4―(6)「麻雀」
「…………」
夕日が眩しい。いまの俺は、空気に溶けて同化してしまいそうなほどに疲労していた。居眠り以外で机に突っ伏してるなんて我ながら珍しい。
人間、慣れないことをしない方がいいと言うが、まさしくそのとおりだ。俺が体育祭の練習ごときでここまで疲労困憊になるなんて予想外だ。……いや、正直に言うとこれは体育祭の練習をやったからというわけではない。萩村との息が合わなかったからだ。
放課後の練習はほとんど二人三脚に割り振っていた。そうせざるを得なかったとも言える。まさかあそこまで萩村との息が合わないなんてな。
一歩進んではつまずき、二歩進んでは転ぶ。これは障害物レースとか騎馬戦の練習なんてしてる場合じゃない。体育祭当日まで歩けるようになるかすら不安だ。
「あー……膝がいてぇ」
風呂に入ったら染みるだろうなぁ。いまは波動で再生力を活性化させてるけど、真宵後輩に治してもらった方が絶対にいい。
擦りむいた傷って治りが遅い上に痛い。最悪だ。しかも明日からもこうなるわけで……俺の膝、はたして原形を保っていることができるのだろうか。
「がんばろう。うん、俺の膝のためにも」
萩村の柔らかい感触に浮かれている場合じゃない。真面目に、それでいて全力で取り組まないと膝が死ぬ。
まぁ、これは萩村も一緒なんだよな。なるべく俺が下敷きになるように転んだけど、少しだけ擦りむいていた。ひとりでカバーできる範囲なんてそんなものだろう。足も繋がれてるし。
窓からグラウンドを見下ろしてみると、まだ誰かが練習している姿がある。
「あいつ……」
視覚を強化して確認してみると、それが見知った顔だったことに気づいた。
カバンの中の持ち物を見てから席を立ち、教室を出た。
グラウンドに到着してみると誰もいなかったので脇にある水道のところに行くと案の定、さっきまで練習していた人物の姿があった。
頭から水を被り、気絶でもしたように動きを見せない。しばらくしてようやく動いたが、タオルを持ってきていなかったようで、頭を振ろうとしていた。
「女の子なんだから、少しは身だしなみに気をつけろ」
「ん。なんだ、来てたなら言ってほしいけど」
彼女、飛縫は俺からタオルを受け取りながら言った。
「いま来たばっかなんだよ。にしても、お前がこんな時間まで練習するなんて、どんな心境の変化だ?」
「少しでも自分を変えようかと思っただけだけど」
短くなった髪を拭き終えたタオルを首に巻き、飛縫はそんなことを言う。
「わたしは、わたしにしかできないことをやってみたい。だからまず、体育祭でやれるだけのことをやる」
自分にしか出来ないことか。たしかにそれが変わるための第一歩なのかもしれない。
異世界に召喚されて魔王と戦うことを選んだ理由は、地球に還るためだった。でも、自分にしか出来ないことをやってみたいという気持ちもあった。だからそれを成し遂げ、俺は変わることができたのだろう。
飛縫は俺が変わった理由を知りたがっていたけど、ちゃんと自分で見つけてるじゃないか。
「それでいいんじゃねぇの? 自分を変えるのなんて、ちょっとしたきっかけがありゃ十分だ」
「まぁ、体育祭なんかで変えられるとは思えないけど」
「それは自分次第じゃねぇの? ようは意識の違いだろ」
「それだけで変われるならとっくに変わってるけど」
「変われてないなら、それができてないからだろ」
「むー……めんどくさい」
そこでめんどくさいなんて言われても困るんだが。
ただ水分を取っただけの髪はボサボサだが、それでも前に比べればかなりマシになっている。そんな髪をいじりながら、飛縫は校舎に取り付けられた時計に目を向ける。
「……思ったより時間が押してた」
「あ? このあと用事でもあったのか?」
「用事っていうより習慣って感じだから、別に遅れても問題ない。わたしの趣味ってだけだから」
「お前に趣味なんてあったのか」
「失礼な。わたしにも趣味のひとつやふたつまではある」
それでもふたつまでなんだな。
「ついてくる? 大して面白い場所じゃないかもだけど」
「行く行く。お前の趣味がなにか気になるしな」
