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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第五章〈九十九騒乱〉編
60/132

5―(9)「京都へ」


 荷物を整理して旅館をでた俺たちは、翔無家に足を運んでいた。

 あれから日が経ち、約束の一週間になった。あんなハプニングがあったというのに、八雲さんは東雲さんの義手を完成させたらしい。

 さすがと言うべきなのだろうが、しかしあまり誉めたくはないものだ。

「わたくしが一緒にいても大丈夫なのでしょうか?」

 柊を挟んでとなりにいる五十嵐が心配そうにそう訊ねてくる。数日休んだこともあり、怪我はすっかり治ったようだ。

「たぶん大丈夫だろ。事情を話せば東雲さんだってわかってくれるはずだ」

「そうでございましょうか……?」

「いやわかんねぇけど」

「適当なことを言わないでください。わたくしの生きるか死ぬかの瀬戸際ですというのに、会った直後に滅多打ちかもしれません」

 大げさすぎるやしないか? いくら東雲さんだって会った直後に殺すようなことはしないだろ。

「そうなりそうだったら俺が説得してやるから」

「かしぎ様、任せましたからね」

「へいへい」

 俺が適当に相づちを打ったところで迎えがやって来た。

「お待ちしておりました。冬道に柊……どなたですか?」

 やってきた『ASAMI』ちゃんは俺たちを順に見て、五十嵐のところで首をかしげた。

 この前の戦いで『ASAMI』ちゃんの心臓部が破壊されてしまったのだが、代替の利くものだったらしく、すぐに再起動したようだ。記憶は人間と同様に、記録は脳に埋め込まれたメモリーにするもので、心臓部は信号を送るだけのものらしい。

「わたくしは九十九五十嵐と申します。一葉様のメイドをやらせていただいております。どうぞよろしくおねがいします」

「これはこれはご丁寧に。では三人が待っていますので、早めに行きましょう」

『ASAMI』ちゃんは着物を翻し、前に案内してもらったときと同じように先頭を歩きだした。一応トラップが解除されているかを確認してから、俺もそれについていく。

「翔無先輩って『九十九』のやつと会って大丈夫なのか? 東雲さんの方は打ち解けたみたいだけどさ」

 柊の言葉に俺は小さくため息を漏らした。

「そういやそっちの問題もあったんだっけ……」

 東雲さんと打ち解けても、『九十九』自体を許したわけではないのだ。六年前の事件は、下らないことをしようと思わなければ起こらなかったことだ。

 それで母親を亡くした翔無先輩は、『九十九』を許すことは絶対にない。

「やはりわたくしはいない方がよいのでは……」

「狙われてるお前がどこに行くってんだよ。いいから黙ってついてきてりゃいいんだよ」

「節操なしの冬道め!」

「うおぉ!?」

 反射的にしゃがみこむと、その頭上を柊の拳が通りすぎていく。廊下の向こうでは、いまので飛んだらしい拳圧が壁を破壊していた。

「あ、あぶねぇだろうが!」

「冬道が節操なしだからだろ。なんで五十嵐のことナンパしてんだよ」

「してねぇだろうが……。つーかやってたとしてもお前に関係ないだろ」

「ばか野郎! 目の前で好きなやつが他の女をナンパしてたら嫉妬しちまうだろうが! そんななんもわかんねぇのか!」

「嫉妬で暴力を振るうやつのことなんてわかりたくねぇっての!」

「ごめんなさい」

 ぺこりと柊が頭を下げてきた。

 わかってくれるならいいんだよ。俺もこんなことでいちいち死にかけてられないからな。

「柊、家のなかを破壊しないでください。直すのが大変ですから」

「あ……す、すまん。ついかっとなって」

「反省はしている。後悔はしていない……ですね」

「おう」

 柊が『ASAMI』ちゃんに頭を叩かれていた。拳骨じゃなくて平手だっただけでも感謝すべきではないだろうか。

「いてて……『ASAMI』ちゃんめ、容赦なしか」

「お前も俺に容赦なしだったろ。拳圧とばすってどんだけ本気で殴ろうとしてたんだよ」

「スゲーだろ?」

 自慢気な表情をした柊にイラっとしてしまった俺は、きっと人として正しい反応をしたはずだ。

「こんなバカみてぇな力なんだから、もしかしたらできるしれねぇと思ってやって試してみたんだよ。そしたらそれが大当たりでさ」

 軽く笑っているところ悪いのだが、ちょっと待ってくれないだろうか。試してみたって、お前は仙台のどこでその威力を試しやがったんだ?

