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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第四章〈体育祭〉編
40/132

4―(4)「デート?」


 日は変わり日曜日。

 昨日と違ってやることもない今日は次の日、つまり月曜日への活力を溜めるために眠っていようと思っていた。

 そもそもこんな暑い日に外出しようなどという暴挙は、いかに氷系統の波導が使えようとやりたいとは思えない。やろうとも思わないが。

 だから駅前で暑さに耐えつつ飛縫を待っているのは、きっと夢なんだ。だとすればずいぶん現実味の帯びた夢だ。自分にここまでの想像力があるとは驚きだよ。

 目の前を行き交う人も、噴水から沸き出る水も、照りつける太陽も、顎を伝い落ちる汗も。全部が全部、俺の夢想したものだというのだから。

 いくどとして夢想した世界が、目の前に広がっている。

 戦うことが嫌だった。傷つくのが嫌だった。別れが嫌だった。還れないのが嫌だった。死ぬのが嫌だった。だから――戦った。必死に、血反吐を吐くほどに、死に物狂いで。

 掴みたかった世界。平和で、贅沢で、無知で――それが、自分の生まれた故郷。

 ようやく掴んだはずなのに今の俺は、戦いを求めている。絶対的な優位に立っていて負けることがない、それでいて刺激が欲しい。

 戦いに負けることがないからこそ、娯楽のために戦いが欲しい――なんて、高慢なんだ。

「てい」

 そんな間抜けた声が聞こえたかと思えば、ひんやりと冷たい感覚が頬を刺激した。どうやらこれは夢ではなかったらしい。分かってたけど。

「ぼけっと何してる? もしかして暑さでやられた?」

 後ろから聞こえてきたのは飛縫の声だった。振り返ればジュースを両手に持った飛縫の姿が目に入った。

 真っ白なワンピースに、どこか外れているような大きめな麦わら帽子。似合っているけど、どことなく外れてる。それがまた飛縫らしい。

「……もしそうなんだとしたら、こんな日に三十分も待たせてるお前のせいだろうよ」

「女の子が遅れてくるのは定番だと思うけど? それを笑って流せるか否かが男としての器量の大きさを表してると思うけど」

「なら俺の器量は小さくて構わねぇよ。そこまで俺は優しくねぇし」

「甘いだけだからね。そんなお前にはいちごジュースがお似合いだけど。これ、待たせたお詫び」

「あ……サンキュ」

 差し出してきたジュースを受け取りながら、俺は言う。タブを開ければ小気味いい音が聞こえ、一気にいちごジュースを煽った。

「それで、わざわざ呼び出してどうしたんだ? つーかいつの間に俺のアドレス知ったんだよ」

「お前におんぶしてもらった時だけど。こっそりケータイを拝借させてもらっただけ」

 だから俺のアドレスを知ってたのか。教えた覚えもないのに昨夜、メールが来たときには「こいつ、アドレスでさえも分かるのか……っ!」と戦慄したものだ。

 メールの内容は至ってシンプルだった。明日(といっても今日なんだが)、駅前に十時集合してくれといったものだ。ただ、何のために集まったのかは知らされていない。

「デートをしよう」

「……あえて訊くが誰と誰が何をするんだって?」

「わたしとお前がデートをするって言ったんだけど。ちゃんと耳の穴かっぽじって訊いててもらいたいんだけど」

「眠い。帰る」

「それはわたしのセリフなんだから取らないでもらいたいんだけど」

 そんなこと言われてたって帰りたくもなるさ。いきなり呼び出されたかと思えば、どうしてデートなんかしないといけないんだ。

 だいたい、まだ真宵後輩ともデートしたことがないっていうのに……。

「なら言い方を変える。ちょっと買い物に付き合ってもらいたいんだけど。それくらいならいい?」

「……まぁ、それくらいだったら別にいいけど」

「そ。なら早く行く。時間は待ってくれないから」

 するりと自然的に飛縫は腕を絡めてくる。それは端から見れば恋人同士に見えるかもしれないが、俺からすれば若干意味合いが違ってくる。

 自然的に見えるが実は俺が逃げられないようにがっちりとホールドされ、振りほどこうものなら飛縫を転ばせて怪我をさせてしまいかねない。

 この女、やはりできる……っ!