あの飛縫が趣味にしてることなんだ。いったいなにが飛び出してくるのか。どんな予想外なものがきても絶対に驚かねぇぞ。
「先に言っておく。たぶん期待はずれだとは思うから」
「いままでお前が期待はずれなこと、やったことあったか?」
「わたしにとっては当たり前なことしかやってないけど」
お前にとって当たり前なことが、俺たちにとっては予想外の連続でしかないんだよ。いちいち驚かない方が少ないくらいだ。
そんなことを思っていると突然、飛縫が体操服を脱ぎ始めた。俺は即座に踵を返す。
「着替えるからちょっと待ってて……あれ」
飛縫の言葉も聞かず、俺はその場から駆け出した。
あいつには羞恥心ってもんがないのか。異性の前で普通に脱ぎ始めやがって。こっちが気を遣わないといけないってどういうことだ。とことん予想外のことやる奴だ。
それにしても、飛縫の趣味か。場所って言うくらいだからどこかに行くんだよな。まったく予想ができない。これからそこに行くんだと思うと、柄にもなくわくわくする。
「なにやってる。いきなり走るな」
ひょこっと――制服に着替え終えた飛縫が曲がり角から顔を出してきた。
「このタオルは洗濯して返す。汚くなってるから」
「あ? 別にいいよそれくらい。気にしねぇし」
「わたしが気にするんだけど?」
「お前でも気にしたりするんだな」
「さっきからわたしのこと、ばかにしてない?」
「してないしてない。意外な一面が知れて驚いてるだけだって」
半分くらいは。残り半分はもちろんばかにしてる。飛縫をばかにできるときなんて、めったにないからな。こういうときにばかにしとかないと。
「言っておくけど、わたしは目を見ればなにを考えているか、大抵のことは見通すことができる。お前の考えなんてお見通しだ」
「マジで!?」
「いや、嘘」
「…………」
えー、なんか意味もなく嘘つかれたー。ちょっとだけ期待したのがばかみたいだ。……これって仕返しされた?
「じゃあ行こう。ジャンヌも待ってるかもしれない」
「ジャンヌ?」
「そう。ジャンヌ」
ジャンヌかぁ。なんか堅物そうな気がする。曲がったことが許せないみたいな。いやだな。いまからそんなところに行くのかよ。
「大丈夫。お前の予想とは全然違う。むしろ美人だとわたしは思ってるけど」
「どうしてお前は俺の思考を読めるんだ。まさか本当に俺の考えを見通すことができるとでもいうのか……っ!」
「なんとなく予想できただけ。あってた?」
「大正解」
「そう。じゃあ行こう。ジャンヌに会いに」
ジャンヌさんが美人だとわかっていても、そういう風に言われるとわずかに抵抗を覚えてしまうのは、どうしてなのだろうか。
「着いた」
歩いて二十分くらいして、目的地に到着した。
「……なぁ、俺の目がおかしくなってないなら、ここって麻雀やるところだよな?」
「雀荘。あってるけど、それがなに?」
「それがなにって……いや」
こいつになにか言っても無駄なことくらいわかっていたはずだ。それでも言わずにはいられない。どうして趣味が麻雀なのだと。それが悪いことだとは言わないが、予想外すぎる。
麻雀荘はこの前、飛縫と行ったショッピングモールから少し外れた場所にある。老朽化しているというより、古風といった方がしっくりとくる外装だった。
飛縫は短く「行く」と言うと、麻雀荘に入っていく。俺も慌ててその後ろに続いた。
「いらっしゃい。今日は遅かったのね……ってあれ? 珍しいじゃない、かれきちゃんがお友達を連れてくるなんて。もしかして彼氏?」
受け付けにいた女性が俺を見ながらそう言う。
黒い長髪のところどころを赤く染色している女性は、とても整った顔立ちをしていた。目つきこそ鋭さがあるが、雰囲気は包み込むような優しさがある。
「ただの友達だけど。紹介する、この人がジャッカル」
受け付けの女性、ジャンヌさんは柔和に微笑みながら「よろしくね」と手を振る。
「最近遅いみたいだけどどうしたの?」
「もうすぐ体育祭があるからその練習。でも、そこまで遅くなってないとは思うけど」
「常連のお客は決まった時間にかれきちゃんがいないと、打てないからって待ち焦がれてるのよ。モテるって辛いでしょ?」
