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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第五章〈九十九騒乱〉編
61/132

5―(10)「臥南来夏」


 俺の朝はコーヒーの香ばしい匂いと共に訪れた。

 起きたら脇に誰かが寝ているなんてこともなく、平和的な起床だったことにありがたく感じてしまうのは、おそらく俺の周りに普通の女の子がいないからだろう。

 真宵後輩とか柊とか、とにかく普通の女の子がいない。

 個性があると言ってしまえばそれまでだが、それにしてはインパクトが強すぎる。もう少しだけ抑えてもいいような気がするのだが、それが地だからなんとも言えん。

 慎ましく、などとは言わないからせめて大人しくしてもらいたいんだが……無理だろうな。

「かしぎ様、朝からどうなされましたか?」

「……あ、いや。俺の周りって普通じゃないなってな」

 俺が言うとコーヒーを淹れていた五十嵐が首を傾げる。

 そういえば五十嵐って、わりと普通なような……。

「かしぎ様にとっての普通がどういうものか存じ上げませんが、わたくしにとってはこの風景も普通でございますよ? 六年前のことが起こるまででございますが……」

「いまは違うのか?」

「はい。いまでは皆様が集まることなど、ほとんどありませんから。顔を合わせてもにらみ合うばかりで」

 あんなことがあったんだから、そう簡単に関係が修復できるはずがないか。

 六年前のことは能力者だけでなく、『九十九』にも影響を与えているということだ。

「ですが九重様だけは違いました。あの方だけは変わることなく、いつも笑っておられました」

「……話してるところ悪いんだが訊いていいか?」

「なんでございましょうか」

「その、九重って誰なんだ?」

 東雲さんに聞いた話では『九十九』で最強の能力者ってことだったか。もしかしたら俺と同等かもしれない実力の持ち主のことを知っておくのも悪くない。

「九重様はお優しい方です。気さくで面白くて、メイドであるわたくしにも気を使ってくれるのです。少しだけえっちなところもありますが、それがまたいいところでもあります。それに能力者としてもお強くて、一葉様とは……」

「あぁもういい。十分に魅力は伝わってきたから」

 知りたくもないことをそんなに話されても困る。

 それに五十嵐が九重のことが好きだっていうこともよく伝わってきた。

「そうでございますか? あ、これは言った方がよろしいのでしょうか……」

「九重様の魅力はいらねぇぞ」

「そういうことではなく能力的なことです」

 俺が聞きたかったのはそういうことだよ。

「九重様はかしぎ様と同じく、氷を扱う能力者でございます。自然のものを能力として使う方はあまりいませんし、いたとしてもなかなか御しきれるものではありません」

「それについてはもう知ってるよ」

 うちの生徒会長様がそのいい例だ。雷なんていう使いこなせれば圧倒的な代物を使いこなせていないがゆえに、『九十九』と戦う力を持てずにいる。

 あれをモノにすれば、あるいは『九十九』に勝てるかもしれない。

「そうでございますか? あとは……刀を使います。片目を隠しているところもかしぎ様と同じでごいますね」

「ずいぶん似通ったな俺たち」

 話したら意外と気が合うかもしれない。話すことができれば、だけどな。

「つーか教えてよかったのか? 俺とそいつは敵対する立場にあるが、別にお前は九重を倒したいわけじゃないんだろ?」

 俺の方から訊いておいておかしな質問だけど。

「大丈夫でしょう。九重様はなにも貴方たちと戦いたいわけではありませんゆえ、ちゃんと説明すれば刀を引いてくださると思います。あの方も、一葉様を助けたいはずですから」

「……そうか」

 つまるところ、その九重は説明しだいでは戦う必要はなくなるということだ。俺も『あれ』と一戦交えるのであれば、『九十九』最強の能力者と相対するのは控えたい。

 戦うことに問題があるのではなく、肉体的な制限時間の問題だ。長時間の戦闘行為ができるようになったとはいえ、未だに全盛期とはほど遠い。下手をすればそれだけで動けなくなることさえあり得る。