「女性を上手にエスコートするのが、一流の紳士らしいけど?」

「知るか。残念なことに俺は紳士なんかじゃない。元勇者だからな」

「紳士も勇者もやることは大して変わらないと思う。まぁ、最初から紳士的なエスコートは期待してないけど。楽しかったら、それだけでいい」

 普段はあまり笑わないはずの飛縫の横顔に、楽しそうな笑みが小さく浮かんでいたのを俺は見逃さなかった。

「なにジロジロ見てる。そんなに面白い顔はしてないと思うけど」

「たしかに面白い顔はしてなかったけど、惜しいな」

「え、惜しいの?」

 飛縫にしては珍しく疑問を孕んだ返答だった。

「お前にしては珍しく、楽しそうな顔してた。いつもは気だるそうな顔ばっかりだってのにな」

「それは自分でも驚きなんだけど」

 なんでお前が驚いてんだよ。別に驚くようなことでもないだろ。楽しいときに楽しそうな顔してたことの何が驚きなのやら。

 やっぱり飛縫の思考を理解するのは難しいようだ。

 腕を組みながら、今までの時間の埋め合わせをするかのように俺たちは、たわいもないことを話す。こういったどうでもいい会話こそ、自分がつくづく平和な日常にいるのだと実感させてくれる。

 けれど同時に、やはり半身は異常という名の泥沼に呑まれてしまっているのだ。一度でも異常に関われば、その螺旋から抜け出すことは難しい。

「どうした? 何か考え事でもある?」

 飛縫がダウナーな瞳をこちらに向けていた。どことなく心配そうに見えてしまったのは、俺が無意識にそうしてほしいと思ったからに違いない。

「どうやってお前をエスコートしようか考えてたんだよ。女性を上手にエスコートするのが一流の紳士なんだろ? いいぜ、任しとけ」

 エスコートなんてやったことないが(異世界でのエスコートはこっちとは違うからあまり意味がない)、なるようになるだろう。

 上手にできなくとも、せめて飛縫に楽しんでもらえるようにしないとな。

「いい心がけ。それでひとつ訊きたいんだけど、お前はどうしてそんなにアクセサリーをつけている?」

 首に二回、指に一回ずつ飛縫は指差してきた。そこにあるのは天剣と鞘と弓の属性石エレメントだ。アクセサリー状になっているから、たしかにアクセサリーをたくさんつけているように見えるだろう。

「別に大した理由はねぇよ。オシャレってやつだ」

「あのサイドポニーの後輩にもらったとか? そうじゃないとお前がアクセサリーをつけるなんて考えられないんだけど?」

 歩きながら飛縫は器用に俺の顔を覗き込んでくる。見てるこっちまで気だるくなりそうな瞳だ。

 真宵後輩云々はさておくとしても、もらったものっていうのは間違いではない。フィリス皇女やアイリスからもらった属性石エレメントだからな。

「まぁ、そんなところだ」

「本当か? いま何か隠さなかった?」

「いまの会話に何を隠すことがあったよ。何にも隠してねぇし、隠してたとしてもお前には関係ねぇ」

 俺から視線を外すと、小さく「そう」と呟いていた。会話が途切れても離れる気はないようで、未だに腕を絡ませているままだ。歩きにくいことこの上ない。

 ……少し乱暴に突き放しすぎたか? さっきの自分の言葉を思い出すと、ついついそんなことを思ってしまう。

 隣を歩く飛縫には気にした様子はない。というより飛縫は表情に感情が表れないから、気にしてるかしていないかが全く分からない。

「どうした? まさかわたしがさっきのことを気にしているとか思ってる?」

 視線は変えず、言葉だけを投げかけてきた。

「全然気にしてないけど。その程度のことで悩むなんて、全くもってお前らしくない。薄気味悪いからそういうのはやめてほしいんだけど」

「少しでも気にかけた俺がバカだった」

 そうだよ。飛縫はこういう奴だった。たかがこれしきのことで、何か思うような性格はしていないって分かってたはずだったんだけどな。

「ところでどこに行く気なんだ?」

 エスコートすること自体は構わないが、行き先がどこかくらいは教えてもらいたい。

「とりあえずショッピングモールにでも行こうかと思ってる。体育祭に向けて買わないといけないものがある」

「体育祭で必要なものなんかあったか?」

 俺の記憶が正しければ、そんなものはなかったと思ったけど。ショッピングモールに行ってまで、いったい何を買う気なんだろうか?

