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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第五章〈九十九騒乱〉編
53/132

5―(2)「自律人形」


 電車に乗り込んだはいいが、俺たちが向かっているのは京都ではないことは明らかだった。

「……東雲さん、いまからどこに行こうとしてんだ?」

「ん? 仙台や」

「なんで仙台なんだよ。全然方向が逆じゃねぇか」

「あんなぁ、さすがの私でも片手で戦うほどバカやないんやで? 戦うんやったら、まずはかしぎが斬ってくれた義手を直してもらわなあかんわ」

 そう言って肘先から失われた腕を指差す。

「この義手、結構高かったんやで? しかも動きをより精巧にするために、手術して繋ぎ目の部分と神経を繋いでるんや。ほら、わかるやろ?」

 壊れた義手は肘先からだが、肩から指先にかけて右腕は完全に義手となっている。断面図からは千切れたコードがいくつも伸びていて、それが神経に繋がっているのがわかった。

 これ、どう見ても現代の技術じゃないだろ。

「主な目的は電気信号の伝達やから、無駄な痛覚とか触覚まで再現されなかったんが唯一の救いやわ。もしそんなんまであったら痛すぎて敵わんわ」

「だけどなんでそれで能力まで使えるんだ?」

「超能力っちゅうのは定義がよくわかっとらんねや。どれやったら能力が使えないとか、なにをすれば能力が使えなくなるかとかまではわからんくてな。だからこんな腕でも能力は使える。そもそも根本的な事象として、ひとりの人間に二つの能力が使えること自体……」

 顎に手を当て、ぶつぶつとなにかを呟き始めていた。

 東雲さんは超能力の専門家である司先生と同じくらいの知識があるって言ってたが、まさか本当だったのか。

 よくわからない単語を羅列した東雲さんは、柊が話しかけても全く止まる様子がない。

「自分の世界に入っちまうところとか司先生にそっくりだな。さすが同級生ってことか」

「え、東雲さんって司先生と同級生だったのか?」

「本人たちが言ってたからそうなんだろ。つーか、てっきり京都にしか行かねぇと思ってたからなんの準備もしてねぇぞ」

「あたしも。ブラとかパンツとかどうすりゃいいんだ?」

「知るか」

 一応着替えは多めに持ってきてるし、戦いが長引かない限り足りなくなることはないだろう。

 窓から移り変わっていく景色を眺める。

「まぁ、冬道にならおっぱい見られてもいっか」

「よくはねぇだろ。なんで俺に対してそんなにオープンなんだよ」

「そんなの冬道のことが好きだからに決まってんだろ? 好きなやつに裸を見られる覚悟はできてるぜ!」

「無駄に男前だ!?」

 いや、たしかに見てみたいけど。いつも押しつけられてるだけの胸を見てみたいけどさ。

「風呂とか一緒に入るか? 背中流してやるぜ」

「……そ、それはまずいんじゃね?」

 ちょっと魅力的な申し出に悩んでしまった。

 こんな頭に美がつくような少女に背中を流してもらえるなんて、男として嬉しい限りだ。だけど俺には真宵後輩という心に決めた女の子がいる。いくら柊でもそれはだめだ。

 そう、俺は場の流れに流されない主人公だ。

「ちぇ。既成事実でもつくって帰ろうかと思ったのに」

「思考が駄々漏れになってんぞ」

 柊の呟きに貞操の危機を感じた。もし柊に押し倒されでもしたら、身体能力的に全力で拒まないと一発ヤられてしまうかもしれない。

「そういえば東雲さん」

「だいたい……ん? なんや?」

 むくりと伏せていた顔をあげる東雲さん。

 まだ呟いてたのかよ。

「昨日は教えてくれなかったが、今日こそ『九十九』について全部聞かせてもらうぞ」

 おっとりとしていた東雲さんの雰囲気が引き締まる。

 俺たちも自然と気持ちが引き締まり、緊張感が漂った。

「せやな。うん、ならまずは私が『九十九』を裏切った理由から話そか」

 そう前置きして、東雲さんは話し始めた。

「六年前、まだ私が『九十九』家の正式な人間だったころのことや。『九十九』が能力者を生み出す家系っちゅうのは話したやろ?」

 俺と柊は頷く。

「どうして能力者を生み出したいか言うたら、理由は下らんもんなんやけど、頂点に立ちたいからや。能力者を管理する機関として、負けとうなかったんやろうな」

「そのころにはもう『組織』はあったのか?」

「聞いた限りやとあったみたいやね。私はそういう情報は一切断たれとったから、知ったのは『九十九』を出てからや。自分でいうのもおかしいけど、私は能力者としては珍しいからな」