 なるべく『あれ』と戦うまでは力は温存しておきたい。

「コーヒーをどうぞ」

「ありがと」

 俺は五十嵐からコーヒーを受け取りひと口。さすがメイドというだけはあって美味い……まぁ、コーヒーの良し悪しなんて俺にはわからんけど。拘りも特にないわけだし。

 窓の外に視線を向けると、景色がめまぐるしく切り替わっていく。

 京都に着くまでもう少し時間がかかるだろう。

「柊と東雲さんは起こさなくていいのか?」

 着いてから準備するより、前もってやっておいた方が動きやすい。

「そうですね。そろそろ起こしませんと。詩織様はともかく、東雲様は寝起きは……危険な方ですから」

「ん? 危険?」

 その意味を求めようとしたその刹那、俺は身をもってそれを知ることとなった。

 寝ていた俺の顔の横からなにかが突き出てきた。木の板でも貫いたような破壊音に絶句していると、続けて下からそれが飛び出してくる。今度は俺の背中でも狙ったようなそれに、逃げるように飛び退いた。

「……おい」

「……なんでしょうか」

「……なんだこれ」

「……東雲様の腕と足でございますね」

 なんでそんなに冷静なんだろうね。東雲さんの破壊力抜群のパンチやキックなんて喰らったら俺ってば、死んじゃうんですけど。

 ていうかなに? 俺のいる場所とか的確に狙って殺すつもりなのか? やめてくれよ。こんなところで死にたくないっての。マジガチで。

「うおっ!?」

 さらに飛び出てきた腕に俺は情けない声を漏らした。

 こんなんじゃ精神的にもたない。何回目になるかわからない襲撃に肝を冷やされるのは御免被る。

 俺はすぐにベッドから降りると、すやすや眠る東雲さんを恨ましげに睨む。

「この右腕、もう一回切り落としてやろうか」

「そ、それはさすがにやめた方が。あと寝ている東雲様に不用意に近づくのは……」

 五十嵐、そういうのは先に言ってもらいたい。

 顔面に飛んできた拳を瞬間的反応で受け流したからよかったものの、半ば本気で死ぬかと思った。

「あのさ、マジでやってだめか? あんだけやられたら少しくらいやり返してもバチなんかあたらねぇよ」

「やめてください」

 そこまで切実にお願いされたらやるわけにはいかんな。溜まった怒りはあとで発散するとして、さっさと東雲さんを起こさないと。

 指をひとつ鳴らして氷を形成。さらにもうひとつ鳴らしてそれを風で切り刻む。あとはそれを、全力で東雲さんにぶつけるだけだ!