「特に大したものではないけど。体育祭に向けてというより、日常的に使うものって言った方が正しい」

「ふーん」

「お前も買っておいた方がいいと思うけど。その前髪、運動するのには明らかに不向きだけど」

 そう言って飛縫は俺の前髪を寄せて、目を露にした。

 眩しい。今まで前髪で遮断されていたはずの日差しが眼球を焼くように差し込み、思わず顔をしかめてしまう。それに感覚がおかしい。普段は片目だけで生活しているだけに、不意に両目となると平衡感覚がおかしくなる。

「俺はこれで慣れてるからいいんだよ。変に両目で見ないようにする方がやり易いからな」

 両目の方が相手の動きを見切りやすいが、なるべくなら片目だけで見た方が感覚的にはやり易い。必要に応じて対応はするつもりだけど。

 思い出してみれば、この癖も師匠に叩き込まれたものだっけ。相手の動きをより見切れるようにするための鍛練だとか言ってた気がする。

「お前は他人のことじゃなくて、まずは自分のことを気にしやがれ。女としてそのボサボサの頭はいただけねぇと思うぜ?」

 特に手入れがされた形跡のない、ただ放置してたら勝手に伸びたとでも言いたげな髪を見ながら俺は言う。

「髪くらい別にどうでもいいけど。邪魔だから結うくらいはするけど」

「邪魔なら切りゃいいだろうが。まさか、それも面倒だって言うんじゃねぇだろうな?」

「よく分かった。まさにその通りだけど」

 呆れるを通り越して、こいつならあり得ると納得してしまった。いつも面倒だと連呼している飛縫が、髪を切るなんていう(彼女にとって)面倒なことを自ら進んでやるはずがない。

 どうやら、ショッピングモールに行く前に行かなければならない場所を見つけてしまったようだ。

「ん。何してる? そっちに用はないけど?」

「いいからついてこい。そんなボサボサ頭じゃカッコつくもんもつかねぇだろ。俺が連れてってやるから、自分の髪くらいちゃんと手入れしろ」

 これといって嫌がる素振りを見せない飛縫の手を引き(腕を組んでるからこの表現でいいか分からんが)、進行方向を変える。

 まさか、俺がここまで世話好きだったなんてな。正直、自分でも驚いているところだ。

 ふと、目の端に金色が翻ったのを見た気がした。


     ◇


「あれは……たしかに先輩ですね」

 物陰に身を潜めながら、藍霧はそう呟いた。彼女の視線の先には、仲も睦まじく腕を組んで歩いている(ように見える)冬道と飛縫の姿があった。

「だから言った通りだったっしょ? 兄貴となんか知らない女が一緒に歩いてるって」

「……最初に見たときはまたかと思いましたがね」

 同じように物陰に身を潜めていた白鳥と火鷹が言う。

「ですが何故、あなた達は先輩をつけていたのですか? こんな休日にそんなことをする必要はないと思いますが」

 冬道たちを見つけたのは藍霧ではない。白鳥と火鷹が見つけたのだ。休日はほとんど出歩かない藍霧がここにいるのは、この二人に呼び出されたからに他ならない。

 視線は変えないまま、二人に問いかける。

「……つけていたというより、見つけたのは偶然です。監視任務の終わった私が、彼をつける意味はないですし」

「そうだね。ウチらはただ遊んでただけだし」

 白鳥の普段と違う口調にも慣れたもので、大した反応を見せることなく藍霧は二人の行動を監視する。

 やはり気にくわない。本来ならそこにいるべきなのは自分のはずなのに、どうして見ず知らずの女が横にいるのか。それだけならまだ許せる。魅力的な人だから。けれど、腕を組んで歩いているのはどうしても気にくわない。

