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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第四章〈体育祭〉編
39/132

4―(3)「氷天VS夜天」


 昨日は散々な目に遭った。飛縫が寝ていたのを見つけてしまったのが運の尽きだ。今までのことを考えて、あいつに関わればどうなるかくらい察するべきだった。

 部屋の掃除をあそこまで苦痛に感じたことはない。何よりも下着を脱ぎ散らかしているのが信じられなかった。

 たしかに俺の幻想は打ち壊された。女の子の部屋が綺麗なんていう固定観念は捨て去るべきだった。

 そんなことを思った次の日。

 一週間で最も好きな日である土曜日。休みに入り、まだ明日が休みである今日はまさに至福の一日と言える。

 いつもであれば家でゆっくりしていただろう。けれど今日は用事がある。私服に着替え、暑くなってきた日射しを鬱陶しく思いながら家を出る。

「あっ。おはよう、冬道くん」

 今まさにインターホンを押そうとしていた秋蝉先輩が、そこにはいた。

 そこにいた秋蝉先輩は普段からは想像できないような、活発な私服姿だった。胸元なんか大きく開かれていて、視線に困ってしまう。

「悪いな、わざわざ来てもらったりして。本当だったら俺が迎えに行った方がよかったんだが……」

「私は気にしてないよ。みーちゃんの尊敬してる冬道くんの自宅も知りたかったし。それよりどうしたの? 冬道くんが私に用があるなんて珍しいね」

「ちょっとな。秋蝉先輩にはやってもらいたいことがあるっていうか……まぁ、行けば分かるさ」

「うーん……痛いことじゃない?」

 不安そうな秋蝉先輩に「それは先輩しだいだ」と言って歩き出す。その後ろを秋蝉先輩が急いで着いてきた。

「ねぇねぇ、今から何するの? 私、あんまり痛いことはしたくないかなぁ……なんて」

「大丈夫だっての。ちゃんとやりゃ痛くはないはずだ」

「ちゃんとやったらって何させる気なのっ!?」

「あっちについたら詳しい説明するからあんまり騒がないでくれ。俺って低血圧だから」

 寝起きは辛いんだ。だからテンションも上がんないし、気だるさも全く抜けない。時間が経てば大丈夫なんだが、それまでが問題なんだよ。

「ひとつだけ言えることがあるとすれば、秋蝉先輩にとって悪い話じゃないってことだけだ」

「よく分かんないけど、冬道くんがそう言うなら、そういうことにしておいてあげる」

 なんだそりゃ。妙な信頼を寄せられているような気がするんだが。

「ところでどこに行こうとしてるの?」

「学校。そこで真宵後輩と東雲さんが待ってくれてるはずだ。この二人がいりゃ、何をするかだいたい想像はつくんじゃないか?」

「……超能力絡みだね」

「ご名答」

 ここまで言えば嫌でも気づくだろう。真宵後輩と東雲さんの二人は、もう異能の代表格と言ってもいい。そんな二人が待ってるんだから、気づけないはずがない。

「私なんかのために、そんな豪華なメンバーが揃っちゃうなんて……」

「秋蝉先輩のためだけじゃねぇよ。半分は俺のためだ。貴女はおまけみたいなもんだ」

「そ、そうなの?」

「そうなの。真宵後輩が秋蝉先輩のために動いたりするはずがないしな」

「そう言われるとそうだね。真宵ちゃんが冬道くん以外のために動いたりなんかしないよね」

 何かを勝手に納得したのか、うんうんと頷いている。

 そのとおりだから何も言えないが、いったい何を納得したのだろうか。すごく気になるところだ。

「冬道くんと真宵ちゃんって付き合ってないんだよね?」

「あ? そうだけど、それがどうかしたのか?」

「あの仲の良さで付き合ってないなんて言われても信じられないなぁ……って思っちゃって。周りから見たら二人って立派な恋人同士だよ?」

 俺たちってそんな風に見られてたのか。誰にどう見られようと、付き合ってないこと変わりないんだけどなぁ。

「秋蝉先輩は気になる相手とかいないのか?」

「私? 私は……やっぱりみーちゃんかな。可愛いし」

「つまり秋蝉先輩には、まだそういう相手がいないってことか」

 ノーマルだったら、ということに限定されるけど。

「そういう冬道くんはどうなの? もしかして真宵ちゃんのこと、好きなんじゃないの~? 正直に言っちゃいなよ~」

 女の子というのはこういった類いの話が好きだっていうけれど、どうやらそれは本当のことだったらしい。

 いつもは引っ込み思案なはずの秋蝉先輩が目を輝かせて、興味を抱いているようだ。

「好きだよ。真宵後輩のこと」

「えぇっ!? や、やっぱりそうだったのっ!?」

「そこまで驚くことか? 確証があったから言ったんじゃねぇの?」

「いやぁ、流れで何となく言ってみただけだったんだけど……あれだけ仲良くしてたら普通なら好きなはずだよね。て言うか好きじゃないならあんな風にできないよ」

 言葉の途中から声が小さくなり、聞き取ることができなかった。しかもまだぶつぶつ呟いている辺り、何かよからぬ想像をしているに違いない。

 それについてとやかく言うつもりはない。女の子の妄想力を侮っていた俺が、迂闊に話したのが悪い。せめて真宵後輩に知られないことを祈ろう。

 気がつけば、校門のすぐそこまで来ていた。


 校庭に足を踏み入れた俺は懐かしみ、それを初めて見た秋蝉先輩は口を開けて驚きを隠せないでいた。東雲さんに至っては驚きよりも好奇心が上回ったようだった。

「おはようございます、かしぎ先輩」

「おはよう。もう準備はできてるみてぇだな」

「はい。先輩が来るまで時間がありましたし、何より司先生が校庭を壊さないようにしろと言っていましたからね。それならこれを使った方がいいでしょう」

 そう言って真宵後輩は校庭に作り出した『土囲つちがこい』に目を向けた。ドーム型の校庭よりも少し小さいくらいの大きさだ。系統の波導で作り上げた戦闘場のようなもので、自らを鍛えるために用いられている。

