4―(9)「開幕」
どうも、ぱっつぁん改め、牡牛ヤマメです。
今日はすばらしいプレゼントをいただきましたので、早めに投稿することにしました。
はいドン。
真宵後輩です。
ついに解禁されました。
畑山香樹先生に描いてもらいました!
いいですねぇ~。
ということで早めに投稿しました。
では、本編をどうぞ。
「…………」
目が覚めたら理解しがたい状況に陥っているなどという体験は、はたして人生において何度くらいあるのだろうか。少なくとも俺は、つい最近に何度か経験している。
そしていまも 、そんな状況に陥っていた。
「おはよう。いい目覚めになった?」
俺の腹の上でそんなことを言っているのはどこのどいつだ? 肩口の辺りで切り揃えられた黒髪。やる気を微塵も感じさせないダウナーな瞳。体操服なのは今日が体育祭だからだろう。
見たことのある特徴だ。つい最近、ジャッカルさんこと桐島舞さんのところで奇跡を起こした奇人と瓜二つだ。というか……、
「お前、人の腹の上でなにしてやがる」
飛縫そのままだった。
「幼なじみが朝起こしに来るなんていうシチュはなかなかに見られないと思うけど?」
「黙れギャルゲー脳。お前は幼なじみでもなんでもねぇだろうが」
俺の幼なじみは女ですらねぇよ。
「なら攻略ヒロインのひとり。さぁ、どうやってわたしを攻略する?」
「スルーだ。お前に関わるイベントは全部スルーだ」
たとえ全キャラを攻略することになるとしても、お前だけは絶対に攻略なんかしない。
「それは困る。やっぱりメインヒロインっぽい藍霧真宵のところに行くみたいだけど」
「簡単に行けたら苦労しねぇんだよ」
どうしてメインヒロインってこんなに攻略しにくいんだろうな。誰か攻略法を教えてくれ。
「つーかどうやって入りやがった」
「普通に玄関から。あれはお前の妹? 言ったら案内してくれたんだけど」
「つみれ……」
なんでお前は見ず知らずの相手を人の部屋に案内するかな。順応性高すぎだろ。
「なんか妙に対応になれた感じだったけど」
「知らねぇよ。俺に訊くな」
俺はそう言い、改めて自分の状況を確認してみることにした。
密室のベッドの上で、飛縫が俺に馬乗りになっている。……なんか、ばっきばきにフラグが立っているような気がする。
「イベントシーン、突入する?」
「そこでその選択肢を提示するな。お前のやることは決まってる。俺の上から降りろ」
「いいの? こんなチャンスはめったにないと思うけど」
「うるせぇ。そんなチャンス溝に捨ててやるっての」
「ひどいことを言うな、お前」
飛縫は若干頬を膨らませながら、俺の上から退く。いつから乗っていたかは知らないが、体中が凝ってやがる。せっかくの睡眠が台無しだ。
あくびを噛み殺しつつ、俺は起き上がる。
「ん……?」
右腕に妙な違和感を感じた。手を開閉させ調子をたしかめてみるが、やはり気のせいではないようだ。わずかに動きが鈍い。さらには痺れまで感じる。
戦いならさておき、体育祭くらいなら気にするほどのものじゃない。
「飛縫、お前は先に出てろ。俺は準備してから行くから」
「いい。待ってる」
「……言い方を変える。出ていけこのやろう」
「ならわたしも変えようか。出て行かないけど」
いや出ていけよ。なんで部屋にいたがるかな。
「いいえ、出ていきなさい、奇人」
部屋のドアが突然開け放たれた。その先に立っていたのは、同じく体操服姿の真宵後輩だった。
瞳は碧色。どうやら波動を循環させているらしい。
「藍霧真宵。いまはわたしルート。別ルートのヒロインが割り込んでくる場面じゃないけど」
「なにを言っているんですか。先輩には私以外にルートは用意されていません。そのほかはすべて共通ルートにまとめられますから」
「流れ的にメインヒロインだからと慢心していると、いつか痛い目を見るけど」
「ご安心を。そんな心配は無意味無必要です」
なんだかよくわからないが、これはチャンスだ。俺は二人に気づかれないように部屋を出ると、リビングに向かう。後ろではまだ言い合いが続いている。
右腕に波動を流して調子を底上げしながら、リビングに足を踏み入れる。
すると、鼻孔を香ばしい匂いが刺激した。
「あ、兄ちゃん、おはよー」
台所で重箱に料理を詰めているつみれがそう言った。
「おはようじゃねぇ。なんで勝手に人の部屋に案内してんだお前は」