 藍霧は感情を表に出さない。以前までは内側にさえほとんどないと同じだった。今でこそ感情があるが、やはり表には出さない。

 ただその代わり、冬道のことになると波動が乱れることがある。まさに今がそうだ。

「ぶはっ!? ま、真宵! なんか漏れてるんだけど!」

 藍霧の足元から無意識に放たれた波動が吹き荒れた。直撃を食らってしまった白鳥と火鷹にしてみればたまったものじゃない。

 白鳥はまだ余裕があったが、運動方面で劣る火鷹は踏ん張りきれずに転がってしまっていた。

 言われて波動が乱れたことに気がつく。一度だけ息を吐いて、波動を落ち着かせる。

「……酷い目に遭いました」

 起き上がった火鷹のツインテールは、台風にでも巻き込まれでもしたようにもみくちゃになり、絡まっていた。

 テール仲間の藍霧としても、こればかりは申し訳なく思う。このサイドポニーも朝のブラッシングが大変だ。でも生憎と気にかけている暇はない。

「それにしても、兄貴はあんな女となにやってるのかな。こんな暑い日に兄貴が出歩くなんてあり得ないっしょ」

「それについては私も同意します。先輩はゾンビみたいな人ですから、日の光が苦手なはずなんですが……」

「自分の先輩のことをゾンビに例える後輩は、どうかと思うんだけどなぁ」

 などと言う白鳥も否定はしない辺り、同じことを思ったことがあるのだろう。もしくは今現在、そう思っているのかもしれない。

「本当に何をしているのでしょうか……?」

 冬道たちが歩くのに合わせてこちらも移動しつつ、当初の疑問を再び持ち上げる。この方向はショッピングモールに向かう道だ。

 うん、あり得ない。どう考えても冬道がショッピングモールなんかに行く構図を想像することができない。というか絶対にない……はずだった。

 しかし冬道はショッピングモールに向かおうとしている。それも見知らない女と一緒にいる。足取りはとても緩やかだ。

「まさか、デートとでも言うつもりですか……?」

 可能性はゼロじゃない。藍霧は異世界に行く前の――つまり春休み以前の冬道を知らないのだ。それに普段の冬道のことも、あまり知らない。

 そういうことを話したことはなかった。あまり自分に踏み込んでもらいたくなかったというのもある。自分のことを話さないで相手を知ることなんてできはしない。だから当然、冬道にそういう相手・・・・・・がいたとしても知ることができなかった。

 なんと滑稽なことか。異世界で死地を共にしただけで、全てを知った気になっていたのだから。

「尾行を続けましょう。先輩とあの女の関係性を私が直接見極めてやります」

「おぉ……いつになく真宵が燃えてる」

 藍霧真宵という人間はそれしきのことで折れはしない。知らないならば知ればいいだけ。邪魔ならば排除すればいい。ただ、それだけのことだ。

「……ちょっと待ってください。お二人が進行方向を変えたようです」

 いつの間にかツインテールを整えた火鷹が指を差す。言った通り、ショッピングモールの方から別方向へと歩みを変えていた。

「どこに行く気なんだろ。あっちになんかあったっけ?」

「なんだっていいです。ついていけば自ずと分かることですから」

 自分にも言い聞かせるようにして藍霧は歩き出した。


 尾行を続けること数分後。藍霧たちはとある美容室を見つめていた。あの二人がここに入っていったのだ。

「中の様子は……あまり見てしまうと尾行しているのがバレてしまう可能性がありますね」

 まるで、見てくださいとでも言いたげな大きなガラスがあるが、そこから中を覗けば冬道に気づかれてしまうかもしれない。

 あれでも冬道は隙がない。もう癖とでも言うべきだろう。周りの気配を鋭利に感じとり、いつでも敵襲に対応できるようにしている。藍霧がいなければ、白鳥と火鷹だけの尾行などすぐに気づかれていただろう。

「……どうやら、飛縫かれきさんのためにここに来たのようですね」

「あの人が、飛縫かれき?」

 とてもではないが信じられなかった。あんなのが、自分の敬愛している先輩が一目置いている人物?

