4-(11)「小休止」
紅組、五三八点。
青組、六八三点。
白組、四九〇点。
緑組、四九七点。
午前の部が終了した時点の点数がこれだ。
この点数を見てわかるとおり、青組がダントツで勝ち越している。紅組も決して負けているわけではないはずなのだが、それでも一〇〇点以上も差が開いてしまっている。
やはり一年生の玉入れでの必要のない減点、二年生の棒倒し、および先ほど行われた三年生の旗取り競争での敗戦が痛かった。
去年に比べればそこまで差があるわけではないものの、午後の部だけで一〇〇点以上の差を覆すのは……正直、不可能に近い。
ほとんど競技を紅組が一位、それでいて青組を三位以下にたたき落とす。考えるだけでも無理だとわかる。
残る競技は障害物レース、借り物競走、騎馬戦、私立桃園高校オリジナル競技の四つのみだ。
最低でもオリジナル競技は奪取しなければならない。それを逃してしまうと逆転できると手が完全に失われる。
そのためにはまず、休憩が必要だな。
「どこにいるんだよ、あいつは」
呟きながら周りを見渡す。
いまは昼休みで、昼食をとる時間だ。ほとんどの生徒が弁当を持参しているなか、何人かは家族に弁当を持ってきてもらっている。そのうちのひとりが俺に当たるわけだが、弁当を持ってきているはずのつみれが見つからない。
携帯電話は教室に置きっぱなしだし、連絡を取ろうにも取れないんだよな。「……困ったな」
「あら、なにが困ったのかしら?」
「さすがに飯抜きで午後に入るのはきついからな。早くつみれを見つけたいんだ……ん?」
俺はいま、いったい誰と話したんだ?
声のした後ろを振り返る。そこには、私服姿のジャンヌさんこと桐島舞さんが立っていた。
「こんにちは。だいぶ頑張ってるみたいね」
「ども。ジャンヌさん……舞さんはこんなところでなにしてるんですか?」
「ジャンヌさんで構わないわよ。恥ずかしいけど、呼びなれた言い方を変えるのも辛いでしょう?」
う、ジャンヌさんで定着させてたのバレてたのか。
「私はかれきちゃんのところにね。これ届けにきたのよ」
ジャンヌさんはそう言って手に持っていた重箱を見せてきた。……まさか、それを二人で食べるのか?
「かれきちゃんがどこにいるか……知らないわよね?」
「残念ながら。俺もつみれのこと探してますから、一緒に探しましょうか」
「そうしましょうか。この学校に詳しいかしぎ君がいてくれた方が助かるし」
俺たちはそう言葉を交わし、飛縫とつみれを探し始めた。こう人が多いと、特定の人物を探すというのは骨の折れる作業だ。
せめて飛縫くらいは早く見つかるといいんだが……。
「それで調子はどう? かれきちゃんに勝てそう?」
「いまの状況だと厳しいですね。紅組と青組の点数差を見てくださいよ。あれは全部飛縫にやられたものです」
「あらま。相変わらず凄まじいわね。親の大三元に一発で振り込んだくらいかしら?」
「……ビンゴです」
どうして麻雀をやる人は体育祭を麻雀に例えるんだ。
そしてどうして俺が喰らった役満を的確に当てるんだ。
「あはは、かれきちゃんらしいわね。得意な大三元で攻めにでてるわけか」
「え、飛縫って嶺上開花が得意なんじゃないんですか?」
「たしかに嶺上開花も得意だけど大三元も得意なの。嶺上開花は自分の理想――近づきたいがための一手なのよ」
いや、どっちにしろあり得ないだろ。大三元も嶺上開花も得意なんて言える時点で、運の要素が強い麻雀じゃ異常なんだよ。
それにしても大三元が得意か。得意な手で攻めてくる辺り、警戒してくれてるってことか。
「かれきちゃんが大三元を使うなんてめったにないわよ? 初見の人には一番最初にやるけど、実力を見て使うかどうかを決めるの」
「……もうなにも言いません」
次元が違いすぎる。戦いにおいて俺や真宵後輩が秀でているように、麻雀ではこの二人がずば抜けてるってことなのだろう。
「なによ~。言いたいことがあるなら、はっきり言った方がいいわよ?」
「なんにもありませんよ」
「そう? ならいいけど」
言ってどうにかなることなら言ってるっての。
俺はバレないようにため息を吐き、ふと波動の流れを視てみることにした。
真宵後輩は、人混みから離れた位置にいるな。
「……は?」
「ん? どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもないです……」
どうなってやがる。なんでだ。なんで、俺や真宵後輩以外に波動が流れているやつがいるんだ――っ!