「あれ、だめだった? いつものだと思ったんだけど」
「いつもってなんだよ」
「そんなの決まってるじゃん。兄ちゃんのハーレム」
「俺がいつハーレムを形成したんだっての」
そんなものを形成した覚えはない。
「気づいてないならいいけど。そうだ、アウル姉ちゃんのこと起こしてきてよ。なんか昨日も夜遅くまで空手の練習してたみたいでさ」
つみれの言うとおり、この章に入ってから一度も登場していないアウルは、ここ最近はなぜか空手の練習に力を入れている。
俺も何回か組み手をやってみたが、その実力は一回目よりも二回目、二回目よりも三回目と、スポンジが水を吸収するかのように強くなっていく。しかも俺が見せた動きを次の戦いに必ず組み入れてくる。
コピーしたなんてレベルじゃない。
動きを完全に自分のものにしていた。
正直アウルの強さの認識は曖昧だったが、戦ってみて感じたことはただ一つだけ。気持ちが悪いということだ。
「……もう起きている」
眠そうに目をこすりながら、アウルはリビングに入ってきた。
「アウル姉ちゃんおはよー。コーヒー、もう用意してあるから」
「……あぁ、ありがとう」
アウルは気怠そうに椅子に座ると、テーブルに置いてあったマグカップに手をつけ、まだ湯気の立つコーヒーを流し込んだ。
砂糖をひとつもいれないでブラックで飲むのが好きらしい。俺には理解できんことだ。
俺もアウルの正面に座り、コーヒーに砂糖を入れる。
「眠そうだな。そんなに遅くまでやってたのか?」
「少し思うところがあってな。それにいまのままではお前に置いていかれていく気がする」
「別に置いていきやしねぇよ」
俺はこれ以上、前に進むことなんてできやしない。立ち止まり、周りを見て、追いかけてくる者たちへの導とならなくてはならない。
元勇者でも、もう勇者ではないのだ。
「そういえば冬道の部屋が騒がしいようだったが、誰か来ているのか?」
「……夜天の波導術師と奇人だよ」
「なるほど。だからか」
それだけで納得させてしまうあたり、真宵後輩はもちろん、飛縫すらも超能力者にとっても常軌を逸しているということなのかもしれない。
「それより大丈夫なのか? かなり眠そうだぞ」
「問題ない。『組織』の仕事に比べれば、この状態で体育祭に出るなど造作もないことだ」
『組織』の仕事の詳細までは知らないが、そんなに辛いことなのか? それを学生にやらせるなんて、なにを考えているのやら。
超能力なんてものを持った時点で大人も子供も関係ないという考えだろう。じゃなきゃ、結果的に殺さなかったとはいえ、人ひとりを殺すところだったんだからな。
「無理はするなよ? そんなんで倒れられでもしたら面倒……大変だからな」
「面倒なら面倒だと言いきったらどうだ。心配せずとも、体育祭程度で倒れるようなやわな鍛え方はしていない」
「でも相手は飛縫と真宵後輩だぜ?」
「……倒れたときはお前に任せた」
「あいよ」
あの二人が相手になるなら、下手をすれば並の能力者との戦いよりも苛烈なものになりかねない。体調が万全じゃないなら、大人しくしててもらいたいんだが、言っても無駄か。
俺にできることと言えば、アウルに無理をさせないことくらいだ。
やれやれ、今日は一段と面倒そうだ。
「なぁ兄ちゃん、姉ちゃん」
「どうした、つみれ」
「今日って最後の打ち合わせがあるからっていつもより早めに学校にいかないといけないんじゃなかったっけ?」
『…………』
そうだった。今日は両希たちと最後の打ち合わせがあるから、早く学校にいかないといけなかったんだ。
集合時間は七時五十分。
そして現時刻、七時四十八分。
『…………』
無言で顔を見合わせると、俺たちは弾かれたように動き出した。
◇
「では、最終確認だ。全員そろっているな?」
わざとらしくこっちを見ながら両希はそう確認をとる。
いくら俺でも、あの距離を二分で移動するなんてことができるわけないだろ。おまけに体調が悪いアウルまでいるんだ。全速力での移動なんかしたらどうなることか。
遅刻してしまった手前、そんなことは言えないが。
「ちゃんと全員そろっているっての」
俺たちが教室に到着したのが七時五十五分。
体育祭に気合いが入っているこのクラスのメンバーに限って、遅刻するなんてことはまずないだろう。
「こんな早くに集まって最終確認っていうけど、改めて確認することなんてあったか?」
