4―(14)「見えぬ頂」
飛縫が目を覚ましたのは、空が紅に染まり上がったころだった。
窓から差し込む夕日が目を刺激し、たまらずに目を覚ますとそこは保健室だった。清潔そうなベッドの上で飛縫は眠っていた。
最初、飛縫はどうしてこんなところにいるのかわからなかった。
いつ眠ってしまったのかも曖昧で、どうも体が自分のものではないように重く感じた。
記憶を辿ってみると、体育祭の最後の行事である『合戦』に参加したことは覚えている。冬道と一騎討ちのような形で戦い、そのあと……
「ああ……倒れたのか」
なんとなくだが、意識が途切れた瞬間のことが脳裏に浮かんだ。
大将用の紙風船を割った冬道が、自分の名前を呼んで駆け寄ってくる様子。地面にぶつかる前に抱き抱えられた感触。うっすらとだが感覚に残っていた。
「熱射病なんて、わたしらしくもない」
あの暑い気温のなかであれだけ激しい動きをしたとはいえ、ペース配分はしっかりと計算していた。体育祭を全力で通したとしても倒れることはなかったはずなのだ。
それでも飛縫は倒れた。考えるまでもなく最後の冬道との一騎討ちが原因だろう。ただがむしゃらに、本能のままに行動した。その結果がこれだ。
悔いはない。清々しい気持ちだ。
けれど負けたのはいつ以来だろう。麻雀はもちろん、どんなことでも負けたことはなかった。
深崎が常勝無敗というが、それは飛縫にこそ相応しい。
それにしてもなんなのだろうか。この胸のなかでもやもやとした感覚は。いままでこんな経験がなかっただけに、飛縫は戸惑うしかない。
短くなった髪を掻き上げながら起き上がろうとして、なにかが重りになっていることに気がついた。
「…………」
視線を下に向けてみれば、そこには見知った顔がずらりと並んでいた。
それは去年、同じクラスだった人たちだった。
柊を始めとした『異例の四重奏』の面々に、萩村や深崎がパイプ椅子に座り、そのまま眠っていた。
だが、そこには冬道の姿がない。
「……どこいったんだよ、冬道」
窓の外では、もうすでに生徒会や風紀委員が体育祭の後片付けを始めている。あれだけ騒がしかった体育祭も、終わってみるとあっという間だった。
それに対してセンチメンタルな気持ちになるわけではないけれど、なんだか寂しいような気がするのも本心だった。
それに――今年の体育祭はいろいろなことがあった。
「お、やっと起きたのか」
がらりとドアを開けて、制服に着替えた冬道が保健室に入ってきた。なにかしてきたのか、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
適当に空いているパイプ椅子を見繕い、飛縫の隣に座ると冬道は安堵したような表情を浮かべた。
「いきなり倒れたときは心配したぞ。過労と気温のせいて倒れたんだとよ」
「うん、それはだいたいわかってる」
「わかってんならあんまり無理すんなよ。心配かけさすんじゃねぇ」
冬道の呆れたような物言いに、飛縫は「善処してみるけど」と曖昧に返事をしておいた。
言われずとも、もうあんな無理をするつもりはない。あんな無理をするのは今回限りで十分だし、痛いほど身に染みた。
「それで、結果はどうなった?」
飛縫は気になっていたことを訊いてみることにした。
結果は訊くまでもないだろう。だけど、それでも訊かずにはいられなかった。
「俺たちの逆転勝ちだ。まぁ、お前が倒れてバタバタしちまったから、そこまで勝ったって実感はねぇけどな」
「……そう」
心ここに在らずといった感じで、飛縫は窓の外を見る。
「ねぇ冬道。わたし、いままで負けたことがなかった」
「…………」
「だけど今日初めて負けて、なんだか胸の辺りがもやもやする。これってなんでなんだろう。それに、泣きたくもないのに……涙が出てくる」
涙声でそう言った飛縫の瞳からは、いくつもの雫が流れ落ちていた。止めどなく溢れるそれは、ベッドのシーツに点々と染みを作っていく。
いくら拭っても涙は止まらない。止まってくれない。
