならば、私の方がよほど化物だ。だから……そんなことを言うのはやめろ」
最後の方は、弱々しくて今にも消えてしまいそうなほど儚い呟きだった。
俺を見る彼女の顔はとても寂しげで、とても女の子らしい表情をしていて、あの、凛としているアウルの姿はどこにもない。
どうしてこいつはこうなんだ。少しでも信用した相手には自分を隠さず、すべてをさらけだしている。
やっぱりこいつは、殺しには向いてない。
「分かったっての。だから泣きそうな顔すんなバカ。俺が泣かしたみたいだろ」
「な、泣きそうになどなっていないっ!」
「へいへい。そういうことにしといてやるよ」
俺はそういってアウルの額に指をつけて押し返す。
「安心しろ……ってのもおかしいが言っとくぜ。俺は心や考えまでは化物になる気はねぇからよ」
額から指を離し、俺は目を閉じる。
アウルの表情は見えない。けど、何となくアウルは微笑んでいるように思えた。
◇次回予告◇
「なんでエプロンつけてるんだ?」
「今から調査だ」
「……ちょっと待てよ。今なんて言った?」
「それはテーブルに並べておいてください」
「それじゃねぇ!」
「分かんねぇけど、心配なもんは心配なんだよ」
「……無駄に偉そうだな」
「殺す気か!?」
「えぇっ!? 喧嘩じゃなくて殺す気ッスか!?」
「心配してくれるのはありがたい」
「こんなウチでも兄貴は可愛がってくれるッスか?」
「あとは任せておきな」
◇次回
1―8「調査」◇
「兄貴の舎弟の白鳥瑞穂ッス。よろしくお願いします」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2012/01/09の活動報告に章末に関わるアンケートがありますので、感想か活動報告に答えてくださると嬉しいです。
ぱっつぁんからでした。