 それはまずいいんや、と東雲さんは話を続ける。

「だから能力者を生み出し続けた。私は歴代四番の最強で、そういうのに協力しろって強要されたんやけど、まぁ断ったわ。そんときから『九十九』には呆れとったからな」

「昨日から気になってたんだけど、その歴代四番とかってなんなんですか? あたしも関係してたりするんですか?」

「あー……それも話さなあかんか」

 めんどくさそうに髪を掻き上げ、ため息をつく。

「『九十九』にはそれぞれ序列があるんや。その序列を名前に刻むことで、優劣をはっきりさせるんや」

「序列、ねぇ」

「一番から九番まで、それぞれの序列に意味がある。私や詩織ちゃんは四番な。いや、詩織ちゃんは四番落ちやからカウントはされとらんか」

「その序列ってなにでわかるんですか?」

「名前や名前。『しののめ』や『しおり』――頭文字が『』になっとる。安直な名前だと思わんか?」

 心底嫌そうに言う東雲さんに苦笑を漏らす。

「名前縛りで能力を強化――それについてはもう証明されとる。私らがいい例や。ただ詩織ちゃんはちょっと強力すぎた。だから御しきれず、膨大な力を有したまま欠陥品とされたんや」

 鞄から紙とペンを取り出すと、東雲さんはそこに文字を書いていく。

 書き終えるとペンをしまい、紙を突きつけてきた。

 その紙にはたった二文字、けれどそれだけで十分に柊が膨大な力を持っていた理由がはっきりと記されていた。

 柊の顔からは血の気が引き、蒼白になっている。

「これが真名しんめいってやつや」

 柊が唇を噛む。あまりにも強く噛みすぎたのか、口の端から赤い雫が一本の線を刻み、膝の上に滴り落ちた。

死降しおり

 その紙にはこう書かれていたのだ。

「死を降ろす者――それが詩織ちゃんの真名や」

「…………」

「もし詩織ちゃんが最初から完成されとったら、間違いなく私を圧倒的に凌駕する存在になっとったはずや――ただし、いまの人格は形成されず、真名の通りに死を降ろす者となっとったやろな」

「なんだよ、それ……」

 柊の真紅に染まった瞳が東雲さんを射抜く。

 東雲さんに憤りをぶつけるのは間違いだとわかっているだけに、柊の行き場のない憤りが内側に募っていく。

「そういう意味では幸運やった。そのおかげで私としても、詩織ちゃんとしても最悪の結果にはならんかったからな」

「最悪の結果ってなんなんですか!?」

 語調が荒くなるのも仕方がないだろう。

 俺が柊と同じ立場だったとしてもそうしてたはずだ。

「落ち着きぃや。それについては話しは最初に戻るわ。負けたくなかった『九十九』はな――全ての能力者をひとり残さず始末しようとしたんや」

「は……?」

 話のスケールが大きくて、あるいはそれでいて現実離れしていて、またはファンタジーじみていたために、その意味を理解するまでに時間がかかってしまった。

「そんな反応になるやろ? 私だってそうやったわ。『九十九』の全勢力を集めればそれは不可能やない。むしろ下手なことするより現実的や」

「それだけ『九十九』と能力者の力の差がありすぎるってことか」

 東雲さんが頷く。

「『九十九』の当主様の思想に他の能力者は邪魔やったんやろ。人類の頂点に立ちたいとか阿呆すぎて話にならんわ。けど、『九十九』はそれを実行した」

 能力者狩りが始まったんや――

「で、でも『組織』の能力者がまだ生きてるってことは、その能力者狩りは失敗に終わったんです……よね?」

「多少犠牲は出てしもたけどな」

 さらりと言った東雲さんに柊は驚きの眼差しを向けた。

「それでも止めることはできた。私や司、あとは何人かの『組織』の能力者でな」

「……もしかして」

 六年前の能力者狩り――止めることはできたが、犠牲者が出てしまった。

 そして翔無先輩は言っていた。

 ――この首の傷は、『九十九』にやられたものだと。

「翔無先輩も能力者狩りの被害者なのか?」

「せや。間一髪で司が助けたたからよかったものの、あと何秒か遅れとったらあの子は生きとらんかったやろな」

 だから翔無先輩は『九十九』を恨んでるのか。

 話を戻すで、と言い、東雲さんは言葉を紡ぐ。

「能力者狩りのこと知った私は、すぐに司にこのことを伝えた。私は『九十九』の考え方がムカついとったし、なによりこんな下らんことで死人がでるのが我慢できなかったんや。私は四番で『死乃ノ目』やけど、死を見るつもりなんて毛頭ない」

