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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第一章〈勇者の帰還〉編
6/132

1―(6)「波導」


「兄ちゃん、おかえ……り……?」

 なんてタイミングの悪い妹なんだ。我が妹ながらタイミングの悪さを嘆くしかない。空気が読めないともいうのだろう。

 せっかくこっそり入ってきたってのに、なんで玄関で待ち伏せ?

 そんなにファッション雑誌が読みたかったのか?

 アウルを背負っている俺を見て固まっているつみれを見ながら、俺は思っていた。

「に、兄ちゃん、女の人をこんな夜中に連れ込んで、何する気だったのさ。ま、まさか……っ!?」

「思春期でそういうのを知っていること自体は仕方ないが、俺とこいつはそんな関係じゃねぇ」

 変な勘違いを起こそうとするつみれに釘を打ちながら、俺はアウルを座らせ靴を脱がせる。

 さすがに土足で俺の部屋に上がらせるわけにはいかないからな。

「あれ? その人、怪我してる……」

「だから治療するために連れてきたんだよ。変な方向に間違うな」

 怪我してなくても、もしかしたら連れ込んだかもしれなかったけど。言い訳を考えなくて済んだから好都合だったかな。

 再びアウルを背負い、階段を上がる。

 後ろでつみれが「手伝おっか?」と言ってくれていたが、俺はそれを首を振っていらないことを示す。

 一回部屋に連れ込んだら追い出すのが難しい。今から他言無用な話をするっていうのに、そんなことになったら面倒すぎる。

「あれはお前の妹か?」

「そうだ。それがどうかしたか?」

「いや。あまり似ていないと思ってな。それに、お前から感じるようなものは何も感じない」

「当たり前だ。つみれは俺と違って普通の中学生だ」

 俺と同じように思ってもらったら困る。

 いくら空手が強くても、つみれはさっきみたいな異常に巻き込んだらいけないんだ。あいつには、勘づかせるわけにはいかない。

 部屋のドアを開けてなかに入り、アウルをベッドの上に座らせる。

「思ったよりも整理されているのだな」

「男だからって部屋が汚いなんていう固定概念は捨てやがれ。部屋くらいちゃんと掃除してるっての」

 俺は汚いのが嫌いなんだよ。部屋は綺麗にしてないと落ち着かない。

 最低でも一週間に一回くらいは掃除してる。汚くなかったらもう少し時間を空けてからしてるけど。

「怪我人なんだから大人しくしとけよ? 救急箱とってくるから少しだけ待ってろ」

「あいにくと、動きたくてもまともに動けん」

「胸張って言うことじゃねぇよバカ」

 なんでそんなに堂々としてられるのやら。

 さっきまであれだけ疑ってたくせに今はそんな様子は微塵もないし、こいつ、見かけによらずお人好しなんじゃないか?

 俺だったから良かったものの、そんなほいほい男についてきたら何されるか分かったものじゃない。

 今回は特殊なケースだから仕方がないとは思うけどな。

「勝手に人の部屋、荒らすなよ?」

「分かっている。早く行け」

 鬱陶しそうにあっちにいけと手で示しているアウルにため息を吐きながら、救急箱を取りにいくために一回に降りる。

 確か救急箱は、リビングの棚にしまってたはず。

 リビングに向かおうと足を踏み出したのだが、不意に力が入らなくなって膝をついてしまった。

 転びこそしなかったものの、体が妙に重くて動く気になれなかった。

 足が痙攣を起こしている。

 これはアウルを家まで運んできたからというわけじゃない。そのくらいだったら難なくこなせる。

(ちっ。体が鈍ってやがる。あの程度でこの様かよ……)