波動があること自体はおかしいことじゃない。誰にでも波動は存在する。しかしそれは一点に集束されたものであり、体全体に流れているものじゃない。
だがこいつは違う。間違いなく波脈が存在し、波動が流れているんだ。
しかもこれは――『勇者』か『魔王』クラスの波動量。
いや待て。『魔王』は波動を秘めてはいるが、それを波脈に流すことはできない。つまりこいつは『魔王』というわけではない。
だったらこいつは誰だ? 『勇者』クラスの波動を持つ人間なんて、こっちの世界にいるわけがないってのに。
「……確かめてみるか」
弁当なんて食べてる場合じゃない。
波動を足の裏に集中。爆発させようとしたその瞬間、
「消えた……っ!?」
くそっ、なんなんだ。まるで俺に波動の流れを読まれたのを気づいたように、そいつは波動の流れを絶った。
そもそも波動の流れを絶つなんて作業は、生半可な実力でできるものではない。波導使いは常に波動が流れているものであり、それこそ血のようなものだ。
それを意図的に絶つなんて、俺でもできるかどうか……正直なところ、自信はない。
「さっきからぶつぶつ呟いてどうかしたの? なにか用事でもあったのかしら?」
「いや、なんでもないです。大丈夫です」
ジャンヌさんに波導使いだの波動なんだの言ったって通じないしな。
いままでこんな波動を感じていなかったというのに、今日それを感じたということは、おそらくこの波導使いは外部の人間だ。
気になるが、これでは見つけるのは不可能だ。なにかをする気ならば受けて立つまでだ。いつでも後手に回るばかりだが、こればかりは仕方がない。
「かしぎ先輩」
「真宵後輩? どうしたんだ」
いつの間にか近づいてきていた真宵後輩の表情には、わずかに焦りと驚きが混じっている。
やっぱり真宵後輩は気づいてたか。
「わかってるでしょう? 信じがたいですがあれは間違いなく波動。いまならまだ迎撃が可能です。なにかをされる前に潰します」
「おい、ちょっと待――」
「――――Ⅰ」
待機状態の地杖に手を添えた真宵後輩は、俺の制止を聞かず、波導使いに迎撃を仕掛けた。
真宵後輩ほどの波導術師となれば波動の流れを絶っていようとも、その対象だけに狙いを定めることくらいわけないのだろう。
だが、これだけの力量を持つ波導使いがそうやすやすと迎撃を喰らうとは思えない。
真宵後輩の波導が雷のように直下するものならば、その波導使いの波導は蛇のように蛇行するものだ。人の波を潜り抜け、二つの波動の塊が真宵後輩を狙う。
「甘いですね。――――Ⅱ」
二つの波動の塊は、見えない壁にぶつかったように真宵後輩の前で飛び散る。
さらに迎撃を仕掛けようとした真宵後輩を、後ろから抱きついて今度こそ止める。
「か、かしぎ先輩……?」
「むやみやたらと波導を使うな。こんなところで戦いになっても騒ぎを起こすだけだ」
幸いにもいまの動きは悟られることなく、騒ぎになるようなことはない。おそらく司先生くらいは気づいただろうが、それならまだいい。
「まだ敵って決まったわけじゃねぇし、ほっといても問題ねぇだろ」
「かしぎ先輩がそう言うのでしたら構いませんけど」
あっさりと引き下がってくれた真宵後輩に安堵する。
これは下手に手出しできないな。この波導使いの実力は、間違いなくいままでに戦ってきた誰よりも強い。
直下ならやりやすいにしろ、人の波を潜り抜けて波動の塊で真宵後輩を的確に狙い撃ちするなんて、容易なことじゃない。
「それでかしぎ先輩。私は全然構わないのですが、いつまで抱きついているつもりですか?」
「あ? あぁ、わりぃな」
「いえいえ。私は先輩の抱き枕になる覚悟もあるくらいですから全く問題ありません」
「え、マジで?」
やべぇどうしよう。そんなこと言われたら抱き枕にしたくなってくるんですけど……。
「ただし条件として、私に腕枕をしてください」
「それくらいお安いご用だ」
むしろそれくらいで抱き枕にさせてくれるなら、腕枕くらいいつだってしてやるよ。
「仲いいわね~。その子がかしぎ君の後輩かしら?」
「えぇ。一年生の藍霧真宵後輩です」
「……どうも」
「んん? なんか私とかしぎ君との反応が違う」
「当たり前です。かしぎ先輩とあなたへの対応が同じになるわけないじゃないですか。変なことを言わないでください。不愉快です」
相変わらず初対面の人にも容赦がない真宵後輩だった。
それでもジャンヌさんは気を悪くした様子はないのは、さすが大人だと言わざるを得ない。
「可愛いわね。かしぎ君が溺愛するのも頷けるわね」
「当たり前でしょう。溺愛しない理由がありません」