 波動量によって『土囲』の大きさが変わってくるのだが、真宵後輩くらいの波動量になると、これくらいなら簡単に作り出すことができる。

 その気になれば、町ひとつ分の『土囲』を作ることもできるはすだ。

「懐かしいな。前は師匠の作った『土囲』で鍛えてもらったっけ」

 ただ、あれは鍛えるというよりもストレス発散に近かったような気がする。意識を失っても無理やり起こされ、また意識を失うまで叩きのめされる。それを何回も繰り返した。

 腕も何回も千切れたし、死にかけもした。

 真宵後輩とエーシェが全力で回復波導をかけてくれなければ、あれだけ無茶な鍛え方はできなかっただろう。そのかいあって、強さが飛躍的に上昇した。

「あの人のやり方は異常です。あのようなやり方で生きている方が奇跡なくらいです。リーンですら止めさせるように言ったくらいですから」

「それでもゼロから鍛えるには、それしかなかったんだから仕方ねぇよ。あの頃の俺は天剣の補助的な強さだけで戦ってたからな」

「まぁ、そうですけど」

 戦いを知らなかった俺が戦いについて覚えるには、頭で考えるよりも体に叩き込んだ方が早い。時間もあるわけではなかったし、そうやるしかなかったとも言える。

 今でも師匠の教えは生きている。……怪我の回数は数知れないけれども。

「よし。んじゃ中に入るか。いつまでも外にいたって意味がねぇからな」

「中に入るって、どないして入るんや?」

『土囲』に意識を預けたまま、言葉だけを送ってくる。

 そんな東雲さんの右腕は肘から下が失われている。この前の戦いで俺が刈り取ったからだ。戦ったときは何も考えてなかったものの、右腕が義手だったことには安心している。

「……こうするんです」

 あからさまに嫌そうな顔をした真宵後輩は、手を小さく動かす。『土囲』の一部が崩れ落ちて、それが入り口となった。

 真宵後輩が最初に入り、俺たちはそれに続いて中に入る。すると崩れ落ちた壁が再生し、崩れ落ちたという痕跡を掻き消した。

「これやったら思う存分戦えるんやないか? 周りの被害も気にせんでええし、めっちゃ楽しそうやわ」

「戦闘狂が。右腕ないくせになに言ってんだよ」

「その右腕を斬り落としてくれたんはどこのどいつやったかなぁ? あの義手、ホンマに高いんやで?」

「戦いに情けは無用だ。……いくらくらいするんですか」

 自分でも小心者だと思う。東雲さんは笑いながら「冗談や、冗談」なんて言ってくれたが、あの完成度を見る限り、かなり高価なもののはずだ。

 脳からの電気信号を鋭利に感じとり、人間の関節部よりも滑らかに動くようにされていた。

 それを壊されて笑って流せる東雲さんの器量の広さが知れた一面だった。

「ねぇ冬道くん。これから何するの? 何だかすごく大掛かりな舞台みたいだけど……」

『土囲』に圧倒されながら、控えめにそう訊いてきた。

「秋蝉先輩には今から、鋼糸ワイヤーの使い方を覚えてもらう」

「覚えてもらうって……冬道くんは超能力は使えないんでしょ? その前に、鋼糸の使い方は私が一番分かってると思うよ」

「たしかに俺は超能力は使えねぇが、同じような能力なら使えるっての」

 指に波動を集中させて細く練り上げ、波動糸はどうしを形成する。それを壁に張りつけるようにして伸ばした。さらに波動を流して強度を底上げして腕を振るい、『土囲』の地面に五本の線を刻んだ。