 そういえば昨日ニュースで空き倉庫が壊されたってのがやってたなぁ。……いや、まさかな。

「あれは凄まじいものでしたね」

「五十嵐もついていったのか?」

「はい。空き倉庫を一撃で破壊するほどの威力でありましたゆえ、事後処理が大変でございました」

 やっぱりお前だったんだな。てか事後処理ってどうやったんだよ。

 俺がそう疑問に思っている間に、八雲さんの部屋の前に到着した。なにやらなかから楽しげな会話が聞こえてくる。

「入りますが、よろしいですか?」

『「ASAMI」ちゃん!? かしぎたちもう来たんか!? ちょ、ちょっと待つんや!』

「……このまま入った方が展開的におもしろそうなので待ちません」

 東雲さんの焦った声を完全に無視した『ASAMI』ちゃんは、一気に襖を両側に開いた。

 そこで俺の目に飛び込んできたのは、満足げにしている八雲さんでなければ、笑いを堪えている翔無先輩でもなく――裸エプロン姿の東雲さんだった。

「かしぎくんに詩織くんと……うん、誰かわからないけどいらっしゃい。いいタイミングで来てくれたねぇ」

「全然ええタイミングちゃうわ!」

 顔を真っ赤にさせた東雲さんは、丈の短いエプロンを必死に下に伸ばしながら、全力でそう叫んだ。

 ただでさえ強調されている豊満な胸は、エプロンを伸ばしたことでさらに強調され、その形を浮き彫りにしていた。形のいい胸はエプロンを押し返しながら、なおも形を維持し続けている。