「麻雀はわたしがやりたいときにやるだけ」
「そんなこと言わないで打ってあげて。みんな、かれきちゃんのこと待ってるんだから」
会話を聞く限りだと、どうやら飛縫は常連らしい。しかもかなり昔からの。そんな昔からここに通って麻雀を打ってたのかよ。
「席って空いてる?」
「空きまくり。むしろ、かれきちゃんのためにひとつずつ席が空いてるくらいよ。どこか指定するとこある?」
「煙たくないところ」
飛縫がそう言うと全自動雀卓を囲う数人が、タバコを灰皿に押しつけていた。そこまで飛縫と打ちたいのか。
結局、飛縫が選んだのは一番近い雀卓だった。
「君は打たないの? 席ならいっぱい空いてるわよ?」
「俺は飛縫の付き添いですからね。それに麻雀のやり方、わかりませんし」
「ふーん。なら私と少しお話ししない?」
「はぁ。別にいいですけど……」
俺はちょうど誰もいない雀卓の席につき、ジャンヌさんも隣に座った。
「ジャンヌさん……って本名じゃないですよね」
「そんなことが気になってたの?」
「いや、普通は気になりますよ。なんでにジャンヌなんてあだ名なんですか」
「……それは、あまり深く追求しないでちょうだい。あんまり人に話したい内容じゃないから」
遠い目をしながら、それでいて恥ずかしそうな表情でそう言った。
「まぁ、それなら聞きませんけど。それじゃあ本名はなんて言うんですか?」
「桐島舞よ」
桐島舞? 聞いたことのある名前だ。だけど、どこで聞いたんだっけ。もうすぐそこまで出かかってるんだが、あと一歩のところで出てこない。結構身近なところで聞いたような気がするんだけどな……。
「それで、君の名前は?」
「冬道かしぎです」
「へぇ、君が冬道かしぎくんで、つみれちゃんのお兄さんか」
「つみれのこと知ってるんですか?」
「ちょっとね。でも……うん、さすが兄妹。似てるわね」
「どこがですか」
いままでつみれと一緒にいて、似てるなんて言われたことがない。いったいどこが似ているのやら。さっぱり皆目検討もつかん。
「かしぎくんって、かれきちゃんと仲いいの?」
「それなりの仲だとは思いますよ、俺は。まぁ、去年からの付き合いなんですけどね」
「恋人関係ってわけじゃないんだ」
なんでもかんでも恋人関係にしようとするのはどうかと思うんだが。歳上の女性たちは妙にそういう傾向にある気がする。ジャンヌさんしかり、翔無先輩しかり。
……呼び方がジャンヌさんで定着してしまった。
「かれきちゃんのこと可愛いとか思ったりしないの?」
「いきなりなんですか」
「別にいきなりじゃないわよ。話の流れからして、こういう方向に行くのって普通じゃないかしら?」
「普通ではないでしょう。……まぁ、可愛いとは思いますよ。だけど性格を知ってますからね。どうしても奇人にしか見えませんよ」
奇怪にして奇妙にして奇人な女――それが飛縫かれきだ。体育祭でこいつを出し抜かないといけないと考えると、憂鬱になる。どうしても出し抜いてる構図が想像すらできそうにもない。
「まぁ、たしかにそれは私も同意するわ。彼女の奇人っぷりはここにいる全員が知ってることだしね。学校でもあんな感じなのかしら?」
「ここでの飛縫を知らないからなんとも言えませんけど、たぶんそのとおりですね」
雀卓に向かう飛縫の横顔は、いつもと変わった様子はない。よく見ればどこか違うところがあったかもしれないが、周りの空気に敏感な飛縫に気づかれるかもしれない。
「かれきちゃん、髪切ってからだいぶ印象が変わったわ」
「そうですか?」
「ええ。前まではそうね……うん、立ち止まってた感じだったわね。いまは前を見て、なにか目標を見据えて歩いている。かしぎくんが影響してるのかしら?」
ジャンヌさんは、全て見透かしたように言う。
「それは本人に訊いてみないことにはわかりませんよ」
「否定はしないんだ」
「ないとは言い切れませんから」
俺はジャンヌさんに出された水を喉に流し込む。普通の水なのに、麻雀荘っていうだけでどうして違う味に感じるのだろうか。雰囲気に呑まれているとか?