 先ほどの戦いとも呼べない、せいぜい喧嘩止まりの動きをしただけで、俺の体は悲鳴をあげている。

 さっきのことは思い出しただけで苛々する。

 アウルを受け止めることが出来ないことから始まり、イメージ通りの行動が出来ない鈍い動き。あげくの果てには狐の面が何をやったかすらも分からない始末。

 ギリギリ何かが来るというくらいしか、感覚的に分からなかった。

 その何もかもが俺を苛だたせる。

 ……苛立ってても仕方がない。今はアウルに応急処置をするのが先か。

 ようやく震えが収まってきた足に力を入れて立ち上がり、リビングのなかに入る。

「兄ちゃん、さっきの人って外国人だよな? どこで知り合ったのさ」

 だがそこには、もう寝てもおかしくない時間帯にも関わらずハイテンションなつみれがいた。

 心なしか、目がキラキラと輝いているように見える。

「あいつはただの同級生だ。今日転校してきたんだ」

「へぇ、外国人転校生かぁ。しかもカッコよかったし、兄ちゃんだけずるいぞ!」

「ずるいって……。そんなこと言ったって仕方ねぇだろ」

 口を尖らせて抗議してくるつみれを横目で見ながら、俺はしまったはずの救急箱を探す。

 おっ、あったあった。こんなところにあったのか。

「でも兄ちゃんの周りって女の人、多いよね。あの黒髪の人とかさっきの金髪の人とか」

「たまたまだ。別に俺から近づいたわけじゃねぇし」

 アウルの場合は、俺から近づいていった節があるが気にしない。

 あまりアウルを待たせるわけにもいかないので、つみれとの会話を切り上げて二階へと向かう。

 遅くなったら「遅い!」とか言いそうな性格してるからな、あいつは。

 救急箱を持って、自分の部屋に入る。

「思ったよりも早かったな。もう少し時間がかかると思っていたんだがな」

「待たせないように早くしたんだよ。どうせ遅かったら怒鳴り付けるだろ、お前」

「当たり前だ」

 だからなんでそんなに堂々としてられるんだっての。何様なんだ、お前は。

「傷、見せてみろ」

「あ、あぁ」

 アウルは若干ためらいながら制服の上を脱ぎだした……あ?