 顔立ちは整っているものの、気だるそうな瞳と伸び放題の髪がそれを台無しにしている。ただそれを差し引いたとしても、人を惹き付けるだけの魅力があることは事実だ。けれど、その程度ことで冬道があそこまでの信頼を寄せるとは思えない。

(見定めてあげましょう。体育祭などただのお遊び程度にしか認識していませんでしたが、あの人を見定めるにはちょうどいい機会です)

 いったい彼女の何が冬道の信頼をそこまで寄せるのか。

 藍霧が知りたいのは、ただそれだけだ。


     ◇


「まさか、お前が彼女を連れてくるとはな。無愛想なお前にも遂に春が来たってことか。で、エロいことはもう済ませちまったのか?」

 雨草あまくさ竜一りゅういち氏はソファで眠っている飛縫を見ながら、それこそ飛縫を凌駕しそうな気だるさでそう言った。

 理髪師なのに丈の長い白衣を着て、長い髪を後ろでひとつに結っている。無精髭を生やし、その風貌ははっきり言ってしまえば汚いおっさんだ。

「バカなこと言ってんじゃねぇ。こいつは彼女なんかじゃねぇっての。つーかそんなことやらねぇし」

「根性なしが。一発やっちまえばやりゃいいだろうがよ。これだから主人公ってのはだめなんだ。鈍感ぶってんじゃねぇぞこの野郎」

「謝れ。全世界の主人公に謝れ」

 そして地味にメタるな。誰もわざと鈍感ぶってるわけじゃねぇんだよ。そういう仕様なんだよ。

「にしてもお前が女と一緒にいるなんてな。どういう心境の変化だ?」

「別に。なんもねぇよ」

「そうか? 前までは人生に絶望してます、世界なんか滅べばいいのにー……みたいな顔してたろ。ついでに死んだ魚みたいな目だった」

「どんな顔だ、それ」

「こんな顔だ」

 右ストレートをお見舞いしてやった。どんな顔をしてたにしろ、そこまで酷い顔をしていたはずがない。断じてだ。……してないよな?

「それは冗談だが、いい顔するようになったな」

「え、まさかそっち方面の人ッスか? 無理むり、俺ってばノーマルだし」

「おれにもそんな趣味はねぇ」

 そうじゃなくてだな、と竜一氏は続ける。

「今のお前は昔と違って前を見ている。うつむいて歩くんじゃなくて、はっきりと前を見据えて歩いてるんだ」

「そんなもんかねぇ」

 自分ではよく分からないや。ただその変化には、異世界に行ったってことが大きく関係しているのは言うまでもないことだ。その経験があったから、俺は変われたんだ。

「ここに顔見せない間に、何があったんだ?」

「なんもねぇよ。ちょっとした大冒険をしてきただけだ」

「女か?」

「違うって言ってんだろスケベおやじが。張り倒すぞ」

 肩をすくめただけの竜一氏から、ソファで座る体勢で眠っている飛縫へと視線を変えた。

 あれだけ伸び放題だった髪は肩口の辺りまですっきりと短くなり、振り撒かれていた陰気さがなくなっている。自然体ということも相まって、今の飛縫はかなり可愛らしかった。

「おれが言うのもおかしい気がするが、人間、髪型が変わると大分印象が変わるんだな。おじさんもびっくりだ」

 俺だってびっくりしてるさ。ここまで飛縫が変わるなんて予想すらしてなかった。短くして正解だったんじゃないだろうか。

「ところで、おれの記憶が正しかったら、もうすぐ桃園で体育祭があるんじゃなかったか?」

「二週間後だ。それがどうかしたのか」

「いや、せっかくだから見学にでも行こうかと思ってな」

 こんな怪しいおっさんが見学になんか来て捕まったりしないだろうか?