「君たち、付き合っちゃえばいいじゃない」
ジャンヌさんが呆れたような表情をしている。いや、さすがに自分の気持ちを無理やり押し付けるわけにもいかないからなぁ。
「真宵ちゃんはかしぎ君のこと、どう思ってるの?」
「あなたに言う必要はありません」
「おっと、秘密主義者なのかな?」
「勝手に決めつけないでください。ただ単にあなたに言いたくないだけです」
真宵後輩の無愛想な態度を気にすることなく質問を続けるジャンヌさんを目尻に、俺はつみれと飛縫を探す。
「兄ちゃーん!」
遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。聴力を強化し、どの方向から呼ばれたか聞き逃さないように注意する。
すると、放送本部の近くで手を振るショートカットの少女を見つけた。見間違いようもなく、あれはつみれだ。
「ん?」
だが、その隣にいるのは誰だ? 青色のはちまきを巻く、同じくショートカットの少女。
「……ジャンヌさん、見つけました」
「あ、つみれちゃん見つかったの? じゃあ、私はかれきちゃんを探すから……」
「それと」
俺はジャンヌさんの言葉を遮るように言葉を重ねる。
「飛縫も一緒に見つけました。というか、つみれと一緒にいます」
「だったらちょうどいいわ。場所取りをしてたわけじゃないから、このあとお弁当を食べられる場所を探さないといけなかったのよね。ご一緒させてもらって構わないかしら?」
「ご一緒する気満々で訊かないでください。まぁ、いいですけどね」
特に断る理由もないし、どうせなら大勢の方がいい。
組としては違うけど、弁当食べるくらいならいいだろ。それに俺はそこまで組別の意識があるわけでもない。
くいくいっ、と体操服の袖が引かれた。
「先輩、私もご一緒してもいいですか?」
「あ? 別にいいけど」
「そうですか。もしつみれの料理が足りなかったらでいいですから、私のお弁当も受け取ってもらえますか?」
「もちろん。つーか最初に真宵後輩の弁当食うよ」
せっかく真宵後輩が俺のために作ってくれた弁当を残すわけがない。
それを残すくらいなら俺は断食の道を選んでやる。
「ありがとうございます、かしぎ先輩」
わずかに真宵後輩は微笑む。
この笑顔が見れるなら、俺はなんだってしてやるさ。
「兄ちゃん遅かったな。待ちくたびれたよ」
「だったらこんな分かりにくいところにいんなよ」
「えぇー、分かりにくいかな? 放送本部もあるし結構分かりやすいと思ったんだけどなぁ」
「こんな人混みじゃ意味ねぇだろ。それはまずいいや」
俺はつみれに向けていた視線を飛縫へと変える。
「悪いとは言わねぇけど、なんでお前がここにいんだよ」
「ここにいればお前もジャンヌも来ると思ったからだけど。お前ならジャンヌを連れてくるって信じてた」
親指を突き立てた拳を俺に向けてくる。
「グッジョブじゃねぇよ」
それに、お前は俺がジャンヌさんを連れてくることまで予想してここにいたのかよ。末恐ろしいやつだな。
飛縫は俺の後ろにいる真宵後輩に目をやると、彼女にしては珍しくきつい目つきになった。それは真宵後輩も同じのようで、底冷えするような瞳で飛縫を見ている。
なんでこいつら、こんなに仲悪いんだ? まさか朝に俺の部屋でなんかあったのか?
「……これも想定内の範囲だけど」
飛縫はそう呟き、広げられたシートに腰を下ろした。
それに続いて俺たちも座る。俺と飛縫の間に入るように真宵後輩が座り、正面にはジャンヌさんとつみれが並んでいる。
「飛縫さんが言うジャンヌって先生だったんですか」
「そうよ。私の知り合いはだいたい私のことをジャッカルって呼ぶわね」
「私もジャンヌ先生って呼んだ方がいいですか?」
「つみれちゃんは先生のままでいいわよ。呼び慣れた言い方を直すのは大変でしょう? 兄妹揃って律儀ねぇ」
ジャンヌさんはそう言って重箱をシートの上に置き、風呂敷を開ける。
「つみれちゃんは開けないのかしら?」
「あ、はい。まだアウル姉ちゃんが来てませんから」
「あら、つみれちゃんにお姉さんなんていたの?」
「アウル姉ちゃんは本当の姉ちゃんじゃなくて、居候してるだけです。……あ、違った。親戚なんだった」
俺の方を見たつみれが、急いで言い繕っていた。
アウルのことについては居候じゃなくて、親戚ということにしている。まさか超能力のことを言うわけもないしな。
「なんでかしぎ君はそのアウルちゃんと一緒に来なかったの? 親戚なんでしょ?」
「気づいたらいなくなってたんですよ。移動してるやつを探すのも面倒ですし、ほったらかしにしてるだけです」