 柊さえ上回る東雲さんの胸は、本人は気づいていないかもしれないが大変なことになっていた。

 この場に俺と八雲さんくらいしか男がいなくてよかったと、切実に思った。

「ぷくく……に、似合ってるよ、東雲義姉ねえさん」

「うっさいわ! 着替えてくる!」

 東雲さんはこっちを向いたまま、反対側の襖から出ていった。

 俺はまだ腹を抱えて笑いを堪えている翔無先輩を横目で見つつ、八雲さんに言う。

「翔無先輩に話したんですね」

「話すべきことは雪音に全部話したからね。だったらこのことも話した方がいいだろう? 幸いなことに、雪音もすぐに受け入れてくれたよ」

『九十九』というしがらみさえなければ、翔無先輩ならそれくらいしたって不思議じゃない。

 あのことを通して東雲さんとも打ち解けたみたいだ。

 にしてもしっくり来ない。義理とはいえ、東雲さんと翔無先輩が姉妹だなんてな。それで八雲さんが義理の父親。違和感がありすぎる。

「どうだい? なんなら君も僕の息子にならないかい?」

「と、父さん!」

 さらりととんでもないことを言った八雲さんに、さっきの東雲さん並みに顔を真っ赤にさせた翔無先輩が飛びついた。

「余計なことは言わなくていいから」

「気持ちには素直になるもんだぜ? そうやってうじうじするから、欲しいものが手に入らなくなるのさ」

「だから余計なことは言わなくていいって!」

 あ、えー……うん。

 いくら俺でもそんな会話を目の前でされたら、なんとなく察してしまうというかなんというか……。だというのにどうして翔無先輩はそれに気がついていないのだろうか。

 これはあえて言わないのが優しさなのかもしれん。

「かっしー、いまの会話は忘れるんだ。いいね?」

「忘れるもなにも、さっぱり聞いてなかったっての」

「そ、そうなのかい? ならいいんだけどさ」

 安堵したようにほっと息をつく翔無先輩。

「……やれやれ」

 しかし八雲さんは言ってやれよとばかりにかぶりを振っていた。

「――それより」

 さっきとは一転して、翔無先輩は鋭利な眼差しで俺の後ろに視線を向けた。

「どうして『九十九』の人間がここにいるんだい?」

 東雲さんと打ち解けたとしても、『九十九』を許したと言うわけではない。事情がどうあれ、『九十九』である五十嵐を敵対視するのはわかりきっていたことだ。

 腰を低く沈め、いつでも動けるように構えていた翔無先輩を、八雲さんが手で制す。

「話しくらいは聞いてやりなよ。『九十九』といっても、かしぎくんが連れてきたんだぜ? きっとわけありなんじゃないかな」

「…………」

 無言で構えを解く翔無先輩を見て、背後から感じる緊張感が和らいだ。

 それから翔無先輩が俺の後ろを睨んでいるなか、五十嵐が居心地悪そうにしながら、どうしてこうなったかをざっくりと説明した。

 するといつも飄々としている八雲さんが目を見開き、信じられないとばかりに頭を下げた。

「また『あれ』が出てきたけど、そもそも『あれ』ってなんなんだい? ボクの母さんが死んだことにも関係してるみたいだけど……」

「詳しいことは俺もわかんねぇけど、少なくとも知ってる人間はここに二人はいるみたいだな」

『あれ』の話をしたとたんに顔色を変えたのは八雲さんと五十嵐だ。彼女の方は自分から話してくれただけに、動揺は小さい方か。

「『あれ』って、なんなんだ?」

『…………』

 だんまりか。それともただ、『あれ』としか表現できないだけなのか。どちらにしろ埒が明かない。

「八雲ォ! 私の着替えをいつの間にすり替え……ってなんやこの空気?」

 巫女装束を着た東雲さんが大声で部屋に入ってきたのだが、嫌な空気が漂っていることに気がつき、気まずそうに頭を掻いた。

 ちょうどいいや。『あれ』について知ってる三人目が来たことだし、聞いてみるか。

「東雲さん、『あれ』ってのはなんなんだ?」

「はぁん? 知らんわ」

 東雲さんは腰に手を当て、ふんぞり返りながら言った。

 ……は?