くしゃりと、冬道が飛縫の頭を無造作に撫でた。
「負けたことないって方がおかしいんだよ」
「……そうなの?」
「そうだよ。で、お前は悔しいから泣いてるんだよ」
飛縫が顔を胸に押しつけてきた。冬道はそれを満更でもない表情を浮かべ、優しく受け入れる。頭を撫で、泣き止むのをじっと待つことにした。
飛縫が泣き止んだのはそれからすぐのことだった。目元は赤くなっているものの、どこか吹っ切れたような顔をしている。
「ごめん。さっきから迷惑かけっぱなしで」
「気にすることねぇよ。迷惑かけんのなんて誰だってそうだろ。ところで、なんでこいつらは寝てんだ?」
「さぁ?」
起きたときにはすでにこうだった。そもそも、どうして柊たちがここにいるかすら飛縫はわかっていない。
「ったく。飛縫が心配だって言ってたくせに」
「わたしが、心配……?」
「なんでそんな不思議そうな顔してんだよ。友達が倒れたら心配すんのが友達だろうが」
「友達……うん、友達だ」
噛み締めるように呟く飛縫に首を傾げつつも、深くまで追求するのはしないことにした。
不意に冬道は周りを見渡し始めた。
「保健室の先生っていないよな?」
「わたしが起きたときはもういなかったけど」
「そっか。じゃあこいつらも寝てるし、ちょうどいいか」
「え……?」
「ちょっと、そっちで横になってくれ」
そう言って冬道が指差したのは、いま飛縫が寝ているのとは別のベッドだった。いったいなにをするのだろう期待しながら、言われた通りに横になる。
そして冬道は、カーテンを閉めた。
ぎしり――とベッドが軋む音が四人の耳に届いた。
「ちょ、え? あいつらなにやってんだよ!」
柊は冬道たちに聞こえないように叫んだ。それはこの場にいる全員が考えていたことだろう。
ほぼ密室といっていい空間で、男女がベッドの上にいるのだ。どうしてもなにをしているか想像してしまう。
「なんか起きづらい雰囲気だったから起きなかったけどさ、これはこれでマズくない?」
冬道たちは柊たちが眠っていると思っていたようだが、実際のところ、全員が起きていたのだ。
保健室に冬道が入ってきたころに目が覚めたのだが、あまりにも起きづらい雰囲気だったため、寝た振りをしていたのだ。
「てゆーかこのままだとヤバイ感じじゃない? うっふ~んあっは~んな展開になってるんじゃないの!?」
「落ち着けゆかた。かしぎはともかく、かれきがそんなことするはずがないだろう?」
「で、でも……」
萩村が控えめにカーテンで隠されたベッドを指差す。
『こ、こんなところで……?』
『いいじゃねぇか。あいつらは寝てるし、保健室の先生もいない。ほら、ちょうどいいだろ?』
『だ、だけど……』
『いいから、俺に任せておけ』
冬道の甘い、誘うような声音が布越しに聞こえてくる。
いままで聞いたことがない冬道の魅惑的な声の響きに、女性陣の頬が紅潮していく。いつもの冬道を知っている人間からすれば、これは異常なことだと言わざるをえない。
『と、冬道、あの……』
『ん? どうしたんだよ』
『わたし、こういうの初めてだから、その……優しく』
『あぁ。俺に全部任せておけ』
ぎしりとまたベッドのスプリングが鳴る。けれど今度聞こえてきたのは、それだけではなかった。
『んっ……』
飛縫の艶かしい声が保健室に響いた。
『……んっ……んあ……』
ぎしぎしと軋む音に合わせて飛縫の艶かしい声が紡がれる。その声には気持ちよさそうな、そんな甘い響きが含まれていた。
ついにその場にいた全員が硬直し、そして断定した。
「こ、これは間違いないさ! この向こうでは、冬道とかれきっちが子供ができるようなことをしてるに違いないし!」
「ちょっと待つんだ。ここはノクターンじゃないんだぞ!? そんな描写があっていいのか!?」
「そ、そういう問題じゃないよ!」
この場にいる全員が混乱していた。さっきまでは冬道が飛縫を泣かせているような絵面で起きにくかったが、これならばこれでかなり気まずいものがある。