「あるに決まっているだろ。まずはかしぎと瀬名の二人三脚だ。上手くできるようになったのか?」
「当たり前だ。放課後にどんだけ練習したと思ってんだ」
膝が絆創膏で埋め尽くされるくらい練習したんだよ。怪我自体は真宵後輩に治してもらったから残ってないが、すげぇ痛かった。
「なら二人三脚は問題ないだろう。そこだけが心配の種だったからな」
散々な言われようだった。
「あとはいかにB組を――否、かれきを出し抜くかだ」
「あたしが見た様子だとB組のやつら、完全に飛縫頼りみたいだぜ? まともに練習してたところなんてみたことねぇしな」
柊の言うとおり、俺もB組のやつらが真面目に練習してたところをみた覚えがない。
ただひとり――飛縫を除いて。
「完全に油断しているようだな。いくら奇人飛縫とはいえ、これならば簡単に倒せるのではないか?」
「僕もそう思いたいのは山々だが、そうはいかないんだ」
アウルの言葉に両希は苦々しげに呟いた。
「飛縫ならそれすらも巧みに利用してくる」
「そうなのか?」
「たぶんな」
「たぶんって……」
アウルが呆れて呟く。いままでの奇人ぶりを見てきた俺たちは、飛縫がなにをしでかすかわからないことを知っている。ゆえにこんなこともできるのではないかと錯覚してしまう。
「だが備えるに越したことはない」
「だな。あいつは本当になにすっかわかんねぇからなー」
「去年の俺たちはそんなのと一緒に戦ってたんだよな」
よく動けてたもんだ。
無理だと感じるような注文はなかったし、やればできるような指示ばかりだった。飛縫が後衛で大筋の作戦立案、前衛で両希がそれの組立、そして俺と柊で実行という流れだった。
「つーかB組連合には真宵後輩もいるんだよな」
「真宵かぁ……。なんか勝てる気しねぇや」
俺も勝てる気がしない。真宵後輩は体育祭にそれほど気合いを入れてないとはいえ、基本的には負けず嫌いだ。手を抜くなんてことはしないだろう。
夜天の波導術師と豪運の奇人。
たった二人だが、されど二人だ。
もしかしたら俺たち四人分に匹敵する戦力かもしれん。
「一年の相手は一年に任せればいいだろう」
「っていってもさ、こっちの一年は瑞穂だぜ? 大丈夫なのかよ」
「まぁ、大丈夫だろ」
白鳥はああ見えても、俺と喧嘩する前はここらを仕切ってたほどの実力者だ。波導を使わないという条件下なら、白鳥にも勝算は十分にある。むしろ白鳥に分があると言ってもいい。
ついでに火鷹もいるし。
「やはり問題なのはかれきだけか」
「お前は最初っからそこしか見てねぇだろ」
「失礼な。僕はしっかりと全域を見据えているぞ」
「ならさっきまで真宵後輩がB組連合だって知らなかったのはどこのどいつだろうな」
「僕だ」
こいつ、隠す気がまるでねぇぞ。無駄に男らしいぜ。
「さて、そろそろ開会式が始まるな」
案外長い時間話していたようで、時計の針が開会式五分前を指していた。
俺たちは自分たちのチームカラーである紅のはちまきをつけ、教室から飛び出した。
それぞれの組のチームカラーはくじ引きによって決定される。各組の代表がくじを引き、紙に書かれた色がチームカラーとなる。
基本的に代表になるのは三年生なのだが、今年は例外として二年生である飛縫がB組の代表となった。
引き当てたチームカラーは青。
俺たちの紅の対となるようなチームカラーだ。
そして全校生徒の前で宣誓をしている生徒会長こと黒兎大河先輩の頭には、名前と正反対の白のはちまきが巻かれている。正直、似合ってない。
それはそうと、俺たちはひとつの疑問を抱いていた。
「なんで生徒会長、あんなに焦げてんだ?」
「知らん」
柊の言うとおり、なぜか黒兎先輩が焦げていた。丸焦げというわけではなく、あくまでも部分的に焦げているだけだ。だけど不自然な焦げ方だ。体操服に隠されているだけかもしれないが、焦げているのは腕や足だけ。
それはまるで、放たれた炎を避けきれなかったような、そんな感じだ。
……まぁ、どうでもいいか。
なんとなく目線を動かしていると、真宵後輩と飛縫が目についた。家をでるとき一応声をかけてきたとはいえ、実際に確認しておかないと不安なものがある。
ただ、なにやら飛縫が元気がないように見える。
朝は俺の部屋にいたときはいつもと変わらなかったし、真宵後輩となにかあったのか?