「いや、だから知らん言うてるやん。ちゃんと耳の穴かっぽじって聞いとったんか?」

「聞いてたからこんな反応なんだろうが。知らねぇってどういうことだよ」

 あんだけ詳しそうに話してたのにそんなわけないだろ。

「知らんもんは知らんわ。『あれ』がやったことについては私たちはよーく知っとる。せやけど『あれ』がなんなのかは一切わからん」

「……お前もそうなのか?」

 呆れながら五十嵐に聞くと、彼女は頷いた。

「これだけ盛大に騒いどいて『あれ』がなんなのかわからねぇって……話にならん」

「しゃーないやろ。わからんもんはわからんねや。ただわかることは、『あれ』が超能力者じゃ対抗できひんいうことだけや」

 それはもう知ってる。

「だったらどうやって『あれ』を倒したんだ?」

 俺が五十嵐から聞いたのは、俺と同じ力――つまり波導を使える人間だということだ。

「六年前に『あれ』を倒したのは、ひとりの武士とひとりの銃騎士やった。そんでその武士っちゅうのが、あんたの母親や」

「…………あ?」

 俺の思考が東雲さんの言葉を理解するまで、実に数秒を要することとなった。もしいま俺の顔を鏡で見れば、ずいぶん間抜けな顔をしていることだろう。

 たしかに前々から規格外な人だとは思っていたが、こんな化物みたいな相手を倒したのが母さんだなんて言われて、簡単にのみ込めるわけがない。

「母さんも、能力者なのか……?」

「せやから能力者や勝てへん言うてるやろ。でもかしぎと同じ力を使うんは銃騎士の方や。あの人、なんの力も持ってへんくせにありえへんやろ」

 俺は八雲さんを見る。

「うん。たしかに彼女は能力者じゃないよ。だからといってあれを一般人に捉えていいかと聞かれれば、まぁ、化物としか答えられないよね」

 母親を化物呼ばわりされるのはいい気分ではないものの、そんな母親も化物と思う自分がいるためなんとも言えない。

「ゆかりくんたちがいなかったら、いまごろは超能力者なんてひとり残らず殺されていただろうね。僕も、東雲くんも、雪音も、もちろん詩織くんもね」

「あの人には感謝しとるわ。『あれ』を抑えてくれたおかげで、私は腕一本で戦いを終わらせられたんやからな」

 東雲さんは右手を開閉させながらそう言った。

 そういえば東雲さんの腕、ちゃんと直ってたんだな。

「だったら俺に頼まないで母さんに頼めばいいだろ。なんで俺なんだ?」

「……ゆかりくんは、もう戦えないからね」

 それはどういうことなのか、俺が聞く前に八雲さんはさらに言葉を紡いだ。

「ゆかりくんの四肢はね、六年前の戦いで義手義足になっているんだよ」

 俺は八雲さんの言葉に絶句するしかなかった。

 年に数回しか家に帰ってこない母さんだが、そんな素振りはまったく見せたことはなかった。俺の知ってる母さんは、知ってる母さんのままだった。

 でも俺の知らないところで、そんなことに巻き込まれてたってのか……。

「力は失っていなくとも、使うための肉体がないんじゃ戦うことなんてできないだろう? だから、君なんだ」

 その気持ちはよくわかる。いまでこそ動けているが、俺も異世界から還ってきたばかりのときは、そのことでかなり苦労した。

「ゆかりくんが四肢を犠牲にして倒した『あれ』が復活しようとしている。君はそいつをどうするんだい?」

「……決まってんだろ」

 あの母さんがそうまでして倒したやつなんだ。そいつが復活してしまうってんなら、その始末をするのは息子である俺の役目だ。

 だから……

「俺がそいつをぶっ倒す」

 やることなんて、それくらいしかないだろ。


 五十嵐のことを東雲さんに説明すると、意外にもあっさりと納得してくれた。いざというときのための言い訳を考えてたのが無駄になっちまった。それはそれでいいんだけど。

「義手も直ったことやし、さっそく京都に行こか。ただでさえ時間かかったことやしな」

 一週間かけて義手を直していた間にも『あれ』の力が戻りつつある。六年間でようやく『九十九』の当主を上回るくらいになったことを考えると、一週間でそこまで戻るとは思えないが、力が戻るにつれて回復が早くなるかもしれない。