「なんで脱いでるんだ、お前」

「き、傷を見せるのだから脱がなければ見せられないだろう……?」

「袖あげるだけでいいんだよ」

「そ、それを先にいえ!」

 言わなくても分かるような気もするが。

 とりあえず制服の下にはアンダーシャツを着こんでいたみたいなので、それの袖をあげて傷の具合を確かめる。

 ただ、体にぴっちりくっついているためにアウル体のラインが丸分かりになっている。

 さすがにそれは恥ずかしいようで、顔を赤くして視線はどこかをさ迷っている。

「結構ごっそりいかれてるな。こりゃ痛いはずだ」

 止血はされてるみたいだが、肩から肘にかけての肉がごっそり抉られており、かなり痛々しい。

 これは痛いはずだ。よくこんな怪我をして意識を保ちつつ、あんなに動き回れたもんだ。

 よく見ればアウルの顔色は悪くなっており、血が足りなくなっているのが簡単に見て取ることができた。

 息は荒く、暑いわけでもないのに額からは汗が流れている。

 さっきまでは気を抜けない状況だったから気丈に振る舞っていたが、気を抜けるようになった今、痛みと疲労が一気にのし掛かっているに違いない。

 俺も経験したことがあるから、今のアウルの気持ちはよく分かる。

 自分だけの時間がゆっくりと流れていくような、孤立した空間。そこに投げ出されていつまでも痛みを与え続けられる。

 苦しいに、決まってる。

「ちょっと待ってろ」

「……? 何を、する気だ……?」

 アウルが首を傾げているのを見ながら、俺は首飾りを取り出す。

「――――風よ、祈りの癒しを」

 風が入り込むはずがない密封された部屋に風が迷い込み、アウルを優しく包み込む。

 するとアウルの表情から苦しさが消えて、目を閉じた。すぐに規則正しい寝息が聞こえてきて、アウルが眠ったことが分かった。

 風系統の波導は得意じゃないんだが、うまくいってよかった。

「……俺が治せたら一番いいんだけどな」

 俺が出来るのはせいぜいアウルを眠らせることだけで、所詮は壊すことしかできない。

 治すには真宵後輩の波導が必要だ。

 机の上に置いてあるケータイを開き、アドレス帳から『真宵後輩』を選んで呼び出しコールをかける。

 三拍置いて、真宵後輩が電話に出る。

『……なんですか?』

「今から俺の家に来い」

『お断りします』

 即答されてしまった。

 受話器の向こうからは無機質な音だけが聞こえてくる。

 もう一度『真宵後輩』を選んで呼び出しコールをかける。

 今度は二拍置いて、真宵後輩が電話に出る。

『パスワードをどうぞ』

「……」

 今度は俺が切ってしまった。

 なんだよパスワードって。

 手に持っていたケータイが震えた。ディスプレイには『真宵後輩』の文字が表示されている。

「パスワードをどうぞ」

『先輩のおふざけに付き合うつもりはありません』

「お前の方からふざけてきたんだろうが! なんだよパスワードをどうぞって! お前と話すにはそんなもんが必要なのか!」

『後輩からの小粋な計らいです。お楽しみいただけましたか?』

「楽しくねぇ! つーか、小粋な計らいってなんだよ!」

『落ち着いてください。キャラが著しく崩壊してきています』

 ここで「お前のせいだろうが!」なんていうツッコミを入れると話が長引くだろうから、あえてなにも言わない。

『思い出してください。貴方は常に冷静に物事を見極めながらも、ドジっ子属性で悉く罠に引っかかる天然キャラでしたじゃないですか』

 そうだ。俺は冷静に物事を見極めながらも、ドジっ子属性で悉く罠に引っかかる――――って違う!

「俺はそんなキャラじゃねぇ! なんでリーンのキャラを俺に定着させようとしてやがる!」

『懐かしいですね』

「感慨深く言うな!」

 あっちの世界で仲間だった波導拳士を思わず思い浮かべてしまう。

 リーンはちゃんと周りの状況判断は冷静に出来るってのに、それを行動に移すと悉く失敗する極度の天然だったからな。

 知的クールと天然を組み合わせてもいいものなのだろうか。

 いったいそれで何回罠に引っ掛かったことか。思い出すだけで頭を押さえたくなる。

「とにかく、今すぐに俺の家に来てくれ。真面目な話があるんだ」

『プロポーズでしょうか?』

「……………………あぁ」

『そこまで深く考えたあげくに無理に答えるのはやめてください。私が傷つきます。分かりました、今すぐに行きます』

 俺が何かを言う前に真宵後輩は一方的に電話を切る。

 なんか、凄く疲れた。真宵後輩と会話をするだけでなんでこんなに疲れないといけないんだ。

 実が詰まってるからか、はたまたただ単にそういう会話だったのか。

 とにかく、真宵後輩が来てくれるならひと安心だ。あいつならアウルの怪我を治すことも簡単に出来る。

 今さらだが、大声で叫んだことでアウルが起きてないかを確認する。

「大丈夫、みたいだな……」

 相変わらず規則正しい寝息を立てるアウルを見て一息つく。

 腕の傷は痛々しいが、こうやって楽にしてたら普通の女の子だな。

 とりあえず俺は真宵後輩が来るまでの間、体の疲労をとるために仮眠をすることにした。


     ◇


「ご主人様、朝です。起きてください」

「うわぁ!?」

 突然耳元にきこえてきた不吉な声に、俺は背中にバネでも設置されているかのようにそのままの体勢で飛び起きた。

 おいおい止めてくれ。そんな声でそんな不吉な言葉を呟かないでくれ。

 もしこれが夢オチなら俺は跳び跳ねて喜ぶぞ。

 だからお願い。これは夢であってくれ。

 祈りながら、俺は閉じた瞼を開く。

 そして、運命というのは残酷だということを俺は思い知らされた。

「どうですか? 刺激的な目覚めになりましたか?」

「……あぁ。刺激的すぎて思わず抱き締めちまいそうだぜ」

 俺は自分でも分かるほどの苦笑いを浮かべながら、目の前にいる真宵後輩に精一杯の虚勢を見せる。

 ちくしょう、いつの間に入ってきたんだ。全然気がつかなかった。

「私の気配に気づかないほど、熟睡してたんですね」

「……いろいろあって疲れてたんだよ」

「そうですか。で、その疲れたというのは金髪外国人転校生のアウル=ウィリアムズとふたりっきりの部屋で何かをすることなのですか?」

 真宵後輩の視線が冷たい。非常に冷たい。絶対零度だ。

 どうしてこいつは俺が真宵後輩以外の女の子と絡むとこんな風に不機嫌になるんだ。おかしいぞ。

 俺はまだ真宵後輩を攻略するルートには突入してないはずなんだが、この反応はなぜなんだ?