「それで、戦ったってことか」

「『九十九』のなかにも反対派は多くおったからな。『九十九』始まって以来の分裂で、荒れに荒れた。当主派と東雲派って呼ばれてな、三日三晩に渡る殺し合いをした。何人も死んだ。何人も殺した――だけど、押しきることはできんかった」

「そうは言っても止めることには成功してんじゃねぇか」

「それは戦力が足りなくなったからや。不足した戦力のまま戦おうとするほど、思慮が足りないわけない。まぁ……一番の理由は私と当主の一騎討ちってところが大きいわな」

 義手となった右腕を指差しながら、

「こいつを引き換えに、私は当主に――一葉にこんなことをやめるように頼んだ。それと『九十九』に有害な能力者を殺すって条件付きでな」

 東雲さんの腕を犠牲にしたことへの執着がないことに、俺はぞっとした。

 俺だって腕を斬り落とされたことがある。それでも戦い続けた。だけどそれは、腕を治してもらえるとわかっているからだ。

 こんな風に、他がために自分を犠牲にするなんて、俺には無理だ。

「それじゃ『九十九』のやってることと変わんねぇだろ。むしろ、あなたがその罪を全て被ることになってる」

「ホンマに殺すわけないやろ。こっそりかくまって、『組織』に保護してもらうよう頼んでるわ。あっちとしてもその方が助かるからな」

 俺は適当に相づちを打つ。

「そんで今回、ようやく『九十九』と戦えるだけの戦力が整った。六年前の戦いを通したいまの『九十九』に、協力するっちゅう考えはない。個人で遅れをとらない能力者が四人いれば、『九十九』を落とすことができる」

「俺と柊と東雲さんと……」

「もうひとりは京都に行ってから紹介するわ」

 お楽しみにとっとけ、と東雲さんは軽快に笑う。

 司先生が言ってた、俺たちも知ってる能力者って誰だ?

 こつんと、頭を俺の肩に預け、柊が寄りかかってくる。

「寝とるな」

「寝てるな」

「…………」

「…………」

「しゃーないからそんまま寝かしときや。たぶん、情報が頭ん中に一気に入ってきおったから処理しきれんかったんやろ。他人事じゃ済まされんからな」

 たしかに東雲さんの言う通りだ。穏やか眠っているというより、処理しきれなかった情報を整理しているといった方が正しいだろう。

 寝息を立てて眠る柊の額から、大粒の汗が流れ落ちる。夏の暑さも相まって、その量は尋常ではなくなっていた。同じように俺も汗が浮かび上がってくる。こんな暑いのに密着されてしまえば、こうなるのも当然だ。

