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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第四章〈体育祭〉編
46/132

4―(10)「激闘」


『これにて三年生徒競走は終わりになります。現在のトップは、周りに大きく差をつけた紅組で~す!』

 全学年徒競走が終了し、紅組はトップを維持していた。

 柊を初めとした俺たちは、当然一位を獲得した。ただアウルだけは別で、同じ回で飛縫と走り、わずかな差で二位となってしまった。

「すまんな、あと少しだったのだが……」

「本調子でもないのにそれだけできたら上出来だ」

 アウルひとりが負けたくらいで、点数がそこまで左右されるわけでもない。

 徒競走なんてただの前哨戦だ。

 本当の激闘は、これから始まる。

『次は男女混成、ドキドキ☆二人三脚になります』

 相変わらずのネーミングセンスに苦笑いを隠せないが、それをいまさら言っても意味がない。

「いくか。……って萩村はどこだ?」

 周りを見渡すも、どこにも萩村が見あたらない。

 あいつ身長低いからなぁ。この人ごみのなかで探し当てるのはかなり難しい。時間もないっていうのに、どこに行ったのやら。

「さっきまではいたのだがな」

「だよなぁ。ったく、どこに行きやがったんだ」

 ここで突っ立ってても仕方ないか。

「萩村のこと探してくるから、お前は萩村を見つけたらここにいるように言っててくれ」

「わかった」

 アウルの返答を背中越しに聞きながら、俺は走り出す。

 陣営は競技に使わないグラウンドを四分割し、各組に与えられている。限られた面積をさらに狭くしているのだから、おのずといる場所は限定される。もし他の組の陣営にいるとしても、はちまきの色の違いで見つけるのは簡単だ。萩村のあの性格で他の陣営に立ち入るとは思えないが。