なによりも同級生が布一枚越しにそんなことをしているのだ。焦らない方がどうかしている。
「冬道! てめえなにやってんだ!」
「ぎゃーっ! 詩織っちが乱入!?」
柊は起き上がり、カーテンを勢いよく開け放った。
もうだめだと思ったのもつかの間、そこには自分たちが想像した出来事と違う光景が展開されていた。
冬道が飛縫に重なっていることには違いない。だが、下になっている飛縫はうつ伏せになっており、冬道はその背中を指で圧迫していた。
「あ? なんだお前ら。騒がしいぞ」
「んぁ……と、とうどぉ……そこぉ……んっ」
予想していたものとまるで違うことに、四人はぽかんとするしかなかった。
「な、なにやってんだ?」
「見りゃわかんだろ。マッサージだよ。こいつ、日頃から運動しないくせにあんだけ動いたからな。筋肉が疲れてると思ってマッサージでもしてやろうかなって」
「紛らわしいことしてんじゃねぇ!」
柊の叫びの意味を冬道と飛縫は理解できなかった。ただマッサージしているだけなのに、なにを勘違いするところがあるのだろう。
そんな柊を目尻に「よし」と呟き、飛縫の上から退く。
「調子はどんな感じだ?」
「見事に体が軽くなってる。お前にこんな才能があるなんて以外なんだけど」
「……まぁ、いろいろあってな」
なぜか遠い目をする冬道。マッサージがここまで上手くなったのは、異世界で師匠に散々こき使われたからなのだが、それを知るよしもない。
「かれきも起きたし、僕は帰らせてもらうよ」
「え、両希もう帰っちゃうの? せっかく去年のクラスメートで集まったんだからいまからどっか行こうよ」
「そうだぜ両希。こんな機会めったにないだろ? 瀬名もどっか行きたいよな?」
「わ、私は、みんなが行くなら……」
「だってよ。冬道と飛縫も行くよな?」
柊にそう訊かれて、飛縫は頭を振った。
「わたしはこれから冬道と用事があるから行けないけど。遊びに行くならまた今度」
「ほら、二人もいけないんだから今度にしよう」
「そっかぁ。なら仕方ねぇから四人でどっか行こうぜー」
「いいね行こう行こう! さあ瀬名っちも両希も突っ立ってないでさっさと行くさ~!」
両希の話など聞く耳を持たないようで、柊と深崎が萩村と一緒に強引に連行していった。
廊下の先で両希が渋っている声が聞こえていたが、どうやらすぐに折れてしまったらしい。奢れだの、今日は帰さないだのいう声が聞こえてくる。
「俺と用事があるって、断るんだったらもっと他にも理由があっただろうが」
「用事があるっていうのは本当だけど。冬道にはついてきてもらいたかったんだけど……だめ、かな?」
「はいはい、わかったよ」
本人は意識していないだろうが、上目遣いで小首を傾げるその姿を見て断れるはずもない。
両手を小さく挙げて、降参の意を見せる。
「用事ってなんの用事なんだ?」
「ジャンヌのところに行ってから説明する」
いまの言葉だけで、冬道には飛縫がなんの用事であるかがだいたい察しがついた。
ようやく前に進むんだな――そう思うと、まるで自分のことのように嬉しくなった。
◇
麻雀荘は今日も賑わっていた。同じく経営されている喫茶店にもちらほらと人がいるが、それは雀卓が空くまでの時間潰しのためのようだ。
飛縫は雀卓に目を向けることなく、まっすぐにジャッカルさんのところに足を進めた。
「ジャンヌ。話がある」
待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべ、ジャンヌさんは厨房から出てきた。その手にはカップが握られている。注文したわけではないから、サービスということらしい。
カップを受け取り、喫茶店の方の空いている席に座る。
「話ということだけれど、いったいどんな話をしてくれるのかしら?」
「単刀直入に言う。わたしと、麻雀を打ってほしいけど」
「そんなこと改まって言う必要ないと思うけど。いいわ、ならいまから打ちましょうか。前回のこともあるし、ここで挽回しておかないといけないわね」