飯が食えなかったらそれは勝手にふらついたアウルが悪い。居候してるんだから、冬道家の決まりは守ってもらわないとな。
でもアウルのやつ、調子悪そうだったしなぁ。
「気になるの?」
「隠しても無駄だから言いますけど、気になりますね。あいつ、調子悪そうでしたから。でも探しに行くつもりはありません」
「その心は?」
「すげぇめんどくせぇ」
「わかりやすくて結構」
だけどアウルが来ないとつみれの弁当は食べれないみたいだ。つみれが弁当を開ける気配がまるでない。
「俺は真宵後輩のがあるからいっか」
「兄ちゃん、アウル姉ちゃんが来るまで待とうよ。もしくは探しにいかない? なんかあったのかもしれないし」
「あー……仕方ねぇな」
ほかでもない妹の頼みだ。ここは仕方ないと割りきって探しに行くとしましょうかね。
どうせここに残るのは飛縫とジャンヌさんと真宵後輩だけだ。自分たちの弁当を食べてればいいし、俺たちがいなくても大丈夫だろう。
「その必要はない」
ちょうど立ち上がったところで、そんな声がかかった。
「遅かったな。もう少しで探しに行くとこだったぞ」
「すまないな。柊に捕まってしまってな。探すのに手間取ってしまった」
申し訳なさそうにするアウルの後ろから、柊が顔だけを出してくる。
「よっ。あたしもぜひ一緒させてもらいたいんだけど」
「帰れバカ」
「バカってなんだよー。いいじゃねぇか、あたしと冬道の仲だろ?」
「どんな仲だ」
「殺し合い一歩手前の仲」
「そんな仲だったらむしろ一緒に弁当なんか食ったりしねぇと思うんだが?」
しかも女子率がかなり高い。こういう世界観じゃ仕方ない展開なのかもしれないが、もう少しくらい男子率を上げてほしいところだ。
ジャンヌさんが不意にシートの上に腰を下ろしたアウルの顔を覗き込む。
「君、体調があまりよくないみたいね」
「え、あなたは……?」
「桐島舞よ。それより君、少し休んだ方がいいわ。その体調でこの炎天下のなか動いてたら、体がもたないわ」
「いや、だが……」
「だがじゃない。たかが体育祭なんて言うつもりはないけど、それで体調を崩したら元も子もないわよ?」
「……まぁ、そうだが」
「いまの君に必要なのは栄養の摂取と体の休養。かしぎ君、お昼休みはどのくらいあるの?」
弁当を食べているところで訊かれ、喉がつまる。水で無理やり流し込み、なんとか口を開く。
「だいたい一時間半くらいだったはずですけど」
「一時間半か……。そのくらい休めば午後の競技には間に合うかな」
ジャンヌさんはぶつぶつなにかを呟くと、改めてアウルの方に向き直る。
「じゃあお昼休みの間は安静にしてること。そうでないと倒れるかもしれないわ」
「……わかりました」
アウルはしぶしぶ頷き、つみれの弁当を食べ始めた。
ジャンヌさんも持ってきていた重箱を開けると、俺たちは揃って動かしていた箸を止めた。アウルに至っては箸を落としている。
「ジャンヌ、それ、なに?」
飛縫が片言になるのも仕方ないだろう。なんだこの弁当は。あり得んだろ。
一言で表すなら赤。とにかく重箱いっぱいに広がる色は、それ以外が存在していなかった。どれもこれもが赤。体を張ったギャグだと言った方がまだ頷ける。
「なにってお弁当に決まってるじゃない。打倒紅組ということで、紅を食らいつくそうという意味で作ったんだけど。どうかしたの?」
「あり得ないでしょう。それってキムチとか、そういうのですよね?」
「見たらわかるでしょう」
「わかるからこそ訊いたんですよ。なんで弁当がそんな辛いの満載なんですか。おかしいでしょう」
「大丈夫よ。味には自信あるから」
そういう問題じゃねぇだろ。
これにはさすがに同情してしまう。こんないかにも激辛そうな昼飯なんてごめんだね。
飛縫が無言で救いを求めてくるが、俺たちはそれを無視し、掻き込むように弁当をむさぼる。味なんて味わってる場合か。飛縫を助けるということはすなわち、味覚の崩壊を意味する。
「この他に、弁当は……?」
「これじゃ足りなかった? 他には持ってきてないわ」
これで完全に退路は絶たれたな。いかに飛縫だろうと、同じような性質のジャンヌさんを前に奇策を練るなんて簡単にはできないようだ。
「わたし、実はあまり腹が減ってな――」
そう言いかけた瞬間、飛縫の腹の音が盛大に鳴った。
世界は無情だ。飛縫にこんな試練を与えるなんてな。
「もしかして辛いの苦手だったのかしら?」
「苦手というより、これはないけど」
「そうかしら? 私の体育祭のときは緑組が強かったから、緑を食いつくせで緑一色にしたものだけどね」