 俺は周りに浮かぶ氷の粒を撫でるように触れ、東雲さんの体に撃ち込む。

「いだだだだ――だ!? な、なにするんや!」

「それはこっちのセリフだ」

 痛みで飛び上がった東雲さんは、さらに頭を天井にぶつけて涙目になりながら、俺に叫んできた。

「寝相の悪さで俺を殺す気か? 飛び上がったときに頭がはまんなくてよかったな」

「ん? ……あっ、穴だらけやん」

「あなたがやったんだよ」

 無自覚か。いや、寝てたんだから自覚なんてないんだろうけどさ。

「どないしよか。こないに穴だらけにしてもうたんやから、なにか言われるんやないか?」

「当たり前だろ。どうすんだよ」

「うーん……せや、五十嵐に頼んでもええか?」

「元からそのつもりでしたよ」

 微笑みながら五十嵐は穴だらけになったベッドに手を添える。途端に壊れたところが逆再生を始め、数秒もしないうちに塞がった。

「こういうときには五十嵐の能力は使えるなぁ。日常で使える能力って羨ましいわ」

「わたくしにはこれくらいしかできませんから」

 軽く叩いてみると、材質は変わっていないようだった。しかもわずかにあった傷などもそのまま再生させている。

 これは再生っていうより『まきもどし』と言った方がしっくり来る。

「よっしゃ。準備も終わったし行くでー」

「まだ柊も起こしてねぇし準備が終わったのはあなただけなんだが?」

「おんぶしたらええやん」

「自己中心的すぎるだろうが」

 嘆息しながら柊の体を揺すり、起こそうとする。

 眠そうに目を開けた柊は、虚ろな眼差しで俺を捉えた。

「朝か……?」

「その通り。早く準備しろ」

「ん。わかった」

 柊がのそのそと準備を始めたので、俺たちも京都に着くまで身支度を整えることにした。


     ◇◆◇


「ここが……京都」

 初めて京都に訪れたものの、これといった感想は思い浮かばなかった。少しだけ住んでるところと雰囲気が違うな、と思っただけで、あとはなにもない。

 東雲さんや五十嵐は京都の風景に馴染んでいるように見えたが、やはり俺はどことなく浮いているのではないかと思えた。

「ひゃっほーここが京都! おら冬道もテンション上げていこうぜ!」

「……柊」

 ただひとりだけはしゃぐ柊を見て、俺は頭を押さえる。

「どうしたんだよ、テンション低いなー」

「恥ずかしいから大人しくしてろ」

 よく考えてみれば柊の生まれ故郷なわけで、そういえば背景に馴染んでいるかもしれない。和風っていうか、洋風ではないからな。

「それで助っ人ってのはどこにいるんだ?」

「もうちょい先や。大学におるから迎え来いやて。場所はたしか……」

 メモ用紙を取り出した東雲さんは、大学の住所を読み上げた。もちろん俺にはそれがどこにあるかわからない。

「どう行けばええかわかるか?」

「おおよその行き方ならわかります。近くに行けば見えてくるから大丈夫でございましょう」

「そうか。でもまだ待ち合わせまで時間があるからな。……なんかしたいことあるか?」

 東雲さんが訊くと「はい!」と柊が勢いよく挙手した。

「お土産とか買いに行きてぇんだけどいいかな?」

「私、そないなこと言われてもどこ連れてったらええかわからんぞ」

 京都人のくせに胸を張って威張ることじゃないだろ。

 でも柊の意見には賛成だ。俺もつみれにお土産を頼まれてたからな。

「それならわたくしが案内しましょう。そのくらいでしたら知っています」

「お、それなら頼むよ」

 五十嵐を先頭に俺たちは歩き出した。


 京都の風景や雰囲気を観察していると、とても味わいのあるものだと感じることができた。かすかに鼻孔をくすぐるお香の落ち着いた匂い、しっとりとして重苦しいながらも苦にならない空気。

 都会にいては味わえない感覚に言葉を失っていた。

 しかし俺が感動しているそばで、女性陣はというと……

「おぉ! なんかいろいろあるな!」

「せやなぁ。私も知らんかったわ」

「わたくしはよく一葉様にお使いを頼まれていましたので、そこまでではありませんね」

「私は家から出してもらえんかったからな。出たとしても戦いやったし、『九十九』から抜けてすぐ転々とし始めたから見てる暇なんてなかったわ」

「なぁなぁ五十嵐、これってなんだ?」

「それはですね……」

「五十嵐、これってなんなんや?」

「えと、それは……」

「うおぉ! なんかテンション上がってきたー!」

 故郷なはずのお土産でかなり盛り上がっていた。女の子が三人も集まればこうなるのが自然な反応か。

 ひとりでお土産を選びながらそんなことを思う。

 俺は俺で阿闍梨餅あじゃりもちとやらを探さないといけないしな。名前からしてごつそうなんだが、いったいどれなんだ?