「勝手にすればいいだろ。俺には関係ないし」

「相変わらず冷たいな、お前は。少しくらい愛想よくしたらどうなんだ?」

 それはできない相談だ。というか、俺にそんなキャラを求めるな。

「お前、アクセサリーなんてしてんのか」

「あ? 悪いかよ」

「そんなこと言ってねぇだろ。……剣の形の首飾りか」

 観察するように天剣の首飾りを見た竜一氏は、手を銃の形にして俺の眉間に向ける。

「おれは剣より銃の方が好みだな。こっちの方が使い勝手がいい」

 そう言った竜一氏の指先には、不自然な膨らみ――タコがあった。それはまるで、昔は銃を使っていたようなでき方だ。

「ん……」

 飛縫が身動いだ。閉じられていた目蓋が持ち上がる。いつもの二倍増しで眠そうにしている飛縫は、いつの間にか短くなっていた髪に気がついた。

 そう、飛縫は髪を切っている間に眠ってしまったのだ。頭がふらふらしていたかと思えば、次の瞬間には項垂れやがった。おかげで俺が頭を固定する羽目になった。

「クールビズ?」

「そうじゃねぇだろ」

 寝起きのボケをありがとう。お前はボケすらも斜め上なんだな。

 ぐっと体を伸ばした飛縫は短くなった髪にこれ以上なにか言うわけでもなく、ここに来る前と同じように俺と腕を組んでくる。お前の定位置はそこで決まりなのか。

「代金はいいからさっさと行っちまえ」

 財布を取り出そうとして、竜一氏が邪魔者でも追い払うように手を振りながらそう言った。

「これからデートなのにこんなところで金なんか使ってられねぇだろ。彼女にプレゼントでも買ってやれ」

「デートじゃねぇよ。……でも本当にいいのか?」

「おれがいいって言ってんだから気にすんな。お前が遠慮するなんてきめぇことこの上ねぇんだから、とっとと行っちまえ」

 俺は竜一氏に「悪いな」と告げると、美容室をあとにする。代金を払わなくていいって言ってくれたのは多分、竜一氏なりの気遣いだろう。

「首もとがスースーするけど。落ち着かない」

「あんだけ長かった髪をばっさり切ったんだから当たり前だろ。でも夏にはちょうどいいんじゃねぇのか?」

「それはそうだけど。んー、似合ってる?」

 俺の目の錯覚だろうか。心なしか、飛縫が期待に満ちた目で俺の返答を待っているんだが……。

 似合ってるって言うのは簡単なんだが、安易に言うのは安っぽい気がする。似合ってないわけじゃないんだ。むしろかなり似合ってる。この方が絶対にいい。

 もともと飛縫は少女の前に美がつくような女の子だ。そんな彼女がより似合う髪型になったんだったら、やっぱり似合うと言った方がいいのだろうか。真宵後輩が相手だったら即答するんだろうけど。

 くそっ、竜一氏に昨今の主人公について言われたから、こんな風に悩まないといけないんだ。恨むぞ竜一氏。

「どう?」

「……似合ってなくはない」

「そんなのじゃ分からない。はっきりと言ってもらいたいんだけど」

 飛縫は組んだ腕を引っ張り、ただをこねる子供のようにせがんでくる。

「……似合ってるよ。すげぇ可愛い」

 それに耐えかねた俺は、ぶっきらぼうにそう言った。

 その答えに満足したらしき飛縫は鼻を鳴らし、ご満悦の様子で俺の腕を引いて歩く。

「やっぱり変わった。去年までのお前なら悩んだりしないで、思ったことをすぐに言う奴だったけど。あの後輩がお前を変えたとか?」

「さぁな。ご想像にお任せする」

 俺は小さく笑みを漏らしながら曖昧に誤魔化す。

 そのあとも立て続けに繰り出される質問に適当に答えながら、ショッピングモールに向かった。


 俺たちがいるショッピングモールは駅前にある。飲食店については和食から洋食まで全て揃っている。衣服に至っては量販店から一流ブランドまで網羅している。その他にも様々な店舗が開店しており、子供から老人まで幅広い世代が楽しめるようになっているところだ。

 衣類が集中的に集まっている二階に、俺たちは足を運んでいた。

「これなんてどう? お前に似合うと思うけど」

 そう言って見せてきたのは黒を基本としたシンプルなピン留めだった。飛縫は俺にそれをつけて、似合うかどうかを確かめている。

 おかしい。俺は飛縫が体育祭に向けて買いたいものがあるって言うから一緒に来たのに、どうしてこいつは俺のものを選んでいるんだ?