「……緑一色」
「そのおかげで、最後は大逆転したのよ」
ジャンヌさんの弁当にそんな効果があるにしろ、緑一色ならまだ妥協できるとして、紅一色は無理だろ。
だが飛縫はそれを聞いて決意したのだろう。置かれた箸にを掴み、料理に手を伸ばした。
俺たちはそれを見守る。まるで魔王の城に攻め込んだときのようなシリアスさだった。
だが、料理に触れる寸前で飛縫の手が止まった。
「柊、お前、お腹減ってない?」
「うぇ!? な、なんであたし!?」
「わたしの目は誤魔化せない。お前だけは弁当を食べてなかったけど」
「うぐっ」
そういえば被害を受けないために必死だったけど、柊だけ弁当持ってきてないから食べてないんだった。
「遠慮しないで食べていい。さあ」
「い、いやぁ、あたしあんまし腹減ってねぇから……」
柊が言いきる前に、飛縫が力強くその肩を掴んだ。
「食べた方がいいけど」
「あ、あたしは紅組だから食べたって意味ねぇだろ!」
「紅を食べて士気向上」
飛縫が紅い物体(それがなんであるか、俺に判別は不可能だ)を掴み、柊の口元にまで持ってくる。
柊は絶対に食べないと口を固く結んでいたが、
「あーっ! もうわかったよ! 食べりゃいいんだろ食べりゃ! 男なら気合いだ!」
諦めたようで、そんなことを叫びそれを口にした。
お前、男みたいな性格だけど女だろ。
嫌いな食べ物でも食べるように目を瞑りながら食べていた柊だったが、口のなかにあったものを飲み込むと目を見開きながら言った。
「うま……え、これスゲーうめぇ! もっと食べてもいいですか?」
「ええ。たくさんあるからじゃんじゃん食べてね」
「よっしゃ!」
さっきまでの嫌がりようはどこにいったのか。柊は紅一色の弁当を休むことなく食べ続けている。
嘘だろ? あんなに辛そうな弁当を食べてるのに、全然辛そうにしてないんだけど。
俺たちは顔を見合わせる。
「先輩、あれって食べられるんですか? 『吸血鬼』の味覚があるから食べれてるだけなんじゃないですか?」
「もしかしたらそうかもしれねぇ。でもジャンヌさんの料理にそんな破壊力があるとも……いや、どうだろう」
「食べてみますか?」
「俺、結構腹いっぱいなんだけど」
「私のお弁当は美味しかったですか?」
「相変わらず俺好みの最高の味だった。嫁に来てくれ」
「喜んで。毎朝先輩のためにみそ汁を作ります」
あ、やべ……めちゃめちゃときめいちまった。
真宵後輩と一緒に暮らせたら幸せ絶頂だろうなぁ。だけど俺は――こっちの真宵後輩のことはなにも知らない。
そう――なにも知らないんだ。
「これだけ甘い空気ならば、なんだかあれも食べられそうな気がするのは私だけか?」
「ううん。わたしも食べれそうな気がするけど」
なにやらアウルと飛縫が意気投合していたようではあるが、俺たちはそれどころではない。せっかくの時間を無駄にはできん。
ふと鼻孔を煙草の臭いがかすめた。誰だこんなところで煙草なんて吸ってるのは。まさか、司先生じゃないだろうな? 放送本部に近いことだし、あり得なくはない。
俺は臭いのする方に顔を向ける。そこに立っていたのは、見知った顔だった。
「なんでこんなところにいるんだよ、竜一氏」
「見学しにくるっつったろ。おれがここにいたらなにか問題でもあんのか、主人公?」
「んなこと言ってねぇだろ。つーかこんなところで煙草吸ってんじゃねぇよ。マナーを考えやがれマナーを」
「それはおれが全面的にわりぃな。すまん」
竜一氏は携帯用灰皿に吸いがらを押しつけ、それを白衣のポケットにしまう。そして煙草の代わりに出てきたのは、キャンディーだった。
気だるそうに顔をあげた竜一氏は、ある人を見た途端、顔をしかめた。なにかまずいことでもあるのだろうか。竜一氏はそそくさと逃げ出そうとするが、
「竜一くんじゃない。なあに、私の顔を見て逃げ出そうとして。同級生にそんなに会いたくなかったのかしら?」
「ちっ。そういうわけじゃねぇし」
ジャンヌさんに呼び止められ、竜一氏はしぶしぶそう答えていた。
同じくらいの年齢の二人だとは思ってたけど、まさか同級生だったなんてな。ちょっと意外だ。
「この様子だと、司と東雲にも会ってないんでしょ」
「会うわきゃねぇだろ。あんな変人どもになんか」
「せっかく来たんだから他の同級生にも会っておいた方がいいと思うけどね、私は」
「あいつらがここにいんの知ってたら来たりしねぇよ」
話から察するに、竜一氏とジャンヌさんは同級生。そしてジャンヌさんと司先生、東雲さんとも同級生ということはつまり、竜一氏もあの人たちと同級生なのか?