「冬道、なにぼけっとしてんだ? 早く行こうぜ」
「……あぁ」
いつの間にか開会式が終わっていたらしく、生徒たちが各陣営に戻り始めていた。
踵を返して、紅はちまきが集まる陣営へと足を進める。
「みんな集まったな?」
両希の問いかけにみんなが一様に頷く。
「最初は一年生の共通種目。僕たちの出番はこのあとだ」
共通種目というのは徒競走や長距離走のことだ。全員参加のうえ時間がかかるから、このあとといってもまだまだ時間がかかるだろう。
「まずはここで少しでも点数を稼いでおかなければいけない。手加減などしないで、全力で取り組むように」
『おう!』
「うむ。なら控えている僕らができることは――」
両希は俺たちに背を向けると、
「一年生を全力で応援することだっ!」
グラウンドは一瞬にして応援の声に満ち溢れた。
『さあさあ始まりました私立桃園高校体育祭っ! 実況は、風紀委員長兼新聞部部長、翔無雪音が乗っ取らせてもらいましたっ!』
スピーカーから大音量で声が響きわたる。
どさくさに紛れてあの人はなにをやってやがる。この盛り上がりのせいで誰も気づいてないし、放送委員はなにやってんだ。
『そして解説には、夜筱司先生を迎えておりま~す。じゃあ司先生、なにか一言』
『解説の夜筱だ。あー……生徒会長の宣誓にもあったように、正々堂々と闘いように。以上だ』
『ありがたい言葉をどうもありがとうございます。それではさっそく、競技の方にに移りたいと思いま~す』
司先生のいまの言葉、わかるやつらにはわかったはずだ。正々堂々、能力を使わないで参加しろということだ。
この学校には能力者が多い。もしかしたら俺たちが知らないだけで、まだ他にもいるのかもしれない。そんな能力者たちに向けて、司先生は忠告したのだ。
能力を使って学校を壊したらただじゃおかない――と。
「やっぱ、能力は使わない方がよさそうだな」
「あれだけ言ったのにまだ使おうとしてたのか、お前は」
「使うっていってもいざってときだけだぜ? そんな常時使おうだなんて思ってねぇよ」
なら目が泳いでるのはどうしてなんだろうな。
「お前にいざってときなんてきてもらったら困るけどな」
「そりゃそうだ」
柊にいざってときがくるとしたら超能力絡みだ。頼むから俺の手の届くところで起こってくれるなよ?
『第一競技は徒競走。これは説明するまでもないので以下略。第一走者はちゃちゃっと並んでください』
翔無先輩の気の抜けそうなアナウンスを聞きながら、第一走者を見る。
そこには、金色の鳥頭が立っていた。
『おぉっといきなりの注目株っ! 一年紅組からは、白鳥瑞穂の登場だぁ!』
紅組からの歓声を受け、白鳥は無邪気に両手を振る。
『さて、いきなりの白鳥選手ですが司先生、なにか一言お願いできますか?』
『ん。そうだな……白鳥、その頭は校則違反だ。なるべく早く直してこい』
『そういうことを聞きたかったんじゃないんだけどねぇ。まぁいいや。気を取り直して、位置について!』
その合図で全員がクラウチングスタートの体勢をとる。
『よ~い……ドン!』
ピストルの発砲音が鳴り、真っ先に飛び出したのは白鳥だった。両手を後ろに取り残し、上半身を屈めるように走る白鳥は、すでにダントツトップだ。
あんな走り方だというのに、ぐんぐんとスピードを上げ、五十メートルを過ぎた辺りではもう半分ほどの差がある。
その差は最後まで縮まることなく、白鳥はゴールテープを切った。
『ゴール! 速い速い、見た目通りの素早さで他者を寄せ付けずにゴールだぁ!』
まだ始まったばかりにも関わらず、翔無先輩の妙に心に入り込んでくる煽りのおかげで、盛り上がりは最初からクライマックスだ。
それに白鳥が一位をもぎ取ってくれたおかげで、紅組の士気も最高潮になった。初っ端に白鳥がきたのは、正解だったな。
『さあさあ、第一走は紅組が一位になりましたが、序盤も序盤。まだまだ決定打には至らないっ! では、次にいってみましょうっ!』
大歓声に包まれるグラウンドは、体育祭は好調な滑り出しを見せたことを示していた。
順調に競技は進み、早くも終盤を迎えようとしていた。
徒競走で一位になってもそこまで大きな点数が入るわけでもないので、いくら一位を量産しても大差はつかない。ましてやダントツで速くても点数が変わるわけでもない。
よって点数差は大なり小なりついたものの、ほとんど横並びと変わらない。