「こんなもんだな。どうだ? 秋蝉先輩」

「む。私だってそれくらいならできるもん。一朝一夕でできるようなことじゃないし、冬道くんになんか負けないんだから」

 俺の挑発的な言い方でムキになった秋蝉先輩は目を閉じ、小さく口を動かしていた。

 彼女は演劇部で声帯模写を得意としている。おそらく自己暗示によって能力を使うのに適した人物の性格を、自分の性格に上書きトレースしているのだろう。

 閉じられた目がゆっくりと開けられた。目つきが明らかに変わっていた。優しい秋蝉先輩のものではなく、どこか荒々しい印象を受けた。

 無言で両腕を振り上げる。突如として現れた鋼糸が秋蝉先輩を中心に渦を巻き上げた。両腕を振り下ろす。渦を巻いていた鋼糸は『土囲』の地面に一斉に動きだした。

 しかしそれだけだ。傷をつけることはなかった。そればかりか『土囲』の強度に圧され、弾き返されていた。

「これで分かったろ。秋蝉先輩じゃ『土囲』を削ることはできねぇよ」

「……なんで?」

 いつもの秋蝉先輩に戻り、訊いてくる。

「自分自身が能力を使ってないからだ。そんなやり方をしてたんじゃ、いつまで経っても使いこなせやしねぇよ」

 秋蝉先輩はかつて、自分を隠すために柊の性格と口調を自分に上書きトレースし、能力を使用していた。けれどそのときに使っていたのは秋蝉先輩であって秋蝉先輩ではない。

 人格を上書きトレースして使ってたのでは、秋蝉かなでとして使ったときと感覚が違ってくる。

 今だって誰を上書きトレースをしたかは分からないが、柊を上書きトレースしたときだったなら『土囲』の地面を削ることができたはずだ。

「……まぁ、司先生の受け売りなんだけどな」

 俺と真宵後輩が戦うということを知った司先生が、どうせなら秋蝉先輩の能力についてもどうにかしてくれと言ってきたのだ。

 身に余る力はいずれ身を滅ぼす。そうさせないために、東雲さんまで付けて秋蝉先輩の鍛錬を手伝うことになったわけだ。

 東雲さんは超能力の知識は司先生と同じくらいと聞いている。具体的なところは東雲さんに任せればいい。

「とにかく今は秋蝉先輩自身が能力を使うことに慣れる必要がある。なるべく使うときは素でやるように」

「……私は別に能力をそまで使いこなせなくてもいいよ」

 伏し目がちに、秋蝉先輩は消え入りそうな声で呟いた。

「もし能力をちゃんと使えるようになったら、またあんなことをやっちゃうかもしれない。私はね、もう私のことを信じることができないんだよ」

 言葉通りだろう。超能力という異常に魅了されて被害を及ぼした秋蝉先輩は、自分がどうしても信じることができないでいる。再び過ちを繰り返さないという保証はどこにもない。

 もし能力を完全に扱えるようになったとき、またあんなことをしてしまうかもしれないと思うと、怖いのだ。誰も傷つけたくないのに、傷つけてしまう自分が。

「安心しろよ」

 それを知っている俺だからこそ、それを体験したことのある俺だからこそ、言わなくてはならない。

「秋蝉先輩が自分を信じられなくても、秋蝉先輩を信じる俺を信じてくれればそれでいい」

 俺には真宵後輩やみんながいてくれた。だから前に進むことができた。もし誰かが同じことで進めなくなったなら、俺がいてやる。何回躓いても、何回でも手を差しのべてやるさ。