 だとすれば萩村がいそうなのは紅組陣営内か、水道だ。

「お、冬道。そんなに急いでどうしたんだよ」

「萩村がいねぇんだよ。どこに行ったか知らねぇか?」

「瀬名ならさっき水道のとこにいたぜ? なんか緊張してるっぽかったけど」

「ビンゴ。サンキューな、柊」

 矢継ぎ早にそう伝え、急いで水道に向かう。

 この学校の水道がある場所といえば、校内でなければひとつしかない。グラウンド脇の、死角となる場所だ。

「……見つけた」

 肩を上下させて息を整えながら、水道の前で膝を抱えて座り込んでいる女子生徒――萩村を見つけた。

「こんなところでなにやってるんだ、お前は」

 萩村に声をかけると、その小さな体がびくりと震えた。

「と、冬道くん……?」

「それ以外の誰に見えるんだっての」

 顔を上げた萩村の目元は、わずかに赤くなっている。彼女の下のアスファルトには黒い染みがいくつもあった。

「どうして、ここに……?」

「それはこっちのセリフだ。もうすぐ二人三脚が始まる。時間がねぇ。さっさと行くぞ」

「…………」

 萩村は無言で俺から視線を外す。

「どうしたんだ? 時間ねぇって言ってるだろ」

「いいよ。冬道くんだけ行って」

「あ? ばか言うな。パートナーのお前がいなきゃ、二人三脚に参加できねぇだろうが」

「だったら補欠の詩織とやればいいよ。私よりは、全然速く走れると思うし」

 萩村は動く素振りを見せないかと思えば、あげくの果てにはそんなことを言い出した。

「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ」

「……全然わけわかんなくないよ」

 俺の睨むような視線に怯えながらも、萩村は言う。

「このまま二人三脚にでても、冬道くんの足を引っ張るだけだよ。それだったら詩織が一緒の方が絶対にいいよ」

「…………」

「みんな頑張ってるのに、迷惑かけたくないよ」

 頬から雫が伝う。ああそうか、萩村は両希たちの『勝ち』にこだわる姿を見て、そんなことを思ったんだ。

 放課後の二人三脚の練習は、お世辞でも上手く走れていたとはいえない。かろうじて走れるようになっただけで、他人と競うような完成度じゃない。

 たしかに柊とでた方がいいだろう。

 お互いがお互いの全力に合わせるだけでいいのだから。

「行くぞ。もう時間ねぇし」

「だから、詩織と一緒にでれば……」

「お断りだ。お前と一緒にでねぇと意味ねぇだろ」

 遠くから聞こえる翔無先輩のアナウンスは、もう俺たち以外が集合していることを知らせていた。急がねぇと。

「お前だって頑張っただろ。二人三脚くらい落としだって問題ねぇよ」

「でも……」

「そうやってうじうじされる方が迷惑なんだよ。つまんねぇことで悩むな。俺たちは仲間なんだぜ?」

 あー、嫌だ嫌だ。俺ってばこんなキャラじゃねぇのに。

「努力したやつをばかにするなんかいねぇよ。少なくとも、俺たちは萩村が頑張ってたのをちゃんと見てんだ。あとはやるだけなんじゃねぇの?」

 涙を拭いながら、萩村は顔を上げた。

「……また、迷惑かけちゃうかもしれないよ」

「迷惑だなんて思ったことはねぇ」

「……また、転んじゃうかもしれないよ」

「そしたら、また立ち上がればいい」

 俺は萩村の腕を掴んで無理やり立ち上がらせる。

「気にすんな。負けたっていい。そしたらその分、俺たち全員で取り返す。仲間だからな」

「……うん!」

 ようやく一歩踏み出した萩村の手を取り、急いでグラウンドに戻った。


 遅れていたということもあり、まるで恋人のように手を繋いで登場した俺たちは全校生徒の注目の的となった。

 しかも翔無先輩が余計なことを言ってくれたおかげで、萩村が恥ずかしさのあまりに顔を真っ赤にしていた。

 翔無先輩はあとで絞める。

「準備はいいな? 練習のとおりにやりゃ大丈夫だ」

「う、うん」

 二人三脚は二百メートルトラックを四回にわけて一周し、それを何回か繰り返す競技だ。各学年から何組か選抜し、タイムを競い合う。

 すでに一年生は走り終え、いまは二年生の中盤だ。

「冬道、萩村!」

 両希とアウルのペアがトップでバトンを渡してくる。

『せーの!』

 同時に叫び、俺たちは走り出した。好調な滑り出しだ。スタートダッシュは練習でもほとんど成功してなかったんだが、ここにきて息がぴったりだ。