『いやはや、早いもので一年生徒競走はついに最終走者になりました。そしてついにと言うべきでしょう。あの二人が登場しますっ!』
翔無先輩のアナウンスで、俺は反射的に顔を上げた。
『ボクと同じ風紀委員、火鷹鏡!』
ツインテールにまとまった髪がぴょこぴょこと揺れる。
『そして一年生トップの成績保持者、藍霧真宵だぁ!』
その瞬間、俺は世界から音が消えたのではないかと錯覚してしまった。だがそれは違う。あまりの大歓声に聴覚が音を遮断していたのだ。感覚が理解に追いつく。
耳の奥で甲高い音が鳴る。鼓膜が破れなかったのが不思議なくらいだ。
俺はくらくらする頭を押さえながら、真宵後輩をみる。
気怠そうに、それでいて侮蔑するような目つきで周りを一瞥していた。
『すごい歓声だねぇ。さすがというべきですね、司先生』
『…………』
『ん? 司先生?』
『…………』
『おーい司先生? あれ、聞こえてないのかな』
翔無先輩が声をかけるも、腕を組む司先生の反応はない。肩を揺すったところでようやく反応を示した司先生は、耳からなにかをとる。
『こんなことがあろうかと、耳栓をしていたんだ』
『なるほどなるほど。それならボクにも貸してもらいたかったけどねぇ。それより、ついにこの二人の登場ですが、どう見ますか?』
『そうだな。特にない』
『解説にあるまじき発言だねぇ』
放送部を乗っ取ったあなたが言えることじゃねぇだろ。
『ボクの見解では、ここが分かれ道だねぇ。マイマイちゃん……失礼。真宵選手が一位になれば、青組の士気が最高潮になる。逆に鏡選手が勝てば、紅組の士気はそのままキープされる。どっちが勝っても、勢いづくのは間違いないねぇ』
『その二人以外が勝てばどうなる?』
『残念ながらそんなことはありえないねぇ。展開的に』
前々から思ってたんだが、俺以外にメタ発言をする人が多すぎやしないか?
物語的に危ないからやめてもらいたんだが。
「冬道は鏡と真宵、どっちが勝つと思う?」
「単純な運動能力なら、あの二人じゃ一位にはなれねぇんじゃねぇかな」
「あたしもそう考えた。だけど、真宵が勝つと思うぜ?」
「ま、それが妥当だな」
俺たちの波導は超能力と違い、様々な場面で応用ができる。たとえば肉体強化だ。運動能力を底上げすれば、走力を向上させるのなんて造作もないことだ。
もうひとつが風系統の波導だ。波導を使い、追い風を発生させれば運動能力を底上げすれ必要もない。他にも『雷鎧』などを使ったもできる。
負けず嫌いな真宵後輩が、出し惜しみをして負けるなんて選択をするはずがない。
ピストルの発砲音で意識が強制的に現実に戻される。
見かけによらず、火鷹は速い。スタートダッシュからトップスピードに入り、一気に他者を置き去りにした。
よく考えてみると火鷹は『組織』の一員だ。運動能力が低いわけがない。戦ったところを見たことがないのと、外見から勝手に運動音痴だと決めつけていたが、それは訂正させてもらう。
だがそれでも――真宵後輩には届かない。
火鷹が他者の追随を許さないように、真宵後輩は届くかもしれないという希望すら抱かせない。絶対的な力量差。たかが徒競走だというのに、それを実感せずにはいられない。
結局、火鷹は真宵後輩に追いつくことはなかった。
『やはり少女の頭に美がつく女の子は違いますねぇ。ただ走るだけでも華がある。そうは思いませんか?』
『さてな』
『……この人を解説に呼んだのは間違いだったねぇ』
翔無先輩の偽りのない本音には苦笑するしかない。
どうして司先生を解説に呼んだのやら。
『これで一年生の徒競走は終了。二年生は素早く、迅速に準備してください』
ぞろぞろと各陣営に帰っていく一年生を目尻に、両希が集合をかける。
「一年生にはあまり期待していなかったが、思いのほか奮闘してくれたおかげで、いまは僕たちが一位だ」
「つってもそこまでの差はねぇけどな」
「詩織の言うとおり、そこまでの差はない。だが一位を維持し続けることには大いに意味がある」
両希は言葉を続ける。
「一位を維持し続ければ負けることはない。かれきに勝つならばここで気を抜いてはだめだ。一回でも多く、一点でも多く上回るんだ!」
両希は力強くそう言い、右手を差し出す。他のみんなも自然と右手を差し出し、俺もそれに加わる。
「紅組、行くぞっ!」
『おうっ!』
ここから、紅組の猛攻が始まる。