「だけどかれきちゃんすごく変わったわよ? 前まではあんな風に楽しそうに打ったりしてなかったし」
「楽しそうなんですか、あれで」
俺にはただ黙々と、機械的に麻雀を打っているようにしか見えない。
「あんなに楽しそうなかれきちゃんは見たことがないわ。最近は、わりと楽しそうにしてるときが多いみたいだけどね。それも、ある男の子の話をするようになってからね」
「飛縫にもそんな人がいるんですか?」
それは驚きだ。無関心精神の塊ともいえる飛縫が楽しそうに他人の話を、しかも異性の話をするなんてな。
「その反応はお約束なのかしら。君のことよ、君のこと」
「俺のこと?」
「そう。だから私がかしぎくんのこと、知ってたのよ。つみれちゃんのお兄さんっていうのもあるんだけどね」
「……訊きたくないですけど一応訊いておきます。飛縫からどんな話を聞いたんですか?」
「聞きたい?」
「聞きたくないって前置きしたはずですけど」
だからわざとらしく聞き返すのはやめろこのヤロウ。そのわざとらしい面を俺に見せるんじゃねぇよ。
「そうねー。昨日は一緒にショッピングモールに行った話は聞いたわね」
飛縫の奴、俺と別れたあとここに来てたのか。
「君にもらったネックレス、かなり気に入ってたみたいね。あんなに嬉しそうなかれきちゃんは初めて見たわ」
「喜んでもらえたらなによりですよ」
「……なるほど。そういう君だからかれきちゃんも気になってるのね」
「それってどういう意味ですか?」
「あ、ううん。なんでもないわ。気にしないで」
明らかになにかを隠している様子だったが、気にするなと言うなら気にしていても仕方がない。深くまで追求するようなことはしないでおこう。
「他にはなにか聞いてないですか?」
「他に? 他は……ああ、あったあった。かしぎくんって――後輩のこと、溺愛してるんでしょ?」
「ぶっ」
早めに水を飲み込んでて正解だった。もし水なんか口に含んでたら吐き出すところだったぞ。
悪戯が成功した子供ような笑みを浮かべながら、ジャンヌさんはさらに言及してくる。
「その子ってかれきちゃんより可愛いの?」
「はい」
「あら即答。もう少しくらい考えてもいいんじゃない?」
「飛縫から話は聞いてるんでしょう? 俺の真宵後輩への好感度は、メーターを振りきってなおも上がり続けてますから。うなぎ登りです」
俺に真宵後輩のことを語らせたら四時間は固いぞ。本気を出せば一日や二日くらいなら軽く語り尽くせる。
「ありゃりゃ……これはちょっとどころか、かなり高難易度みたいね」
「あの、さっきからなんのことを言ってるんですか?」
「こっちの話。気にしないでって言ったでしょ?」
そう言ってジャンヌさんはメニューを渡してくる。
この麻雀荘は喫茶店としても営業しているようで、雀卓のコーナーとテーブルのコーナーに分かれている。ただ、喫茶店だけが目的という人はあまりいないようだ。
「ここのおすすめはコーヒーよ」
それは頼めと言っているのだろうか。
「なら、お願いします」
「ちょっと待っててね」
ジャンヌさんはそう言い、奥に入っていった。それを見届けた俺はようやくひと息つく。
あの人の前では迂闊に気を抜けない。ただ話しているように見えてその間、ジャンヌさんは俺の内側を観察するように、なにかを据えるのにふさわしいかを見定めるようにしていた。
麻雀での培った相手の心理を見抜く眼力。悪い人ではないんだろうけど、正直あの人に対しては気を許せない。なんのために、なにのために俺を見定めようとしていたのか。それが何なのかはわからない。
だけど勝手に、それでいて土足で踏み入ろうとするのは気に入らない。
ふと香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「おまたせ……ってあれ、もしかして気づいちゃった?」
「あれだけ見られてたら気づくなって方が無理ですよ」
「バレない自信あったんだけどなぁ。まぁ、バレちゃったものは仕方ないわね。お詫びっていうのもおかしいけど、これはサービスってことにしておくわ」
「ありがとうございます」
俺はコーヒーをジャンヌさんから受け取る。
「かれきちゃんが初めてここに来たのは、小学生の頃だったわね」
ジャンヌさんは突然、そう話を切り出した。
「最初はどうしたのかと思ったわ。子供がこんな場所に来るはずがないから」
「そうですね」
小学生が麻雀荘なんかに足を運べば、少なくとも俺なら迷子かなにかだと判断する。だいたい、麻雀荘の外装を見れば入ろうとは考えないはずだ。その当時から、飛縫の奇人ぶりが伺える。
「それもまさか麻雀を打ちに来たなんて、誰が予想できたでしょうね。私にはとうてい無理だわ」
ジャンヌさんは自分用に持ってきていたコーヒーを口にし、飛縫を見る。
「いまでこそあの子の思考に慣れたけど、来たばっかりのときは……正直、怖かった。あの常軌を逸脱したような、心理の裏を突くような考えは怖くて仕方がなかった。だから私は距離を置くようにしてたのよね。あんまり関わりたくなかったっていうのが本音だけど」
口にした言葉とは裏腹に、ジャンヌさんの口調は世間話でもするように軽い。
「信じられる? たった二回で麻雀のやり方を覚えて、なおかつここの常連だったお客をこてんぱんにする小学生の存在なんて。いまでも覚えてるわ、四連続大三元」
「四連続大三元?」
麻雀の用語とか言われたってわかんないし。その大三元って、四連続も出たらすごいことなのか?