 タイミングを口に出して刻みつつ、後ろを確認する。

 まだまだ追いつかれる距離じゃない。だが余裕を持って走れるほどの差があるわけじゃない。

 ここは適度にスピードを維持しながら、次に繋げるのが最善だ。俺たちで勢いづけるのも大切だが、ここは萩村のためにも確実に繋いでいく。

 これで少しくらい、自分に自信が持てるようになればいいんだけどな。

 周りの歓声が足音をかき消す。しかし、ほぼ密着状態にある萩村の息づかいはちゃんと俺に届いてくる。

 いつもより乱れた息づかいが――。

「……っ!」

 その直後、足がもつれて体勢が崩れた。

 極度の緊張は息の乱れを早くする。翔無先輩が余計なことを言ったせいもあり、もとから体力のない萩村に限界がきたのだ。

 体が傾く。足さえ繋がっていなければすぐにでも体勢は立て直せるのに。

 くそったれが。萩村のためにも、こんなところで倒れるわけにはいかねぇんだよ。

 息を大きく吸い込む。属性波動を体内で循環させる。

『嵐声』

「かあっ!」

 肺から吐き出された風系統の波動は砂塵を巻き上げながら、傾きかけていた体を持ち上げる。

「あ、あれ? あれ?」

「ぼけっとすんな。行くぞ」

 不思議そうに首を傾げる萩村にそう促し、もう一度踏み出す。波導使ったの、司先生にバレてないといいけど。

 砂塵のせいで後ろを走る生徒たちに影響がでてたけど……まぁ、いいか。


     ◇


「『嵐声』。体内の風系統の波動を息に乗せて吐き出す、詠唱不要の波導」

 屋上からグラウンドを見下ろす瞳がそれを捉えた。

『嵐声』によって発生した突風は屋上にまで届き、丈の長い白衣を揺らした。伸ばし放題になった長髪を後ろでひとつに結い、煙草を取り出す。

「波動量で威力が変化するんだが、ここまで届くとなると、こりゃかなりのもんだな。さすが天剣に認められただけのことはある」

 オイルライターで火をつけ、紫煙が空へと立ち昇る。

「だが誰だ? おれが抹消したはずの『召喚』を再構築しやがったのは」

 自分で口にしてみて、それは不可能だと断定する。

『召喚』に必要なのは膨大な波動と『魔導』により描かれた陣だ。前者については問題ないとしても、後者の問題を解消することはできないはずだ。

「だが現に召喚された。しかも今回・・は二人だ」

 二人三脚でバトンを渡そうとしている少年と、それを見つめる少女。

「あっちでなにが起こってたんだか。それとも、現在進行形でまだ起こっていやがるのか? どちらにせよ」

 面倒なことに巻き込まれないことを祈るだけだ。

 短くなった煙草を指で弾く。宙で弧を描いていたそれは地に落ちる前に、なにかによって撃ち消された。

「おれたちは、面倒事を引き寄せる体質だからな。お前は巻き込まれ中みたいだが、おれまで巻き込むんじゃねぇぞ、後輩?」

 その呟きは誰にも届かない。

 聞いていたのは、自由気ままな風くらいのものだろう。


     ◇


「よくやってくれたな、二人とも」

 二人三脚は俺が『嵐声』で発生させた砂塵が決定打になったようで、その後は抜かれることなく余裕の一位を獲得していた。

 いまは俺たち二年生や三年生には関係のない、一年生のみの競技が執り行われている。ちなみに玉入れだ。

「倒れそうになったときはどうなることかとひやひやしたが、よく頑張った。偉いぞ」

「冬道くんのおかげだよ。私はなにもしてできてないし」

「いやいやかしぎと瀬名、二人のおかげだ。僕たちも負けないように頑張らなければな」

 両希に褒められた萩村は、嬉しそうに微笑んでいた。

 それを鑑賞していると、にょきっとでてきた腕が俺の首をロックしてきた。

「おい冬道。お前、能力使っただろ?」

 耳元で柊が小さく呟いた。

「仕方ねぇだろ。あのままじゃ使わなきゃ転んでたって」

 あんな会話したあとに転びでもしたら、萩村がどうなってたことか。それに能力は使うなって言われたけど、俺が使ったのは波導だし。

「別に使ったことをどうこういうつもりはねぇんだぜ? だけど、なんで瀬名のためにあんなに必死になってたんだ? ついこの前までほとんど接点がなかったのにさ」

「必死、だったのか?」

「あたしにはそう見えた。『吸血鬼』の視力嘗めんな」

 東雲さんの純粋な殺気と殺意もあり、柊の『吸血鬼』は完成された。いままでのように暴走したりすることはないし、本来の能力者のように思いのままに使えるようになっている。