 これは俗に言う『主人公が他の女の子と話していると嫉妬する現象』ではないか。まだ真宵後輩の好感度は上げてないはずなんだが……。

 顎に手を当てて考えていると、前方から目覚まし時計が飛んできた。

「……何すんだ、お前」

 目覚まし時計を錘のついたように重い腕で掴みながら、投げつけてきた張本人の真宵後輩を見る。

 見事な投球フォームだ。大リーグの大物投手もびっくりするほどだ。

「いえ。何か不快なことを思われた気がしたので」

 む。こいつ、意外に鋭いな。

 右手に掴んだ目覚まし時計を机に置くと、ベッドに寝ていたアウルが声を漏らした。

 時間を確認してみると俺が帰ってきてから三〇分ほどしか経ってない。窓の外も暗いことから、半日が経ったわけではなさそうだ。つまりさっきの発言は嘘、出任せだ。

 俺の風系統の波導の効力は、だいたい三〇分くらいだから効力が切れたみたいだな。

 アンダーシャツ姿のアウルはみじろいたかと思えば、目をゆっくりと開いた。そのまま視線をこちらに向ける。

「起きたか。よくお眠りだったみたいだぜ?」

「寝ていた……? 私はいつの間に寝ていたんだ。……ぐっ」

 起き上がろうとして腕に痛みが走ったのか、アウルは顔をしかめて腕を押さえる。

「頼むぜ、真宵後輩」

「今回だけですからね。……見せてください」

 痛みで顔をしかめているアウルの腕を無理やり引っ張り、真宵後輩は傷の具合を確かめていた。

 今のでさらに痛みが走ったようで、アウルはさらに顔をしかめた。

 こいつは他人に対しての優しさを知らないのか?