 氷系統の波導を詠唱し、周りの気温を下げる。

「それで東雲さん、四番の意味ってなんなんだ?」

「なんや、気づいとったんか」

「話の進め方で上手く柊は誤魔化せたみてぇだが、あいにくと俺は誤魔化される気はねぇ」

「かかか――時には踏み込まんことも必要なことやと私は思うけどなぁ」

 楽しそうに東雲さんは笑いながら、説明を始めた。

「四番の意味。それは読み方の変則で『死』になる。つまり四番ってのは『九十九』でもより凶暴な能力者に与えられる序列であり、『死乃』の後継者とも言われとるんや」

「さっきも気になったんだけど、その『死乃』ってどこのどいつなんだ?」

「『九十九』創成の立役者の一人や。名前を九十九志乃――『九十九』でもっとも残忍で残酷で、冷酷で冷徹な、最凶にして災厄の能力者や」

『九十九志乃』の名前を聞いた途端、びくりと柊の体が震えた。時折、苦しげな息づかいが柊の口から漏れる。

 なにかに助けを求めるように、手が宙をさ迷う。俺はそんな柊の手を握った。すると柊の顔から苦渋が嘘のように消えた。

 東雲さんがほほえましげに微笑を浮かべていた。

「信頼されとるなぁ。手ェ握っただけで普通そうなるか? まぁええ。とりあえず気ぃつけなあかんのは私も詩織ちゃんも、『死乃』の遺伝子を持っとるってことや」

「それがどうかしたのか?」

「『吸血鬼』に『陰陽師』――この二つは元々、九十九志乃のものやった。つまり、いつか、第二の九十九志乃が生まれてしまうかもしれへん言うことや」

「…………」

「それに他にも複数の能力を持ってたとも聞く。聞き齧った話やと、『九十九』の能力のほとんどは九十九志乃のものやったってことらしいわ」

 一人の能力者が複数の能力を使う。そんなのあり得るのだろうか。それ自体はおかしいことじゃない。東雲さんも能力を二つ使うことができる。

 だが、少なくとも、『九十九』の能力は最多で九十九パターンもあるのだ。

『吸血鬼』のスキルドレインを使えばどうにかなるかもしれないが、その『吸血鬼』も複数ある能力のひとつだ。

 どう考えても、やはり一〇〇近い能力を元から持っていた、という結論に自然と行き着いてしまう。

 それに東雲さんだってわかっているはずだ。

『九十九志乃』になる可能性を一番秘めているのは――

「かしぎも休んどき。着くまでまだ時間はあるんや。それまでの警戒は私がやっとくわ」

「でも……」

「子供は大人に頼っとき。ま、こんなことに巻き込んどいてなに言ってるんやってことやがな」

 東雲さんの苦笑混じりの引き吊った笑みを見、俺は目を閉じる。

 意識はすぐに闇に落ちていった。


     ◇◆◇


 仙台に到着すると東雲さんの案内で、俺たちが泊まることになっている旅館に向かった。

 三人で泊まるには広すぎる部屋に荷物を置くと、すぐに旅館を出、ある場所に行くことになった。場所は教えてもらったが、それがどういうところかまでは聞いていない。

 東雲さん曰く「あの場所には行きたくないけど、腕を直すには仕方ないんや」とのことらしい。察するに義手を作ったくれた人のところに行くようだ。

 まぁ、義手を直すために来たんだから当たり前か。

 町並みを観光しつつ歩いていると、いつの間にか人気ひとけのない場所に来ていた。

 堂々と先行する東雲さんの見る辺り、迷っているわけではないようだが、そうだとしたらこんな場所に義手を作った人がいるのだろうか。

「かしぎ、詩織ちゃん」

 俺たちの名前を呼んで東雲さんが立ち止まる。

「こっからはよう気をつけとくんやで。なにが起こるかわからんからな」

「あ? 気をつけろってなにを……」

 そこから先は、足元で発されたスイッチのような音に遮られた。

 地面が大口を開けた。不意に訪れる浮遊感に焦ることなく、柊を突き飛ばした。東雲さんはすでに退避していて、俺がそうするまでもなかった。

「冬道!?」

 ようやく事態を把握した柊が、地面に開いた大口に落ちていく俺を見て叫ぶ。手を伸ばしてくるがそれを掴めないのは明らかだった。

 それよりいまは、暗闇の底から迫る竹槍の方が問題だ。

 息を大きく吸い込む。限界まで息を溜め、

『嵐声』

「かぁっ!」

 風系統の波動と一緒に吐き出した。口内から放たれた『嵐声』は竹槍を分解すると同時に、下降していた俺の体を打ち上げる。

 その勢いで体を回転させ、地面に着地した。

「あぶな」

 感想はそれだけだった。並大抵のことは体験しているだけに、こういうことに関してだけは新しいことを発見できない。これくらいであれは問題なく対処ができる。

 ただ、これで東雲さんの言いたいことが理解できた。

「あいつんとこに着くまでこんなんがいっぱいあるから、足元には気ぃつけた方がええで」

「足元だけ、なんですか?」

 疑いの眼差しの柊に、

「そんなわけないやん」

 こともなく、さも当然のように言ってのけた。

「罠が足元だけにあるわけないやろ? たとえば……」

 立てた指先に掌大の炎の塊が宿る。腕を振りかぶり、それを近くにあった壁に放射する。

 炎の塊は綺麗な弧を描きながら壁に着火し、隠されていた無数の銃類を悉く溶解した。

「あんなとこにも隠されてたりするわ。あれは人感設定フルオートにされてあるから、私らが通ってたら蜂の巣やったね。さすがの私もあれ全部は対処しきれんかな。かしぎはどうや?」

「難しくはないな」

 人感設定フルオートにされているということは、人感に触れた場所から弾丸が放たれる。その場合は順当に対処していけばいい。仮にひとつの人感で全てが放たれるとするならば、対処作業は単純だ。