「先輩。そうやって誰にでも優しくするのはやめてください。そんなことだから突け込まれるんですよ?」

「分かってるっての。それくらい自分で何とかする」

「突け込まれることを前提に話を進めているわけではないのですが」

 真宵後輩は呆れたように息を吐いた。異世界でこの優しさが突け込まれやすいというのを痛いほど実感している。

 けれどそれがどうした。そうなったらそうなったで対処すればいいだけのこと。大したことじゃない。

「いいですけどね。先輩、そろそろ始めましょう。前置きにしては時間をかけすぎている気がします」

「そうだな。秋蝉先輩、俺の戦い、ちゃんと見ててくれ。何かと役に立つようなことがあるはずだ」

 そう言って俺は真宵後輩と対峙する。会ったばかりのときはよくこうして向かい合ってたっけ。思い出せばきりがないが、それは意識化から弾き出す。

 待機状態の属性石エレメントに手を添える。

『エレメントルーツ』

 復元言語を呟き、互いの武器を復元した。


     ◇


 無作為に解き放たれた波動と波動がぶつかり、発生させた余波だけで『土囲』を大きく震動させた。それを気にした様子もなく、天剣を片手にした冬道は前に飛び出す。

「――――アインス

 火柱が踏み込む足元から伸びた。さらに踏み込み、火柱が自分に触れる前に体を宙に投げ出す。それに合わせて火柱も湾曲し襲いかかった。空中で体をコントロールしつつ振り返り、埃でも払うように天剣を薙いた。火柱は半ばから切断され、尾を引くように消えていく。

 天剣を薙いだ勢いで体重を移動させる。背中で波動を爆発させた推進力で、藍霧の真上から降下する。勢いと速度を抱えたまま、右腕を突き出す。

「――――ツヴァイ

 藍霧の地杖から竜巻が巻き起こる。その流れに呑まれ、勢いが根こそぎ殺された。天剣を突き出したままの体勢の冬道に、地杖の先端が突きつけられる。

 右腕を振り回して体を駒のように回転させ、それを弾き返す。のけ反るように藍霧は宙返りをして、その場から距離を置く。

「――――ドライ

 同時に詠唱する。四方から雷槍らいそうが発生し、その矛先は冬道に向いていた。地杖を振り下ろす。浮かんでいた雷槍は生き返ったように動きだした。

 波動糸を壁にある突起に絡み付ける。外れないことを確かめ、一気にそれを縮小させた。すんでのところで雷槍をかわし、壁に足をつけた。だが休んでいる暇はない。軌道を修正し、こちらに向かってくる雷槍を斬り落とす。

 続けざまに放たれていた氷柱。的確に四肢に向けられていたがしかし、冬道にとってはそれは好機になる。

『氷天』の称号。それは文字通り、氷系統の波導に最も優れた波導使いに与えられるものだ。自ら使うのもそうだが、その系統に限っては相手の波導すら自分のものにすることができる。ただ触れるだけで、その系統を支配下に置く。それが分からないわけではないだろう。

 藍霧は長い間、冬道の背中を見て戦ってきた。なのにあえて氷系統の波導を使ってきた。想像は簡単についた。これは間違いなく罠だ。引っ掛かってやる気はない。息を大きく吸い込む。

嵐声あらしごえ

「かぁっ!」

 風系統の波動を吐き出す息に乗せる。これは詠唱が必要な波導とは違い、体内の属性波動をただ放出しただけのものだ。『土囲』と同じ。波動量によって威力が左右される波動技だ。属性石がないときによく使われる。

 冬道が放った雄叫びが空間を振動させる。迫っていた氷柱が破砕する。細かい粒子ほどまで分解された。しかし、『嵐声』ではあり得ない爆発が起こり、冬道の体を包み込んだ。

 おそらく氷柱に炎系統の波導が刻まれていたのだろう。触れた瞬間、あるいは破壊された瞬間に発動するようにされていたに違いない。

 爆風で崩れた体勢をただのひと振りで立て直す。衣服はところどころが焦げているものの、ほとんど無傷だった。もう一度『嵐声』を使い、その勢いで退避していた。

 藍霧を視界に収める。今の動きを受けきられたことに何も感じていないように見えた。淡々としていて、底冷えするような目はただ冬道を捉えている。肌を焼く幻痛を感じる。殺気が向けられていた。