 京都のお土産の代名詞ともいえる八つ橋などを見ながら、俺はあるものに目がついた。

「……これが阿闍梨餅?」

 プレートに阿闍梨餅と書かれた紙が挟まっているところに、どう見ても普通の箱が積み上げられていた。

 試食が小さく切られて皿に置かれている。生地のなかに餡子のようなものがつまっている、たい焼きのようなものだった。

 俺はひと切れだけ手にとり、それを口に運ぶ。

「……美味いな」

 うん。美味いんだよ……美味いんだけど、想像してたのと全然違って拍子抜け、っていうのが本音だ。

 とりあえずつみれとその友達、あとは真宵後輩の分を購入し、未だに和気あいあいとしている女性陣の元に戻る。

「冬道冬道! 京都っておもしれぇな!」

「だからあんまはしゃぐなって」

 でも仕方ないか。柊にしてみればここは故郷なんだ。無意識のうちに高揚してしまっているのだろう。これくらいは大目に見るべきだ。

 俺は口元を緩ませると、小さく息を吐き出す。

 しばらく騒ぎっぱなしの柊を微笑ましく見守りながら、しかし治まる目処が立たなかったので、無理やり店から引きずり出すのだった。


 やって来た大学の校門で待つこと十数分。助っ人とやらの姿はどこにも見当たらなかった。

 そもそも大学も夏休みだ。登校している生徒などほとんどいない。

 暇を持て余した俺たちは、夏の暑さもありグロッキー状態にある。いや、俺たちというのは語弊で、波導を使える俺はそれなりに快適だ。

「あづい~……。まだ来ねぇのかよ~……」

「ほんまに遅いわ。なにやっとるんやあいつは」

 東雲さんは汗を拭いながら、来る気配のない助っ人に対してわずかに苛立っていた。

 持ち物はこちらでも宿を予約していたので置いてきているものの、こんなに待たされるならもう少しゆっくりしていればよかった。

「……ん? あれは……」

 目を光らせて辺りを見渡していた東雲さんが呟いた。

 俺も東雲さんにつられてそちらに顔を向けると、二人の男女がやって来るのが見えた。

来夏らいかちゃん来夏ちゃん、おっぱい揉んでいいか?」

「だめだっつってんでしょーが。なんの脈絡もなくいきなり言ってんなよ。捻じ切られたいんですか? あぁ?」

「え? 来夏ちゃん、どこを捻じ切ろうとしてんの?」

「私にてめぇの汚物を口にだせってーの? いい加減にしやがらないと本当に捻じ切るからちゃんと肝に命じておくよーに」

「俺、来夏ちゃんになら捻じ切られてもいいぜ」

「…………」

 来夏と呼ばれた女性が無言で拳を振り抜いていた。

 どこかで聞いたことある名前だ。でもどこで聞いたんだったか……。

 俺が頭を悩ませている両脇で柊と五十嵐が目を見開き、しかし反応としてはまったく別の驚きをしていた。

「来夏先輩!?」

「九重様!?」

『ん?』

 同時に叫んだ柊と五十嵐に、呼ばれた二人は揃って首を傾げた。

 来夏さんとやらはともかく、俺は九重と呼ばれた男に意識を向けていた。

 俺たちは年上だろう。だが顔立ちは幼さを残すもので、女の子のような柔らかさがある。しかしそれは右目を隠す黒の眼帯が台無しにしており、近づきがたい容姿となっていた。

「あのときの『吸血鬼』か。へー、ちゃんと抑えきれるようになったんだ」

「はい! こいつのおかげです!」

 ぐいっと柊は俺の腕を引っ張り、思いきり引き寄せた。

「現金なもんだねー。男で解決ですか」

「そ、そういうわけじゃ……!」

「わかってるわかってる。惚れちゃったんだろ? 気にすることないって。助けてもらったんだからそーなんのが女の子ってやつだ」

 来夏さんはいたずらっぽい笑みを柊に向ける。会ったことのないタイプの女性だ。

 物腰柔らかく、東雲さんなんかよりもずいぶん大人っぽく感じる。

 肩から胸元にかけ大胆に開いたホルターワンピースは、淡い薄緑の落ち着いた色彩が印象的だった。前身頃まえみごろから続いた布紐を首にかけたような形のもので、肩が露出している。覗く鎖骨が妙な色っぽさを醸しだしていた。

「ところでお前、名前は? どっかで見たことある顔だけど……会ったことあったっけ?」

 切れ目の長い瞳で来夏さんは俺の顔を覗き込んでくる。

「なに言ってるんですか、こいつも桃園高校の生徒ですよ。冬道かしぎって名前です」

「冬道……あぁ、体育祭で盛り上げてくれた『異例の四重奏フォースブレイカー』のひとりだっけ」

 ようやく思い出した。この人、俺たちに恥ずかしいあだ名をつけやがった張本人だ。

 私立桃園高校前生徒会長――臥南がなん来夏。

「私は臥南来夏だ。よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 差し出された手を掴もうとして――俺はとっさに手を引っ込めた。不自然に空間が歪み、握手をしていたらそのまま捻り切られていただろう。