 どちらにしろ、人感設定で銃類が起動するなら、それに合わせて防御策を行えばいいだけのことだ。

 俺にしてみれば人的操作マニュアルの方が面倒だ。

「詩織ちゃんは……文字通り、蜂の巣になっても生きとるやろうなぁ」

「嫌な言い方しないでもらえます!?」

「ちょっと待ちぃ。体に穴が空いてもすぐに再生するけど、服は再生しない……それってめっちゃエロいやん!」

「そうこと言うのやめてもらえませんか!?」

「ヤバイで。こんなわがままボディでそないなことになれば、放送できないやんか!」

「放送ってなにわけのわかんないこと言ってるんですか!? ていうかどこ見て言ってるんですか!?」

「画面の向こうにおる皆様に決まってるやろ! そんなカラーページになりそうなおいしいページを簡単に見れる思うたらあかんで!」

「意味わかんないですから! 冬道、東雲さんがいきなり壊れちまったんだけどあたしはどうすりゃいいんだ!?」

「ツッコミ続ければいいんじゃね?」

 こんな馬鹿らしい話になんかついていけねぇよ。

 後ろで騒いでいる二人を置き去りに、俺は先ほど東雲さんが溶解した銃類を手にする。

「……すげぇな」

 つい、呟いてしまった。

 俺はこういう武器の構造についてまでは理解できない。せいぜい使っている素材を解析し、分解することができるくらいだ。

 それでもこの構造が並じゃないことくらい、わからないほど素人になったつもりはない。

 ひとつひとつが丁寧に設計され・・・・それぞれが違う構造・・・・・・・・・になっている。

 しかもこれは、人感設定用に作られたものじゃない。人間が使うことを前提とした、それで最大の力を発揮するように仕掛けが施されている。

 手にした銃は焦げているが、使えないわけではないみたいだ。こっそり拝借しておくことにした。

「ん?」

 道の奥から人影が近づいてくるのが目に入った。

 その人影に東雲さんと柊も気づいたようで、話を中断し、道の先から近づいてくるそれに意識を傾けた。

 まだ遠くにいるため、顔ははっきりしない。せいぜいそれが人の容姿を形取っているということくらいしか判別できなかった。

 しかし俺にはそれが、少なくとも生きているようには・・・・・・・・・思えなかった・・・・・・

「あ、あいつは!」

「東雲さん、知ってるんですか?」

「『ASAMI』ちゃんやないか!」

「……はい?」

 ようやく視認できる距離に来た『ASAMI』ちゃんを見て、俺の予想は確信へと変わった。

 生きているようには思えないんじゃない、あれは、生きていない・・・・・・んだ。

「まさか見回りの時間にエンカウントしてもうたんか? 運悪すぎやで。敵になったら誰でも殴る気構えをしてた私でも、『ASAMI』ちゃんだけは殴られへん」

 そうは言うが、『ASAMI』ちゃんの方は完全に俺たちを侵入者と認知している。生足を見せるように着物をはだけさせると、そこから二丁の銃を取り出した。

 連射性能よりも威力を重視したらしい銃身が長めの銃口を、俺たちに突きつけてくる。

 病的なまでに白い指が銃爪ひきがねにかけられる。

「エレメントルーツ」

 復元言語を唱え、天剣を構える。

「『ASAMI』ちゃんだけはだめや! 戦わんといてくれ!」

 そう叫んだ東雲さんは、俺を後ろから羽交い締めにしてきた。

「なにやってんだ! いくら俺でも生身で銃弾なんか受けたら死ぬかもしんねぇんだぞ!?」

「だったら戦うのをやめぇや! 『ASAMI』ちゃんだけは絶対にやらせんわ!」

「だーっ! 柊、東雲さんをどうにかしてくれ!」

「こ、ここであたしに頼んのか!?」

「ここ以外でどこで頼れってんだ!」

「他にもいっぱいあんだろ!」

「わかったからどうにか……」

 被さるように銃声が吠えた。世界の全てがゆっくりと動いているように、目に映る弾丸の速度は緩やかだった。

 俺はほぼ反射的に反応する。東雲さんを振りほどいて柊に投げつけ、構えていた天剣を薙いで弾丸を叩き斬る。

 第二射が放たれた。

 天剣に属性波動を封入、振り下ろす。

氷形こおりがた

 刀身から生まれた氷柱が弾丸を相殺すると同時に、俺は地面を蹴った。地を這うような体勢で駆け、『ASAMI』ちゃんの懐に飛び込む。

 爪先が振り上がってくる。