「俺のはいいから、お前の買い物してこいよ」

「わたしの用事はなくなったけど。髪が短くなったから、髪ゴムもピン留めも必要じゃなくなっただけ」

「だからってなんで俺のなんだ……」

「前髪が邪魔そうだから。せっかく来たんだし、色々見ておかないと勿体ないけど」

 まぁ、それもそうだ。こんな暑い思いをしてまで来たんだ。せっかくだし、楽しんでいかないと損だよな。

「でも俺は別にこだわりがあるわけじゃねぇし、今回はお前のものを見て回ろうぜ?」

「わたしの?」

「あぁ。エスコートするって言ったろ」

 さっきまですっかり忘れてたけど。俺は言ったことはちゃんと守る主義だ。……というか、異世界では約束を守らないと酷い目に遭ってたから、条件反射でそうなっているだけだが。

「そういうことなら、ついてきて」

 手を掴んだ飛縫は速い足取りで歩き出す。その足取りに迷いがないことから、どうやら目的地ははっきりしているようだった。

 一階に降りて飲食店の陳びを抜け、やって来たのはショッピングモールの外れにあるゲームショップだった。ここのゲームショップは品揃えが豊富で、欲しいものがあるとき、まずはここを見るのが定石らしい。

 両側に開く自動ドア。休むことなく飛縫が向かったのは――ギャルゲーコーナーだった。

 …………あ?

「わたしとしたことが見落としがあったか。……よし、ちょっと会計までひとっ走りしてきてほしいんだけど」

「断る」

「それを断る」

「なんだと」

 まさかそんな切り返しがあるなんて。

「ってそうじゃねぇよ。なんで俺がギャルゲーなんて買いに行かねぇといけないんだ。それは自分で買いに行け」

「エスコートしてくれるって約束だけど?」

「それはエスコートとは言わねぇ」

 行きたいところがゲームショップで、しかも買いたいゲームの種類がギャルゲーだなんてあり得んだろ。

 飛縫が持つゲームのパッケージに目線を移す。タイトルからして学園ものだろう。表紙の女の子が制服を着ているし、それは間違いない。しかも純愛系。

「どうしてギャルゲーのヒロインたちはあれだけ美少女なのに、恋人がいないと思う?」

 唐突に飛縫がそんな質問をしてきた。

「そりゃ、攻略するヒロインに恋人がいたらゲームにならねぇからだろ? ギャルゲーって、ヒロインと恋人になるまでのイベントを楽しむもんだろうし」

「正解。ちょっと簡単だった」

 飛縫は持っていたケースを元の位置に戻すと、さらに見落としがないか探し始める。

「でもギャルゲーは女を学ぶには意外と使えるんだけど」

「どういうことだよ」

「うん。製作者は男であるなら、ゲームのヒロインはその理想が反映されている。そしてその理想は大体の男性に当てはまる。つまり、ギャルゲーの女子を見習うことは、男性の理想に近づくことができるということ」

 珍しく饒舌に語ったかと思えば、とんでもないことだった。あげくの果てに「全ての女子はギャルゲーを見習うべきだけど」なんて言い出す始末だ。

 飛縫にこんな趣味があるなんてなぁ。

「ただ、わたしはドジっ子だけは許せない」

「なんでだよ。ギャルゲーっていったら、ドジっ子とかは定番なんじゃねぇの?」

「それはそうだけど、どうしてもあれだけは受け付けない。何なのあれは。見ているだけでイライラする。笑って誤魔化せると思ってんじゃねぇぞ」

「落ち着け、口調が変わってるから」

 どんだけドジっ子が嫌いなんだ。口調が変わるほどだから、ドジっ子に何か悪い思い出があるとしか思えない。

「とりあえずドジっ子がいないギャルゲーを買う」

「ギャルゲーを買うのは決定なんだな」

「当たり前。わたしは、ギャルゲー王になる」

 無意味な宣言を決め顔でする飛縫であった。


     ◇


 疲れた。その一言に尽きる。慣れないことをしようとしたからこんなにも疲れるんだ。せっかくの休日に家から出させた飛縫に、文句のひとつでも言ってやりたいところだ。

 だけど、こんなほくほく顔の飛縫を見てたらそんな気も失せてくる。今回ばかりは多めに見てやるか。

 飛縫と待ち合わせしたときは朝だったのに、すでに辺りは夕日で赤く染まっていた。

「八十点」

「あ? 何の点数だよ、それ」

「今日のデートのエスコートの点数だけど。たしかに楽しかったけど、あと一歩足りなかったって感じ」

 人に荷物持ちさせてるくせに、何を言ってるんだこの子は。ゲームセンターで人形を大量に奪取してくれたおかげで、俺の周りだけ無駄にファンシーなことになっている。背中にはビッグベアまで控えていやがる。