『吸血鬼』は能力のなかでも比較的、波動に近いものがある。肉体の一部を強化するなんて難しいことじゃない。

「でもなんでそのときに視力を強化してたんだ?」

「冬道が見たかったからに決まってんだろー」

 さらりと恥ずかしいことを口にしやがった。

「で、なんでだ?」

「頑張ったやつが報われねぇのが、許せなかったからじゃねぇかな」

「たしかに瀬名、頑張ってたもんなぁ」

「二人三脚が始まる前に、俺たちの足手まといになりたくないからってパートナーをお前と交換してくれって言うくらいだ。それだけみんなのこと想ってるってことだろ」

「そうだな。瀬名は優しいからな」

 みんなにもみくちゃにされて目を回している萩村を見て、俺たちは苦笑する。けれどその表情からは、まんざらでもないことを見て取れた。

「ところで冬道」

「あ?」

「あたしをパートナーに選ぶって選択肢はなかったのか」

「ねぇよ」

 俺が即答してやると柊が『吸血鬼』化したまま殴りかかってきたので、くるりと回転してそれを受け流した。

 玉入れが白熱を見せるなか、白鳥は端の方で土に落書きをして遊んでいるのが見えた。

 小さな石ころを拾い、波動で強化した指で弾く。発射された石ころは真っ直ぐな軌道を描き、白鳥の後ろ頭に直撃した。

 驚いたように顔を上げる白鳥と、俺の視線がぶつかる。

『真面目にやりやがれ』

 口ぱくで言うと、なにを言ったのか伝わったようで、白鳥は紅色の玉を手に取る。

 そしてそれを――他の組の生徒に当て始めた……あ?

「な、なぁ。なにやってるんだ、瑞穂のやつ」

「あれじゃ玉入れじゃなくて玉当てじゃねぇか」

 お前は俺のメッセージをどんな風に受け取りやがった。

『紅組の金髪鳥頭はなにやってるんだ。翔無、あいつを退場させろ』

『え、ボクが?』

『お前は風紀委員だろ。本来の居場所はここではなく、あそこのばかを退場させる立場だ』

『おもしろいからボクとしては……はいはいわかりましたよ。退場させればいいんだろ? やれやれ面倒だねぇ』

 放送本部からでてきた翔無先輩は、悪人面で玉当てをする白鳥を羽交い締めにすると、本部に連行した。

 それからほどなくして、玉入れは時間になった。

『えーと、紅組の白鳥選手が不正というかわけのわからないことをやりましたので、紅組は減点となります』

 翔無先輩の無情な宣告は、紅組からのブーイングを巻き起こした。

『うるさいよ。ボクだって紅組なんだ。減点なんかしたくないんだよ。文句があるなら司先生に言ってもらいたいねぇ。少なくとも、点数を飛ばされたくないなら甘んじて受け入れるのがオススメだよ』

 脅しともとれる翔無先輩の発言に紅組は一斉に口を閉じた。それに対して、他の組は紅組を追い抜くチャンスとばかりに吼える。

 正直、この流れはマズい。紅組の追い風が止んだし、よく見れば青組が徐々に点数を追い上げてきている。

 やっぱり、点数に関することは飛縫の独壇場だ。麻雀じゃないから調子がでてなかったが、いまになって本領を発揮してきたってことか。

 まさか、さっきの白鳥のこともお前が起こしたのか?