 できるだけ早く動いて『あれ』をどうにかしなければならない。ここから移動するだけでも時間はかかるんだ。ゆっくりしている暇はない。

「それならボクも連れてっておくれよ。いまのボクなら、君たちの力になれると思うよ」

「それはだめだ」

 見送りのために家の前に来てくれた翔無先輩の言葉を、俺はばっさりと切り捨てた。

「いまの翔無先輩を連れていくのは絶対にだめだ」

「ばっさりだねぇ。いまのボクならかっしーたちと一緒に十分に戦えると思うけど?」

「その考えが危ないんだよ。力を手に入れたばっかりのやつはそういう過剰な自信のせいで周りを危険にする」

 俺がまさにそうだった。力に溺れて図に乗り仲間を――アイリスを犠牲にした。俺が殺したようなものだ。

 あのときのことは、いまでもはっきりと覚えている。

「それにまだ完全に使いこなせるわけじゃないんだろ? 八雲さんからだいたいは聞いてるし」

『おんがえし』の能力はまだ完全じゃない。俺が駆けつけたあのときも、能力が消失ロストした直後だったらしい。

「でも人数は多い方が……」

「翔無先輩」

 まだそんなこと言ってるのかよ。俺の話ちゃんと聞いてたのか。

「言っても聞かないなら優しく言うのはやめだ」

「かっしー……?」

 俺の雰囲気の変化は、翔無先輩なら敏感に感じとることができるだろう。その通りで、翔無先輩が困惑したように俺を見ている。

「邪魔だから来るな」

「……っ!?」

 俺は翔無先輩に背中を向けて歩き出す。

「お、おい冬道、あんな風に言わなくたっていいだろ」

 慌てて追いかけてきたらしい柊が俺にそう言ってくる。

「ああでも言わないとついてくるだろ」

「そうやで。あんな親しくしてた先輩にあれはないやろ」

 隣に来た東雲さんが嘆息している。

 俺だって言いたくて言ったわけじゃねぇっての。いまの翔無先輩なら、並みの『九十九』くらいになら勝つことはできるだろう。

 だが、もし東雲さんクラス――とまではいかなくとも、そのくらいまで強い相手と戦えば確実に殺される。

 これは予測でもなんでもなく、間違いなく確実にだ。

「ならこのまま連れていくのが優しさなのか? 大して使えない能力を過信して死ぬ。そっちの方がよっぽどないだろ。東雲さんは『九十九』の強さを一番わかってるはずだろ」

 あれが厳しいって言うんなら、いくらだって厳しくなってやる。あの場面で連れていくのが優しさだって言うんなら、優しさなんて捨ててやる。

 ……さすがにあれは言いすぎたとは思ってるけどな。

 ちょっとした罪悪感に陥っていると、頭を誰かに叩かれた。どちらかといえば殴られたと言った方がいいかもしれない。スゲー痛いし。

「もう少しソフトに言えないのかい? いくらボクでもあれは落ち込むよ」

「……テレポート、まだ使えたのか」

 頭を擦りながら、俺を殴った張本人に向き直る。

「使えなくなったなんて言ってないだろ? 能力が二つになったってだけで、テレポートは普通に使えるよ」

「あっそ。それでなんだ? 俺の話を聞いてもついてくるって言うんなら、今度こそ……」

「さすがにもうそんなことは言わないよ。さっきみたいな罵倒は浴びたくないからねぇ」

 俺の言葉に重ねるようにした翔無先輩は、いたずらっぽく笑って頬をつついてくる。……うぜぇ。

「君が優しいってことを再認識させられたかな」

「……あのさ」

「優しくしたつもりはないって? そうだねぇ。あれで優しいんだったら、この世で優しくないのはマイマイちゃんくらいだよ」

 俺のセリフを奪ったうえに失礼なことを言いやがる。しかしその通りだからなにも言えん。

「気遣いができるっていいことだよ。だけど、そんな言い方をしたりするから誤解されがちなんじゃないかい?」

「ぐっ……」

 しかも人が気にしてることを適当に放り込んできやがって。でも最近じゃ話しかけられるようになったんだからな。少しだけ。

 俺が渋い顔をしていると、翔無先輩がおかしそうに声をあげて笑った。

「もう連れていってくれなんて言ったりしないよ。だけど条件がひとつだけ」

「条件を出せる立場か?」

「さてね。で、その条件っていうのがちゃんと帰ってくること。あとマイマイちゃんの問題をちゃんと解決することだよ」

 それ、ひとつじゃねぇんだけど。

「わかってるってのそんなの。言われるまでもねぇさ。それとも、あなたは俺が負けるとでも思ってんのか?」

「過剰な自信については君に言われたくないからねぇ」

 それは否定するつもりはない。俺よりも過剰な自信を持ってるやつなんてそうそういないさ。

「俺からも条件がある」

「条件を出せる立場かい?」

 むしろ出せる立場なのは俺の方だっての。

「これが終わったら、みんなで遊びに行くか」

 俺がそう言うと翔無先輩だけでなく、柊や東雲さん、さらには五十嵐までもが目を丸くしていた。自分でも柄じゃないと思ってるよ。

 でもたまには、こういうことを言った方がいいだろ?

「そうだねぇ。考えておくよ」

 その答えは、実に翔無先輩らしいものだった。


     ◇◆◇


 翔無邸をあとにした俺たちは、京都行きの寝台列車に乗っていた。棚のような二段ベッドに横になった俺は、弾むように揺れる振動に身を任せている。

 ちなみに上は俺と柊で、下に東雲さんと五十嵐がそれぞれ陣取っている。柊はすでに眠っていたりする。

 このまま身を任せていれば同じように寝てしまいそうなので、体を起こして東雲さんに聞いてみることにした。

「なんで五十嵐のこと、なんも言わねぇんだ?」

 あれから東雲さんは五十嵐についてなにも言わないのだ。それどころか普通に話してて、逆に五十嵐が驚いていたくらいだ。

「ん? 言ってなかったか?」

「なにをだよ」

「私な、『九十九』を潰すのはやめにして、一葉を助けることにしたんや」

『…………』

 なるほど。『九十九』を潰すのはやめてその当主様を助けに行くのか……って、

『はぁ!?』

 すっかり敬語を忘れた五十嵐に飛び起きた柊、そして素のままの俺のすっとんきょうな声が寝台列車に木霊した。

「ど、どういうことでございますか!? あなた様は一葉様を助けるつもりなどないと……」

「そうやったんやけどよく考えてみたら、あんときに私と一葉がやっとったことは同じやからな。ただ守るべきものが違っただけや」

 六年前の事件で東雲さんは顔も知らない能力者のために、九十九一葉は『九十九』の能力者のために戦った。

 どちらもが守りたいもののために戦い、結果的に東雲さんが右腕を失ってしまったのだ。

「恨むなんてお門違いや。いままで『九十九』を潰そうとしとった自分が恥ずかしいわ」

「東雲様……」

「私は元凶である『あれ』には勝てへんから、それの傀儡になってた一葉を恨むことで自己完結してたんや」

 東雲さんは新しく取り付けた義手の手を開閉する。

「んなカッコ悪い真似してられんわ。私も『九十九』として、たとえ裏切り者だと言われようと、当主である一葉を助ける。自分勝手なのはわかってるけど、二人とも協力してくれるか……?」