 怪我してるって言ったのにそんな無理やりやったら痛がるだろ、普通。

「大分ごっそり抉られてますね。神経はまだ繋がってるんですかね……。腕は動かせますか?」

「いや、動かせない。感覚はほとんどない。痛みはあるが……」

「だいたいわかりました。少々お待ちを」

 真宵後輩は首から下げた銀の首飾りを取り出す。

 それを握ると、淡い青色の光が首飾りに灯る。

 青色の光は不規則に大きくなっていき、サッカーボールくらいの大きさになると球体に固定される。

「――――水よ。その者に再生と安らぎを」

 青色の光はアウルの傷を包み込むと、時間が巻き戻されるように傷が再生していく。

 それを見たアウルは驚かずにはいられない。

 目を見開き、信じられないようなものを見た目になっている。

 これが妥当な反応だよな。いきなり首飾りから出た光に腕が包まれたと思えば、全治何週間もかかりそうな怪我がものの数秒で治ったんだから。

「これで治ったはずですが腕は動きますか?」

「……問題ないようだ」

 指を開閉させて調子を確かめながらアウルは言う。

「傷は治っても失った血液までは治りませんので、しばらくは激しい動きはしない方がいいですよ」

「……あぁ」

 真宵後輩の言葉も上の空という感じで、手を開閉させている。

 血が足りなくて貧血気味になりながらも、アウルは俺たちに言ってきた。

「お前ら、本当に何者だ。ただの人間ではあるまい」

「だから言ったろ? 元勇者だって」

「……ふざけるなよ。そんなことが信じられるか」

 睨み付けてくるアウルを見て俺は肩をすくめるしかない。

 いくら見たことがない現象を見ても、元勇者なんて言われて信じるわけないか。ふざけてるようにしか見えないし聞こえない。

「ふざけてはねぇよ。称号は元勇者、職業は『波導騎士』ってところだな。真宵後輩は『波導術師』だ」

「波導……? それはさっき私の腕を治したものか?」

「そういうこった」

 説明してやると言った以上は、これらのことについて全部白状してやるしかない。だから真宵後輩も呼んだんだ。腕を治してもらうのはついでみたいなものだ。

 とりあえず俺は、異世界に召喚されたことから話し始めた。

 ヴォルツタイン王国の皇女様に魔王を倒すために召喚されたこと。

 俺たちが『天剣』と『地杖』に選ばれたこと。

 必死の思いで鍛練を重ねて、五年の時を経て魔王を倒したこと。

 召喚されてから今に至るまでの細かい話を除いて、重要な部分だけをまとめて、なるべく分かりやすく理解できるように伝えた。

「……つまり二人は異世界に召喚されて『天剣』と『地杖』を受け取り、その波導を使って魔王を倒して還ってきたということか?」

「理解が早くて助かる」

「……信じられんな」

「信じるも信じないもお前の自由だ。これが事実だし、波導を使えるようになった理由だ」

 誰も信じてもらおうだなんて思ってないし。

「……しかし、その波導を見せられたのも事実だ。分かった、信じよう。それで波導とはなんなのだ?」

「この世界でいえば魔法、魔術、魔導……そういうのと同じだと思ってもらって構わない。そして波導を使える奴のことを俺たちは『波導使い』と呼んでいる」

 それらは魔力とかいうエネルギーで使えるが、この波導は読みこそ同じだが波動をエネルギーとして使うことが出来る。

 波動は人間なら誰しもが持つエネルギーだ。

 そして波動の使い方は二つある。

 体全体に広がる波動を伝えるための波脈はみゃくと呼ばれる特殊な器官を通して、波動を体に巡らせることが可能だ。

 足に波動を流せば脚力があがるし、腕に流せば腕力があがる。

 これがひとつ目の使い方。こっちは波導使いなら日常的な使い方だ。

「波導は魔法みたいに属性があるんだ。属性がある波動は簡易な名前だが『属性波動』って呼ばれてる」

 火、水、氷、風、雷、土、光、闇の八つの属性がある。

 その属性は波導を使おうと思って選べるわけではなく、最初から体内に宿る波動に属性が備わっている。

 だから、生まれた瞬間から使える波導の属性は固定されているわけだ。

「ちなみに俺が使えるのは氷と風と光だ」

 俺は指先にアウルが見れるように三つの属性波動を宿らせる。

 だが、その属性波動はその属性の光が宿ってるだけで、アウルを眠らせたときのように風などは発生していない。

「この属性波動は触媒がないと使えないんだ」

「触媒? しかし、先ほどお前は触媒を使わずに波導を使っていたではないか」

「使ってたよ。これだこれ」

 首から下げた金の首飾りをアウルに見せる。

「こいつを触媒にしたんだ」

 属性波動を使うには属性石エレメントと呼ばれる石にそれを流す必要がある。

 それを介せば、波導は簡単に使える。

「これは武器の形状を記憶させた石なんだ。この石に波動を流すことで、本来の形に出来る」

 属性石エレメントは元々武器の形状だったものを、錬金波導師が石の形に創り直したものだ。

 波動を流すことで瞬間的に元の形状に戻す技術は、古来の錬金波導師が生み出したもの。