「……嶺上開花、やらせねぇぞ」

「りんしゃん? なんだそれ?」

嶺上開花りんしゃんかいほうだ。麻雀の役のひとつで、飛縫の得意としてる役だよ」

「麻雀なんて知ってたのか?」

「この前覚えたんだよ。言ってなかったか? しかも飛縫のやつ、プロの誘いを即答で断りやがったんだ」

「プロ!? しかも断った!? つーか聞いてねぇよ!」

「うるせぇな。耳元で叫ぶなバカ」

 眉間にしわを寄せながら、中指で柊の額を弾く。

「断ったんだからどうでもいいだろ。あいつだって、プロには興味ないみたいだしな」

 それは嘘だ。あいつはプロに興味がないわけじゃないだろう。断るにしても、あの即答はいくらなんでも早すぎる。あれは迷ったからこそ・・・・・・・・の即答だ。

 あいつは、プロになることを迷っている。

 それが最近あいつが悩んでいる種だ。

「そっか。ま、プロになんかなったら学校に来られなくなったり、下手したら転校したりするかもしんねぇしな。その方がいいかも」

「……なるほどねぇ。そういうこと」

 なにに迷ってるのかと思えば、そんなことか。

 飛縫からしたら深刻な問題だよな。昔の俺ならともかく、いまの俺としてもその問題はかなり深刻だ。そりゃ悩むのもやむなしだ。

 ここで変われないまま持ち続けるか、変わるために手放すか――そう考えてる時点で、間違ってるってどうして気づけないんだか。

「どうしたんだ? まさかプロになりたいのかっ!?」

「なる気もねぇし、なれねぇよ。そうじゃなくて、これからどうしようかって考えてたんだ。こっからだぞ、飛縫の本領は」

 点数と手数のことなら飛縫の右にでるものはない。

 麻雀と比べれば場の支配率は低いものの、それでも飛縫を上回る可能性があるのはジャンヌさん……桐島舞さんを差し置いて他にはいないだろう。

「体育祭は麻雀とは違うだろ。いくら飛縫が麻雀がプロ級でも関係ねぇよ」

「お前忘れてんぞ。飛縫は麻雀がプロ級である前に、誰も予想不可能な奇人なんだぜ?」

 どんな牌牌もといどんな方法で点数をもぎ取りにくるか、予想しようにも予想できない。

『次は学年別種目二年の部、ドキッ☆男女混合棒倒しとなりま~す』

 お、次は俺たちの出番だな。

 これが飛縫たちとの初めての一騎打ちだ。気は抜けない。殺しにいくつもりでいかないと、こちらが食い殺されかねない。

「紅組、いくぞっ!」

 両希のかけ声を筆頭に、二年A組は出陣した。


 棒倒し。翔無先輩が説明したルールでは、至って普通のものだったはずだ。

 どこの学校でも普通に採用されているような、そんな普通で普通の棒倒しだったはずだ。

 三メートルほどの丸太を複数人で支え、それをグラウンドに押し倒した時点で勝敗が決するシンプルな競技だったはずだ。

 だというのに俺たちの目の前に広がる光景はなんだ?