 天剣に波動を走らせる。おびただしいほどの光を帯びた天剣を片手に着地し、駆け出した。

「――――フィーア

 収束した水がいくつもの触手をなし、疾走する冬道へと襲いかかる。紙一重で体の芯をずらす。頬を抉りながら、それは通りすぎていく。藍霧は手動で水を動かす。軌道を修正して再び襲いかかってきた水に対し、斬線を斜めに走らせる。

氷形こおりがた

 刀身から放たれた氷柱は水の触手を凍結させ、決壊する。その瞬間には冬道は藍霧の懐に飛び込んでいた。次の詠唱を許さない、鋭い斬撃が跳ね上がってくる。藍霧が後ろに飛ぶ。逃がさない。縮めた距離を戻すまいとさらに踏み込んだ。

 下段からの振り上げが、上段からの振り下ろしに変化する。一閃を遮るように地面から壁が飛び出してくる。だがそれすらもやすやすと斬り裂いた。

雷鎧いかずちよろい

 斬り裂いた壁の向こうから雷を纏う藍霧が飛び出し、左手に構えていた地杖を眼球を目掛けて突き出した。上体を後ろに反らして避ける。その体勢のまま爪先を振り上げる。雷光が弾けたかと思えば、藍霧はもうすでに離れた位置にいた。振り上げた勢いで体を縦回転させた。

 お互いの動きの対応に遅滞はない。手の内を知り尽くしているからだ。戦場を共にしてきた二人には、次に何をしてくるかが直感的に分かってしまう。決定打を浴びせるならば、それを上回らなければならない。

 間合いを計り合う。その気になればいくらでも踏み込むことができる。けれどやらない。多くの場合に有効な手段も、この相手にだけは悪手に変わることもある。迂闊には動けない。そう――冬道の場合は。

 いつの間にか眼前に踏み込んできた藍霧に冬道は反射的に天剣を薙いでいた。遠距離型の藍霧が近距離で戦うことが予想できなかったわけではない。その反面、好んでやるとも思えなかった。

 あくまで藍霧の近距離戦は補助的なものだ。近距離が本命の冬道に挑むのは無謀とさえ言える。

 地杖を極端に横に構え、滑らせるようにして斬撃を受け流す。『雷鎧』で発生させた雷を右手に収束。それを思いきり腹部に叩きつける。空振った天剣の重さで体の位置を移動させ、藍霧の脇をすり抜ける。

 振り向き様に三段突き。頭、首、胸と狙った神速の突きはあっけなく避けられた。舌打ちをする。あえて追撃はやらず、跳躍して距離をおいた。

「――――フュンフ

 藍霧は冬道を休ませるつもりはない。白銀の炎が地杖の先端に宿り、延長線上に砲撃となって放たれた。抜き身の体勢に構える。抜刀する腕が閃光なら、抜刀された天剣はいかほどの速さになるのか。もはや刀身を視認することができず、掻き消されたと分かったあとに抜刀された事実が追い付いた。

 斬撃波を放つ。刃の形のまま放たれたそれは地面に一本の線を刻む。線は一本から二本に、二本から四本に。徐々に数を増やしていった。あるものは湾曲を描きながら、あるものは直線を描きながら、藍霧へと疾駆する。

 地杖を振るう。先端から燃え盛った白金の炎が枝分かれし、全ての斬撃波を貫いた。だが斬撃波は単なる布石にすぎない。

 地面に刻まれた線。上から見ればそれの正体がはっきりするだろう。四層の円が発光する。最も外側のサークルに天剣を突き刺し、詠唱する。

「――――氷精ひょうせいよ、命あるモノに永遠の時間を」

 氷弦ひょうげんが藍霧を瞬く間に絡めとる。しかしそれもつかの間。氷弦は藍霧に触れていたとこから蒸発し、消えていく。

 どういうことだ。いくら藍霧でも、何もせずに波導の氷弦を溶かすことなんてできない。ならば、どこかに何らかの仕掛けがあるということだ。いったいそれは何なのか。疑問はすぐに解決した。