 しかもこの属性石エレメントを元の武器に戻すにも条件が必要になる。

 同じ属性波動を使えないと元の形状に戻せないのだ。

 例えば風系統の波動しか使えないのに、水系統の属性石エレメントを使おうとしても無理だということになる。

「だが、俺の持つ『天剣』と真宵後輩の持つ『地杖』は他の属性石エレメントとはわけが違う」

 このふたつにはこれといった属性が存在しないにも関わらず、全ての属性を使うことが出来る。

 これがあればわざわざ他の属性石エレメントを持つ必要がなくなるのだ。

 しかし、これといった属性がないならどうやって形状を復元させるのか。答えは簡単だ。

「こいつらは俺たちにしか使えないんだ。こいつらに選ばれた俺たちしかな」

 だからこそ俺たちは異世界に召喚され、魔王を倒す旅に出た。

「……まぁ、俺から話せることはこれで終わりだ。なにかわからないとこでもあるか?」

「……わからないところと言われても、ほとんど理解できてはいない。整理しきれん」

 腕を組み唸っているところを見ると、本当に整理しきれていないらしい。

 俺たちはそれを理解するよりも早く体が覚えてしまったから、こんな風に悩む必要はなかったからな。

「ようするに波導を使うためには属性石エレメント、この石が必要ってだけだ。あとは別に考えるところはねぇよ」

「……ちょっと待て。波導というのはその石と、波動があれば誰でも使えるのか?」

「ざっくりと言えばそうなるな」

「ならば、条件さえ揃えば私も使えるのか?」

「いや、無理だ。こっちの世界の奴らは誰も使えない」

「何故だ?」

 ……これは言うべきなのか言うべきではないのか。

 アウルに全部話してやるって言ったんだから、言うしかないか。

「言っただろ? 波動を使うには特別な器官である波脈が必要なんだが、それはこっちの人間には存在しない器官だ」

「だがお前らは波導を使える。つまり、こっちの人間であるお前らにもその器官があるということだ。お前らだけがあって、私たちにないというのはおかしいだろ?」

「確かにな。だから俺たちは『天剣』と『地杖』をとったとき、人間をやめた・・・・・・

 『天剣』と『地杖』に選ばれた俺たちは異世界に召喚され、それらをとったことで身体が再構成された。

 波導を使うための、人間ではなく、化物の身体へと。

 もしこのふたつを持ってこなかったらこの身体も元に戻ったかもしれない。そばにこのふたつがあったから、俺たちは化物のままなんだ。

「人間をやめたって言っても別に不老不死とかいうわけじゃねぇし、変身能力があるわけでもない。波導を使うための器官が体内にひとつ余分にあるだけだ」

 神経よりも細く枝分かれした器官だし、特殊な機械がないと波脈を見ることはできない。

 俺たちが下手なことをしない限り、外見的には普通の人間と変わらないということだ。

 さて、これで俺からの説明は終わりだな。

「じゃあ次はお前の番だ」

「……な、何がだ?」

 なんで顔を逸らしてわざとらしくとぼけてるんだ?

 そのキャラで口笛吹いてごまかそうとするな。吹けてないのがムカついてくるから。

「さっきの現象のこと、全部説明してもらうぜ?」

「さっきの現象? 何の話ですか?」

「あ……」

 そういえば真宵後輩には教えてなかったな。

「こいつ、なんかよく分からない力使う奴と戦ってたんだよ。そいつを偶然通りかかった俺が助けたってわけだ」

「怪我とかはしなかったんですか?」

「あ? あぁ、まぁな」

 拳を擦りむいた程度とはいえ、怪我をしたなんてこいつには言えない。

「嘘ですね。先輩は嘘をつくと目線が泳ぎますから」

「そんな古典的な罠に引っ掻かんねぇよ」

 拳を真宵後輩に気づかれないように隠して、明らかに脱線した話を戻すためにアウルに視線を変える。

「説明してもらうぜ。等価交換だ」

「……まぁ。お前らくらいの実力があれば問題はないか。いいだろう、教えてやる」

 ため息を吐きながらいうアウルは、本当に仕方なさそうだった。

 別にそれはどうでもいいんだが、いつまで俺のベッドで偉そうにしている気なんだ?






 ◇次回予告◇


「お前らは『超能力』というものを信じるか?」


「……そういうことね。そいつは大変だ」


「だから私は『組織』に派遣されて、ここに来たんだ」


「その反応が妥当でしょうね。気づかない方がおかしいです」


「お前らはその波導を日常で使うつもりはあるのか?」


「殺しの経験のないお前に任せるよりマシだ」


「――――いかずちよ」


「ふざけんなバカ。ホテルに泊まってろ」


「……私が善意で言ったことにどうしてそんな切り返しが来るんですか」


「お前にゃ、殺しは似合わねぇ」


「化物だかなんだか知らない。お前が自分のことなんと言おうとも、お前は化物などではない」


 ◇次回

  1―7「超能力」◇


「考えられるほとんどのシチュエーションがバットエンドルートじゃねぇかよ……」




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