 ずっと『九十九』を潰そうと言ってきただけに、いまさら目的を変えるのが申しわけないのだろう。自信なさげに体を縮めながらそう聞いてくる。

 俺と柊は顔を見合わせると、

「いやだね」

 はっきりとそう言ってやった。

「いまさら九十九一葉を助けるとか虫がよすぎるんじゃねぇか? そんなの聞けねぇよ」

「だな。ここまできて変える気はねぇぜ」

 俺たちの突き放すような言葉に東雲さんと五十嵐が顔を曇らせた。

「俺が頼まれたのは『あれ』をなんとかするってことだ。九十九一葉を助けるのは東雲さんの役目だろ?」

「あ……」

 最初から『九十九』が潰すとか、九十九一葉を助けるとかなんてどうでもいいんだよ。俺の役目は『あれ』を倒すことだ。

 そんな他人の役目まで受け持ってやるつもりはない。

「じゃないと最初に頼まれた通り、『九十九』を潰すことになるだろうな。俺が東雲さんに協力したのは、柊みたいな境遇のやつをひとりとして出すわけにはいかないからだ」

「それは困るわ。……ならこっちは私に任しとき」

 自信に満ちた表情で東雲さんはそう言う。

 俺としてはどちらでもいいんだがな。『九十九』を潰そうとその当主を救おうと、目的を達せられることには変わらないのだ。

 聞いた限りの九十九一葉の性格では、身内を切り捨てるなんて真似ができるとは思えない。

 おそらく柊が捨てられたのは『九十九』内の他の誰かだ。『あれ』とやらの仕業なのかどうなのか……。とにかく、俺はそいつも倒さなければならない。それは主に柊の目的でもあるが。

「五十嵐は柊を『九十九』から追い出したのが誰か知ってたりするか?」

「そうそれだよ! あたしの目的はそれなんだよ!」

 柊は二段ベッドの上から顔だけを覗かせる。

「いえ。そのことはごく一部の者しか知りません。おそらく一葉様や九重様、揺火様あたりが知っているはずでございます」

「十六夜とかいう冬道を襲ったやつは知らねぇのか?」

「あ、はい。おそらく十六夜も知ってると思われます」

「となると、まずは十六夜を捕まえるのが先決かもな」

 俺の言葉に柊と五十嵐が頷く。

 それとほぼ同時に東雲さんが両手を叩いた。一週間ぶりに両手が使えるようになったから、無意味に使ってみたいというのもあるだろう。

「ほなら状況をまとめるで。とりあえず京都に着いたら助っ人と合流する。そのあと頃合いを見計らって『九十九』の拠点に侵入、そこからは三つにわかれて行動や」

 そう、この戦いはそれぞれが意図せずに別々の目的を持っているのだ。

「あたしは十六夜を見つけて、あたしを追い出したやつのことを訊く」

「俺は拠点のどこかにいる『あれ』を倒す」

「そいで私と五十嵐は一葉を助け出す。みんな、ちゃんとわかってるみたいやな」

 当たり前だ。そうでなければやって来た意味がない。

「ならそろそろ寝よか。こうやってゆっくりできんのも、いまくらいしかないかもしれんからな」

 そう言うが早いか、東雲さんはいびきをかいて眠ってしまった。

 柊もさっきまで寝ていたこともあり、あっさりと眠ってしまったようだ。

「わたくしたちも休みましょうか」

「あ、あぁ……」

 ようやく落ち着けたところで、いまさらながら問題点に気がついてしまった。東雲さんも柊も(というよりこっちはウェルカム状態だろうが)気にしていないみたいだが、この狭い空間に男ひとり、女三人ってマズイだろ。意識しだしたら女の子独特の甘い香りが漂ってるし。

「眠ってしまえば問題ございませんよ」

「お前は俺の不安を勝手に察するな」

「ふふっ。年不相応な方だと思っていたのですが、異性を意識するのでございますね」

「俺だって高校生だぞ? こんなギャルゲーみたいな展開に反応しない方がおかしいっての」

 あ、なんか飛縫みたいな考え方しちまった。

「ぎゃるげー、とはなんですか?」

「理想の女の子を攻略していく、男の欲望が詰まったモンだよ。ちなみにエロゲーって言って、性行為までやるモンもある」

「世の中も変わりましたね」

 お前はどの時代の人間だ。

「かしぎ様はそのような展開をご希望で?」

「してたら柊が喜んで食いついてくるだろうよ。つーかお前もさっさと寝てくれ。俺もこれ以上意識する前に寝るから」

「わかりました。では、おやすみなさい」

 五十嵐に「おやすみ」と答え、俺は目を瞑る。

 俺の意識は、あっという間に闇に落ちていった。


     ◇◆◇



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