 藍霧の足元。小さなサークルだが、その中に文字が見受けられる。もちろん波導を使うためのものだ。いつの間に用意したのかは定かではないが、やはりこの行動は読まれていたのだ。

「――――ゼックス

 紫炎しえんが空間を支配する。引きちぎるような音を立て、気づけば紫炎が冬道の肩を穿っていた。片足を軸として回転し、勢いに逆らうことなく衝撃をいなす。

 しかし完全にいなせたわけではなく、肉を焦がす異臭が冬道の鼻をかすめた。痛みはすぐに意識化から追い出された。余計なものを抱えている余裕はない。それにもう『Ⅵ』なのだ。『Ⅹ』になる前になんとかして決着を着けたいところだ。

 背後から紫炎が迫り来る。猛獣の口のように開かれた紫炎の渦。掻き消すには一撃では物足りない。瞬間的に判断した冬道は跳躍した。わずかに生まれたタイムラグ。それさえあれば十分だ。

「――――氷姫ひょうきよ、天焦がす地獄の花束を」

 折り重なる氷花ひょうかが紫炎を凍結させた。埃でもあったかのように天剣で払う。砕け、破片となった紫炎が頬をかすめる。

 もう時間に猶予はない。残り四つ。

 工程を完了させる前に、決着を着ける。

「――――風蛇ふうじゃよ、蠢く千の罪線ざいせんを」

 背後に風の矢が形成される。それは一本か。いや、二本だ。違う、四本。視界が数を認識したときにはすでにその数ではない。そこにあったのは風の矢の壁だ。敷き詰められ、宙に停滞する。

 一斉に掃射された千の矢は様々な軌道を示し、たった一人の少女に詰め寄る。しかし藍霧は動じない。地杖を地面にぶつけ、発生させた余波で弾いた。

 だがそれだけでは終わらない。指先から無数に枝分かれした波動糸が、矢尻にくくりつけられている。両腕を翼のように広げる。勢いをなくして墜落しようとしていた風の矢は再び飛翔し、藍霧に襲いかかった。

「――――ジーベン

 右腕を振りかぶる。動き出したはずの矢は悉く叩き落とされ、地面を陥没させた。これで『Ⅶ』。

 舌打ちをし、真っ直ぐに藍霧に飛びかかる。天剣に波動が封入される。もはや剣としての形を見ることはできない。それだけの量がただの一本に注ぎ込まれていた。

 刀身から冷気が放出される。一瞬にして空間を凍結させてしまいかねない冷気の中で、冬道が四人に増えていた。驚くことではなく、氷人形であることは簡単に推測できた。けれど氷人形の動きは冬道の劣化にすぎない。たかが劣化ごときに遅れをとる藍霧ではない。

 ただ劣化と言っても――異世界での冬道の劣化だが。

 さしもの藍霧もこれにはわずかに動揺を覚えた。彼女には肉体の初期化に大した影響はない。とはいえ今の冬道より強力な氷人形を、しかも三体を同時に相手にするのは骨が折れる。

 そう思った直後、藍霧は気づいた。掌握権が自分から冬道に移ったことに。

アハトからまでノインまで工程削除――――ツェーン

 だから藍霧は取り戻すことにした。形勢を覆す大きな一撃を以て。

 冬道の瞳から感情が消えた。

 鞘の属性石エレメントを復元。天剣を納める。

複合還元ジョイント――――エレメントルーツ」

 世界から光と音が消えた。


     ◇


「殺す気かっ! あんたら私らを殺す気なんかっ!」

「別に殺す気はねぇけど。……生きてたのか?」

「やっぱし殺す気やったんやな。よーしその面、ちょっと貸しぃや。片腕しかあらんけどボッコボコにしたるわ」

 額に青筋を浮かべて鬼のごとき形相で迫る東雲さん。たしかに今のは危なかったけど、真宵後輩が防壁波導を使ってたから危険はなかったはずだ。

 木っ端微塵に砕け散った『土囲』に視線を向けながら思う。いくら真宵後輩の『土囲』でも、俺や真宵後輩の全力は受けきれなかったようだ。

「貴女にはやらせません。もう――二度と」

 無意識なのか、放出されている波動が地鳴りを起こす。足元から熱風が吹き荒れ、秋蝉先輩のスカートをめくりあげていた。戦いのあとの目の保養になるな。

「わ、私のスカートの中を覗いてないで二人を止めないとっ! 司先生に怒られれちゃうよっ!」

 そっちの心配ですか、秋蝉先輩。

 だけどのんきなことも言ってられない。真宵後輩が、ほとんど面識のないと言ってもいい関係の司先生の頼まれ事をやったんだ。校庭を壊せば、何をやられるか分かったものじゃない。