『おい翔無、あれはいいのか? いいものなのか?』

『いや、まぁ……うん。あれは反則じゃ……ないよねぇ。ちゃんとルールに則ってるわけだし』

『ルールに則っているのか、あれは』

『棒が地面についてないからねぇ。まったく、相変わらず君は予想外というか反則ギリギリというか、誰も思いつかないことをやってくれるねぇ、飛縫かれき』

 あれで反則ギリギリなのか? ギリギリアウトだろ。

 青組の怒涛の猛攻に抵抗しながら、俺はなんとか活路を見いだそうとする。

 たしかに棒は地面にはついていない。ついてないけど、棒を横にして二人で支えるなんてギリギリってよりもうアウトだろ。

 守りが二人しかいない分、攻撃に手数を注ぐことができる。いまはなんとか守っているものの、その均衡もいつ崩れるかわからんぞ。

 すぐにでも攻撃に移らないと、万が一にも勝ち目はない。とはいえ、これで誰かひとりでも抜けたら連鎖的になし崩しになるに違いない。

 つーかさっきからどさくさに紛れて俺のこと蹴ってるのはどこのどいつだ。見つけたらただじゃおかねぇぞ。

「かしぎっ! このままでは防戦一方だっ! お前が行って押し倒してくるんだっ!」

「任せていいんだな?」

「あぁ、僕たちに任せろ」

 それを聞いて安心した。俺は棒を支えていた手を離し、人の波をかき分け、ようやく開けた場所にでる。

 こうして見てみるとがらがらだな。あっちの二人が暇そうにしてるじゃねぇか。だったらすぐに暇じゃなくしてやるよ。

 攻撃が重戦機並でも、防御は紙だ。こっちが耐えている間に潰すのなんてそう難しいことじゃない。

 地面を踏みしめ、飛び出すように走り出す。距離にしてみれば三十メートルくらいしか離れていない。五秒あれば十分だ。

 だが前に進む際に踏み出した瞬間、ひとつの影が踏み込んできた。とっさにまだ離れていない軸足を軸に回転し、距離をとる。

 波動も流してないうえに体勢が完全に崩れていたため、俺は地面に手をついて顔を上げた。

「惜しい。あと一歩だったけど」

「俺の隙をついただけでも相当すげぇんだけどな。それ以上を望むのは高望みしすぎなんじゃねぇのか、飛縫」

 汗が頬を伝い、顎から滴り落ちる。無意識に口元には虚勢の笑みが浮かんでいた。

「飛び出してくるのはお前が柊だと思ってた。だから出てきたところを潰すつもりだったんだけど、存外上手くいかないものだけど」

「すべてはお前の予想通りの配牌だったってことか?」

「そういうことだけど」

 さすが――としか言いようがないな。攻撃に手数をかければ必ず単騎で特攻にくる。しかもそれが俺が柊だってことを見越して守りについてるんだ。

 俺と柊はどちらかといえば守りになる確率の方が大きかった。ひとりで多数を押さえられるのなんて俺たちくらいのものだからな。

 そもそも、こいつに確率の勝負で挑むのは間違いか。

「わりぃが突っ切らせてもらうぞ。まさかお前ひとりで俺を止められるなんて思っちゃいねぇだろ?」

「そこは想像に任せるけど」

「そうかい。なら――」

 息を短く吐くと、一瞬の隙をついて飛縫の脇を抜けようとする。

「ちっ」

「逃がさない」

 だが、先回りしていた飛縫に阻止された。

 これだけ広い逃げ場があるのになんで先回りできるんだよ。実は能力者なんじゃねぇだろうな。

「お前の視線と体の向き。軸足を見ればどちらに行くかは簡単に判断できるけど。あとは先回りすればお前は必ず止まる」

「わからねぇぜ? そのまま止まらなかったらどうするつもるだったんだ?」

「大丈夫。経験則で止まると思ってた」

「……やれやれ」

 だったらどうやってこいつを抜けばいいのやら。たしかこいつは視線、体の向き、軸足で俺が動く方向を判断したんだったな。

 前者の二つはどうにかできても、波動で強化されてない肉体じゃそれをどうにかする動きは不可能だ。

 ならどうする? 右も左もたぶん無理だ。確実に追いつかれる。だとすればあとは……。

「……?」

 俺は十歩ほど下がる。アキレス腱を伸ばし、入念にストレッチをする。

 そして腰を低く沈め、ロケットスタートで飛び出した。真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに。なんのフェイクもなしの、純粋な突撃だ。

 いくら飛縫でもあの小柄な体じゃ俺の突撃を受け止めるなんてことはできないだろう。

 ……まぁ、さすがにそんなことをやるつもりはないが。

 飛縫の手前で地面を蹴り割るほど思い切り踏みしめ、その小柄な体を飛び越えた。

 これなら――いくら飛縫でも自分を飛び越えていくなんて、予想できねぇだろ。

「――リーチ」

 着地と同時に聞こえた飛縫の呟き。リーチ棒が雀卓に叩きつけられる幻聴が聞こえるような呟きに、俺は反射的に振り返る。

 そこで目に映ったのは、均衡が崩れた光景だった。紅組の棒に何人かが掴まり、いまにも倒そうとしている。

「くそ……っ!」

 俺はそう吐き捨て、青組の棒に疾走する。

 間に合うか――いや、間に合え!

『そこまでっ!』

「……くそっ」

 翔無先輩の制止がグラウンドに響きわたる。俺はもう一度そう吐き捨てるしかなかった。

『勝者、青組っ!』

 あと一歩……あと一歩のところで間に合わなかった。俺が飛縫に時間をとられたばっかりに……。

 倒れた自陣の棒の周りの反応は二つにわかれていた。勝って喜ぶのと、負けて悔しがる二つの反応に。

「ロン。大三元」

「役満かよ。随分でけぇのかましてくれんじゃねぇか」

「この競技はそれだけの意味があった。振り込んだのは痛打ったみたいだけど」

「たしかにこいつはかなり痛手だな。だけど、まだ飛んだわけじゃねぇ」

「ここから逆転できるとでも?」

「こいつは麻雀じゃない。体育祭だ。逆転できるチャンスはまだまだあるし、追いつけない点数差じゃねぇ」

 それに俺たちのなかには、諦めたやつなんてのはひとりたりともいない。

「やられたらやり返す。必ずお前に役満を叩きつけてやっから、覚悟しとけ」

「それより早く、わたしの花を咲かせて息の根を止める」

「できるもんなら、やってみやがれ」

 俺は飛縫に背を向け、みんなのところに戻る。

 まだ負けたわけじゃない。体育祭は始まったばかりだ。いくらだって、逆転するチャンスは残されている。



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