「反応は上々。悪くない。さすが東雲がつれてきただけはあるってところか」

「避けられなかったらどうするつもりだったんだ?」

「そしたらそれまでだってことだね。いちいち構ってらんねーよ」

 そう言ってまた手を差し出してきたので警戒していると「今度は普通の握手だって」と笑われた。

「あの九重様、どうしてこちらに……?」

 となりで五十嵐が九重にそう訊ねた。

「ん? どうしてって、特に意味はないよ。家にいんのもつまんないし、それだったら来夏ちゃんと一緒にいた方が楽しいなって。五十嵐はどしたん?」

「わたくしは一葉様を助けるために、この方たちに助けを求めたんです」

「一葉ちゃんを助ける? どういうことだ?」

 九重からふざけた態度が消えた。左目の奥から煌めく、獣のような鋭さが垣間見ることができた。

「俺だって一葉ちゃんが誰かに利用されてるのは知ってるよ。だけど一葉ちゃんがなにも言わないから、俺は一葉ちゃんに従ってる」

 でも、と九重は言葉を切ると五十嵐の肩を掴む。

「助ける方法があるならそれを知りたい」

「わ、わかりましたから……その、顔が近いです」

 熟れた林檎のように頬を朱に染めた五十嵐が、うつ向きながら九重を押し返す。

 こうやって第三者の視点でやり取りを見てみると、いかに自分たちがどんなことをやって来たのかが理解できた。大声で怒鳴りつけてやりたい気分だ。

「そこでいちゃいちゃしてんじゃないっつーの。私が聞いてた話とだいぶ違うみてーだし、そこんとこ詳しく教えてもらおうじゃないの」

 近くにある喫茶店を指差した来夏先輩が、さっさと歩きだしてしまう。

 そのあとを急いで追いかけ、喫茶店に駆け込んだ。


 適当に注文を済ませたあと、東雲さんと五十嵐がこれまでのことを説明した。さすがに何回も説明したことなだけに、スムーズにことが運んだ。

 だいたいの事情を把握した来夏先輩はしきりに頷き、唐突に口を開いた。

「つまり『あれ』ってのが悪の根源で、敵だと思ってた『九十九』も実はそいつに踊らされだけ。さらには六年前の事件からいままでに起きたことは全部そいつのせいだと」

 五十嵐が頷く。

 ウェイトレスが飲み物を運んできた。

「そんで『あれ』を倒すことができるのは私たち超能力者とはまた別の異端者である波導使い、冬道かしぎだけ」

 俺はそれを受けとりながら、適当に相づちを打つ。

「だから私たちは『九十九』家に侵入して九十九一葉を救出、及び『あれ』の撃破をする」

「簡単にまとめるとそうなるわな」

「はぁ……。言うのは自由でも、これを実際にやるとかなり面倒なんですけどねぇ……」

 頬杖をつきながらストローに口をつけ、一気に啜る。

「だいたいそんなことしなくても、九重が言えばいいだけなんじゃないんですかー? お前って『九十九』の有力者じゃなかったっけ?」

「そりゃ無理な話だ。俺は強いってだけで権力なんか持ってねぇから、知らせるくらいしかできないよ」

 九重はジュースをひと息で煽ると、コップをテーブルに叩きつけるように置いた。

「知らせたとしても動けるわけじゃない。結局、俺たちがやるしかないんだ」

 そう話をまとめて打ちきりとした。やることは決まってるし、話し合ってもこれ以上なにかが変わるわけではない。

 すると、待ってました、と言わんばかりに来夏先輩が顔をあげた。

 近くを通りかかったウェイトレスにひとりで食べるには多すぎるほどの量を注文し、くわえたストローを俺たちに向けてくる。

 その際に飛んだ水滴を顔だけを動かして避けた。

「面倒な話はどうだっていいんだ。考えるのとか戦うときだけでいいわけですからねぇ。私が気になってたのは、ずばりお前だ」

「……俺?」

 きょとんとしながら、俺は聞き返していた。

 俺に気になるところなんてあったか?