「でも、ただ打つだけじゃ意味がない」
「ん?」
その呟きを聞いたジャッカルさんが、浮かせていた腰を止めた。
「ジャンヌとしてのお前じゃなくて、至高と呼ばれたお前と打たないと意味がないけど」
「それ、本気で言ってるの?」
至高と呼ばれていたころのジャンヌさんは、プロのなかでもトップクラスの実力を誇っていた。誰も寄せ付けない、圧倒的な豪運。指先からほとばしる閃光は、見た者を悉く灰に変えてきた。
いくら飛縫とはいえ、そんなジャンヌさんを相手にして簡単に勝てるとは思えない。いや、むしろ勝てると考えていること自体が間違いなのかもしれない。
そう思わせるほどに至高――桐島舞は圧倒的だ。
「プロになる前の前哨戦。わたしはお前に勝つ」
「なーる。そういうことね。……いいわ、相手になってあげる。かつて至高と呼ばれた桐島舞が、格の違いっていうのを――教えてあげるから」
その瞬間、臓器を無理やり引きずりだされるような感覚が全身を駆け抜けた。あまりにも現実味を帯びたその感覚に、意識を削ぎ落とされそうになる。
飛縫もそれを感じたのだろう。顔は蒼白になり、口元を押さえて嘔吐感を堪えていた。
飛縫はまだいい方だ。俺はなまじ感覚が鋭いだけに、ジャンヌさんの威圧をなんの警戒もなしに飲まされた。
これが真宵後輩だったら、逆にやり返すんだろうけど。
「――これだから、麻雀は面白い」
麻雀はわたしの知らない世界の扉を、わたしに見せてくれる――飛縫はそう言って立ち上がる。
「その扉には鍵がかかっているのかもしれない。だから、わたしはそれを無理やりこじ開ける。誰かに与えられた鍵で、扉の先の世界を見ても意味がない」
雷が弾けた。飛縫の指先から雷がほとばしる。
まだその雷は閃光には届かない。けれど、それが劣っているようには見えなかった。
飛縫とジャンヌさんが麻雀卓に着く。
自然と俺の足もそちらに向いていた。
そして、二つの『光』が衝突した。
◇
麻雀荘の空気は俺の予想に反し、静寂を保っていた。
さっきまで雀卓を囲んでいた野次馬は蜘蛛の子を散らすように踵を返していき、残っているのは俺とジャンヌさんと飛縫だけだった。
だが飛縫は雀卓に突っ伏しており、微動だにしない。
「あ、あはは……ちょっと、やりすぎちゃった?」
「ちょっとどころじゃないです。飛縫のやつ、真っ白になってるじゃないですか。燃え尽きてるじゃないですか。どうやって戻す気ですか?」
「正直、そんなところまで考えてなかったわ。いくら至高時代の全力っていっても、あんなにいい牌が来るなんて思わないもの」
そりゃそうだ。誰があんな役満を連発するなんて思うかよ。できるならそれは『至高』クラスの雀士だ。
「反省はしてる。後悔はしてないわ」
「そこは少しくらい後悔してください」
やっぱりこの人は格が違いすぎる。あの飛縫でさえ手も足もでなかったのだから。
半荘で東場が終わる前に飛縫の点数がマイナスに達した。しかも連続の直撃でだ。狙いすましたような一撃は、瞬く間に飛縫を撃墜させた。
「いかさましてるって言うやつの気持ちがわかりましたね。あんなにいい和了を連発されたら、積み込みでもしたんじゃないかって思いますよ」
「してないわよ。そんなことしたって楽しくないでしょ」
「いや、俺はしてるだなんて思ってませんよ」
その前に、全自動麻雀卓を使ってるんだから、そんなことをやる隙なんてどこにもないしな。
「それでどうするんですか? 全く動きませんけど」
「困ったわね。……そうだ、いい方法があったわ」
「いい方法?」
「ええ。ちょっと待っててね」
ジャンヌさんはそう言うと、喫茶店の厨房とは違う部屋に入っていく。
その際にちらっとだが部屋のなかが見えたんだが……あそこ、ジャンヌさんの私室だよな。店に使う部屋だとしたら、あんなに汚いわけがない。さすが似た者同士ということか。
「変なところまで似なくていいっての」