なんか、すげぇことになってきたぞ。友達の少ない東雲さんの友達がまさかの集結を果たしていた。
「そうだ。せっかくだし、司と東雲のとこに行かない?」
「行かん。帰ろうとしてたまたま通りかかったんだ。会いに行く気はねぇよ」
「いいじゃない。久しぶりなんだし、会っておいて損はないでしょ?」
「お前にとってはそうかもしんねぇけど、おれにとっちゃ損以外の何者でもねぇ――っておい、離しやがれ」
「だめよ。かれきちゃん、かしぎ君、私ちょっと司と東雲に会ってくるから、あとよろしくね」
俺たちがなにか言うよりも早く、ジャンヌさんは竜一氏を引きずるように連れていった。その後ろ姿はさながら連行されているように見えなくもない。
「なんだったんですか、あれは」
「よくわからん」
真宵後輩はそれだけで興味を失ったのか、ジャンヌさんの残していった弁当に箸を伸ばす。
「……なかなか美味しいですね」
あの真宵後輩が他人を誉めるなんて、珍しいこともあるもんだな。
そう思いながら、俺も紅一色の弁当に箸を伸ばした。
◇
舞に引きずるように手を引かれる竜一は、煙草を取り出そうとして冬道の言葉を思い出す。
小さくため息をつきながら、自分の右手を見つめた。
「おい桐島、掴んでなくてもここまで来たんだから逃げねぇって。いい歳して手なんか繋ぐな。恥ずかしい」
「そう? 私は恥ずかしくないわ」
これは言っても無駄だ。竜一はそうそうに諦めた。昔からの付き合いで、舞が一度言えばそれを必ずやり遂げることを知っている。
いくら抵抗しても、司と東雲のところには連れていかれるのだろう。
ため息が漏れる。こんな短時間でため息が漏れるなんていつ以来だろうか。高校時代、三人が少女だった頃はこんな感じだったなと竜一は思う。
「夜筱と九十九がどこにいんのか知ってんのか?」
「放送本部にいると思ったんだけどね。いないってことは、たぶん屋上とかなんじゃないかしら」
「たぶんってなんだよ。だいたい屋上の行き方とか知ってんのか?」
「わからないけど、なんとかなるでしょ」
舞の昔と変わらない楽観的な思考に頭を振りながら、屋上への入り口を探す。
そもそも屋上に二人がいるとは限らないが、こういったところでの舞の予想が外れたときはない。神に愛されたような運のよさが、それを引き寄せる。
竜一は舞に言われたことを思い出す。
『奇跡は起こるんじゃないわ。引き寄せるものよ』
たしかにそうかもしれない。竜一も、自身が引き寄せた奇跡によって様々な修羅場を潜り抜けてきた。
いまこうして生きているのも、その引き寄せた奇跡が起こした結果だ。
「ここかしら?」
舞のそんな声で現実に引き戻される。
いつの間にか校内に入っていた。一枚のドアを前にして、舞が呟く。周りには降りるための階段しかない。ひたすらに上がってきたらここにいた、というところだろう。
「どうやらビンゴみたいね。外から声が聞こえるわ」
ドア越しから二人の女性らしき声が聞こえる。少なくとも生徒ではない。少しだけドアを開き、目だけでなかの様子を確認する。
「やっぱり司と東雲ね。こんなところでなにをしてるのかしら?」
「知るか。夜筱と九十九はおれたちになにかと秘密にすることが多かったからな」
それでも竜一は知っている。司と東雲が超能力というものに関わっていたことも。自分たちを巻き込まないようにするために、秘密にしていたことも。
「なに話してるのかしらね」
竜一の上に覆い被さるようにしながら舞はドアを覗く。
「……おい」
「なに?」
「ガキじゃねぇんだからそういうことすんな」
「それくらいいいじゃない。それに、静かにしてないと二人にバレるわよ」
「おめぇが乗らなきゃいい話だろ。……ったく」
舞の女性らしい柔らかい感触とか、鼻孔をくすぐる甘い匂いだとかを意識下から追い払い、ドアの向こうの会話に耳を立てた。
「本当に三人で大丈夫なのか? なんなら藍霧か私がついていっても構わないんだぞ」
屋上のフェンスに寄りかかり、グラウンドを見下ろしながら司は言った。
「あかんわ。私らはあっちのも含めて全員が単騎型。せやけど司や藍霧真宵みたいな広域型やと、いろいろと面倒なんや」
「私は広域型というわけでもないがな」
「それを差し引いても、少なくともあんたらはこっちに残ってなあかん。相手の戦力は九十九。そのすべてを私らに注ぎ込むことはありえへん。まず間違いなく誰かしらがこっちに来るわ」
「それを私に追い返せというのか? やるにしても、私ひとりではたかが知れているがな」
煙草をくわえ、オイルライターで火をつけた。
紫煙が立ち込め、ゆらゆらと揺れる。