「そ。いかさまでもやったんじゃないかってみんなから言われてね。小学生がそんなことできるわけないのに」
「その前に、たった二回で麻雀を覚える小学生なんていませんよ」
「あははは、そうね。普通ならあり得ないわね」
「…………」
波動で視力を強化、飛縫を視る。最近わかったことだが『波導使い』と『超能力者』では似ているところがある。波動で視力を強化することで、見えないものが――異常が浮き彫りになる。それはもちろん能力も例外ではない。人の外側を色のついた線がなぞっている。
『異常』に関わりのない人間にはないが、能力を持つ人間にはそれがはっきりと刻まれている。特殊な力を持てば、その人体に宿るエネルギーが変化するのだろう。
ジャンヌさんの話を聞く限り、その四連続大三元は異常なのだ。もしや飛縫も超能力者かなにかの類いかと考えたのだが、それは杞憂に終わった。
飛縫からはそれが視てとることができない。だが別のものなら視える。色こそ薄いがたしかに、光り輝く赤いオーラが。
強化に回していた波動の循環を停止させる。
「だけどあり得ちゃったのよ。もうかれきちゃんが来てから驚かされっぱなし。並大抵のことでは驚かない自信があるもの」
「まぁ、そんな昔からあいつと一緒にいたんですからね」
「君も苦労したみたいね。だけどそのおかげで、いまは仲良くさせてもらってるわ。……彼女がいないと、物足りないほどにね」
遠くを見つめるジャンヌさんを見ると、どうも毒されているんだなと思ってしまう。
飛縫の一挙手一投足にはひやっとさせられるもののその分、見ていて飽きることがない。たまに限度を越えるときがあるのがたまに傷だけど。
「たまになんだけど、常連のお客でじゃなくて新参のお客とかれきちゃんが麻雀を打つと、めんどくさいことが起きるときがあるのよ」
「なにが起こるんですか?」
まぁ、どうせ大したことじゃないんだろうけど……、
「暴動」
予想外な切り返しだった。
「って、暴動ですか? たかが麻雀を打ったくらいで?」
「あら、たかがなんて失礼ね。麻雀で暴動だって起こるくらいあるわよ」
いやいや、テーブルゲームで暴動なんか起こっても困るだけだろ。それに、いったいなにをやったら暴動に発展するようなことになるんだ。
「さっきの四連続大三元もそうだけど、かれきちゃんの運は神懸かってる。もはや牌に愛されてるといっても過言じゃないわ。だからいかさまでもしたんじゃないかって暴動になったの」
「なるほど。……それで、その暴動はどうやって止めたんですか?」
いくら飛縫でも、理性ではなく本能による暴動まではどうにもできないだろうし。
「それは内緒、かな」
唇に人差し指を当てて片目を閉じる。
気になる。どうやって暴動を止めたんだろうか。
「カン」
ぱちっ、と飛縫が牌を雀卓の隅に弾くように寄せる。
え、なにあれ。なんで牌を四つだけ隅に寄せてるんだ? だいたいカンってなんだよ。アルミ缶か、それともスチール缶か。あるいはミカンとか?
「かしぎくんって本当に麻雀のこと知らないのね」
「えぇまぁ」
俺が答えると、ジャンヌさんはにやりと笑む。嫌な予感しかしねぇ……。
「私が麻雀のことを徹底的に教えてあげるわ」
「いや結構ですありがとうございましたさようなら」
「まあまあ待ちなさいな」
矢継ぎ早にそう言い、脱兎の如く逃げ出そうとした俺の腕をジャンヌさんはがっちりとホールドする。
「覚えたらかれきちゃんとだって打てるでしょ? 覚えておいて損はないと思うけど」
「興味ないですから結構です」
「そう言わないの。それじゃ、始めるわよ~」
俺の意見など右から左のようで、問答無用でジャンヌさんによる麻雀講座が始まった。