 どうやればこんな大きい人形を取れるんだか。ぜひとも教えてもらいたいもんだ。

「ほらよ。ならあと一歩分はこれで勘弁してくれ」

 俺はポケットから小さな包みを取りだし、投げ渡す。取り損ないそうになっていたものの、慌てた様子はなく、しっかりと受け取っていた。

「なにこれ?」

「開けてみろ。最初に言っとくが、あんまり期待するんじゃねぇぞ」

 俺の言葉に首を傾げつつも、飛縫は包みを開けた。

「ネックレス……?」

「安物だけどな。それはプレゼントだ」

「……ありがとう。似合う?」

 ネックレスをつけた飛縫は、俺の前に回り込んでくる。

「似合う似合う。つーかお前に似合うと思って買ったんだから、似合ってもらわなきゃ俺が困る」

「そっか。今日はいろいろと世話になった」

「気にすんな。俺も楽しかったし」

「結局、何がお前を変えたのかは分からず終いだったけど。それはまたの機会に持ち越しってことにしておく」

 まだ知りたがってたのかよ。俺自身、何がどう変わったかなんて明確には分かってないんだけどなぁ。

 気がつけば飛縫の家の前まで来ていた。危ない危ない、もう少しで通りすぎてしまうところだったぜ。

「俺は帰るけど、人形を部屋に置くのはいいが、この前みたいに汚くすんなよ?」

「言われなくても分かってるけど。それくらいはできる」

 あの部屋を見てしまったから、飛縫の言葉に本当かよとツッコミたくなった俺は正しいはずだ。

「じゃあな、また明日」

「ちょっと待って」

 踵を返して帰路に着こうとして、急に呼び止められた。何事かと思いながら振り返った瞬間、柔らかい感触を額に感じた。

 次に見えたのは、すぐ目の前にある飛縫の表情だった。

「勘違いしないで。これはプレゼントのお返しだけど。……じゃあ、また明日」

 飛縫は矢継ぎ早にそう告げると、俺が言葉を発するよりも早く家に入っていってしまった。

 今の柔らかい感触って、明らかに飛縫の唇だよな? さすが飛縫だ。ただのプレゼントのお返しにキスするなんて、予想外すぎて逆に冷静になっちまった。

「ギャルゲーのやりすぎだバカ」

 俺は呟いて、今度こそ帰路に着いた。





 どうも、最近は進路について悩んでいるぱっつぁんです。

 暑いですね、夏ですね。やる気が起きないっす……。まぁ、執筆はやりますがね(笑)

 唐突ですがアンケートがあります。

 アンケートといっても簡単なものです。

 おまけとして投稿しているテンキシのSSのことについてにございます。

 見るとしたらどれから見たいかというアンケートです。


 1.メイド・イン・デイズ

 アウルが主人公の三話構成(予定)の物語。

 内容は秘密ですが、タグは『メイド』『男の娘』『立てこもり』の三つとなります。


 2.テレポート・スクープ

 翔無が主人公の三話構成(予定)の物語。

 タグは『二年生時』『盗撮』『テレポート』です。


 3.ヴァンパイア・エモーション

 柊が主人公の三話構成(予定)の物語。

 これは本編で出た過去編を、柊視点の完全版をお送りします。


 4.エイト・ヘヴンズ・ハイスクール

 藍霧が主人公の三話構成(予定)の物語。

 タグは『』『』『』

 これは全く決まってませんので、希望があれどうぞ。


 まぁ、このように並べましたが、全部やる予定です。

 ただ順番が違うというだけです。

 あと、地味に人気投票実施中でございます。

 人気投票については四章が終わるまで実施します。

 SSの順番については今週いっぱいで締め切ります。こちらの方は『氷天の波導騎士SS おまけ』にお願いします。

 以上、ぱっつぁんからでした。




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