「せやから藍霧真宵がいるんや。それに大河もおるしな」
「黒兎だと? 可能性がないわけではないが、いまのままでは死期を早めるだけだ」
黒兎だけならず能力者の大方の実力は把握している。東雲の言うように、黒兎にも『九十九』の能力者と戦える力がある。けれどいまの実力では足元にも及びはしない。
それは他の能力者も同じだ。翔無はもとより、他の能力者も牙を立てることはできない。
まともに戦えるのは冬道や藍霧くらいのものだ。
異世界で勇者として死線を生き抜いてきた彼らには、むしろ『九十九』程度では物足りないほどだと言える。
冬道が近距離に対して藍霧は遠距離を主体とする。肉体の退化が関係ない藍霧の方が、おそらく冬道よりも力を発揮するだろう。
「それに藍霧の場合は戦う力があるものの、冬道以外のために力を振るうとは到底思えん」
藍霧が戦うのは――いや、藍霧がそこにいるのは冬道のためだ。無意味で無価値な存在としか見ていない他人のために戦うはずもない。
「せやから司に頼んでるんやないか。藍霧真宵ならかしぎが頼めばなんとかなるとして、黒兎は私があっちに行くまでに鍛え上げる。三人もおれば十分やろ」
東雲の考えに司はため息をつくしかない。
そもそもこの考えだと司や藍霧の負担が大きすぎる。いつ『九十九』が攻め込んでくるかわからないうえに、誰を狙われるかもわからない。誰にも被害を出さないようにするならば、東雲たちが『九十九』の拠点に行っている間、一時も気が抜けなくなる。
「……すまんな。迷惑ばっかかけて」
「お前がみすぼらしくなると気持ちが悪い。腕を斬られて失ってはいけないなにかまで斬り落とされたか?」
「そんなわけないやろ! 私はただ、昔っから司に迷惑ばっかかけてるから……」
「それは気にするなと前にも言ったはずだ。私もお前に関わってしまった以上、最後まで付き合ってやる」
煙を吐き出し、短くなった煙草を踏み潰す。
「だからといって、自分から首を突っ込む気はないがな」
「司はいてくれるだけでいいんや。かしぎにとっての、藍霧真宵みたいな存在やからな」
「む……」
「あ、なんや? 照れてるんか?」
「バカを言うな。下らないことを言っているなと思っていただけだ。お前は昔から調子がいいからな」
「ちぇ。司は昔から素直やないわー」
うるさいと一蹴し、足元にある小石を蹴りあげる。打ち上がったそれに東雲が平手打ちをし、ドアに叩きつけた。
一組の男女の小さな悲鳴が上がり、次に転んだような音が聞こえた。
「コンビネーションばっちりや」
「たまたまだ」
ドア越しから笑いながら出てくる二人には見覚えがあるし、最初から気づいていた。
高校時代だった頃ならいざ知らず、いまなら聞かれても問題ない話だったから移動しなかっただけだ。
舞は楽しそうに司たちに歩み寄る。竜一はその一歩手前を見守るようについていく。
「久しぶりやな~。卒業以来か?」
「そうね。ところで東雲、そのしゃべり方どうしたの?」
気になるところはそこなのだろうか。それとも東雲になれているからこその発言なのか、肘の先から失われている腕は気に留めた様子はない。
「んー? まぁいろいろあってな。そないなことよりなんで引退したんや? 舞ならもっといけたやろ」
「なんでって言われてもね。つまらなかったからっていうのが、理由のひとつかしらね」
「麻雀で舞に勝てるやつなんかおらんかったかららなぁ」
「それくらいだったらまだよかったのよ。私が麻雀を打つと、みーんなやめていっちゃうからね」
舞は強すぎたのだ。牌に愛されすぎた舞はプロ雀士を悉く叩き潰し、立ち上がれないようにしてしまった。それも一人や二人じゃない。何人も、何人も食らってきた。
それが嫌だった。大好きな麻雀をやってやめていく人がいるなら、自分ひとりだけやめてやる。そう考え、舞はプロの世界から引退したのだ。
喫茶店を営業し始めたのはそのあとすぐだ。雀卓を設置し、手加減しながら打つ麻雀だったが、それでも大好きなことをやるのは楽しかった。
もし飛縫が現れなければ、もう二度と全力で麻雀をやることもなかっただろう。
「舞がえげつないからやで? 普通プロの点数を全員同時に飛ばすか? 飛ばさんやろ」
「だってあんないい手で和了らないわけにもいかないもの。振り込んだわけじゃなくて、私がツモっただけなんだからあんなに落ち込まなくてもいいと思うんだけれど」
「あんな? あんたの親番だけで飛ばされたプロの気持ちにもなってみぃや」
東雲の呆れたような口調に舞は首を傾げていた。
「なぁ夜筱。九十九の腕がないことが気になるおれがおかしいのか? それとも気にしないで話す桐島がおかしいのか?」