 ただじゃ済まないことは容易に想像できる。

「あんたが相手してくれるんか。ええで、あんたとも戦ってみたかったところや。かしぎが戦力に押すくらいの人材や……せいぜい、楽しませてくれや」

「断ります。楽しむ余裕がないほど、叩きのめします」

 まだ復元したままの地杖の先端の水晶から、白金の炎が宿る。東雲さんの左腕にいつの間にか填められたガントレットからも同様に、炎が燃え盛る。

 やれやれ。真宵後輩は元気だな。俺は満身創痍だっていうのに。

 待機状態に戻した天剣と鞘に波動を流し込み、詠唱。

 二人の真上に現れた氷塊が左腕と地杖に降り注ぎ、炎に触れて溶けた水がそれを消化させた。

「何するんですか」

「何するんや」

 それはこっちのセリフだっての。戦おうとしてたのを止めて、どうしてそんな非難の目を向けられなければいけないんだ。

「戦いたいなら『土囲』を作ってからやりやがれ。じゃねぇとわざわざ作ってまで戦った意味がないだろ」

「安心してください。一瞬あれば十分ですから」

「そういう問題じゃねぇ」

 一瞬あれば十分って一瞬で灰にする気か、お前は。東雲さんだって同じ炎を使う以上、そんな簡単にはできないと思うけど。

 真宵後輩だから無理だとは言わないけれども。

 そこまで言って俺は体の異変に気づく。

 そうだった、そうだったよ。複合還元ジョイントを使ったあとに波導を使うと、

「……ごふっ」

 身体中の毛細血管と波脈が破裂するんだっけ。

 喉の奥から込み上げてきた血の塊をアスファルトに吐き出した俺は、膝から崩れ落ちるように倒れ込んだ。波動を体に流すこともできないため、風系統の波導で肉体の回復もままならない。

「大丈夫ですか?」

 俺の顔を覗き見ながら真宵後輩は言う。

「これが大丈夫に見えんならお前の目は腐ってる」

「そんな軽口が利けるのでしたら大丈夫でしょうね。ですが、目は腐ってなどいませんから」

 そう言って真宵後輩は地杖を俺に向け、回復波導をかけてくれた。複合還元ジョイントも一瞬しか使ってないし、使った波導も大したものじゃなかったため、すぐに回復する。

「冬道くんが怪我するのも、もう慣れてきちゃった」

「それはそれでどうかと思うけど」

 て言うかそれ、あからさまに俺が怪我してるって言いたいんだよな? そうだよ。すみませんね。どうせ怪我ばっかりしてますよ。

「先輩、あまり私に回復波導を使わせないでください」

「悪かったな。お前に余計な手間を増やさせてよ」

「……それも意味合いには含まれていますが、私の言いたいことはそうじゃないんですけどね。まぁいいですけど」

 何を言いたいんだこいつは。そんな回りくどい言い方なんかしなくても、普通に言えばいいだろう。

「それより、これで満足しましたか?」

「あぁ、ありがとよ。思ったよりも動けるようになってたみたいだ。前みたいに一回戦っただけで動けなくなったら困るからな」

 これだけ苛烈な戦いをして筋肉痛にならないんだから、並大抵の戦いじゃ筋肉痛にはならないだろう。それだけをどうしても確認しておきたかった。

「冬道くんのためってこのことだったんだ」

「一応確めとかないといけないからな。さすがに本番で試す勇気と無謀さは持ち合わせちゃいねぇよ」

 失敗したら後がない。生死をかけた戦いは常に真剣勝負。一期一会の殺し合いに、そんな不確定要素を持ち込むなんてできない。そもそも戦いそのものが不確定要素の塊だ。余計なものを持ち込みたくはない。

「このあとどうしますか?」

「せっかく集まったんだからこれで解散ってのも、何だか味気ないしな。けど、これといってやることもねぇし」

「そうですね」

『…………』

 五分ほど考えた末、面倒だという理由から解散してしまったのは、さすが俺たちだと誉めるべきだと思う。



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