 天剣を地面に刺して無理やり急停止し、方向を変える。その先にはすでに『ASAMI』ちゃんの姿があった。

 息をつく間もなく放たれた銃弾をかろうじて受け流し、後ろ向きのまま地面に二本の線を描く。

 顔を上げれば、すでに『ASAMI』ちゃんが目の前まで踏み込んで来ていた。

 銃に弾丸を装填し、銃爪を引く。撃ち出された弾丸を刀身の腹で弾き、体を縦回転させて勢いを殺しきる。そのままの体勢で天剣を振り上げた。

 だが『ASAMI』ちゃんはそれを気に留めることもなく、銃を捨てて右腕を突きだしてきた。明らかにリーチが足りないが、しかし『ASAMI』ちゃんが余計なことをするとは思えなかった。

「……っ!?」

 天剣が触れる前に、突き出された腕の甲から直線上に刃が伸びた。的確に喉元を穿ってきた一撃を天剣を引いて受け止め、力ずくで押し返す。

 跳ぶように後退し、息を整える。

『ASAMI』ちゃんは無機質な瞳で俺を見つめてくる。まるで俺を観察するようなその瞳はおそらく、ような、ではないのだろう。

 なにせ『ASAMI』ちゃんは人間じゃない。人間の形をした、ただの人形だ。自動で侵入者を排除するための人形にすぎない。

「敵性の再計算……完了。全機能使用許可……認証」

 無機質な声音で呟くと、『ASAMI』ちゃんの全身から銃器が飛び出した。小型から大型までありとあらゆる銃器が全身を覆いながら、なおも人間を形取っていた。

 全ての銃器がこちらに向けられる。

 冷や汗が噴き出してくる。こんな銃器人形を一切傷つけないで鎮圧させろなんて、倒すよりもずっと力加減が難しい。加えてこいつには殺気も殺意も、気配すらない。

 人間を相手にするよりずっと対応しづらくなるわけだ。

「標的……捕捉。安全装置……解除。迎撃を開始します」

 雷鳴のような爆発音が聴覚を支配した。

 様々な軌道を描きながら、様々な弾丸が迫ってくる。

 鞘を復元し、天剣を納める。

「氷姫よ――――天焦がす地獄の花束を!」

 抜刀し、迫り来る弾丸の氷花を放った。ぶつかった衝撃で氷花が砕け散り、破片となった氷の合間を潜り、『ASAMI』ちゃんとの距離を縮める。

 あれだけの銃器で身を固めているなら、機動力が落ちるのが目に見えている。だが、その予測は次の瞬間にはあっさりと裏切られた。

 銃器を展開したままの『ASAMI』ちゃんが、展開する前と変わらない機動力で動き出す。

 展開された武器のなかには刀剣も含まれており、遠距離だけでなく近距離の戦闘もできるようだ。相手に先入観を与えることで虚を突くための装備か。

「なら……」

 口角を吊り上げ、

「全て斬り落とせばいいだけだ」

 目に見えるだけの銃器全てに斬撃を走らせた。

 展開された武器が空中で分解される。手応えはあった。あとは『ASAMI』ちゃんを押さえ込めばそれで終わりだ。

 刈り取るように『ASAMI』ちゃんの足を払う。風船のように宙に浮かんだ『ASAMI』ちゃんの体を、思いきり地面に叩きつけた。

 抵抗しようとする『ASAMI』ちゃんに天剣を突きつける。

「戦闘の続行は不可能。情報の封鎖を……」

「そないなことせんでええよ、『ASAMI』ちゃん」

『ASAMI』ちゃんの言葉を遮り、東雲さんが横に立った。

「東雲ですか。お元気でしたか?」

「おぉ! 私のこと覚えててくれたんか!」

「私は自律人形ですから、記憶データに記録されていることは忘れません。逆に言えば、記憶データになければ覚えていません」

「話し方も昔のまんまやなぁ」

「東雲も変わりませんね」

『ASAMI』ちゃんは差しのべれた手を掴むと、ゆっくりと立ち上がった。

「東雲がいるということは、侵入者ではないということですか? それとも、侵入者という認識で間違いありませんか?」

「用事があって来たんや。侵入者やない」

「了解しました。でしたらついてきてください。全てのトラップを解除しましたので、警戒せずとも大丈夫です」

 俺に視線を向けながらそう言う。

 どうやら警戒していたのがバレたらしい。

 天剣を待機状態に戻し、先に歩き出した『ASAMI』ちゃんについていくことにした。



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