「安心しろ。お前は正常だ。舞がそういうことを気にしないのは変わらんな」
「だよな。ったく、少しは気にしろってんだ」
竜一はフェンスに体重を預け、楽しそうに会話する東雲と舞を見守る。
かつての旧友とあったからだろう。話がかなり弾んでいるようだ。
「九十九の腕、誰にやられたんだ? あいつくれぇの能力者が、そう簡単にやられるわきゃねぇだろうからな」
「やったのはこの学校の生徒だ」
司に差し出された煙草を受け取り、火をつける。
「冬道かしぎ。超能力とは別の力を使う能力者だ」
「やっぱあいつか。んなこったろうと思ったぜ」
「ん? 冬道のことを知っているのか?」
「おれんとこの常連だ。この間は女連れだった」
「冬道の女絡みはいまに始まったことではない。いまさらなにも言うつもりはないぞ」
ここから見える冬道の周りには、柊を始めとして少女たちの姿しかない。
男友達がいないような女子率はかつての自分を彷彿とさせるようで、竜一はなんだか居心地が悪かった。
「そうか。たしかにあいつなら東雲にも勝てるよな。むしろ勝てねぇとおかしいか」
「勝って当たり前のような言い方だな」
「ようなじゃなくてそうなんだよ。あっちで生き残ったんなら、東雲くれぇに勝って当然だ」
「わけのわからん男だ」
「そいつはお互い様だろ」
お互いに隠し事をしている。それはわかっている。ならば理解しあえなくて当然だ。そしてそれが暗黙の了解となっている。
竜一と司は友達、なのだろう。それでも踏み込んではならない領域があり、それを無意識に感じ取っている。だから言わない。わけがわからないままでも、それならそれで仕方がないのだ。
「それでいつ腕は直しにいくんだ? いつまでもそのままじゃいらんねぇだろ」
煙草の先端を揺らしながら竜一はそう訊ねた。。
「夏休みに京都にいくからな。そんときに頼もうと思っとるわ。……めっちゃ怒られるやろうけどな」
「壊しちまったもんは仕方ねぇだろ」
「そうやけど嫌なもんは嫌や。なんでこんな歳になってまで怒られなあかんねん。貰ったもんをどう使おうと私の勝手やろ」
「だったら壊すんじゃねぇって話だろ。直す側の気持ちも考えやがれ」
冬道によって斬り落とされた義手は現代の技術だけで作るのは難しいだろう。脳からの電気信号を鋭利に受け取り、本物と遜色ない動きを再現させる稼働域の設計。さらに東雲の超能力に耐えられるだけの強度。それを再現したものがあの義手だ。
あの完成度を見る限りでは作った本人はかなりのこだわりがあると見ていい。なら冬道に斬られたという欠点をなくすため、さらに技術が加えられることになる。
そしてこんなものを作れるのは、同じ能力者以外にはあり得ない。
「なんとかなるやろ。最悪、片腕だけでもええわけやし」
「直せるもんは直しとけよ。おめぇなら片腕だけでもいけなくもなさそうだが、相手は『九十九』なんだろ? あるにこしたことはねぇ」
「片腕の私にさえ勝てるのなんかそうおらんわ。初っぱなから当主様とかが来たら、さすがにヤバイけどな」
「どうせそいつはかしぎに任せるつもりなんだろ?」
「よくわかったなぁ。私は勝ち目のない戦いはする気ない。せやったらかしぎにやらせた方がええやろ。私に勝ったくらいなんやし」
それに冬道の実力はまだ底が見えない。数日前の冬道と藍霧に立ち合ったが、藍霧の実力は明らかに東雲を上回っていると直感した。対峙して何秒と立ってはいられないだろう。
そんな藍霧と引き分けたくらいだ。いま万全の状態で冬道と戦ったとすれば、あっさりと敗北の烙印を押されてしまうのは目に見えている。
急激に成長を遂げている――いや、本来のあるべき姿へと近づいてきていると言うべきかもしれない。
「かしぎ君ってそんなに強かったのね。まだ高校生なのにやるじゃない」
「私らも高校生んときはそのくらいやったで?」
「卒業間近になって知ったんだから、そんなこと知ってるわけないじゃない」
責めるような舞の言い方に東雲と司までもが揃って苦笑する。
「だけど大変ね。まだ高校生なのに、こんな戦いに巻き込まれちゃって」
「力ある者の運命などと言うつもりはないが、こうなるのは必然だったのかもしれんな」
見知らぬフリをして生きれるほど器用じゃない。自分にできることがあるなら、少しでも力になりたい。そう考えてしまう。
だからこれは巻き込まれたわけではない。
自分の意思で決めて、進んだ道なのだ。
「そろそろ昼休みも終わり……だな」
竜一はぼんやりと空を見上げながら呟く。
グラウンドから翔無のアナウンスが聞こえてきたのは、そのあとすぐだった。