「変なところとは失礼しちゃうわね。私はかれきちゃんと違って、掃除してる暇がないだけなのよ」
いつの間にか後ろにジャンヌさんが回り込んでいた。違うドアから出てきたようだが、以前の司先生同様、気づくことが出来なかった。
「私の部屋のことより、いまはかれきちゃんでしょう?」
「いや、まぁ……そうですね。ジャンヌさんも大人ですし、それくらいできますよね」
「なーに? その引っかかる言い方。気になるわね~」
「なんでもありませんよ。それよりその手に持ってるもの、なんなんですか?」
「これ? かれきちゃんの特効薬よ」
「飛縫の特効薬ってそれ、ギャルゲーじゃないですか」
ジャンヌさんの手にあるのはどう見てもギャルゲーだった。パッケージには武器を持った女の子たちがたくさん描かれている。
現代異能――どうやら俺たちみたいな世界観ということらしい。
「だけどそんなので機嫌が治るはずが……」
「ありがとう、ジャンヌ」
「嘘だろ……」
突っ伏していた飛縫は弾けるようにジャンヌさんのギャルゲーに飛び付いた。俺の幻覚なのだろうが、彼女の頭に犬耳があるように見える。同じようにお尻にある尻尾が嬉しそうに揺れていた。
「え、えー……。そんなんで復活するの?」
「そんなんとは失礼だけど。これは『ブキッ☆武器っ娘たちと武装戦線Ⅱ』初回限定版。これは前作があまりにも強力すぎて、予約も間に合わなかったし買いにも行けなかった」
「そ、そうなのか? そりゃスゲーな」
「武装戦線Ⅰならわたしが持ってるから、今度貸すけど」
遠慮させてもらう――とは言えなかった。こんなキラキラした目の飛縫の申し出を断るなんて俺には無理だ。
ギャルゲーを抱きしめ、嬉しそうにしている飛縫。そうしていれば、普通に可愛いんだけどな。
「やっぱりプロの壁は高かった。いまのわたし程度じゃしがみつくこともできないけど」
「それは仕方ないわよ。だって全盛期の私の全力に勝てた人なんていままでいないもの。勝てる方がおかしいのよ。その点、かれきちゃんはちょ~っとおかしかったかな」
「……何回もハコされたんだけど」
恨ましげな飛縫の視線にジャンヌさんが苦笑する。
「あれでも頑張った方よ。かれきちゃんじゃなかったら、私の親に来る前に終わってただろうし」
ジャンヌさんの親は全て東場の最後だった。
最高でも三局しか生き残れないってことなのか。
「それくらい打てるなら問題ないと思うわ。大丈夫、問題ないわ」
「…………」
「まだ不安?」
「ううん。不安なら、もうとっくに吹っ切れてる」
「ならどうしたの? あんまり浮かない顔してるけど。まだなにかあるんじゃないの?」
「もしプロになったら、学校はどうすればいい?」
そっか。プロになれば平日に対局のプログラムが組まれる。場合によっては何日も休まなくてはならなくなるかもしれない。
学校の授業についていけなくなったり、最悪――中退しなければならなくなるかもしれない。
「それなら問題ないわ。私も高校生でプロになったけど、ちゃんと卒業することができたもの。大きなイベントにも参加できたし」
「……よかった」
ぼそっと呟いた飛縫はくるりと踵を返すと、
「また明日。今日は帰ってこれをやる」
どや顔でそう言い、さっさと帰ってしまった。
明日は目の下に隈を引き連れて学校に来るの決定だな。
「じゃあ俺も帰りますね。また遊びに来ます」
「あら、もう帰っちゃうの? もう少しゆっくりしていってもいいのよ?」
「今日はもう帰りますよ。さすがに疲れました」
体育祭なんて適当に流そうと思ってたのに、結構頑張っちまったからなぁ。今日はぐっすり眠れるような気がする。
……そういえば、今朝に感じた右腕の違和感はなんだったんだ? いまは大して違和感がないものの、波導を使うときになるとその違和感が思い出したように蘇ってくる。
まぁ、深く考えてても仕方ないか。
「気をつけて帰るのよ~」
手を振るジャンヌさんに手を振り返しながら、俺は雀荘をあとにした。