「右腕。なんでそんなに庇ってるんだ? 私の洗礼はしっかり避けてくれたわけだし、あたってないはずなんですけどねー」

「あ、そいつは俺も気になってた。会ったときからずっとだよな?」

 言われて俺は無意識に右手を握りしめていた。……余計なことを言いやがって。

「怪我してるとか? まぁなんでもいーんだけど、ほんとーにそんなんで戦えるんですかー? お前が戦えないんじゃ話になんないし」

 だから余計なことをべらべら喋んじゃねぇっての。

 左手で掴むコップを割らないように自制しながら、息を吐いて肩から力を抜く。

「人の心配する前に自分の心配をしたらどうですか?」

「私の心配は無用だよ。私は負けたことねーからな」

 その発言は伊達でも酔狂でもなく、裏付けされた絶対的な力の証明からくるものだというのは、彼女の態度から想像できた。

 来夏先輩は俺と似ている。無尽蔵な修羅場を生き延び、己の力を客観的に把握しているからこそ高慢に、そして図々しくなれる。

「そういうのは隠しておくもんじゃないし。せっかく仲間がいるんだから、ちゃんと事前に言っておくよーに」

「……はいはい」

 敵かもしれないやつの前で包み隠さずおおっぴらに弱点をさらしてくれてありがとよ。おかげで最悪な気分だ。

 ため息をつこうとして――それを呑み込み、ふと左腕を包む柔らかい感触に気がついた。

「……なにやってんだ?」

 冷ややかな視線を向けて言うと、柊は勢いよくかぶりを振った。

「あたしがやってるんじゃねぇよ! 離そうとしても離れねぇし!」

 どうやら嘘ではないらしい。『吸血鬼』の腕力で離そうとしているようだが、わずかずつしか隙間は開かない。

 まるで不可視の力に押さえつけられているかのようだ。

 気合いを入れたのか、柊が大きく息を吐き出した。

 そして次の瞬間、俺と柊の周りを透明な螺旋が弾け飛んだ。勢いをつけすぎたため柊が仰け反るが、それは東雲さんが受け止める。

「むちゃくちゃな力だな……」

 来夏先輩が頭を押さえながら、呻くように呟いた。

「いくらなんでも超能力を腕力で弾き飛ばしますか……」

「来夏ちゃんがちょっかい出すからこうなるんだよ。自業自得さ。だからおっぱい揉ませて」

「だからの意味がわからないっつーの……」

「こ、九重様、胸ならわたくしのを……!」

 混沌とした空気が対面席に漂っていた。

 つーかどさくさに紛れて胸を触ろうとする九重はなんなんだ。こんなやつが敵だった――敵だと思うと力が抜ける。

 しかも察するに、これをやったのは来夏先輩らしい。

「頭いった……」

「だ、大丈夫ですか?」

「ああ大丈夫。これは私の自業自得だから。試すような真似と、いたずら心が先行した罰ってやつですかねー……」

 ぐったりと項垂れているところに、さっき来夏先輩が注文したものが運ばれてきた。その量は圧倒されるものがあり、とてもではないがいまの来夏先輩では食べきれないだろう。

 そもそも体調が万全だったとしても、こんな量を食べきれるはずがない。

「お金は置いてくからみんなで食べちゃって。あとこれが私の携帯電話の番号だから、動くときは連絡よろー……」

 財布から代金と携帯電話の番号とアドレスが書かれた紙を取り出し、それを東雲さんに押しつけた。

 おぼつかない足取りで立ち上がると、ふらふらとしながら喫茶店から出ていってしまった。

「なんだったんだあの人?」

「来夏ちゃんは気まぐれだからな。でもああいう猫みたいなところがいい!」

 くねくねと気持ち悪く体をうねらせる九重に、顔がひきつるのがわかった。

「そんじゃま、俺も帰るよ。みんなに言わないといけねぇからな。うまくいけば東雲姉ちゃんたちと戦う必要もなくなって、一葉ちゃんを助けられる」

「そっちは九重に任せたで」

「おう――俺に任しとけ。あ、これ俺の携帯電話のアドレスな。いつでも連絡してくれていいからよ」

 九重もアドレスが書いてある紙をテーブルに置くと、鼻歌を歌いながら喫茶店をあとにした。

「五十嵐は行かなくていいのか?」

「わたくしはまだ裏切り者扱いですから。九重様が皆様を説得してくれれば、わたくしも東雲様も帰ることができますでしょう」

「説得できれば、だけどな」

 俺の言葉に五十嵐が訝しむように顔をしかめた。

 真実を知り、それを話したからといって説得ができるとは限らない。事態が悪化することだってあり得る。

 そして俺の考えが正しいなら――むしろ事態は最悪な方向へと進んでいくだろう。

 どのみち戦うことは避けられない、ということだ。

『あれ』という存在がそこにあるかぎり、戦いの連鎖は終わらない。どこまでも能力者たちを縛りつけていく。

 それはさておくとして……

「これ、どうする?」

 俺は目の前に広がる料理の山を見て訊ねる。

『…………』

 答えは返ってこなかった。

 全部……みんなで処理することにしました。



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